データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 北大西洋理事会(NAC)における安倍総理大臣演説

[場所] 
[年月日] 2014年5月6日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 ラスムセン事務総長、温かい歓迎の言葉をありがとうございます。

各大使閣下、ご列席の皆様、

「日本は、国際社会のために為すべきことを、実行する用意がある。」

2007年、日本の総理として初めてNACで演説するという栄誉を頂いたとき、私は、こう申し上げました。

あれから7年。再び日本の総理となって、この場所に戻って参りました。そして今、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の旗を掲げ、7年前の約束を果たしつつある。そのことをお伝えできることを、私は、とても嬉しく思います。

日本は、第2次世界大戦後70年近くにわたり、平和国家としての道を歩み、一貫して、国連憲章に掲げられた、自由、民主主義、人権、法の支配など、基本的価値の実現に尽力してきました。今後とも、この方針を貫いていくことに一点の迷いもありません。

日本は、同時に、国際平和協力から、軍縮・不拡散や国際テロ対策、「人間の安全保障」の推進、そして防災協力に至るまで、個別の分野を通じて、世界の平和と安定に、着実に貢献してまいりました。

カンボジア、ゴラン高原、ハイチ、そして南スーダン。さらには、インド洋でのテロとの闘い、イラクにおける復興支援。世界中で、冷戦終結後、5万人もの自衛隊員が、平和のために身を尽くしてきました。

国連PKOには、米国に次ぐ11%の財政負担を行っています。190の国と地域に、総額3000億ドル以上のODAを実施してきました。日本のODAは、今年で60周年。振り返れば、戦後貧しい頃から、アジアの友人をはじめ、世界に支援の手を差し伸べてきました。

そのような、揺るぎない平和国家としての歩みを礎に、日本は、これまで以上に、世界の平和と繁栄に強くコミットしてまいります。空の自由、海の自由といった「国際公共財」を守り抜くため、より積極的な役割を果たさなければならない、と考えています。

これが、私が掲げる「積極的平和主義」です。その決意を、我が国初の「国家安全保障戦略」をつくり、明確にしました。その戦略を確実に実現していくため、新たな体制も整えました。今や、重要な意思決定は、すべて、私直属の「国家安全保障会議」が、機動的に行っています。

日本は、NATOの『必然のパートナー』である。ラスムセン事務総長は、このようにおっしゃいました。私も、心から賛同します。

なぜ、日本とNATOなのでしょうか。

私が進める「地球儀を俯瞰する外交」において、同盟国である米国と共に、欧州諸国は、基本的価値を共有するパートナーです。そして、NATOは、「価値に基づく同盟」を掲げて、また、大西洋を越えて、米国と欧州を結ぶ同盟です。

地球儀を俯瞰する日本。世界の平和と繁栄に向けて「積極的平和主義」を実践する日本。その日本にとって、基本的価値を共有するNATOは『必然のパートナー』なのです。

 我々は冷戦に共に勝利しました。それから20年余りを経て、日欧それぞれを取り巻く安全保障環境は再び厳しさを増しています。

現在のウクライナ情勢は、冷戦後の欧州にとって最大の挑戦といえます。「力による現状変更」を許してはならない。これは、アジアにも影響を与える、グローバルな問題です。すべての当事者が、法の支配及び領土の一体性を尊重すること、最大限の自制を発揮して、責任ある行動をとることを強く求めます。

ウクライナ東部における緊張の緩和が、何よりも重要です。民主主義の回復と、国内の対話と統合を進める。そのため、日本は既にハーグG7サミットで表明した15億ドルのウクライナに対する経済支援を、着実に実施していきます。大統領選挙に向けた支援や、OSCEの特別監視団の派遣への貢献を積極的に行います。

アジア太平洋地域の安全保障環境も、一層厳しさを増しています。

北朝鮮の核とミサイル開発の継続は、「今そこにある危機」です。本年に入ってからも、北朝鮮は、日本海に向けた弾道ミサイルの発射を繰り返し、また核実験の実施を示唆する声明を発出しています。これらは、関連の安保理決議に明白に違反します。

