データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ASEANビジネス投資サミット 安倍総理スピーチ

[場所] マレーシア、クアラルンプール
[年月日] 2015年11月21日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 まず冒頭、先日パリで発生したテロによって犠牲となった方々に、皆さんと共に、心からの哀悼の意を表したいと思います。そして、私たちアジアの人々は、今、困難に直面しているフランスの人々と共にある。強い連帯を表明します。

 テロは、断じて許すことはできません。これは、平和と繁栄を願う、私たちの価値観に対する挑戦であります。

 テロとの闘いに、国際社会がしっかりと手を携えていく。その明確なメッセージを、G20、APECに続き、この東アジア・サミットでも、しっかりと打ち出していく。その決意であります。

 タンスリ・ムニール議長、御列席の皆様、

 本日は、今後のマレーシア経済、更にはASEAN経済を牽引する、新進気鋭のビジネスマンの皆さんの前で、お話をすることができる。私にとって、大変光栄なことであります。

 ここクアラルンプールは、東京から5000km余り。世界を股にかけるビジネスマンである皆さんにとっては、目と鼻の先です。しかし、G20サミット、APECと、私は、東京から、トルコ、マニラを経由して、24000kmの旅を経て、ようやく、やってまいりました。

 そろそろ日本食が恋しくなります。

 寿司、そして鉄板焼き。ここマレーシアでも、おいしい日本食が味わえる。とりわけ最近はラーメンが大人気だと伺いました。日本の有名ラーメン店が、続々と進出しています。まだ食べたことがない方は、この後、ブキ・ビンタンの「トーキョー・ストリート」へと足を運んでいただきたいと思います。

 スープ、麺、具材。その絶妙なハーモニーで、日本の美味しいラーメンを、皆さんにお届けする。しかし、私たち日本人は、日本の物を、マレーシアにそのまま持ってくるというようなやり方は、いたしません。

 ある店は、ハラル認証をとっています。豚骨スープではなく、鶏のスープ。具材にも、豚のチャーシューではなく、鶏肉を使う。調理をするのも、トレーニングを受けた、マレーシアの皆さんです。こうした努力を行って、この地で店舗を拡大しているラーメン店もあります。

 押しつけはしない。長い目で見て現地に根を張り、現地の人々と共に考え、共に歩む。

 これが、日本のやり方です。日本の電機メーカーや自動車メーカーが、これまで、ASEANの国々において成し遂げてきたことを思い出していただければ、より御理解いただけると思います。

 現地の若者たちを育て、その力を得ながら、日本企業は、ASEAN各国の工業化の一翼を担ってきました。

 30年前、その中には、若き頃のヤン・チョー・リョンさんもいました。マレーシア松下電器で8年にわたって物流に携わり、その後、日本政府が支援する、AOTS(一般財団法人海外技術者研修協会)研修プログラムに参加し、日本の横浜で、最先端の物流を体験しました。

 「貴重な経験をさせてもらった。」

 こう語るヤンさんは、現在、国内で会社を興し、マレーシアの水産物の物流を支える人材となっています。

 日本人の「真面目で誠意ある態度に、感動した。」そう語るヤンさんは、現在、マレーシアの高校生たちに、日本流の「カイゼン」を体験・学習してもらうプログラムを実施してくれています。

 日本企業の経験やノウハウが、ヤンさんへ、そしてマレーシアの次世代を担う若者たちへと、脈々と受け継がれて、このASEANの大地で、大きな根を張りつつあります。

 これは、日本企業にとっても、大きなチャンスです。

 国が変われば、人々の好みも変わります。例えば、ベトナムでは大勢が乗れる二輪自動車が好まれますが、タイに行けばスポーツタイプのピックアップトラックが大人気。国ごとに売れる商品をデザインし、開発する。そのためには、意欲と能力あふれる、現地の若者たちの力を借りるほかありません。

 今後3年間で4万人に上る、ASEANやインドなど、アジアの若者たちの、技術の向上や、知識の習得を、お手伝いしてまいります。

 さらに、タイ、マレーシア、ミャンマー、インドネシア、ベトナムなどの、20程度の大学において、日本企業と連携して、新たな講座を新設し、産業発展をリードする人材を育成する取組を始めたいと考えています。

