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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第18回国際交流会議「アジアの未来」野田総理スピーチ

[場所] 
[年月日] 2012年5月24日 
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

リー・クアンユー・シンガポール元首相、

マハティール・マレーシア元首相、

並びに、ご列席の皆様、

 本日は、「アジア・太平洋の世紀」の確かな礎を築いてこられた偉大なる大先輩、そして各国の政治・経済の中枢を担っていらっしゃる、まさに「当事者」の方々を前にして、アジアの未来と日本の役割についてお話しをさせていただく機会を頂戴し、大変に光栄です。

 まず初めに、昨年の東日本大震災に際して、我が国に寄せられた温かい支援と励ましに対し、改めて御礼を申し上げます。

 震災から一年余りを経て、被災地の復旧・復興は道半ばではありますが、明るい兆しも見えてまいりました。

 その一つの表れは、被災地の「海」にあります。津波で破壊された東北沿岸部の港湾での貨物の取扱量は、既に震災前の水準に戻りました。また、地域の基幹産業である漁業についても、宮城県の漁港の水揚げは、金額ベースで震災前の8割程度にまで回復をしております。

 日本経済全体も、震災直後こそ製造業のサプライチェーンに支障が生じて大きな影響を受けましたが、復興需要にも支えられて力強い回復を遂げており、先に発表された直近の四半期のGDPは、年率4.1%の高い伸びを示すまでになっております。

 震災直後に導入された日本産品への規制や日本への渡航制限についても、多くの国で措置の緩和や撤廃が進みました。未だ規制が残る国におかれましても、最新の状況を踏まえた見直しや緩和が進んでいくことを強く期待をしています。

(1.世界史の中の「アジア太平洋の世紀」)

 さて、「アジアの未来」に思いを馳せるにあたって、まず、アジアに住む私たちは、長い文明の歴史の上で、類まれなる幸運のもとに生まれているということを確認したいと思います。

 人類の文明は、その発祥以来、「西回り」でその重心を移してきました。

 黄河、インダス、メソポタミア、エジプトに発祥した文明は、ギリシャやローマを経てヨーロッパで大きく花開き、大英帝国の時代の後に、アメリカ中心の20世紀を迎えました。

 そのアメリカも、西側の太平洋へと軸足を向け、「アジア・太平洋の世紀」が、今、本格的に幕を開けようとしております。

(2.中間層の拡大が牽引する豊かさ)

 「アジア・太平洋の世紀」の最大の特徴は、かつてない規模での「豊かさの増大」にあります。

 最新の予測によれば、5年後には、アジア新興諸国のGDPは20兆ドルに達し、米国やEUと並ぶ巨大経済圏になると見込まれております。21世紀初頭は、わずか2.5兆ドル程度であったことを考えると、その成長力は驚異的であります。

 豊かさは、「中間層」の爆発的な拡大を生んでいきます。今後10年の間に10億人を超える新たな中間層が生まれ、その旺盛な購買力が生み出す好循環は、これからの世界経済を動かす巨大なエンジンとなることは間違いございません。

(3.「アジアの未来」の鏡としての日本)

 しかし、こうした「豊かさが一人一人に広がっていくアジア」というバラ色の未来図は、待っていれば自動的に実現できるほど単純なものではありません。

 「繁栄」を現実のものとするためには、行く手に潜んでいる様々なリスクに対する備えが欠かせません。それでは、私たちは、いかなるリスクを念頭に置き、どのような備えを用意しておくべきなのでしょうか。

 その手がかりは、東日本大震災から一年余りを経た日本が抱える数々の課題の中にあります。

 大震災からの復興。原発事故後のエネルギー政策の再構築。疲弊する中間層の建て直し。そして、世界最高速で進む少子高齢化への対処。私は、こうした難題に立ち向かい、一つ一つ解決策を見出していくという使命を負っております。

こうした問題は、精緻に眺めれば、10年先、20年先を見渡した際に、いずれの国も向き合わなければならない「アジア共通の課題」を含んでいることに、既に多くの方がお気づきではないかと思います。

 自然の脅威は、日本においてすら、決して侮れるものではなく、多くの人たちから住み慣れた「ふるさと」の平穏な暮らしを奪いました。災害多発地帯であるアジアにおいては、東日本大震災の教訓に学び、災害に強いまちづくりを目指していかなければなりません。

 世界最大の化石燃料消費地域であるアジアは、資源多消費の従来型成長を続ける限り、早晩、資源・エネルギー面での制約が成長の限界となる事態に直面します。「低炭素成長」の具体化を急がなければなりません。

