データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 途上国支援に関する「鳩山イニシアティブ」

[場所] 東京
[年月日] 2009年12月17日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 鳩山総理大臣は、国連気候変動首脳会合において途上国の支援策について様々な提案を行った。今般、日本の途上国支援の基本的方針としてそれら提案事項を具体化し、途上国支援に関する「鳩山イニシアティブ」として取りまとめた。日本は、今後、このイニシアティブを実行に移すことにより、世界規模での「環境と経済の両立」の実現と「低炭素型社会」への転換に貢献するつもりである。

1. 基本認識

 <気候変動問題>

 気候変動の現状は深刻であり、我々一人一人の迅速な行動が求められている。

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)では、大気中の温室効果ガス濃度の上昇により、2100年までに世界の平均気温が1.8〜4.0°C上昇すると予測している。また、こうした気候変動現象により、世界規模での極端な高温や熱波、大雨の頻度増大、生態系の重大な損失、海面水位の上昇、食料生産の影響等が発生する可能性も指摘されている。{前80文字下線有り}

 <世界が対策の必要性で一致>

 気候変動問題は、一人の力、一国の力では解決できない。世界各国の結束、緊急かつ息の長い長期間の取組、途上国への国際協力の拡充が必要である。

 G8各国は、日本が主催した2008年の北海道洞爺湖サミット及び2009年のラクイラ・サミットにおいて、産業化以前の水準からの世界全体の平均気温の上昇が摂氏2度を超えないようにすべきとの広範な科学的見解を認識するとともに、2050年までに世界全体の温室効果ガス排出量の少なくとも50%の削減を達成するとの目標を全ての国と共有することを表明し、この一部として、先進国全体で同年までに1990年又はより最近の複数の年と比して80%またはそれ以上削減するとの目標を支持することに合意した。

 気候変動対策の必要性は、今や先進国のみならず途上国も含む世界が認めるところとなっている。2009年、エネルギーと気候に関する主要経済国フォーラム(MEF)首脳宣言において、中国やインド等の主要排出途上国を含む各国首脳は、気候変動は世界全体として異例の対応を必要とする明白な危険を呈していることを確信し、この課題に精力的に対応することで一致した。

 <途上国支援の必要性>

 世界全体の温室効果ガス排出量に占める途上国の排出量の比率は、1990年の34%から、2005年には50%と増加しており、今後も増大していくことが見込まれている。したがって、全地球的に気候変動対策に取り組むためには、途上国も、絶対的ないし(何も対策を採らない場合に比して)相対的に温室効果ガスを削減することが不可欠である。

 更に言えば、途上国では温室効果ガスを追加的に削減するのに要する費用が小さく、地球規模での削減を進める上でも、途上国における削減は効率的であると言える。

 国際連合において2001年にとりまとめられたミレニアム開発目標(MDGs)の一つにも、環境の持続可能性を確保すべきことが謳われている。その一方、多くの途上国において、資金が限られている中、気候変動対策よりも他の経済社会開発が優先される傾向があることも事実であり、こうした国への支援を通じた対策強化が必要とされている。

 第一に、緩和行動への支援が必要である。途上国支援に当たっては、日本の優れた技術を活用した省エネルギー・クリーンエネルギー化への途上国からの期待や、途上国が一次産業に依存していること、途上国における森林減少及び劣化への対策(REDD)の重要性、環境汚染対策と気候変動対策を同時に進めるコベネフィット・アプローチの有益性にも十分配慮すべきである。

 第二に、気候変動の悪影響に脆弱な国において、気候変動に起因する自然災害への対応や生物多様性の保全など、適応のための能力を強化する必要がある。{前399文字下線有り}

 更に、途上国支援のための資金は世界規模で迅速かつ相当に拡大されるべきであり、その資金は官民双方から動員される必要がある。

 <日本が果たすべき役割>

 気候変動対策に国家として政策を総動員し、地球と日本の環境を守り、未来の世代に引き継いでいくことは我々の世代の責務である。また、日本は、経済成長を維持しつつ、公害問題を克服し、省エネルギー型社会を構築した実績がある。さらに、自然災害への対応や天候不順への適応等には長い歴史と豊富な経験を持つ。この経験を途上国の持続可能な開発に役立てていくことが必要である。

 日本は、相当の新規で追加的な官民資金を通じて、日本の得意分野を生かし、途上国に対するきめ細かな支援を行う。特に、民間資金と技術を引き出し、支援の充実を図るには、ビジネス上のモチベーションを上手く活用することが不可欠であり、途上国支援の面でも、環境と経済の両立を図っていくことが重要である。また、支援を通じて日本は先進国と途上国との架け橋となり、世界規模での低炭素型社会への転換に貢献することを目指す。{前200文字下線有り}