核物質や関連技術がイランなどの第3国へ拡散する危険性も孕んでいます。もはや、東アジアという一地域の問題にとどまらない、国際社会全体にとって重大な問題です。

2013年2月の北朝鮮による核実験に対し、NACが、最も強いトーンで非難する声明を発出したことは当然であります。

 アジア太平洋地域では、近年軍事費や武器輸入が大幅増加しています。特に、中国の対外姿勢、軍事動向については、我が国を含む、国際社会の懸念事項となっています。

冷戦がまさに終結せんとする時から今日に至るまで、ほぼ一貫して軍事費を毎年10%以上伸ばし続け、26年間で40倍に拡大している。最近の10年間でも、日本の防衛予算が-1.2%なのに対し、4倍に軍事費を拡大しています。そして、その額は、NATOの主要加盟国である英、仏、独の軍事費の合計にほぼ匹敵します。しかも、その軍事費の拡大は、内訳が明らかにされない、不透明な形で行われています。

こうした状況に対応し、東南アジア諸国も軍事費を増加させており、この10年で1.8倍に伸びています。

アジア太平洋地域のパワーバランスが急速に変化し、安全保障面での緊張が高まっている現実がここにあります。この地域の不安定化要因とならないよう、武器及び機微な汎用品の厳格な輸出管理をあらためて強く訴えます。

東シナ海や南シナ海においては、「力」による一方的な現状変更の試みが頻発しています。

東シナ海では、尖閣諸島周辺の日本の領海への侵入が続いています。公海における上空飛行の自由を不当に侵害する防空識別区の設定の動きがあったのは記憶に新しいところです。我が国領空に接近する軍用機に対する自衛隊機のスクランブル発進回数は、今や、冷戦最盛期と同水準にまで達しています。

我々は、地域における責任ある大国として、強い意志の下、自制的で冷静な対応を続けています。不測の事態の発生を防止するため、今後とも海・空の連絡メカニズムの早期運用開始を呼びかけていきます。

南シナ海においては、一方的な主張に基づく行動が相次ぎ、地域の国々の間では緊張感が高まっています。

日本にとって、アジア太平洋地域の平和と繁栄の実現は最優先課題です。そのために建設的役割を果たそうとするいかなる国とも協力していきます。

同時に、日本は、「法の支配」を堅持し、航行の自由を始めとする海洋秩序や上空飛行の自由を擁護していきます。それこそが、アジア太平洋地域の平和と繁栄を確保していく唯一の道である。そう信じているからです。

価値を共有するNATO及びその加盟国と更なる協力を進めていきたいと思います。

 大量破壊兵器や弾道ミサイル、テロやサイバー攻撃など、脅威は瞬時に国境を越えてやってくる。もはや、どの国も、一国のみでは、自国の平和と安全を守ることはできない時代です。

国際社会と協力して、地域や世界の平和を確保する。そのために、日本として、これまで以上に積極的な役割を果たす意思と能力があります。

そして、現在、憲法と集団的自衛権、集団安全保障、PKOなどとの関係について、議論を進めています。

例えば、現在の憲法解釈では、ミサイル防衛のため、日本近海の公海で警戒に当たっている米軍のイージス艦が攻撃を受けたとしても、自衛隊はこれを守ることができません。単に見過ごすしかできない。それでよいのでしょうか。

NATO加盟国と同じPKOに参加する自衛隊は、NATO加盟国の部隊がゲリラに襲われても、駆け付けて警護することができません。自衛隊は、NATOの部隊に警護してもらえるにもかかわらずです。果たして、それでよいのでしょうか。

こうした点について、私のもとで、有識者による議論を積み重ねてきました。その報告を受けて、今後、世界の平和と安定のために、日本は、どのような貢献をなすべきか、そして、いかなる貢献が可能なのか、そのためには、どのような法整備をなすべきか。政府としての方針をまとめたいと考えています。

 NATOは、冷戦を自由主義陣営の勝利で終わらせる上で、死活的に重要な役割を果たしました。冷戦終結から20年が経った今、欧州地域内で、民主主義と平和が引き続き確保されています。このためにNATOが果たしてきた貢献に改めて敬意を表します。

ラスムセン事務総長は、非加盟国とのパートナー関係の強化に、力強いリーダーシップを発揮されました。7年前に私がNATOを訪問した際には、「コンタクト諸国」だった日本も、今や「世界におけるパートナー」になっています。

7年前、私がお約束したアフガ二スタン支援は、確実に実現してきました。

日本は、アフガニスタン国家警察官の給与の30%を負担し、NATO等と共に、女性警察官を含む警察官の維持・増加、能力強化に貢献してきました。2008年から現在までの間に、アフガニスタンの警察官の数は倍増しています。

