データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日中次世代ビジネスリーダーとの集いにおける麻生内閣総理大臣スピーチ‐日中次世代リーダーに送る私の応援歌‐

[場所] 北京 長府宮飯店 芙蓉の間
[年月日] 2009年4月30日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 本日、ここには、日中関係の未来を担っておられる、若手の方々が、たくさんお集まりです。皆さんの前でお話できることを楽しみにして今日はやって参りました。

 今回は、中国政府にお招きをいただいて、北京を訪問しております。昨年来、胡錦濤国家主席、温家宝総理との間で、今回を含めて、この半年余りでそれぞれ4回ずつお目にかかったこととなり、緊密に意思疎通が図れていると思っております。

 「もし青年と呼ばれたいならば、自分の理想の現実化に悩むべきであり、決して安易に妥協に流されるべきではない。」

 これは今から30数年前、私が日本青年会議所会頭として述べた言葉でありますが、今日ここでお話をするにあたり思い出した言葉です。

 今の時代に限らず、いつの時代も、若い世代は、前の世代の経験を活かし前進します。私は、皆さんが、より開かれた、創造性と感性をもって活躍されていくことを信じて疑いません。

 本日は、日中両国の次の世代を担うリーダーの皆さんに対して、応援歌を歌いたいという想いで話をさせていただきます。

(経済危機への対応)

 現在、我々は、「100年に一度」と言われるような世界経済、金融危機に直面しています。この危機は、これまでの経済学の教科書では確実な解決方法が見つけられない、極めて深刻なものだと思っています。これまで起きたことのないことが起きています。貸出しの金利がほぼゼロでも、経営者が金を借りて設備投資をしないという前提で書かれた経済学の本はありません。つまり、このところ起きている経済現象を説明できる経済学の本はないということです。しかし、私は、今回の危機を教訓として、この困難を乗り越えた先には、より強い経済と、ガバナンスシステムの構築ができる、そういうチャンスに我々は向き合っていると、そう前向きに捉えていかねばならないと思っています。

 この危機に際し、世界第二、第三の経済大国であり、世界経済に大きな影響力を持っている日中両国が、足並みを揃えることは極めて重要だと思っています。

 具体的には、(1)金融市場対策としては、銀行システムの維持のためには流動性の確保、そして金融機関への資本注入、不良債権の処理、これを行う、また(2)大規模な財政の出動をやって、景気を刺激する、そして(3)1929年の世界恐慌を学んで、断固として保護主義に対抗する、といった政策の実施が必要です。

 その意味で、中国が昨年来、約4兆元の規模の経済対策を実施していることを、我々は高く評価します。日本もこれまで、真水で総額12兆円、事業規模で75兆円、そしてこの月曜日、3日前ですが、さらに、真水で15兆円、事業規模で57兆円の経済対策を、今実施に移しつつあります。

(アジアの経済成長)

 次に、この経済危機を克服した後、アジア経済をいかに成長させていくか、いかなる社会を創造していくかという問題に触れてみたいと思います。アジアは、世界で最も大きな潜在力を持った、「21世紀の開かれた成長センター」、その潜在力を十分に活かせる環境を整える必要がある。そのためには、アジアの経済をリードする日中両国が協力することが、その大前提になると思います。

 まず、アジア地域の協力、対話の枠組みを力強く進める必要があろうかと思います。

 例を3つほど挙げます。

 第一の例は、東アジア域内における通貨危機を防止するための二国間、バイの通貨スワップ取極のネットワーク、いわゆる「チェンマイ・イニシアティブ」があります。この枠組みは、地域の金融システムの安定化に大きく貢献しました。今後、この力を更に高めるために、この枠組みをバイからマルチに早急に変えていく、拡げていく、それを実現したいと、今、日中両国は同じ思いでいると考えます。

