[文書名] 野田佳彦内閣総理大臣講演会(早稲田大学)
【講演】
改めまして、皆さんこんにちは。早稲田大学のOBとしましては、この大隈講堂でお話をさせていただくということは、こんなに名誉なことはございません。大変、緊張をしています。また、今日は日曜日にもかかわらず、多くのみなさまにお集まりをいただきましたこと、感謝を申し上げたいと思います。先ほどご挨拶をいただきました鎌田総長はじめ、あるいは田中先生をはじめ、早稲田大学の関係者のみなさまに御礼を申し上げたいと思います。
私は今日お集まりの学生のみなさんの、だいたいお父さんの年代ではないかと思います。生まれたのは1957年、昭和32年であります。はじめて政治を意識したのはその3年半後、1960年。昭和35年の10月、当時の社会党の委員長を務めておられました浅沼稲次郎さん。右翼の少年に刺されて日比谷公会堂で亡くなるという事件がございました。これが私の最初のポリティカル・メモリーであります。私の母は既に亡くなりましたけれども、「なんであの人は亡くなったの」と、幼児だった私が聞いた記憶があるんですけれども、そのときに「政治家って大変な仕事なんだよ」「命がけの仕事なんだよ」と言われた記憶があるというのが、最初の原体験であります。
この話をよく女房にも言うのですが、信じてくれません。3歳半で覚えているわけないでしょうと。私は実は、ハイハイをしたころの記憶もあるんです。廊下をハイハイしていて、縁側の外の芝生が気持ちよさそうだったので自ら転がり落ちた記憶があるんですけれども、そういう話をしても女房は信じてくれません。「あなたはどうせ、ハイハイして小学校に通学したんでしょう」と。
国内政治の最初のポリティカル・メモリーが浅沼さんの暗殺なのですが、保育園に通っていた時に、今度はアメリカからショッキングなニュースが流れてきました。ジョン・F・ケネディの暗殺です。内外ともに政治家って大変なんだなぁというのが私の幼児体験なんです。ところが、だんだん長じて物心がついてくると、命がけで何かをやっている政治家の姿は見えない。むしろ、自分たちの利益、お金のために動いているのではないかという事件が続発をしました。中央でもありました。私は千葉県選出ですが、千葉県でも金権風土を象徴する事件が相次ぎました。おかしいなと思って、政治を学ぼうと思って入ったのがこの早稲田大学の政経学部の政治学科なのです。
もともとは、大学をどこにしようかと思ったときに、たまたま五木寛之の『青春の門』を読んでしまって、早稲田にあこがれてしまい、第一希望を政経学部にしました。そして、この政治学科を卒業した後には、先ほどの総長のお話ですと、早稲田大学は1番に政治家をつくること、2番に法律家をつくること、3番目は新聞記者と言っていましたけれど、記者になろうと思っていました。ペンを通じて政治を正していきたいと思ったのが、早稲田大学に入った頃の私の「志」です。志と言っても、「大志」までには至っていません。小さな「寸志」くらいの志でございました。そんな時に松下政経塾の第一期生募集という新聞広告を見てしまって、ふと自分の手で政治を正してみようと思ったのが、この世界に入るきっかけでした。早稲田大学での4年間、本当に楽しく過ごさせていただきました。あまり勉強したかどうかは言いませんが、ただ、早稲田大学を大変優秀な、大変すばらしい成績で卒業した・・・友達はいます。
政経塾に入ってすぐ、当時の松下政経塾は5年制なんですけれども、地元に帰って活動を始めました。活動を始めるといっても正業に就くということはできません。当時27歳でやったことは家庭教師です。あるいはタウン誌の編集の手伝いもしたり。月10万円稼ぐというのは大変でした。いまでいう「フリーター」をやりながら2年間活動を続けて、29歳の時に初めて千葉県の県会議員選挙に出馬をいたしました。全く地盤、看板、カバンはありません。そういえば、プロパンガスのガス漏れ検針という仕事もやりました。色々なことをやりました。
色々なことをやりながら、29歳の時に無手勝流で選挙に出ました。そのとき以来、私の志はある意味で変わっていないのです。ずっとやりたいと思ってきたことは、「政治改革家」です。29歳で無手勝流でバッジを目指すこと自体が、これは政治改革だと思いました。お金はありません。だれも応援してくれる人はいません。ですから、毎朝毎朝、街頭に立つということを繰り返しました。毎朝では足りないから、1日13時間マイクを持ってしゃべり続けるという荒行もやりました。街宣車が買えないから、自分でハンドマイクを持って歩きながらしゃべりました。そういうことによって当選させていただいたことが原点でありますが、自分のように何も背景がない者でも、真剣に有権者のみなさんに訴えれば、当選して仕事ができるということを実感することができました。これが私の「政治改革家」としての一歩だったと思っています。
いま、95代の内閣総理大臣になりました。歴代、そうそうたるメンバーです。でも明治の時期は、我が大隈候を含めて、雄藩出身の方が総理大臣になることが多かった。戦前は軍人がなることも多かった。戦後は官僚、あるいは世襲の議員が多くなっている中で、自分のような無手勝流で戦ってきた政治家が内閣総理大臣という重たい職責を担うことが出来るのも、一つの政治改革だったと思っています。
初めて国政に挑戦したときは93年、まさに政治改革国会のときでありました。ずっと私は「政治改革家」を目指してきたと思います。政治家、英語で言うと “politician”と“statesman”があります。“politician”は部分利益の代表です。“statesman”は国のことを考えた政治家です。でもそれ以上に、政治家よりも「政治改革家」という一つの役割があるのではないかと思っていました。
