データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第67回国連総会における野田内閣総理大臣一般討論演説

[場所] 
[年月日] 2012年9月26日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 議長、

 御列席の皆様、

 まず始めに、ナスル前議長のこの一年間の尽力に心より謝意を表するとともに、イェレミッチ新議長の就任をお祝いいたします。併せて、潘基文事務総長が発揮しておられる指導力に深く敬意を表します。

 一年前、私はこの演壇から、世界中へと溢れ出る日本人の感謝の心をお伝えすることから演説を始めました。

 昨年3月の東日本大震災から一年半。被災地では、人々がまさに不屈の精神で、再びふるさとの町を甦らせようと奮闘しています。そして、世界各地から寄せられた惜しみない支援に応えるためにも、私たち日本人は、この災害から紡ぎだされる教訓を、国境を越え、世代を超えて伝えていくことを、犠牲者の御霊に誓いました。

 それは、どんな自然災害にも負けない強靭な社会を築くための心得として、あるいは、原子力安全への具体的な貢献策となって、これからも我が国から世界に向けて、次々と発信され続けていくでしょう。年末にIAEAと共催する「原子力安全・福島閣僚会議」や、3年後に我が国での開催を目指している「第3回国連防災世界会議」も、そうした共有作業を行う意義深い場となるはずです。

 議長、

 未曽有の大震災と巨大津波がもたらした大自然からの警告は、文明の持続的なあり方自体を根源から問い直すものでもありました。

 人類は、その誕生の瞬間から、自らの「知恵」を「力」に変え、苛酷な自然環境の中を生き抜いてきました。しかし、高度な科学技術を駆使した現代文明のもとにおいても、ひとたび大自然が猛威を振るえば、人間は、依然としてか弱く儚い存在でしかないことを我々は思い知りました。

 そして、人類の存続すら危うくしかねない脅威は、私たちを取り巻く大自然だけでなく、自らが作りだした高度な文明自体にも内在しています。環境破壊、テロ、核拡散といった具体的な脅威の例は枚挙に暇がありません。

 人類という種が地球上に存続し、平和と繁栄を享受し続けるには、何が求められるのでしょうか。その答えは明確です。人類は、より賢くならなければならない。その一言に尽きます。

 人類は、これまでに潤沢な知識をこの手にしてきました。目の前で進んでいる情報通信革命は、人類の「知」をさらに幾何級数的な規模とスピードで積み上げていこうとしています。一見すると、人間の「賢さ」は、飛躍的に高まったようにも見えます。

 しかし、本当にそうなのでしょうか。長い人類の歴史の先端を歩み行く私たちは、祖先たちが過去に経験したことのない、複雑で変化の激しい時代を生きています。国家間の緊張が高まる事態も各地で生じ、時代を覆う不透明感も増しています。

 この未知なる時代を生き抜いていくために、今試されているのは、知識や情報の量ではありません。人類が培ってきた数々の「叡智」の真価が問われていると私は考えます。

 議長、

 人類が獲得した第一の叡智。それは、「今」だけではなく、「未来」を慮る能力です。そして、「自分」だけではなく、「将来の世代」の利益までも想像し、そのために行動する力です。

 人類が新たな地平を拓くきっかけとなった農耕社会の成立は、「目の前の今」ではなく「収穫の時」を待つ、という未来を見る視点を人類が獲得できたからこそ、もたらされたものです。

 今こそ、この叡智を発揮し、将来世代を慮って、持続可能な未来を構想しなければなりません。

 多くの国で、巨額の財政赤字が累積し、財政健全化が共通の課題となっています。財政赤字は、今を生きる世代が、歳出削減や増収努力によって克服しなければ、借金として将来世代がその返済を負うことになります。この構図は、現在を生きる世代が未来を搾取していることに他なりません。