 第二の例は、アジア地域内の広域インフラ整備を進め、人と物と金と情報の流れを加速することです。これは、経済、社会に大きな影響を与えます。例えば、ベトナムのホーチミンからインド洋を渡ってインドのチェンナイまで、マラッカ海峡を経由して、陸路・海路で今は約2週間かかります。これをホーチミンからアンダマン海まで、ベトナム、カンボジア、タイ、この3カ国を通る陸路をつくります。この3カ国の陸路を整備し、通関、極めて煩雑な通関の技術的な諸手続きのために国境通過に多くの時間がかかっているのですが、これを短縮すれば、だいたい8日でホーチミンからチェンナイまで運ぶことが可能になります。

 第三の例は、日中韓サミットです。昨年12月に、九州の福岡で初めて独立して開催された日中韓3カ国のサミットは、歴史的な会議でした。ご存知かとは思いますが、日中韓を合わせた経済規模は、英独仏を合わせたものよりも大きい。この三国間の協力は、世界の注目を集めました。本年、二回目が中国で開催されることになっていますが、この会議を成功させ、三国間の協力を更に推し進めていきたいと思います。日中韓で協力して同じプロジェクトを進めていくことはこれまでで初めての試みです。

(新しい社会の構築)

 日中両国が持続的な経済成長を実現する上で、今後、両国の社会が共通して直面する課題も無視できないと思います。環境・省エネ問題はその最たる例の一つです。

 私は、先日2020年の日本の成長ビジョンとして、低炭素革命(Low Carbon Emission Revolution)の推進を新たな成長戦略の一つとすべきだと表明しました。

 低炭素の革命は、新たな技術と同時に国民の社会システムの変革からなります。そのため、日本は、太陽光発電、電気自動車、省エネ家電などの普及のための取組を開始しました。

 この取組の鍵は、「新たな需要を、政策的に起こす」という強い政治的意志と、メッセージであります。太陽光発電については、まず(1)家庭の屋根にソーラーパネルを設置するにはそれなりのお金が必要であるので、設置に対する補助、(2)各家庭で作った電気がありますが、余った電気を電力会社に買ってもらう、各家庭で作った電気は通常の倍の値段で売れますので、こうした「買取制度」、(3)一万校以上の小中学校でソーラーパネルを設置。こういった政策パッケージを決めました。電気自動車などのエコカーの自動車の取得税、自動車を買うと取得税がかかりますから、重量税を無税にする、またエコカーを買ってくれた人には10万円、登録から13年経過した古い自動車から買い換えてくれた人には25万円の支援をそれぞれ行うこととしました。

 中国でも2020年までの時期を総合国力向上のための「戦略的チャンスの時期」と位置づけられて、「科学的発展観」に基づく成長戦略を進められています。そこでも、環境への配慮は最も重要な要素です。

 私は今日、日中両国の協力プロジェクトである首都鋼鉄という鉄工所に見学に行きました。そこでは、環境改善やエネルギー利用の効率化、これと鉄鋼生産を、見事に両立させていました。ご存知のように、中国は世界一の粗鋼生産国。そして日本は、世界最高水準の、環境・省エネ技術を保持しています。それらを総合させれば、日中両国は、更に飛躍できる。今日、その確信を一層強めたところです。

 また、少子高齢化、これは中国は「一人っ子政策」を進めていますから間違いなく少子高齢化は必ずおきます。新しい社会を構築する上で、日中両国ともに、避けては通れない問題です。2015年には、中国で労働人口は横ばいとなります。そして高齢者数は2億人になる。こうした分析が出ていますが、人口動向への分析はまず当たりますから、2015年には高齢者数は2億人になる。日本は、2013年には4人に1人が、65歳以上になると推計されています。我々は、この現状に対し活力ある健康長寿社会を実現しなくてはなりません。暗くて貧しい高齢化社会ではありません、活力ある健康長寿社会を築かなくてはなりません。そのためには、高齢者も社会で活躍できる、医療・介護のシステムを整備することが不可欠です。そのための取組を日本では始めています。今後、日中両国は、少子高齢化対策においても、大いに協働で作業できると考えます。

(世界平和のための協力)

 私はここまで、日中両国が、持続的に繁栄していく上での課題について述べてきました。しかし、日中両国を取り巻く国際環境が平和であってこそ、はじめて、そうした考えが意味を持つということを忘れてはいけないと思います。