私の理想とする政治家はどなたも知らないと思いますけれども、イギリスの19世紀の政治家のヘンリー・ジェームスという人です。19世紀末のイギリスの政治は、パブでビールをおごったり食べ物をおごったり、買収・饗応が一般的、当たり前。それでは良い政治が出来ないということで、志ある政治家と心ある有権者が共同して、腐敗防止法という法律を作りました。その腐敗防止法を作るのに、先頭に立ったのがヘンリー・ジェームスという人であります。でも今、イギリス人に聞いてもほとんど誰も知りません。サッチャーやチャーチルは知っている。ロイド・ジョージは知っている。ヘンリー・ジェームスって誰?そういう政治家です。でも、名もないそういう政治改革家がいたから、今のイギリスの政治があると思います。私はそういう人にずっとなりたいと思ってまいりました。そう思っている中で政治改革というのは、選挙制度を変えたり公職選挙法を変えたり、そういうことだとこの前まで思っていたのです。でも今、変わったのです。
それは、去年の夏のことでありました。イギリスのエコノミスト誌に『日本化する欧米』というタイトルの記事がでました。イラストがびっくりするのです。メルケル、ドイツの首相と、アメリカのオバマ大統領が2人ならんでいます。メルケル首相がかんざしを挿して着物姿、オバマ大統領も和服姿。後ろにお風呂屋さんのように富士山がかかっている、そういうイラストです。どういう意味かというと、当時から、欧州においては債務危機があったけど、なかなか抜け出すための知恵が出ず、先送りされている。アメリカでも債務上限の問題があったけれど、なかなか先へ進まない。そういう状況を踏まえて『日本化する欧米』と書いてありました。
「日本化」なのです。日本は「失われた20年」と言われ、やるべきこと・決めるべきことを決めないでずっと先送りしてきたけれども、欧米は日本のようになっていいのか、というのがその記事の趣旨でありました。私はその記事を見て、改めて自分のやらなければならない最大の政治改革とは何かを考えました。決めるべきことを先送りしないで、決めるときに決める政治を行う---これが日本において最大の政治改革だと思いました。そのことを踏まえて昨年の9月に民主党代表選にチャレンジをし、曲折がありましたけれども何とか勝たせていただきました。そしてその先送りしてきた最大のテーマ、決めるときに決めないでダラダラと延ばしてきた最大のテーマが、今国会の中でご審議いただいている社会保障と税の一体改革、これがまさに象徴的なテーマでございます。
社会保障はどんな場面で出番があるのか、まだみなさんお若いですからよく分からない部分があるかもしれませんが、これから子育てをするようになったとき、その支援をどうするのか、不幸にして失業してしまったとき、そのときに失業保険等々が出てくる。病気や怪我をしたとき、あるいは年老いて生活をどうしようと思ったとき、それぞれの人生の段階段階において困ったとき、弱ったときに出てくるものが社会保障です。全ての国民の生活に直結をしていると思います。
その社会保障の日本の制度の根幹は、私は基本的には世界に冠たる制度であったと思います。国民皆保険・国民皆年金、これは今から半世紀前、昭和36年からスタートしました。その制度自体は、先ほど世界に冠たる制度と言いましたが、例えば皆さんが病気になって体調が悪い、病院に行く、診療所に行く、保険証1枚持って行けばどこでも診療を受けることが出来ます。自己負担3割でどこでも受けることが出来ます。大変便利な制度です。その制度があったが故に、色々と医療において課題があると言いながらも、平均年齢が83歳、世界一の長寿国になりました。新生児の死亡率は世界で一番低い水準です。というように、皆保険という制度は世界に誇るべき制度だと思います。アメリカは、オバマ大統領の改革の以前には四千数百万人が自由診療、保険の対象になっていない人たちがそんなにいました。ストックホルム、スウェーデンは、かかりつけ医がいてしっかりしているように見えるけれども、まずかかりつけ医であって、高度な医療を受けるには時間がかかる、待たなければいけない、90日もかかることもある。そういう中において、私は日本の国民皆保険制度と、それに支えられた医療制度は基本的には立派な制度だったと思います。
年金はどうか。国民皆年金。高齢者の平均年収は約300万円です。そのうちの220万は年金に頼っています。7割は年金に頼っています。高齢者の世帯約1千万世帯の約6割は年金だけで暮らしています。というように、老後の生活を考えるうえで年金制度は欠かすことはできません。まさに国民の中に定着していると思います。
介護保険制度は2000年からスタートしました。介護の社会化、社会で面倒を見るということは、いま大変恩恵を受けている方が多いと思います。それまでは息子さんや娘さんが、親御さんが年老いた場合、介護が必要な時に面倒を見てきた。場合によっては、お嫁さんが面倒を見てきた。そういう時代ではなくなり、介護保険制度も定着をしてまいりました。
こういう制度を持続可能なものにしていかなければいけないということが、我々がまず強く問題意識として持たないといけない。だけど、この社会保障制度の足元が、残念ながら揺らぎ始めてきています。第一は、人類が経験したことのないような、世界最速の高齢化です。高齢化が進めば進むほど、当然のことながら医療や介護のお金がかかってきます。毎年、放っておいただけで、自然増という形で1兆円、社会保障費用がかさんでいきます。1兆円。豆腐の1丁2丁ではありません。1兆円です。1万円札を平積みしていったら、1兆円はどれくらいの高さになる思いますか。すごいですよ。1万メートル。エベレストを超えます。1万円札は1グラムです。1兆円分の1万円札はどれくらいの重さになるでしょう。持てません。100トン。私だって0.08トン。あまり計算しないでください。使ったらどうでしょう。使いきれませんよ。毎日1000万円宝くじが当たったら、色々なことがかないますけれど、毎日使ったって1年間で36億5000万です。1兆円を使い切るのには300年かかります。というくらいのお金が、毎年毎年、社会保障の医療や介護にかかっているのです。自然増という形で。