 このことはまた、日本が自らの気候変動対策技術に磨きをかけることで世界の先頭に立ち、日本の緩和と適応双方の技術と知見を世界に広めることにつながり、日本経済にとっての大きなチャンスをもたらす。

 <日本の途上国支援の骨格>

 まず、2012年末までの間、排出削減等の気候変動対策に取り組む途上国、及び気候変動の悪影響に対して脆弱な途上国への支援を行う。この支援は、世界全体での温室効果ガス削減に貢献すること、2013年以降の新たな枠組みへのスムーズな移行に貢献すること、そして新たな枠組みへの途上国の野心的な参加を促すこと等を目的とする。

 2013年以降の支援については、支援の効果を最大化させる国際システム(世界銀行等も活用した基金設立、マッチング・メカニズム等)について世界に提案しているが、日本としても技術、資金、人材のあらゆる面で応分の貢献を行う。また、緩和の分野においては、民間企業の意欲を高めるような仕組みを新たに提案していくことによって、省エネ機器・設備から原子力発電等のインフラ・システム分野に至るまで、幅広い分野で日本の先進技術の世界への普及を促進し、支援をより充実させることを目指す。{前385文字下線有り}

2. 2012年までの支援

 <新たな公約>

 以上の課題に対し、国際社会において重要な責任を担う国の一つとして、日本は、COP15における政治合意の成立を前提として{前22文字下線有り}、従前の公約(クールアース・パートナーシップ。民間資金を含み、2008年から5年間で1兆2,500億円(概ね100億ドル)規模の支援)を再編し、より円滑な支援の実施を可能にするとともに、排出削減等の気候変動対策に取り組む途上国、及び気候変動の悪影響に対して脆弱な途上国を広く対象として、国際交渉の進展状況を注視しつつ、2012年末までの約3年間で、官民合わせて約1兆7,500億円(概ね150億ドル)規模の支援(うち公的資金1兆3,000億円(概ね110億ドル))を実施する。{前79文字下線有り}

 この新たなイニシアティブの下、日本が有する低炭素技術等の優れた技術や知見を積極的に活用した途上国の緩和行動への支援や、特に緊急を要する脆弱な途上国や島嶼国の適応プロジェクトやキャパシティ・ビルディングへの支援を強化し、より広く総合的な分野に対し、効率的、効果的な支援を実施していく。

 <具体的支援策>

 経済的に厳しい状況に置かれている途上国の温室効果ガス排出量削減及び気候変動のもたらす悪影響に対する取組を後押しすべく、STEP(本邦技術活用条件)、気候変動対策プログラムローンなどの円借款や無償資金協力、技術協力といった二国間支援を強化していく。具体的には、途上国における、再生可能エネルギー、高効率火力発電など低炭素型電力供給システムを含むエネルギーインフラの導入をはじめとした省エネルギー・クリーンエネルギー化推進、鉄道等低炭素な交通インフラの整備、省エネ・省水型工場システムなど低炭素な社会インフラ・システムの導入、森林減少及び劣化への対策等の緩和策や、気候変動の悪影響に脆弱な途上国において防災対策、高温・干ばつ・洪水等の自然災害の激甚化対策、生物多様性保全等の適応策を支援し、また途上国政府の政策に気候変動対策を組み込んでいくことを積極的に支援していく。また、日本と米英が主導して世界銀行に設立した気候投資基金(CIF)をはじめとした多国間協力を進めていく。

 さらに、公的資金・公的リスク補完機能を民間資金の呼び水とすることや、日本が有する優れた技術や知見を積極的に活用することを推進する。このため、国際協力機構(JICA)、国際協力銀行(JBIC)による気候変動ファイナンスの拡充、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)等による民間プロジェクト支援や研究協力、日本貿易保険(NEXI)のリスク補完の強化等を行う。これらの取り組みにより、民間部門と密接に連携し、プロジェクト案件の発掘、形成、ベストプラクティスや削減ポテンシャルの共有、人材育成も含めた途上国支援を行っていく。

3. 2013年以降の支援

 <巨額の資金の必要性>

 2020年や2030年時点での途上国での資金需要については、温室効果ガス削減に向けた先進国と途上国の役割分担のあり方や、取組の進展振り等により変化するものである。この資金需要については様々な分析や提案がなされている。