 日本は、戦後、平和国家として歩みを堅持し、平和的手段によって世界の繁栄と安定に貢献をしてきたところです。英国国営放送BBCの世論調査では、世界で日本がカナダと並んで、最も好影響を与えている国として、2年連続で高く評価されています。日本の総理大臣として、日本は、これからも平和国家として歩み続けていくことを表明します。

 中国は、近年、急速な発展を遂げました。私は、中国の経済発展は、国際社会にチャンスをもたらし、当然それは、日本にとっても好機であると考えます。しかし、一部には、中国の経済発展が、将来の軍事大国化につながるのではないかと不安視する向きがあるのも事実です。私たちは、中国が近年、「平和的発展」という戦略を標榜し、恒久の平和と共同の繁栄をもたらす世界の構築に貢献していく決意であると承知しています。そして、中国が、そのような決意にふさわしい行動をとっていくことにより、地域や世界に不安や懸念を生じさせないことを期待をしています。

 今後とも、日中両国が、軍事大国にはならず、また、互いに脅威になることなく、平和的な発展に向けて協力してゆく。それこそが日中両国が国際的に期待されていることなんだと確信をしています。

(次世代リーダーへの期待)

 日中関係の将来を担う若手リーダー、若手ビジネスマンの皆さん。

 本日は、将来の日中両国、アジア、そして世界をより良きものにするために、私が考えている視点をいくつか述べました。しかし、21世紀は、皆さんが活躍する場です。それ故、来るべき時代に備え、日中両国若手リーダーが何ができるか、何をすべきかについて、皆さん自身に考えていただきたいと思います。

 かつて、高名な経済学者であるシュンペーターが、「創造的破壊」という言葉でイノベーションの重要性を指摘しました。私は、皆さんには、ぜひステレオタイプな考え方にとらわれず、あらゆる可能性を追求してほしい、そう考えます。例をあげます。

 世界全体の貿易の四分の一以上を占めている東アジア地域、日中両国はその約半分を占めています。このような日中両国の更なる経済連携の可能性、場合によっては、日中EPAの可能性まで議論してもよいのではありませんか。

 また、私たちが将来にわたって平和と繁栄を享受していくために、軍縮・不拡散、PKO、海賊対策、シーレーンの安全保障など、平和構築の分野での日中協力の可能性について、積極的に考えていくことが重要ではないか。

 そのような考えから、私は、ダイナミックな構想を、日中の明日を担う世代が模索し、継続的に議論をするための場として、「日中次世代リーダー対話」の立ち上げを昨日温家宝総理に提案し、ご賛同を得ました。

(「永遠の隣人」)

 日中両国とも、それぞれの国益を踏まえ外交を展開しています。また、両国にはそれぞれの歴史、文化、伝統があります。それ故、時には摩擦が生じることもある。関係が密なゆえに、今後も様々な話題、課題、問題が出てくることは避けられないかと思います。

 しかし、私は、日中関係の将来に極めて楽観的です。なぜなら、将来にわたって日中で「共益」、共通の利益を実現していくことこそが、両国の発展、繁栄を後押しし、アジアや世界の平和と繁栄というものに繋がると確信しているからです。

 地理・歴史的に「永遠の隣人」である日中両国は、「戦略的互恵関係」を築くことを選択しました。これが、日中「共益」を実現していく上で正しい道であるというのが、私の信念です。

 若い世代の皆さんが、ビジネスをはじめとするあらゆる分野において、今まで以上に率直な対話を積み重ねられ、独創的なアイデアをたくさん提起されることを期待しています。我々の世代じゃない、あなた方の世代にこそ独創的なアイデアをどんどん提起していく責任があると考えています。そして、日中両国、ひいては国際社会の明るい未来を築いていかれることを強く確信しています。

 最後に私の拙い中国語を贈って、皆様方の応援歌に代えたいと思います。

 ri zhong nian qing ren. jia you!{首相官邸テキストでは中国語簡体字}(日中の若人よ、頑張れ!)