しかも団塊の世代のみなさんが、2014年、再来年にはすべて年金受給年代になるんです。今まで「支える側」だった人たちが、「支えられる側」になっていくんですね。人口構成の大きな変化があります。高齢化だけではありません。少子化。いま出生率は少し歯止めがかかってやや改善の傾向ではありますけれど、まだ1.39くらいですね。少子化に歯止めがかかっておりません。その結果、いつも申し上げるんですけれども、一人のお年寄りを元気な人たちが支える構図がある。国民皆年金、国民皆保険が始まったころは、たくさんの人がお年寄りを支えていました。それは野球で優勝した時の「胴上げ」のような構造です。一人の人を9人、10人、もっといっぱいで支えていました。いまは3人の人が一人のお年寄りを支えるという、運動会で言うと「騎馬戦」の社会になりました。間もなく、ほどなくそれは一人が一人を支える社会。「肩車」の社会になろうとしています。この高齢化の問題と少子化の問題、大きな変動の要因です。
もう一つは、成長の停滞です。昭和30年代、40年代初め、年間の成長率は10%台。いまから見ると信じられません。でもこの20年間は0.9%の成長です。経済も大きく変わってまいりました。
そして孤立化。家族をめぐる状況。今日はフジテレビの日枝会長もいらっしゃるので、例えをどうしようかと思ったのですが、「サザエさん」の磯野波平一家、三世代が住んでいるような家庭はほとんどありません。核家族化。子どもを産んでも相談に乗ってくれる人もいない。自分一人、あるいは夫婦だけでは育てられない。そういう状況も生まれています。社会保障を考える上でも「自助」が基盤でありますけれども、その基盤が緩んできているから、「共助」や「公助」で支えていかなければならない時代になってまいりました。そして、貧困格差も残念ながら広がってまいりました。
一番大きな要因はもう一つ、財政であります。出る方と入る方が最も近づいた瞬間があります。出る方は歳出、入る方は歳入。いつだと思います?もう20年以上前です。平成2年です。平成2年、国の歳出は約70兆円です。入る方、税収、約60兆円までいきました。その差約10兆弱だったんですね。これが日本の財政で一番、出る方と入る方が近づいた瞬間です。その後どうなったかというと、出る方は右肩上がり。社会保障だって自然増で毎年1兆円増えているんです。右肩上がりで今90兆円台の予算を組んでいます。税収はどうか。右肩下がり。平成2年、60兆円入ってきた法人税であるとか所得税とか消費税、税収は下がってきて、今は40兆円台です。右肩下がり。「ワニの口」のようにどんどんと開いてきているという状況があります。
しかも、欧州の債務危機は、これは対岸の火事ではありません。いつ投機筋が日本を狙うのか。いつ投機筋がどの国に光を当てるのか。どの国も戦々恐々としている中、ここにも神経を使わなければなりません。というような様々な要因から考えると、社会保障を持続可能なものにする、充実させるところはさせる。そのための安定財源をちゃんと確保しなければならない。待ったなしの状況であるということを、ぜひ皆様にご理解をいただきたいと思います。
その待ったなしの状況で、いまご提案をし、ご審議いただいているのが社会保障と税の一体改革。社会保障の分野においては、例えば年金においてはサラリーマンで勤めていらっしゃる方と、公務員の方の共済、厚生年金を一元化していくと。これまで年金をもらうには25年間入っていなければいけませんでしたけれども、受給資格を取れる期間を25年から10年に短縮するであるとか、こういう年金の安定性のための改革。そしてもうひとつは、子ども子育て。待機児童をなくし、あるいは幼児教育・保育を質量とも充実させていく。子育て支援にまさに充実の分野として光を当てていく。こういう改革をやろうとしています。その大きな理念は、給付も負担も世代間、世代内の公平を図っていこうということであります。
給付は、これまで言った医療、年金、介護など、ほとんど高齢者中心なんです。「支える側」の世代に光が当たっていません。給付においても「支える側」、働き盛り、子育て世代も社会保障の恩恵を感じられるようにすること。一人が一人を支えるような時代になるときに、支えるギアもちゃんとケアしなければいけないという発想です。もう一つは、負担の面における公平感。これまでは現役世代の所得税とか、保険料を中心に高齢者に給付をするという形でありました。そうではなくて、それでも足りなくていまは将来の世代のポケットに手を突っ込んで、そのお金を借りてきて社会保障が成り立っているという状況もあります。これは明らかに世代間の公平という視点からすると問題があります。基幹税は色々あります。所得税や法人税。だけども社会保障はすべての人がどこかの段階でお世話になならければならないことです。そのことを考えるとすべての世代で支え合うという精神から、あるいは人口構成の変化や経済の影響を受けにくい消費税を安定財源として充てるのが妥当ではないのか。こういう発想の基に、社会保障と税の一体改革の審議をしているわけであります。
よく言われることがあります。増税先行で社会保障は棚上げをしているのではないかと。そうではありません。今審議をしている8つの法案は、社会保障に関わるものが6つ。税に関わるものが2つです。間違いなく社会保障の改革、大きく一歩踏み出すことになります。こうした合意形成が出来つつあるということは、これは自民党も公明党も3党間の協議を行い、そして修正に合意をしてくれたから、いま参議院で審議できるようになりました。私は、この問題は「政局的」に考えるのではなくて、今を生きる世代の社会保障に対する不安をなくし、将来世代に負荷を残さないために国益を考えたときには、これは政権交代があるたびに社会保障の制度が根幹からコロコロ変わってはならないと思っていましたが、そういう問題意識を共有できたからこそ、こうした一定の合意ができ、いま参議院で審議できているのだろうと思います。私はその意義は大変大きいと思います。
ぜひ今日は学生のみなさん、若い方がたくさんいらっしゃるから、是非ご理解をいただきたいのは、これはむしろ若い人のための、これから生まれてくる人たちのためを慮った改革であるということです。現役世代、いずれ卒業して働けば、保険料を納め、所得税を納める立場になります。その所得税や保険料だけでは、社会保障は成り立たない。成り立たなければ、所得税をもっと上げるんでしょうか。保険料をもっと上げるのでしょうか。それでは現役世代がもちません。その現役世代が恩恵を受けられるように、働こうと思えば働けるようにするために、子育ての支援をしっかりとやっていく。子どもを預けようと思えば預けられるところがある。そういう環境をつくりたいと考えています。ましてやこれから生まれてくる世代、1票の投票権も持っていない世代に借金だけを残していく。借金だけを残していけば、いずれ大増税国家になってしまいます。そうしないために、まさにいまがギリギリの段階だと思います。先送りのできない政治の象徴的なテーマだと考えていますので、ぜひ今日は若い皆さんにご理解をいただきたいというふうに思います。
