[文書名] 麻生内閣総理大臣スピーチ 「私の目指す安心社会」
(はじめに)
昨年の9月24日に、首班指名を受けて以来、9か月が経ったことになります。今日は、私が目指しております安心社会について、是非、皆さんにお話をさせていただければと存じております。
今日ここで何をお話ししたところで、この後の1番目の質問というのは、解散についてですね。大体そういうところだと思っております。そこで先に申し上げておいた方がよろしいと思います。今日、解散の時期を申し上げることはありません。しかし、そう遠くない日だと思います。
そして、解散・総選挙の前にどうしてもやっておかなければならないことがあります。それが、日本の安心社会への道筋を国民の皆さんにお示しすることだと思っております。
私はこの間、かつてない経済危機から国民の生活を守ることに全力を挙げてきました。後ほど詳しく申し上げますが、期待どおりの成果は上がりつつあると存じます。
しかし、それだけで国民の皆さんに安心を持っていただくことはできないと存じます。未来の安心社会の姿と、その道筋をお示しすることが必要なのだと思っております。それを今日お話しさせていただければと存じます。
1 経済危機から国民生活を守る
(1)かつてない不況と異例の対策
まず、これまでの9か月間を振り返ります。
私は就任以来、経済対策・景気対策、この1点に全力を挙げて取り組んできました。経済危機から脱出することこそが国民の皆様に安心を提供する最大の政策と思うからです。
「百年に一度」という国際的な金融・経済危機、そして、世界同時不況。昨年の9月15日に、リーマン・ブラザーズというアメリカの大証券会社が倒産しました。いわゆるサブプライムローンの問題が世界中に蔓延していく始まりで、金融不安が拡大しました。その後、実体経済への影響が深刻化し、今度はGM、クライスラーといった世界有数の企業が破綻しました。その結果、日本も戦後経験したことがない不況に落ち込んでおります。実体経済の底割れの防止が最重要課題となったと思います。
この経済災害から国民生活を守る。そのためにあらゆる対策を打ちました。9か月間の間に、予算編成は4度ということであります。かつてない異例なことです。その際には、国民の生活や雇用を守ることに特に重点を置きました。従来の公共事業中心ではなく、国民の暮らしを守る経済対策にしました。できるだけ多くの方々の意見に耳を傾け、迅速に実施する。それが私の基本姿勢です。
(2)世界をリードする
また、今回の金融・経済危機はアメリカ発世界同時のものです。この危機は日本一国で克服できるものではありません。そこで、昨年11月のワシントンでの緊急サミット及び今年4月のロンドンサミットにおいて、私から世界各国が協調してこの危機に立ち向かうべきであることを主張しました。
・不良債権の処理に、場合によっては公的資本の注入が必要なこと。
・金融対策だけでなく、思い切った財政出動が必要なこと。
・IMF、国際通貨基金の資金基盤というものを強化するために1,000億ドル、約10兆円の融資をすること。
・1930年代の大恐慌の教訓というものを踏まえて、各国は保護主義には走ってはいけないこと
などであります。これを主張したのですが、その結果、各国とも主張に同意をしていただいて、それぞれの国で対策を打っておられます。
(3)明るいきざし
こうした懸命な経済対策の取組によって、景気に明るい兆しというものが見え始めつつあります。定額給付金も全国で支給されており、多くの御家庭にお届けいたしました。いろいろ御批判もいただきましたが、大変喜んでいただいている声も多く届いております。
エコポイントやエコカーへの補助というものも、大きな反響を呼んでおります。先日、大型電気店に伺いました。そこでは、エコポイントの対象となった省エネ型の大型テレビや冷蔵庫の売れ行きが昨年に比べて倍、200%、倍増しているとのことでした。
企業の生産の水準など、幾つかの先行指標が反転、上昇に転じております。また、倒産も指数を見ますと減少に転じております。見えやすいところで、一時7,000円まで下がっておりました株価、7,050円だったと思いますが、1万円近くまで、約40%上昇しております。この9か月間の成果です。
しかし、まだ景気が回復したとは言えません。失業率も4月に5%になるなど、雇用情勢はまだまだ厳しいものがあります。手を緩めることなく、引き続き景気対策、国民の生活を守る取組に全力を注ぎたいと思っております。
2 目指す安心社会
さて、次に私が目指す安心社会についてお話をしたいと存じます。
国民の不安は、短期的な景気だけではありません。多くの国民がさまざまな不安を抱いていると存じます。
敗戦後の日本は、目覚ましい経済成長によって豊かで平等な社会を実現しました。豊かさと安心は我々日本人の誇りでした。しかし、この自信の陰でほころびが生じていたのだと存じます。例えばワーキングプア、ニート、最近では子どもの貧困、医師不足。政府がこれらの問題に十分対応できてきていなかったことは率直に認めなければなりません。これが不安と閉塞感を生んでいるのだと存じます。
