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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第3回国連防災世界会議ハイレベル・パートナーシップ・ダイアローグにおける安倍内閣総理大臣スピーチ

[場所] 仙台市
[年月日] 2015年3月14日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 東日本大震災から4年が経ちました。日本は、古来より、自然災害と向き合ってきた国です。様々な厳しい経験を経て、私たちは、防災にも、復興にも女性の力が不可欠であると、強く認識するようになりました。

 東日本大震災の前年に、ここ仙台市にある岩切(いわきり)地区の女性たちが、発表した宣言があります。

「あなたの大切な人は誰ですか? 

 今、何かをすることで、大切な人の命を守れるなら、すぐにそれを始めませんか?」

 日本のどの地域でも、防災訓練に参加するのは、男性が中心でした。しかし、昼間に大震災が起きたら、家にいるのは女性が多い。女性の視点こそが、地域の防災のために不可欠である。そう考えたこの地域の女性たちは、互いの意見を出し合いました。

 発災前に備えておくべきことは何か。そして、災害が起きてしまったら、何をしなくてはならないか。共通の理解が出来上がっていたのです。

 その翌年に起きた東日本大震災。震度6強という大地震、そして大津波で地域の35%が浸水しました。多くの被災者が避難所への避難を余儀なくされました。

 宣言作りに携わった女性たちは、「女性も災害時に積極的に動かなくては。」と考え、リーダーとして、スタッフとして、行動を起こしました。

 女性やお年寄りの不安の声を聴いて回り、避難所においてお互いのプライバシーが保たれるように配慮する、赤ちゃん用の粉ミルクを確保する。声を上げにくい人たちに配慮した避難所の運営を行ったそうであります。

「自殺するのを思いとどまったのは、来てくれた『警視庁きずな隊』の若い女性警察官のおかげです。親身になっていろいろ話を聞いてもらったり、散歩に連れて行ってもらったりしたことで救われました。心から感謝しています。」

 警視庁きずな隊に寄せられた半身不随の障害をもつ避難者の方からの手紙にはこう書かれていました。

 東日本大震災の発災直後、全国から女性警察官を中心にその部隊が甚大な被害があった地域に派遣されました。

 彼女たちは、長期間にわたって多くの地域を歩き、様々な境遇にいる被災者の方々の話を聞きました。女性らしい、きめ細かい「心のケア」によって、多くの被災者が救われたのです。

 私は、東日本大震災後、22回にわたって、東北に足を運んでまいりました。そこで、多くの女性たちと出会ってきました。

 先月、東日本大震災で大きな被害のあった気仙沼市を訪問しました。気仙沼は港町です。古くから、漁業用の網を補修し、漁師が着るセーターを編む習慣がありました。編み物は地域の女性にとって身近なのです。

 この伝統を生かして、震災後に、手編みニット工房が立ち上がりました。地域の文化を生かしながら、持続できる産業を創り出す。今、30人以上の編み手が、毎日、付加価値の高い手編みセーターを編み、大変な人気を博しています。

 女性ならではのアイディアを生かした生業(なりわい)の復興です。

 女性は災害による被害を、より受けやすい「災害弱者」だと言えます。あってはならないことですが、災害後の混乱状態では女性への暴力が増えるとの報告があります。

 しかし、女性は家族を災害から守る知恵と知識を持ち合わせています。そして、被災後、多くの困難に立ち向かわなくてはならない被災者の身体と心のケアにきめ細やかに対応することができます。

 災害によって損なわれたコミュニティを取り戻すためにも、女性の力は欠かせません。私は、被災しながら地域活動に懸命に取り組む女性たちに、被災地を訪れるたびにお会いしています。

「お一人お一人の不安や思いに寄り添った支援を続けていきたい。」

 宮城で相談員として地域を回る女性は、こう語ってくれました。

 こうした女性の力強さを、防災に、災害からの復旧に、そして災害から地域が立ち上がるために、生かしていきたい。私たちは、災害に立ち向かうために女性のリーダーシップが不可欠であると考えています。

「平常時にできないことは、災害時にもできない」

 我が国の自治体では、防災会議を組織し、防災計画を作り、普段から災害への備えを行っています。10年前には約半数の都道府県の防災会議に女性のメンバーがいませんでした。

 しかし、今や、すべての都道府県の防災会議に女性が参加しています。平常時から防災に関する意思決定に女性が参画する体制ができつつあります。

 地域の消防団にも、女性団員の参加が増えています。

 私たちは、日本の経験を国際社会と共有したいと考えています。

昨年の国連の「女性の地位委員会」で、我が国からは、災害時に女性への配慮が必要であること、そして自然災害へ立ち向かうため女性の役割が重要であることを訴え、多くの国の賛同を得て「決議」として採択されました。

 私たちは、各国で具体的なプロジェクトも開始しています。

 フィジー、ソロモンなど太平洋の島しょ国は、台風や火山噴火などの多くの自然災害に直面しています。毎年のように豪雨に見舞われ、河川の氾濫で多くの地域に浸水被害が起きています。

 私たちは、コミュニティ防災分野の専門家を派遣して、女性たちを対象とする研修を3年間にわたり行いました。コミュニティの女性リーダーを対象に、防災の基礎知識を学んでもらいました。

 今、この女性たちがリーダーとなって、コミュニティの女性に対して防災の知識を広める活動を行っています。

 フィリピンは、2013年に最強の台風ヨランダに襲われました。その復旧・復興を支援するため、我が国は女性支援に重点を置いた協力を行っています。

 被災前から、ミルクフィッシュや肉など農水産品の加工は地域の女性たちの重要な仕事でした。その仕事を早期に再開するため、加工施設を再建するだけでなく、保育所も建て、女性たちが早く仕事に戻れるように支援を続けています。

 さらに、東日本大震災で被災した宮城県東松島市の職員も現地に入り、住民、特に女性の意見を復興計画の策定に反映するよう助言を行っています。

 本日、私は日本の新しい防災協力イニシアティブを発表しました。今後4年間で4万人の防災・復興リーダーを育成するというものです。

 このイニシアティブの主要プロジェクトのひとつとして、「防災における女性のリーダーシップ推進研修」を開始します。

 また、本年夏に東京で開催するWAW!TOKYOのテーマのひとつとして「女性と防災」を取り上げ、世界に向けて女性のリーダーシップの重要性を訴えてまいります。

「どんなに大地が揺さぶられても、心はしなやかに立ち上がる。」

 冒頭に触れさせて頂いた岩切(いわきり)地区の女性たちのことばです。

 災害に強靭な社会、つまり「レジリエンス」を持つ社会の構築には、女性が原動力となることが不可欠です。

 改めてこのことを皆さんと共有したいと思います。

 ありがとうございました。