当然のことながら、この社会保障と税の一体改革をやる時に、経済の状況が悪かったらこれは引き上げることはできません。経済を好転させなければなりません。もともと、野田内閣、昨年9月に発足したときに3つの重要課題を掲げました。震災からの復興、原発事故との戦い、そして経済の再生であります。この経済の再生は懸命に力を入れていかなければいけない分野であります。社会保障と税の一体改革を実現するための環境整備だけではなくて、経済が良くならなければ国民の暮らしは成り立ちません。そのためにも経済再生にも全力を尽くしていきたいと思います。
G8やG20などの国際会議に、私はいま在任して間もなく11か月ですが、13回の国際会議に出ました。首脳会議は90回行いました。共通の課題はどの国も『成長と財政再建の両立』なのです。成長させながら財政再建を果たす、これは両立しなければいけないのです。その成長のために、今まとめつつあるのが「日本再生戦略」という中長期の戦略です。もちろん当面の円高対策やデフレ脱却等々も全力で取り組みますけれども、「日本再生戦略」、近々まとめて公表したいと思っています。
その中で今日は特に4つのフロンティアの話をさせていただきたいと思います。
第1のフロンティアは海です。海洋です。日本は四海を海に囲まれています。時折大きな津波が来るというリスクもあります。だけれどもこの海に囲まれていることをチャンスにしていかなければいけないと考えています。日本の領海・排他的領海水域、管理できる水域は日本の国土面積の12倍になります。日本の国土の面積は大きさでいうと60番目、そんなに大きな国ではありません。だけれども日本が管理できる海域、海の広さというのは、世界で6番目になります。6番目の広さです。海は平面ではありません、立体です、深さもあります。日本が管理できるいわゆる海の立体で見た場合、これは世界で4番目になります。5,000メートル以上の深い海だけをカウントすると日本が一番すごいのです。というように国土は狭いけれども周りには広い管理できる水域があります。水産資源もあります。鉱物資源もあります。メタンハイドレート、あるいはレアメタル、この辺を持っている国はどの国とは言いませんが、なかなか外交交渉が難しい国が多いのです。安定して輸入できるかというと、そうではないところが多い。だとすると、日本の管理できる海域の中で、それをどんどんと探査をして発掘していく努力というのは、大いにやる余地があると思います。
そして去年、残念ながらああいう原発の事故が起きましたので、再生可能なエネルギーを作っていかなければなりません。そこで力を入れていきたいと思っているのは、洋上風力発電であります。英国では6,400基の開発プロジェクトを進行させているということでありますが、日本もこれに負けじと洋上で風力を発電させる、そのための造船技術を日本は立派な技術を持っています。こういうものに是非力を入れていきたいと考えています。
2つ目のフロンティアは医療です。今から6年前に京都大学でiPSの細胞が発見されました。そしてその特許も取れました。この再生利用は実用化をしていけば、相当に医療の分野のフロンティアを開拓していくことになるだろうと思います。例えば、角膜に傷を負っている人たち、目が見えない人たちがたくさんいらっしゃいますけれども、ご自身の口の中の粘膜を使って、角膜を再生することが出来るようになる。そうなったらどうなるのかというと、いま年間2万人の角膜ドナーを待っている方がいらっしゃいます。でもドナーは1,500人しかいません。でもご自身の口の中の細胞をとって、それを角膜として再生していく技術ができたのであれば、これは大きく変わると思います。心臓を患っている方もいらっしゃいます。その心臓の筋肉、心肺を再生させるために足の筋肉の細胞をとって心臓の筋肉として生かしていく再生していく、という技術もできます。そうすると今年間50万人の患者さんが出ていますがドナーは100人しかいません。ここも大きく変わるだろうと思います。市場規模でいうと、この再生医療の実用化の分野において2010年で6億円、2015年120億円、2030年3,200億円、周辺の色々な産業も起こると、もっと大きな市場規模になっていくと思います。ライフ・イノベーションという考え方の下で、こうした医療の分野においても我が国は可能性があると思います。
3つ目のフロンティアはなにか。なんといってもアジア太平洋地域。このフロンティアは大きいのです。日本は国内の需要も掘り起こしていかなければなりません。でもこれからどんどん発展していくであろう、アジア太平洋の成長力を取り込んでいくこと、今ですら世界のGDPの50%は、このアジア太平洋地域です。どんどんと伸びていくはずです。中産階級がどんどん増えていくはずであります。ここの需要を取り込んでいくことは日本の成長に間違いなくつながるはずです。
いまアジア太平洋地域において、自由貿易の流れを作っていこう、最終的にはFTAAPと言ってAPECに21の国・地域が加盟していますが、そこをもっと自由な貿易・投資ができるような動きになってまいりました。その中の1つがTPP。TPPについてアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなど、9か国がいま交渉参加をしている、その中に日本も含めて入ろうかと協議をしている国がいくつかございます。1つはそちらの流れで、アジア太平洋地域においてルールメイキングを日本も主導的に参加をしていくことが大事だと思います。