 民主主義は歴史によって証明されてきた最良の政治制度です。しかし、今、世界中で、民主主義が世代間の公平を保つ社会装置であり続けられるのか、大きな試練に晒されています。今を生きる人々の代表だけで構成された議会制民主主義のもとで、将来世代の利害が適正に代弁される保証はありません。もの言わぬ将来世代にツケを背負わせ、難しい課題の解決を先送りしてしまおうとする誘因がそこにあります。

 私たちは、次の世代に対して共に責任を負っています。私たちが直面する課題は、私たちの世代で解決することを原則にしなければなりません。そして、政治指導者は、明日への責任を果たす先頭に立たなければなりません。健全な民主主義社会を守るためにも、今こそ、人類が獲得した「未来を慮ることができる力」を発揮すべき時なのです。

 過去20年あまりの日本は、ややもすると「先送りの政治」を繰り返し、「決断をしない国」の象徴のように見られてきました。しかし、私は、そうした日本を変えていくことを誓い、「社会保障と税の一体改革」の実現に、政治生命を賭けて取り組んできました。

 この改革は、高齢化が急速に進む我が国の社会保障を安定財源で支え、財政健全化に道を拓く野心的な政策パッケージです。経済成長と財政再建の両立を狙った包括的な改革です。我が国は、困難な課題も先送りせず、「決断する国」に変わるべく、確固たる一歩を踏み出しています。

 議長、

 人類が獲得した第二の叡智。それは、私たちが住む地球を俯瞰するという視点です。

 先日、地球上空を周回する国際宇宙ステーションに滞在中の星出彰彦宇宙飛行士と、官邸を結んで、直接に交信をする機会がありました。その場に同席した、ある小学生の少女が宇宙飛行士に投げかけた謎かけを紹介します。

 「地球にあって、宇宙にないもの。それは、空気や重力。

 それでは、宇宙にあって、地球にないものは何か?」

 宇宙飛行士が思い至った答の一つは「地球を外側から見る視点だ」というものでした。このやりとりは、私が申し上げたいことを端的に表現しています。

 「地球を外から眺める」という視点を手に入れたからこそ、地球環境を守る崇高な使命は、人類全体に共有されました。私たちは常にこの視点に立ち返って、国境を越えて、人類全体の存続の基盤である地球環境を守る取組を具体的に進めなければなりません。

 その一つの試みである本年6月のリオ+20会合は、持続可能な開発を考える上で重要な成果を挙げました。我が国は「緑の未来イニシアティブ」を公表し、繁栄が資源・エネルギーの需給逼迫や地球環境の悪化を伴わない「持続可能な成長」の模索を提唱しました。我が国は、低炭素・循環型社会を実現し、世界が共通して直面するエネルギー課題の解決を主導します。そのためには、省エネ・再生可能エネルギーのイノベーションが欠かせません。昨年3月11日の東京電力福島第一原発の事故を踏まえ、国際的なエネルギー情勢などの将来展望を慎重に見極めながら不断に検証、見直しを行いつつ、2030年代に原発に依存しない社会を目指し、あらゆる政策資源を投入して、グリーンエネルギーへのシフトと経済成長の確保を両立させるモデルを率先して世界に提示していきます。

 「かけがえのない地球」を意識する時、この星に息づく一つひとつの命のかけがえのない尊さにも、改めて温かな眼差しが向けられなければなりません。我が国が主導し、去る10日の国連総会で採択された「人間の安全保障」に関する総会決議は、女性や若者を含め、人間ひとりひとりの視点から次世代の発展を構想する確かな指針となるものです。我が国は、先の決議に記された「人間の安全保障」に関する共通理解も踏まえて、現行のミレニアム開発目標の達成の実現に貢献するとともに、新たな開発目標の策定に向けて、各国の議論をリードしてまいります。