 そして、リー・クアンユー元首相がかねてより警鐘を鳴らされているとおり、社会の高齢化の波は、2020年以降、確実にアジアを覆っていきます。高齢化がもたらす社会の歪みに、早くから万全な備えをしておかなければなりません。

 こうしたリスクを封じ込め、アジアは、強靭な活力ある社会を維持していけるのでしょうか。日本は、アジア全体の先行きを占う壮大な「鏡」であり、アジアのどの国よりも早く、この挑戦に立ち向かわなければなりません。

(4.アジア全体に資する日本の挑戦)

その典型となる挑戦が、「社会保障と税の一体改革」であります。

 戦後の日本は、国民皆保険、国民皆年金といった確かな社会保障制度に支えられた「分厚い中間層」の存在により、世界に類のない高度成長を達成しました。しかし、あまりにも急速に少子高齢化が進み、制度を持続可能とするため、大きな手術が「待ったなし」になっております。

 少子高齢化社会到来は、ずいぶん前に予見されていましたが、問題は半ば先送りされてまいりました。

 私は、この改革を成し遂げることによって、課題を先送りしない「決断する政治」の先鞭をつけたいと考えています。私は、「決断する政治」の象徴的な課題だと考えるからこそ、この一体改革を最優先課題の一つとして掲げ、その実現に向けて全力を傾けているところでございます。

 この長年の「宿題」を日本が自ら解決し、確かな処方箋を示していけなければ、2020年以降、日本を追いかけるように高齢化していく他のアジア諸国に対して、同じ課題を残したままになってしまいます。

 この改革を必ずや実現して、持続可能な高齢社会の「アジア・モデル」を示していきたいと考えています。

(5.地域の「繁栄」の基盤づくりのために)

豊かなアジアの未来を呼び込むためには、各国それぞれの取組とともに、「繁栄の共通基盤づくり」に皆で汗をかかなければなりません。

 「財政健全化」と「経済成長」の両立は、繁栄の大前提となる課題です。特に、人口構成が高齢化していけば、経済成長を促すための環境整備は、各国共通の課題として、今まで以上に意識されていくでありましょう。

 高いレベルでの経済連携を目指した「アジア太平洋自由貿易圏」は、域内の経済成長を促す基盤として、より重要性を増すはずであります。

 その実現に向け、TPP交渉参加に向けた関係国との協議を引き続き進めるとともに、先般の日中韓サミットで年内の交渉開始につき一致した日中韓FTAやASEANを中心とした東アジア地域の包括的な経済連携を並行的に追求をいたします。

 これらの取組が相互に刺激し合い、すべてが活発化するというダイナミズムが働いていくことを期待しているところであります。

 このように、我が国としては、様々な場を活用して、域内の貿易・投資のルールづくりを主導し、議論を牽引したいと考えております。

 また、各国の先駆的な知見を集め、低炭素成長を加速させることも重要です。

 先月、東京で開催した「東アジア低炭素成長パートナーシップ対話」は、そのための先駆的な取組の一つです。「省エネ先進国・日本」として、この分野で引き続き主導的な役割を果たしてまいります。

(6.繁栄に欠かせない「安定」をもたらすために)

 そして、「繁栄」を追求するためにも、地域全体の「安定」が欠かせません。そのために重要なのは、共通のルールに基づき、摩擦に対処していくという姿勢であります。

 域内のルールメークの基盤となるのが、開放的な地域協力です。ASEANとの間で進めている域内の連結性強化の取組はその一例であり、これを、改革が進んでいるミャンマーを経て、成長著しい南アジア地域まで繋げることによって、更なる地域の発展が期待できます。

 また、欧州発の金融危機がアジアに波及することを未然に防ぐため、チェンマイ・イニシアティブを強化する具体策に合意したのも、地域の安定に寄与する重要な取組であります。

 我が国は、今後とも、東アジア首脳会議やAPECなど様々な場を使って、域内の秩序・ルールづくりに重層的に取り組み、アジア・太平洋の安全保障を高め、地域の安定に積極的な役割を果たしてまいります。

(7.おわりに)

 私は明日沖縄に赴き、第6回太平洋・島サミットを主催をいたします。太平洋島嶼(とうしょ)地域の平和と繁栄に向けた有意義な議論を行う考えです。

 「繁栄」と「安定」に裏打ちされた、確かな「アジア太平洋の世紀」を切り拓いていくために、各国がそれぞれの責任を果たしながら、共に成し遂げていくべき課題は、数多くあります。

 この『アジアの未来』に代表される知的交流の場は、そうした課題を再確認し、地域の協力を進展させるきっかけとなりうるものです。関係者のご尽力に敬意を表しつつ、今後の益々の発展をお祈りして、私のスピーチを締めくくらせていただきます。

 ありがとうございました。