もう1つはもちろん日本の絶妙な位置、アジアの中では一番東の端なのです。太平洋を含めると真ん中なのです。こちらの大陸の方も考えていかなければなりません。日・中・韓の高いレベルの経済連携を目指すためのEPAを年内に交渉開始することになりました。投資協定はもう締結をいたしました。日・中・韓が交渉開始をすることによって、ASEAN10か国を入れていく。『ASEAN+3』日・中・韓をプラス3といいます。あるいは『ASEAN+6』、日・中・韓にインド・オーストラリア・ニュージーランドを入れての枠組みで経済連携も出来ないかという議論になってきました。アジア太平洋地域の成長力をどんどん取り込んでいくとともに、そのルールメイキングに日本が主体的に参加をしていく。これも大きなフロンティアだと私は考えています。
加えて4つめのフロンティアはあえて言うと、女性。早稲田大学は調べてみますと、在校生の35%は女性だそうです。その女性の力を役所も企業も生かしていかなければなりません。ちなみに日本の女性の就業率は先進諸国の中で低水準。特に高等教育を受けた女性の就業率はOECD平均が82%だけど、日本は66%です。せっかく勉強してキャリアを積んでも子育てと両立ができない。そういう職場が多い。これが最大のボトルネックになっていると思います。だからこそ、働き方の問題であると同時に、さっき言った社会保障と税の一体改革。子育て支援、子どもを育てる環境を、働きながらも両立できる環境をつくるということ。その意味からも大事だと思っています。
こうした経済の再生へ向けての取り組みも全力で行っていきたいと思いますが、併せていま、社会保障と税の一体改革をやるうえで、国民のみなさまから一番ご指摘をいただくことは身を切る改革、「あなたたちもやりなさい」という声であります。当然のことだと思います。「まずは隗より始めよ」だと思います。
行政改革については、これまでも事業仕分け等で懸命に頑張ってまいりましたけれども、この国会で国家公務員の給与をマイナス7.8%削減することも決めました。これから独立行政法人の数を4割減らす。あるいは特別会計の改革。いま、特別会計は17ありますがそれを11に減らす。勘定を半分に減らす。等々の行革も徹底して行っていきたいと思います。
そして政治改革。議員の歳費は年間270万円削減することが決まりました。2年間で540万まで削ることになりました。定数についても、いま私どもが国会で提案しているのは小選挙区を5減らし、比例区を40減らす。45減らすということを、1票の格差の是正と、定数削減と、選挙制度改革を合わせた、そういう法案をいま提出しております。「まずは隗より始めよ」ということも、しっかりとやりぬいていきたいと思います。
いま、社会保障と税の一体改革を中心に、経済の再生もやらなければいけない。身を切る改革、政治改革、行革もやらなければならない、と言いました。よく言われるのは、「まずは行革が先でしょう、無駄をなくすことが先でしょう。その後に増税じゃないですか」と。「まずは経済の再生が先でしょう。その後社会保障と税の一体改革じゃないですか」と。そういった順番論でお話をされる方がいます。でも、その順番論、何かを先にしなければいけないといってきたことが、問題解決を先送りしてきた、最大の要因だと思っています。経済の再生はやらなければいけません。もちろんです。政治改革、行革もやらなければいけません、もちろんです。でもそれは、常に不断の努力でやり続けていかなければいけないものです。それらをやらなければ、社会保障と税の一体改革はできないといったならば、こういう改革は永遠に日本ではできないのではないかと私は心配しています。社会保障と税の一体改革も、経済の再生も、行革も政治改革も、あれもこれもやらなければいけない。そういう時代だと思います。そういう、決めるべきことは決める政治を、果敢にやり遂げていく決意でございます。
今日、ここの会場に入る前も控室で、自分の座右の銘を書かせていただきました。その言葉は「素志貫徹」と書きます。「初志貫徹」は聞いたことがあると思いますが「素志貫徹」。素志というのは『味の素』の素、素の志の貫徹です。これは私が松下政経塾の一期生に入ったときに、毎朝、塾で塾訓といって朝礼で読み上げる文章があるんです。その中のひとつがこの「素志貫徹」。政経塾を卒業してもう二十数年になりますか。でもいまこの言葉が胸に迫るんですね。「素志貫徹」、どういう意味か。常に志を抱きつつ懸命になすべきをなすならば、いかなる困難に出会うとも、道は必ず開けてくると。成功の要諦は成功するまで続けるところにある。これは松下幸之助さんの長い人生経験から編み出されたひとつの哲学だと思います。失敗する要因は色々挙げることはいつもできます。時代のせい、社会のせい、人のせい。でも、失敗の最大の要因は自分が諦めたときです。自分が諦めない限り失敗はありません。成功の要諦は成功するまで続けるところにある。この粘り強い折れない心というのを持ちながら、ひとつひとつの山を乗り越えていきたいと思います。
もうひとつ、いま私の胸に去来をする言葉。この間、国会の審議でも申し上げました。ジョン・F・ケネディの弟の司法長官を務めた、ロバート・ケネディの言葉であります。「理想だけを追いかけていたのでは政策遂行が出来ない。現実だけを追いかけていたのでは政治に涙がない。ロマンがない。必要なのは『幻想なき理想主義』。“idealism without illusion”。理想を胸に抱えながら、それをいかに現実に落とし込んでいくのか。厳しい世論の中、ねじれた国会の中、針の穴に糸を通すような、本当に根気のいるようなそういう作業が多い毎日でありますが、「素志貫徹」と“idealism without illusion”、この言葉を胸に刻みながらしっかりと国民のために国家のために、これからも全力を尽くしていく覚悟であることをお話をさせていただき、概ね持ち時間が終わったかと思いますので、終わりたいと思います。ご清聴どうもありがとうございました。
【質疑応答】
学生:
増税について2つほど質問があります。1つ目は、将来的に消費税は一律10%になってしまうのか、または増税適用外となるものはあるのか、ということをお聞きしたいと思います。早稲田大学には、地方からも多くの学生が多くおり、食品や生活用品も含めて一律10%に消費税がアップしてしまうと、勉学や生活に大きな影響が出てしまうと考えられます。消費税は一律10%に上がってしまうのか、それとも増税適用外になるものがあるのかを、お聞きしたいと思います。2つ目は増税が行われても、科学技術への研究の財源は確保されるのかということです。増税した財源は、高齢化社会のコスト増や社会福祉に回ると考えられますが、理工出身の私には日本の科学技術の推進にもどれだけ財源が確保されるのかに、とても興味があります。先ほども再生医療についてお話がありましたが、日本にはスーパーコンピューターなどの他の研究も世界トップクラスのものもたくさんあります。その中で国として科学技術立国を表明するのであれば、財源確保にも力を入れて頂きたいと考えております。その点は、どのようにお考えでしょうか。
野田総理:
まず一つは、税率のお話。今法案でご審議いただいているのは2014年4月に8%、2015年10月に10%という税率で、国民の皆さまにご負担をお願いするということです。その際に低所得者対策という観点から、いま幾つか議論がありまして、給付付き税額控除という形で対応するのか。いま税率は全部一律なのかという話がありましたけれども、食料品等を含めて複数の税率にして、場合によっては何かをゼロにしたり軽くしたりするという方がいいのかという議論があります。それが決まるまでは簡素な給付措置という形で低所得者に対応するのだけれども、その議論はこれから様々な検討をする中で決めていかなければなりません。
いまご指摘があったように、税率を複数にしたり、特に何かを低くする場合の基準が難しいのです。例えば欧米で、ドーナツをテイクアウトで買うのか、その場で食べるのによって税率が違います。いろんな国によって事情が違いますけれども、その線引きが難しいのと、事業者の負担になるのではないかということなど、色んな観点があります、メリットデメリット、そういう議論を今しているところです。教育については授業料等の一定の教育サービスは非課税であります。これは消費税導入の時からですので、この基本的な方針は変わりません。変わらないけれども皆が生活をして本を買ったり、食事をしたりする生活費は、やっぱりほかの方と同様に引き上げられます。それは困るという懸念もあるかもしれませんが、この社会保障、全てこの社会保障に充てるお金であること、そして特に先ほど申し上げたように若い世代、子育ての世代、働き盛りの世代を考えての公平感を作るための制度であるという全体像でご理解いただくことが大事だと思いますし、加えて、例えば出世払い型の奨学金の拡充とか、そのほかの政策も合わせて、しっかりとやっていきたいと思っています。
科学技術についてのお尋ねについて、スパコンもそうですし、先ほど、日本は国土は狭いが海はあると言いましたが、宇宙もあるのです。宇宙も日本は先進国だと思います。ロケットは飛ばせるし衛星は飛ばせるし、射場はあるし優秀な宇宙飛行士も育ってまいりました。その利活用の分野においての発展性もあると思います。科学技術は、いままでは社会保障は毎年1兆円ずつ増えてきました。その分他を削らざるを得なかったのです。教育やODAや科学技術を削ったり、苦労してきましたけれども、そういうメリハリをつける中で、やっぱり未来への投資の科学技術はしっかりと金額を確保していかなければならないと思っています。平成24年度で1兆4000億円の科学技術の振興費はつくりました。これからも必要なところにしっかりと振興費をあてていきたいと考えています。
学生:
自分は沖縄が好きなので、沖縄の基地問題について、ちょっと聞きたいんですけれども。沖縄に基地が集中している、安全保障の負担が集中しているのは、公共のためというような論理が、最高裁の判決とかでも出ていると思うんですけれども。総理が考えている「公共のため」という言葉が持つ意味であったり、「公共の福祉」というのはいったい何なのかというところに対する、総理なりの理念とか考えを聞かせていただきたいと思います。
野田総理:
米軍基地は日本国内にも色々ありますけれども、確かにご指摘のとおり沖縄に集中しています。それは一つは歴史的な経緯があったと思います。先の大戦の後に米軍の施政下の下に長い間あったということと、北東アジアにおける戦略的な要衝として大事な位置にあるということ。特に最近南西方面の安全保障環境というのが非常に厳しさを増している状況の中での位置づけ。その意義というのは、日本の安全・平和を確保するために日米安保条約があって、自分の国は自分で守る専守防衛の精神を持たなければなりませんが、日米同盟を軸にしながら我が国の安全を確保していく、地域の平和と安定を確保していくという意味のまさに公共財に、沖縄における基地はなっていると思います。ただし、歴史的経緯や戦略的な要衝といいながらも米軍基地は沖縄に集中しているのです。沖縄の県土面積は日本全体の0.6%です。だけども米軍基地は全国の中の沖縄の比重というのは74%です。0.6%の県土面積のところに74%が集中している、この負担を軽減していくということはやらないといけないと思います。
今年の4月末に2+2、日本とアメリカの外務・防衛の責任者同士で協議をしてまとめたものがあるのですが、それは普天間の問題とこれを固定化させずに、いままでパッケージになっていたものを切り離して、沖縄に駐留する海兵隊をグアムに約9,000名移すと。併せて約5,000ヘクタール、嘉手納以南含め色んな土地があります。これを返還することを進めること。今まで普天間の問題とパッケージだったのだが、これを切り離して特に負担軽減、土地や施設の返還を具体的にやっていくということで合意をしました。そういう努力をしながら、依然として米軍が駐留し抑止力としての機能を果たすのは大事なのだけれども、それでも沖縄に過重の負担になっている現状を改めて、負担軽減の努力をするということが政府の大きな役割だと思っています。
学生:
私からは2つ質問があります。まず1つ目ですが、現在国民の多くが政治に対して不信感を抱いていると思うのですが、その多くの国民は私たちのようにこうやって実際に野田総理のお話を伺えるわけではありません。その多くの国民に対して、消費増税であったり社会保障の一体改革の必要性を、どのように説明していかれるでしょうか。2つ目は、日本において大学院の博士後期課程の生徒の就職難というのが現在問題になっていると思いますが、私個人の考え方は、日本をより良くしていくためには専門性を備えた人材を用いていくのが大切だと考えていますが、そのことに関して野田総理はどのようにお考えか、お聞かせください。