 「人間の安全保障」の理念は、秘めたる大きな発展の可能性を着実に開花させながらも、いまなお貧困、災害、紛争など多くの挑戦に苦しむアフリカの大地で最も強調されなければなりません。来年6月に横浜で開催する「第5回アフリカ開発会議」では、国際社会とアフリカがとるべき方策を議論し、具体的な行動へと繋げてまいります。

 かけがえのないこの地球で、かけがえのない命が脅威にさらされる事態を一掃しなければなりません。長い戦禍の後の復興にかけるアフガニスタン。新たな国造りを進める南スーダン。民主化への確かな足取りを始め、国民和解を進めるミャンマー。それぞれの地域における平和の維持と構築、そして「人間の安全保障」の増進に我が国はできるだけの支援を行っていきます。

 議長、

 人類が獲得した第三の叡智。それは、互いの間の紛争をルールに基づいて理性的に処理するという作法です。

 言葉を得て、知恵を育んできたはずの人類も、近代に至ってなお長くの間、お互いの諍いを最終的には「力」で解決する誘惑から逃れることはできませんでした。

 二度の大戦と広島・長崎への原爆投下という惨禍を経てもなお、軍縮や大量破壊兵器の不拡散、そしてテロ防止は、現代的な課題であり続けています。世界全体の現下の深刻な脅威である北朝鮮やイランの核・ミサイルの問題については、両者に具体的な行動を求めるため、安保理決議の実施を含め、国連やIAEAにおける各国の協調が欠かせません。我が国は、唯一の戦争被爆国として、これからも「核兵器のない世界」を先導する使命を果たしてまいります。

 また、北朝鮮による拉致問題は、基本的な人権の侵害という普遍的な問題であり、国際社会の重大な関心事項です。我が国は、各国との連携を強化しながら、すべての被害者の一日も早い帰国に向けて全力を尽くします。日朝平壌宣言に則って、諸懸案の解決を図り、不幸な過去を清算して、国交正常化を追求していきます。我々は、引き続き、北朝鮮の前向きな対応を求めます。

 人類は、「力」に頼る欲望だけを肥大化させてきたわけではありません。同時に、理性によって冷静に紛争を解決する術(すべ)も育み続けてきました。それが「法の支配」です。

 平和を守り、国民の安全を保障すること、国の主権、そして領土、領海を守ることは国家としての当然の責務であります。日本も、そのような責務を、国際法に則って、果たしてまいります。一方、グローバル化が進む今、国際社会の直面する問題はますます複雑化し、国家間の関係が緊張する事態も生じています。こうした時代においてこそ、世界の平和と安定、そして繁栄の基礎となる「法の支配」を確立すべきです。「法の支配」は、紛争の予防と平和的解決を実現するとともに、安定した予見可能な社会の基盤として不可欠であり、より一層、強化されるべきです。自らの主義主張を一方的な力や威嚇を用いて実現しようとする試みは、国連憲章の基本的精神に合致せず、人類の叡智に反するもので、決して受け入れられるものではありません。国際法の更なる発展に努めるとともに、その実効性を担保する制度をより有効に活用することが重要です。未来の世代に、より平和で安定した国際社会を残すためにも、私は、「法の支配」の強化を強く訴えます。

 国家間の紛争が国際法に基づいて解決されている現実を私たちは、目の当たりにしています。その代表例は、世界貿易機関(WTO)における紛争処理制度でしょう。パネルや上級委員会において、「力」ではなく「法」という共通の言語に則って、国同士が貿易紛争を解決してきているのです。

 これまでも、日本は「法の支配」を重視し、その強化に貢献してきました。国際司法裁判所(ICJ)に加盟して間もない時から、一貫してその強制管轄権を受諾してきており、率先して、「法の支配」が重要との考えを実践してきました。

 国際司法機関への人的・財政的な貢献においても、世界をリードしています。ICJに裁判官を輩出しているだけではありません。国際海洋法裁判所(ITLOS)、国際刑事裁判所(ICC)、カンボジア特別法廷にも裁判官を輩出し、これらの機関に対し最大の予算を拠出してきました。深刻な財政危機に陥っているカンボジア特別法廷については、各国からの財政支援も呼びかけているところです。