NATOの地方復興支援チーム(PRT)と連携して、日本はアフガニスタンの16の県で、住民に直接役立つ医療、教育等の分野で144件のプロジェクトを実施してきました。

2001年以降の日本の54億ドル規模の対アフガニスタン支援は、NATOを含む国際社会との連帯と相俟って、着実に実を結んでいます。

9月の英国ウェールズ首脳会合に向けて、今後のNATOのあり方が検討されています。日本も、積極的平和主義を実践する立場から、今後のNATOと、パートナーシップを発展させてまいります。

 昨年4月、ラスムセン事務総長が訪日された際に、日NATOの初の政治文書である『共同政治宣言』を発表しました。それに基づき、先ほど、今後の日NATO協力の主要な指針となる『国別パートナーシップ協力計画』(IPCP)に署名できたことを大変嬉しく思います。

ラスムセン事務総長との会談では、IPCPに基づき、海洋やサイバー空間といった国際公共財から、災害救援、防衛交流に至るまで、幅広い分野での協力に合意しました。

この中で、「海」と「女性」に光を当てることで、私が特に推し進めたい日NATO協力の未来を、具体的にお示しします。

日本とNATOは、世界の海洋において、「法の支配」を推進する責任を共有しています。ソマリア沖・アデン湾において、海賊対策の協力を強化することは、その試金石です。

現地では自衛隊員600名が活動しており、水上部隊はこれまで、3400隻以上の船舶を護衛してきました。うち8割は、日本の事業者がまったく関与していない外国籍船です。国籍の別なく、海の安全を守るという日本の強い意思に基づく行動です。

また、航空隊のP-3C哨戒機による警戒監視飛行は、アデン湾における各国の警戒監視飛行全体の6割を占めています。これまでNATOのオーシャン・シールド作戦への参加国を含む関係国・機関に対し、約一万回の情報提供を行ってきました。

本日、ラスムセン事務総長との間で、オーシャン・シールド作戦の参加国との共同訓練の実施について、新たに合意しました。日本は、NATOと、互いの叡智と教訓を持ち寄り、双方の地域の、そして世界の繁栄を支える海を護っていく決意です。

「女性の力」を最大限活かすこと。それは21世紀を平和で豊かな時代にしていくためのキーワードです。

世界で、貧困を削減し、平和を促進し、社会に活力を与え、新しい成長のエンジンを与えるために、女性の活躍こそが最も重要視されなければならない。私は、「女性が輝く社会」の実現に意欲をもって取り組んでいます。昨年の国連総会でも申し上げたとおり、その重点政策のひとつとして、「平和と安全保障分野における女性の参画と保護」を推進しています。

日本は、「人間の安全保障」の理念を重要視しています。

アジア諸国を始め、途上国の女性の能力向上や母子保健、女性の権利の保護・促進等の分野で、地に足のついた支援を実施しています。21世紀の今日においても、武力紛争において多くの女性が心身にわたり癒やしがたい傷を負ってしまう事態が後を絶たないことは実に痛ましいことです。

日本は、国際刑事裁判所の役割を重視し、被害者救済のための基金に拠出します。

ラスムセン事務総長が主導する、女性分野におけるNATOのアプローチは、日本の考え方と完全に合致すると信じます。

日本がNATOと同様に育成に携わった、アフガニスタンの女性警察官。彼女たちは、男性警察官とともに、今回の大統領選挙において治安確保を主導するなど、女性が安心して民主化に貢献できる環境づくりを行っています。現地の日本大使館では、NATO文民代表部とのリエゾン役として、女性の文民職員が活躍しています。

本日、ラスムセン事務総長との間で、国際平和協力に携わっていた経験を持つ日本の女性政府職員をNATO本部に派遣することについて合意しました。

日本とNATOで、互いに協力し、国際社会における女性の保護・参画を推進してまいります。

 最後に、もう一度、問いたいと思います。なぜ、日本とNATOなのでしょうか。

私たちは、単に、基本的な価値を共有する「必然のパートナー」に留まりません。具体的な行動に裏付けられた「信頼できるパートナー」でもあるのです。

そのような信頼関係に基づき、今回のNATO本部訪問をきっかけに、日本は、NATOの「信頼できる必然のパートナー」として、新たな協力のページを開いていけることを、心から楽しみにしています。

ご清聴有り難うございました。