最もよくないことは、これらの問題に対して目をつぶることです。問題から逃げることです。ビジョンと道筋を示し、実現すること。それが政治の役割だと存じます。
(1)安心
先日、6月15日でしたか、安心社会実現会議の報告書をまとめました。この報告書は、日本が目指すべき安心社会の見取り図と道筋を描いたものです。
私は、これからの安心社会は、これまでの延長線では実現できないと考えております。これまでの豊かな社会は、基本的には
・どのようにして経済成長するか。
・そして、その成長の果実をどう再配分するか
という考え方でとらえられてきました。そこでは、稼ぐ人ともらう人、簡単には二分論になっていたのだと存じます。
これから日本が目指すべき安心社会は、私たちみんなでつくり上げていくものです。安心は与えられるものではありません。自らつくり出すもの。安心は決して至れり尽くせりの受け身の安心社会ではありません。国民一人ひとりが役割と責任を分かち合う。そして、家族や地域で、また世代を超えて、ともに支え、信頼し合える社会をつくり上げることだと存じます。
報告書をお手元に配付してあると存じますが、報告書のポイントは次のとおりです。
i 雇用を軸とした安心
安心と活力の起点は雇用、働くことにあります。働く場がないことや、また不安定な雇用は暮らしを不安に陥れます。これまでは、低い失業率と終身雇用慣行でこれらの問題が顕在化していませんでした。しかし、近年の失業率の上昇や雇用格差を通じて、安心の基本というものは実は雇用だということが明らかになったのではないでしょうか。
そして、もう一つ、安心のために重要なのは教育です。教育の格差は暮らしの格差を生んでおります。どんな家庭に生まれてもきちんとした教育を受けられるようにする。雇用の安定は教育から始まります。報告書では安心の領域として、従来、主要とされてきた医療、年金・介護、子育ての3つのほかに、雇用と教育を加えて、5つが重要であると示しております。そして、55ページのところでも書いてありますが、雇用というものが扇の要になるのだと存じます。
ii 切れ目のない安心保障
ポイントの2つ目は、全生涯・全世代を通じて切れ目のない安心保障だと思います。日本の社会保障は、これまで高齢者を中心に組み立てられてきております。年金と介護です。しかし、若者や現役世代への保障が不十分だ、暮らしの不安につながるというのが近年の経験だと思います。他の先進諸国に比べても、日本の若者や子育て世代への公的支出は、他の先進国に比べて低いと思います。すなわち子どもから高齢者まで、人生に切れ目のない社会保障が必要だということであります。
iii 信頼
ポイントの3つ目は、政府への信頼回復です。政治や行政に対する不信が社会保障への不安を生んでおります。国民の皆様が納めた税金がきちんと国民のために使われているのか不安なのです。政府はこの不安・不信に応えなければなりません。そのために国民の負担と、その見返りに得ている安心というものをわかりやすくしなければならないのだと存じます。
例えば学び、働き、子どもを生み、育む、育てるといった人生の各場面で、どのような給付やサービスを受けられるのか。それをわかりやすく解説した「社会保障ハンドブック」、社会保障に関するハンドブックをつくり、国民の皆様にお配りします。また、国民一人ひとりが必要な支援を迅速・確実に利用できるよう、安心保障カードをお配りします。
以上が安心社会のポイントです。報告書にもっと詳しく、かつその道筋も示してありますので、お読みいただければと存じております。
(2)活力
もう一つの柱である活力の未来像については、当面は景気対策、中期的には財政再建、中長期的には改革による経済成長と申し上げ続けてきました。
景気対策と財政再建、これらを同時に両立させることは困難です。そこで、私は時間軸を明確に設定しました。当面は景気対策に全力を注ぎます。
景気が回復した次に、財政再建への道筋をつけます。これにつきましては、去る23日に決定した「基本方針2009」において新たな財政健全化目標を掲げました。
そして、中長期的には経済成長です。4月に新たな成長戦略である「未来開拓戦略」を策定し、低炭素革命など未来につながる投資を進めております。
以上のように、4月に発表した「未来開拓戦略」と、6月にまとめた安心社会実現会議報告書が安心社会への地図です。これに沿って安心社会を実現してまいります。
23日に決定した「基本方針2009」は、この考え方に基づいて具体的な施策、重点施策を盛り込みました。キーワードは「安心・活力・責任」です。国民の皆さんに私の政策の全体像を具体的にお示しできたと自負もしております。来る総選挙に勝利して、引き続き、その実現に責任を持たなければならないと思っております。
3 私が変える政治