 日本は、本年9月の国連気候変動首脳会合で、気候変動問題の解決のために、巨額の資金需要があり、そのための支援を戦略的に増やしていくことの必要性を訴えた。

 この大きな資金需要にかんがみ、既存の枠組みに加えて途上国支援に必要な財源を確保するための制度の検討を進めており、各国の準備の状況に応じて日本も相応の対応をしていく。

 <官民双方による途上国への支援・投資と、それを支える国際的なシステムの具体像>

 世界全体としての2013年以降の途上国支援においては、二国間の支援や多国間の枠組みを通じた支援、民間資金の何れもが一層活用されるべきであり、それぞれの支援の効果を最大化させる国際的なシステムの構築が不可欠である。また、特に民間セクターには、技術の開発、普及及び移転において重要な役割が期待されており、民間資金を引き出していくためのインセンティブを織り込んだ制度設計が欠かせない。こうした観点から、2013年以降の取組に当たっても、JICA、JBIC、NEDOや貿易保険等の一層の活用を図っていく。

 <国際的な資金枠組み>

 国際的な多国間支援の枠組みについては、既に本年11月に国連の作業部会において、途上国の緩和行動、適応行動、体制強化及びキャパシティ・ビルディング(人材育成)の支援を行うため、世界銀行を活用した基金等の3つのマルチ基金の設置を中心とした日本提案を提出した。現在、各国の提案の統合をはかるなどの形で交渉が進んでいる。気候変動関連の基金による円滑で実効性ある資金提供、スリムな組織による迅速かつ途上国ニーズの多様性に対応した適切な支援、気候変動の悪影響を受けやすい脆弱な途上国へのフレンドリーな支援の実施を可能とする枠組みで合意がはかれるよう、引き続き建設的に交渉に参画していく。

 また、途上国支援の予測可能性や革新的メカニズムについても国際交渉が続いており、今後も積極的に議論に参画していく。

 <ワンストップの情報提供及びマッチング>

 日本は、国連の気候変動に関する枠組みの下で、資金の使途の透明性及び実効性を確保しつつ、専門家グループがワンストップの情報提供を行い、マッチングを促進すべく案件毎に最適な資金へのアクセスを迅速化する支援を行うメカニズムをあわせて提案しており、そのような考え方の実現に向け、積極的な交渉を行う。また、実際の制度の構築にあたっては、技術協力アドバイザリー・グループとの補完・連携に適切に配慮していく。

 <技術移転促進と知的財産権の保護>

 また、途上国のニーズと実態に即した技術協力を知的財産保護と両立する形で実現するべく、官民パートナーシップによる技術協力アドバイザリー・グループの構築も提案している。日本は、ここに含まれる、地域・セクターを中心とした、地に足の着いた技術移転という考え方が反映されていくよう国際交渉に積極的に参加していく。

 <測定・報告・検証の仕組み>

 なお、緩和の測定・報告・検証(MRV)に関する議論もCOP15に向けて交渉は大詰めを迎えているが、国際機関等の活用や専門家組織の設立も含め、その仕組みを確立・改善し、途上国での排出削減効果を最大化できるよう、引き続き他の先進国や関係機関と協力しながら交渉にあたる。

 <適切なクレジット制度の構築>

 また、民間資金・民間技術は、途上国による温室効果ガス排出削減を強力に進める上で不可欠である。その意味において、交渉に当たっては、まず、気候変動対策としての効果(環境十全性)に配慮しつつ、現行の柔軟性メカニズムの改善を行う必要がある。加えて、日本が世界に誇るクリーンな技術や製品、インフラ、生産設備などの提供を行った企業の貢献が適切に評価されるよう、また、途上国における森林減少及び劣化への対策なども気候変動対策として適切に評価されるよう検討することを含め、新たなメカニズムの構築を提案していく。同時に、炭素クレジットに関する国内の制度設計を進めつつ、二国間、多国間を含む様々な枠組みを通じて、クレジットを生み出す新たなプロジェクトを開拓し、民間投資を促進していくことも、積極的に検討する。

 <日本の官民による貢献の姿>

 日本としては、各分野で有する高い技術力を戦略的に活用しつつ、官民一体となって応分の貢献を行っていくつもりであり、同時に各国にも積極的な貢献を求めていく。さらに、支援の具体的な実施にあたっては、2013年以降の新たな国際枠組みのあり方など、国際交渉の進展を十分注視し、先進国の約束、途上国の行動、これに対するMRV等、他の論点とともに一体的に検討していく。