 「法の支配」の強化に向けた国連の取組を支援することは引き続き大きな課題です。私は、国連と協力しつつ、各国が日本と同様に、ICJの強制管轄権を受諾すること、また、ICC及び国連海洋法条約(UNCLOS)の未加盟国は早期に加盟すべきことを改めて呼びかけます。

 また、世界の各地では、領土や海域をめぐる紛争が未だ数多く存在しています。国際法に従い紛争を平和的に解決することは、国連憲章の理念であり、国際社会で共有されている原則です。我が国は、どのような場合であっても、この原則を堅持し、国際法に従い平和的な解決を図ってまいります。世界は、紛争の平和的解決に当たって、国際司法機関が果たしうる機能により注目すべきと考えます。

 中東・北アフリカ地域においては、民主化の確立が胎動しつつも、依然、激動の渦の中にあります。我が国は、引き続き各国の民主化と改革努力を支援します。シリアにおいて暴力と弾圧が継続し、深刻な人権侵害が発生していることは、「法の支配」の観点から看過できません。数万もの無辜の市民、日本人の山本美香記者をはじめ、ジャーナリストや援助関係者などを巻き込む市街地での大規模な攻撃を強く非難し、国際社会とともに、シリア政府への圧力強化、人道支援などを進めていきます。

 また、「法の支配」が貫徹すべき国際社会においては、国際法の下で、文民が保護されなければならないこと、外交官や国際機関の職員の安全が確保されなければならないことを改めて強調します。現代においては、いかなる理由であれ、こうした要請に背く暴力行為は許されないのです。

 「法の支配」は、安定した予見可能な社会の基盤であり、人々の行き来や交易を活発にし、繁栄の基盤ともなるものです。私は、「法の支配」を広げていくことが、アジア太平洋地域を中心とする各国のネットワークにおいても、秩序と繁栄をもたらす重要なインフラになると考えています。我が国は、貿易・投資の拡大、海上交通の確保を含む海洋秩序の構築といった様々な面での新たなルールづくりに積極的に貢献し、繁栄の秩序を築いてまいります。

 国際社会が必要とするルールとは、個別具体的な課題の解決だけに向けられるものではありません。国家間あるいは国際機関内部の規律にも、「法の支配」、すなわち「グローバル・ガバナンスの強化」が求められています。すべての国が、それぞれの能力に応じた責任を全うしなければ、多岐に渡る世界共通の課題を乗り越えていくことはできません。特に、経済成長の著しい国々がその国力に見合った責任を果たすことを我が国は期待します。

 その一環として、国連の将来に向けたあり方に関する徹底した議論も重要であり、国連のマネジメント改革を強く支持します。また、安保理が実効性を持つには、現代の国際社会の実態を反映した正統性がなければなりません。我が国は、国際社会において、より大きな責任を引き受けていく用意があります。今こそ、停滞している安保理改革交渉を加速させ、真の交渉を開始すべき時です。

 以上、人類という種が未来にわたって持続可能となるために必要となる3つの叡智と日本の貢献について述べてきました。

 私は信じます。人類が、これからも、この複雑な社会に適応して、さらに賢くなっていくことを。そして、未来の世代を慮り、地球を俯瞰する視点で、ルールに基づいて冷静に紛争を解決することを。

 明日への責任を共に果たそうではありませんか。子や孫たちのために、「未来を慮る政治」を実践し、人類が生き残る道筋を描くために、あらゆる叡智を結集していくことが、今を生きる私たちの崇高な使命なのです。

 日本は、平和で豊かな社会に向けた人類の歴史を、その先頭に立って切り拓いていくことをここにお誓い申し上げ、私の所見を締め括ります。

 ご清聴、ありがとうございました。