野田総理:
政治に対する不信感がある中で、一体改革の意味等をどうやって説明していくのかということだと思います。こういう機会をつくっていただいたことは大変ありがたいですね。あと、他にも対話集会等で出てお話ししたこともあります。ただ、関心を持って、本当に聞く耳を持っていただいている方のご理解を深めるのと、そうではない方にどうやって訴えかけていくかなんですね。できるだけ、例えばテレビに出演しながら説明する等々、いろいろと努力をしてまいりました。これは私ひとりだけでは足りませんので、岡田副総理とか財務大臣とか厚労大臣とか、みんなで手分けをしながらやっています。その努力というのをこれからもやりたいと思いますし、当然いまこれは、国会での審議も是非ご覧いただきたいと思いますが、国会の審議が終わって成立をした暁、その後でもきちっと説明をしていかなければいけないと思います。なぜなら、社会保障そのものに様々な質問を、意見を持っている方がいらっしゃいます。税の問題でも、例えば低所得者対策をどうするとか、中小企業の人たちはちゃんと転嫁できるのかとか、それぞれのお立場でご意見、疑問があります。そういうことをしっかり、こまめに皆さんに説明をしていかなければいけないと思います。これは100%みなさんの「それいけ!」というご賛同は得にくいかもしれません。やはり国民に負担を求めるというのは、政治家としてはなかなか切ないんですよね。誰もが本当は逃げたいテーマです。中小零細企業のみなさんが苦労している中で負担をお願いするというのは切ないです。家計のやりくりで苦労されている方がいる中で、ご理解を求めるのはなかなか難しいところがあります。だけどさっき申し上げたとおり、これはすべて社会保障なんですね、使途は。すべて国民生活に還元されるんだ、官の肥大化には使わない、その上で具体的なさまざまな問題をひざを突き合わせてみなさんの意見も聞きながら対応していくということを法案の審議が終わってもやり続けていきたい。これは終わりがないと思います。実施するまでの間、しっかりとやり続けていきたいと思います。
それから、専門家をもっと活かせる、そういう環境整備というお話だったと思います。専門家がたくさん増えてきても、実際に実業の場であるとか、研究の場で活かしきれない部分が、ポスドクの問題も含めて色々あるかと思います。まさに、日本の場合は、さっきの日本再生戦略、一部しか言っていませんでしたけれども、いかに人材を育てて活かすかだと思います。その人材戦略の中で、今のお話、専門性をいかに活かしていく場面をつくっていくか、つなげていくのかという視点で政策というのを作り出していきたいと考えております。
学生:
私の質問は外交についてですが、先ほど4つのフロンティアについておっしゃっていたのですが、他にも環境問題・ODA・PKO色々な問題があります。そこで私の質問は、首相は外交の面でどのことに一番集中すべきとお考えですか。そして世界の中で日本はどういう役割を果たしてほしいとお考えですか。
野田総理:
日本はちょうどいまというのは、ひとつの分岐点にあると思うんです。分岐点というのは、このままなにもしないで、元気のないお年寄りの多い極東の片隅に位置する島国で終わってしまうのか、そうではなくて人口は減少したり色々なボトルネックはありますけれど、その課題を乗り越えて元気な国として出発していくのか。「今日より明日はよくなる」と、みんなが希望の実感を持てる国になるかどうか。それは、いま抱えている我々の課題というのを見事に乗り越えて世界のモデルにする。さっき言った少子高齢化は、どの国もこれから経験してまいります。日本が経験して得た英知というもの、それをひとつのモデルにする。あるいは不幸な大きな原発の事故がありました。エネルギーについては大きな政策の転換をしていかなければなりません。そのボトルネックを乗り越えて、地球温暖化等においてもしっかり日本のメッセージ、エネルギー効率においても日本のモデルはすごいなと言える国をつくっていけるかどうかだと思います。日本は、まさに「課題先進国」です。課題はたくさんあります。でも課題を乗り越えた時は世界が日本を真似しなければならないひとつのルールを日本がつくっていく。ビジネスモデルをつくっていくんです。そのいま瀬戸際にあると思いますので、こうした課題を乗り越えて世界のルール作りに貢献していく日本でありたいと思います。
もうひとつ、いまODAの話がありましたけれども、昨年の3月に東日本大震災が発災した時に、160を超える国からご支援をいただきました。40を超える国際機関からご支援をいただきました。その中には、スラム街の子どもたちが缶に小銭を入れて、日本に送ってきたという例もあります。これまで日本がやってきたODA、円借款、青年海外協力隊、PKO、色々な貢献があったと思います。そうしたものの集大成だったと思います。こういう時こそ日本は内向きになってはいけない。これまでやってきたことは正しかったのだと思います。そういう「内向き」にならずに、世界の役に立てるならば、引き続き相応の貢献をしていく国でありたいなと思います。お答えになったでしょうか。
学生:
2つ質問があるのですが、私はいま親権法でずっと子どものことに興味があるのでそのことから1つ。社会全体で子を育てるという政策が一つありますが、日本の子どもの貧困問題で一番大きな打撃を受けているのは、母子家庭等の子どもだったりすると思います。そのようなもっとも早急に救済が必要な子どもたちに対する問題解決やアプローチの方法を何かお持ちであれば一つ教えていただきたいです。もう一つは先ほど日本を課題先進国とおっしゃっていましたが、これからは国から何かをしてもらうのを待っているのではなくて、私たち特に若い世代の日本人が自分たちから日本を支えていくのだという気持ちを持っていかないといけないと思います。そこで総理は一国のトップ、代表、リーダーとしてどのような日本人であってほしい、個人個人どのような日本人になってほしいかお聞かせください。
野田総理:
一つは子どもの問題、家庭の問題に関わることですけれども、民主党マニフェスト総崩れと言われていますが、着実にやっていることがあります。それはチルドレン・ファーストの理念に基づいてしっかりと子どもを社会で育てていくための政策。もちろん家庭で育てるのが基本です。自助の精神は持っていてもそのままでは実現できない、基盤が崩れているところを社会が手助けしていくという観点が必要だと思います。その中で一つやったのが高校の授業料の無償化です。これは効果が上がっていると思います。経済的な理由で高校進学をあきらめる、途中でやめるということの数が減ってまいりました、あるいは復学するケースも出てまいりました。これは効果があったのだと思います。それから子ども手当と言っていましたが、今は新児童手当となりました。0歳〜3歳未満の子どもたちが1万円〜1万5000円の支給がある、従来の児童手当は小学校6年生までだったのが中学校3年生まで対象になる、こういう基盤を作ってきました。「子どもは作りたいけれどもその環境ではない」という人、特に経済的に苦しい人が多いのです。アンケート調査をすると、「子どもは2人欲しい」という人が一番多いのです。けれども、それが1人台にとどまっているのは、いろいろな環境があるわけで、その環境整備をやってきました。その上で問題は、母子家庭や父子家庭という一人親のところなのです。私は数年前に遺児と母親の全国大会に党を代表して出たことがあります。遺児というのは残された子ども。昔は交通遺児から始まったんですが、最近は災害遺児、あるいは自死遺児、お父さんが自殺をされた方、そういう全ての遺児とお母さんの大会があったんです。ずっと全国大会をやってこなかったけれども、あえて数年前にやらざるをえなかったのは、お母さんがパートで一生懸命働いてももう限界だと、修学旅行行けない、あるいは学校の進学をやめる等々の悲惨な声をたくさん聞きました。私は政治家の世襲の問題があると思うけれども、貧困の世襲があってはならないと思うのですが、その状況が生まれつつあると思いました。そういうことを踏まえて政権交代直後に行ったのは、生活保護世帯における母子加算の復活や児童扶養手当を父子家庭にも拡充するなど、「一人親」対策をやってまいりました。こういうことをきめ細やかにやっていかなければいけないと考えています。
2つ目、どういう日本人が育つべきかというお話だと思いますが、私は今回の東日本大震災を見て「日本人のDNA」というのはしっかり受け継がれているのではないかと思っています。あんな困難な時にも助け合って支え合って秩序立っている、礼儀正しい、そういう国民というのは、諸外国から色々な応援の人たちが来ましたが、異口同音に言うことです。戦前にフランスのある外交官が言った言葉があります。私は早稲田大学の第2外国語がフランス語だったのにフランス語覚えていないのだけれども、確かこう言ったと思います。『日本人はポーブルだけどノーブル。』貧乏だけど高貴だ、気高い。戦後はポーブル、貧乏ではなくなったけれども、気高さを失ってしまったと、なんとなく心配する人がいっぱいいたと思います。でもあの東日本大震災のような国難の時にも私はその気高さを失っていなかった国民性を内外に示すことができたのではないでしょうか。私はそれをしっかり引き継いでいくべきだと思っています。それと、あえて言うならば、これからの時代まさに日本が元気になるためには、やはり若い人たちが元気にチャレンジをする、失敗してもリターンマッチをするぐらいの、未来を切り開く、雄飛する志を持っていただけると大変ありがたいと思います。今日より明日は良くなるという希望の下に社会をつくりたいと申し上げましたが、希望は待っていれば来るものではなくて、自分たちで切り開いていくものだと思います。そこは、早稲田大学に期待したいですね。他の大学はどうでもいいというわけではありませんが、在野精神の早稲田大学に道を切り開いてほしいです。私は、メディアへの就職を考え、内定もしていました。でもふと見たパンフレットで、松下政経塾に入りました。今でこそ何人かの政治家がいますが、海のものとも山のものともいえないところです。だけど、「自分でつるはし担いで道を作りたい」という気持ちがあったのです。だから一期生で入ったのです。私はここにいる千数百人いる早稲田の男女の精鋭達に言いたいのですが、やはり自分たちでこの国をよくするために、自分でつるはし担いで、私が、僕が、道を切り開いていく、その先頭を立つという、早稲田スピリッツというものを出していただきたいと心から願っています。
学生:
総理大臣になられてから、国民から数々の不満をぶつけられていたと思うんですけれども、逆に総理大臣は国民に対して何か不満や怒りをお感じになられているのでしょうか。本日はすべてを語るということですので、このホームの早稲田で是非それを教えていただきたいと思います。よろしくお願いします。
野田総理:
国会の審議でも色々な答弁をしてきましたけれども、今のは一番きつい質問ですね。たしかに社会保障と税の一体改革も国民に負担をお願いする話。それから原発の問題も、国論を二分する話。それぞれ複雑な感情があると思います。そういう思いを持った方がたくさんいらっしゃいます。そうしますと、だいたい万人が一緒になるということは、あらゆる政策で、ないですね、そう簡単には。本当に微妙に意見が分かれたり、真っ二つになったり。あるいは、やらなければいけないことが少数派であったり。そういう中で常に怒りの対象、お叱りの対象、批判の対象になるのが私の役割です。逆に言うと、それが仕事だと思います。だから国民のみなさんに恨みつらみはありません。やはりここは主権在民です。民が主です。国民が主です。その多様な意見があります。厳しいこともしょっちゅう受けますけれども、だけど、そういう意見をしっかりと受け止めながら、国益のために国民のために、特に将来の国民のための選択をやっていきたいと思います。たぶんこれからもあんまり拍手喝采、万雷の拍手でほめられる場面はあまりないと思いますけれども、そのことはしょうがないなと思いながら、正しいことはやりぬく。国民のためだと確信を持ちながら、批判を受けながらも、やらなければいけないことはやっていきたいというふうに思います。