データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] STSフォーラム第12回年次総会における安倍総理スピーチ

[場所] 京都市
[年月日] 2015年10月4日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 尾身会長、皆様、またお招きくださいまして、誠にありがとうございます。

 しばらく前ですか、ワシントンで皆様と御一緒した時、日本は世界の平和と繁栄のため、これまでにも増して、積極的に貢献しなくてはならないと申しました。

 そのため日本は、科学と技術の力を、あらん限り、用いなくてはなりません。私はまた日本を、イノベーションが次々と起こる国にも変えたいと思っています。

 では私ども、何をすべきでしょうか。

 必要なのは「エコシステム」です。知と知が出会い、イノベーションが更なるイノベーションを生む場です。去る4月にシリコン・バレーを訪れた折、それが大事なのだと再確認しました。

 日本でも、エコシステムを作らなくてはなりません。そうすることを、今後5年の重点施策といたしました。

 例えば、車のような、私たちがよく知っているものを例に挙げましょう。

 車というのは一方で、120万人からの人命を、世界で毎年、事故で奪っています。

 一方、車は偉大なイコライザー(格差を埋めるもの)でもあります。人間の動きを「民主化」してくれるものですから、障害をお持ちの方であれ、お年を召された方であれ、万人に、その恩恵を及ぼせるものであるべきです。

 日本にはこの両方、すなわち車の持つ安全と、便益の双方に、持ち前の技術で取り組んでいく使命がある。そして正にこの点で、今いろいろ日本の自動車メーカーが開発している、自動運転技術が重要になってくるのです。

 それにもかかわらず、実は、公道で試験運転しようという会社がちっとも現れませんでした。2年前のことです。

 ですから私は手を挙げて、公道を走る自動運転車の、初のドライバーになることにしました。将来日本の歴史は、私を記録に留めるだろうと思うと、嬉しくなります。

 自動運転車の研究開発には勢いがつきました。高速道路で自動運転車が車線変更できるようになるのも、もうすぐです。

 もちろん、いろいろな難題が残っています。なにより地図が、動的(ダイナミック)なものにならないといけません。

 ダイナミック・マップは、三次元、四次元の情報を車に伝えます。前方の信号の色、何か工事をやっていないか、路面の様子はどうだとか、ほかの車や歩行者がどんな動き方をするだろうかといったことで、既にあるGPS情報に加え、そうしたインフォメーションを車に伝えることになるわけです。

 そういうダイナミック・マップを作ろうとすると、センサー技術から、地図、クラウド・コンピューティングや交通規制に至るまで、いろいろなものを扱うステークホルダーが、皆一緒にならないといけません。

 換言すると、オープン・イノベーションがなくてはならないわけです。ダイナミック・マップの開発は、ですから、エコシステムを作るうえで格好の苗床を与えてくれるはずです。

 毎日の暮らしに欠かせない、一つの新しいインフラともなるのが、ダイナミック・マップでしょう。そこからは新しいサービスがいろいろ産まれてくるはずです。そして、こうした過程で、日本には世界をリードしてほしいというのが私の願いです。

 きっと、できるのではないか。日本には、製造、工程に長けているという強みがあります。自動運転車を安全で確実なものにするには、これが重要になるでしょう。同時に私たちは、関連技術の国際標準化に向け力を合わせなくてはなりません。

 みなさま、私にはどうも想像を超えるものがあるのですが、自動運転車の時代は来ますね。しかも、大変早く来ます。

 2020年には、東京でオリンピック・パラリンピックがありますから、どうか是非見に来てください。「一つ買ったらオマケに一つ」ではありませんが、2020年の東京には、自動運転車がきっと走り回っています。皆様には、動き回るのにお使いいただくことができるでしょう。

 もう一つ。

 私は、ウィメノミクスの信奉者でありますが、オープン・イノベーションにしろ、エコシステムにしろ、そこに最も似つかわしいのは、カラフルな装いをまとった女性です。簡単に言うと、もっとたくさん、女性の科学・技術の専門家がほしいわけです。

 そういう動機から、私の政府は「リコチャレ」というプログラムを始めました。今年は学校が夏休みの間、地図製作会社から、鉄鋼メーカー、半導体企業など30社以上を巻き込んで、十代の若者を大勢工場見学に連れていきました。

 その招待された十代の若者に、実は、一人も男子がおりません。で、「リコチャレ」の呼び名になるのですが、この意味は一体何かというお話は、そうですね、次の機会にとっておかせてください。

 おしまいに、クラークの法則を一つ引用させていただきます。映画「2001年宇宙の旅」で有名なアーサー・C・クラークは、こんなことを言っております。

 「何であれ科学は、発展すると魔術にえらく似てくるものだ」とそういうのですが、STSのコミュニティから、是非世界を魅了する魔術師が、輩出するといいと思います。とりわけ日本からはというと、女性の「魔女」たちが、現れるのを期待しています。

 ありがとうございました。