さて、多くの国民の皆様が日本の政治に不満を持っています。それは国民の期待に政治が応えていないということだと存じます。私は、このことについて真剣に反省しなければならないと考えております。国民の政治への信頼を回復するためには、魔法も即効薬もありません。国民の不満と要求に対し、一つひとつに応え、信頼を回復するしかありません。
皆さん、しばしば政治を変えなければならないとおっしゃいます。そのとおりです。しかし、このような言葉をもてあそんでも、むなしさだけが残りませんか。具体的に何を変えるのか。どのような目標を立て、どのような道筋で実現するのか。それを明らかにしない限り、政治への不信は戻らないと存じます。そして、政権与党はそれを実行し、実現しなければなりません。その責任がある。勿論、財源を考えないばらまきや不相応に矛盾した政策の羅列はもはや許されないと存じます。財源もなしにサービスだけを約束する、そのような無責任なことは、政権与党はできないのです。
私が政権をあずからせていただいてから9か月、賢明な皆様方なら、我々が政策と政治の在り方を、今、大きく変えつつあることにお気づきの方もおられると存じます。
(1)国民の期待に応える政府
まず、私は単純な小さな政府至上主義から決別をさせていただきました。この9か月の間に、かつてない規模の経済対策を打ちました。今年度予算の規模は、補正を入れますと100兆円を超えました。市場機能だけではうまくいかない場面があることが、今回の金融・経済危機の教訓です。その場合に政府が前面に出ることを私は躊躇しません。
しかし、それは決して単なる大きな政府を目指すものではありません。国民の期待に応えるためには、政府の守備範囲は広がります。例えば、安心できる社会保障や金融機関の規制・監督などです。しかし、政策を実施するときにはなるべく民間の力を借りて、政府は小さい方がよいのです。私は大きな政府か、小さな政府かといった単純な選択ではなく、機能する政府、そして、簡素にして国民に温かい政府というものを目指します。
(2)生活者中心の行政
また、これまでの生産者重視の行政から生活者重視の行政へと大きく舵を切りました。経済対策では、暮らしを守ることに重点を移しました。かつての経済対策では、公共事業が約50%、半分ぐらいを占めていたと記憶します。それに対して21年度の補正予算では、公共事業費の比率は2割に満たないと存じます。16%ぐらい。
消費者庁は9月から発足されます。明治以来、日本の行政は、生産者支援というものを中心としてやってきたんです。消費庁は、この発想を逆転させるものでもあります。
(3)責任
今の政治に求められているもう一つのもの、それは責任と思います。私は、昨年10月30日の記者会見で、経済対策の発表と併せて、国民の皆様に消費税の引き上げの必要性を訴えました。誰だって増税は嫌なことです。しかし、毎年1兆円規模で膨れ上がる社会保障費、少子高齢化の結果ですが、この社会保障費を賄うために、増税は避けて通れないと存じます。これを放置するということは、子や孫の世代に借金を残すことです。国民に対しても耳の痛いことも言う、それが政治家の責任だと存じます。
このため、中期プログラムにおいて3年後、経済状況の好転を前提に税制の抜本改革を行うことを明らかにしたということです。そして、法律にも書き込みました。この増税分はすべて社会保障や少子化対策に使い、国民の皆さんに還元します。
勿論、負担をお願いするに当たっては、不断の行政改革と無駄の徹底的な排除が大前提です。私と自由民主党は困難から逃げません。国民の皆さんに目指すべき社会のビジョンというものをお示しし、具体的に実行してまいります。行政の無駄を徹底的に削減し、公務員の天下りあっせんをやめます。必要ならば増税もお願いします。
(おわりに)変わる自民党、変える政治
今日のお話の最後になりますけれども、次のことを申し上げたいと存じます。自民党は変わります。変わらねばなりません。私は、日本の政治を変えなければならないと思っております。私は、国民が日本の政治に不満を持っていること、それを認めなければならないと申し上げました。
そして、政府、自民党がその責任から逃れられないことも認めています。自由民主党は長年にわたって日本の政治を担ってきたんです。成功への貢献とともに、失敗に対する責任も認めなければならないと思います。私たち自由民主党は常に満点だったというつもりは全くありません。
しかし、問題が指摘されるたびに、自由民主党という政党は自らを改革し、課題を克服してきたのが歴史だと思います。
今、更に大きな変革、改革が求められております。自由民主党は変わります。そして、私は日本の政治を変えます。日本を守るために変える。それが日本を再び強く明るい国に変えるためであります。次なる発展に、私、麻生太郎と我々自民党は責任を持たねばならない。責任を持つ。
国民の暮らしを守るのが自民党、日本を守る自民党、それを最後に申し上げて講演を終わらせていただきます。
長時間の御清聴ありがとうございました。