 さらに、消費者の半分は女性です。女性ならではの感覚も、ヒット商品の開発には欠かせません。日本においても、今、アベノミクスによる成長を牽引しているのは、女性たちであります。アジアのパワフルな女性たちにも、チャンスを広げていきたい。そのための基金を新たに創設します。

 アジアは、日本にとって、もはや支援の対象ではありません。共に成長する「パートナー」であります。その原動力となる人材の育成に、日本は、今後、一層、力を入れていきたいと考えています。

 人材だけではありません。資金面でも、「パートナー」として、日本とアジアが共に成長していく。日本とADBで、今後5年間で、1100億ドル、13兆円のイノベーティブなインフラ資金を、アジアに提供してまいります。

 港を創り、鉄道で結び、道路を張りめぐらせる。タイ東部の臨海工業地帯の開発を、日本は、この30年間にわたって支援してきました。自動車産業がひしめく「東洋のデトロイト」を生み出したのは、長期にわたって、低利の資金を供給する、1800億円にのぼる円借款でありました。

 この円借款を、もっと使いやすいものにしていく。アジアの皆さんのニーズに、より応えるものへと改革を進めます。

 アジアは、日進月歩。成長のテンポは、年々、加速しています。円借款も、そのスピード感に、遅れをとるようなものであってはなりません。手続に要する期間を、これまでよりも、最大で、1年半短縮します。

 例外なく政府保証を条件としていた、従来のやり方も改める。相手国政府の十分な関与を得ながら、自治体や公社など公的機関に円借款を行う場合には、政府保証がなくてもよいことにします。機動的、かつ柔軟な円借款を可能とすることで、多様なインフラニーズに、しっかりと応えてまいります。

 ADBとの連携も更に進めます。今後5年間で、JICAとADB合わせて100億ドルの協調融資を行います。民間のプロジェクトにも、JICAは、ADBに新設される信託基金を通じて、今後5年間で最大15億ドルを投融資します。

 さらに、融資にとどまることなく、積極的に出資も行います。JBICについては、新たな勘定を設けるなどの制度改革を目指し、よりリスクを取りやすくします。

 アジアでは、毎年100兆円に上るインフラ需要が見込まれています。総額1兆円を超える、マレーシアとシンガポールを結ぶ高速鉄道計画。インド南東部で計画されている大型かつ最先端の石炭火力発電所は、5000億円を超えるプロジェクトです。インドネシアにおいても、1兆円を超える規模のLNG開発が予定されています。いずれも、ERIA(東アジア・アセアン経済研究センター)の計画にも位置づけられる、重要なプロジェクトです。

 こうした大きなプロジェクトが、同時並行で進んでいく。ダイナミックに成長を遂げるアジアに、日本は、積極的にリスクマネーを供給してまいります。

 単なる売り切りによる目先の利益を追い求めるのは、日本のやり方ではありません。日本は、オペレーションにも積極的に参画してまいります。これまで培ってきた経験や知識を活かしながら、プロジェクト全体を成功させる。その責任とリターンを、シェアしたいと考えています。

 ですから、日本が持つ高度な技術やノウハウ、「メイド・イン・ジャパン」の信頼性を、共有することも惜しみません。

 アジアに広く普及している石炭火力発電は、日本の技術によって、石炭をガス化し、更に燃料電池もつけることで、エネルギーコストを4割カットすることが可能となります。

 日本は、このほどアメリカで、日本が誇る新幹線技術の採用を前提に、鉄道事業に出資することを決めました。高速で、安全な、日本の新幹線技術も、皆さんに、どんどん使っていただきたいと思います。

 これまで、漏水や盗水により、取水した水の3割しか届けることができなかった、プノンペンの上水道は、日本がオペレーションに加わることで、9割以上を届けることができるようになりました。

 押しつけはしない。長い目で見て現地に根を張り、現地の人たちと共に考え、共に歩む。

 日本のやり方を、これからも貫いてまいります。経済性に優れ、環境に調和し、省エネを極限まで追求し、そして、長持ちする。「質の高いインフラ」を、アジアに、共に広げてまいりましょう。

 皆さんは、今、大きな歴史の岐路に立っています。今年、いよいよASEAN共同体が誕生します。

 日本は、マレーシア、ベトナム、ブルネイ、シンガポールといった国々と共に、TPPをつくることで、大筋合意しました。このアジア・太平洋の地から、21世紀の新たな経済ルールが形成されようとしています。

 さらに、アジア・ワイドの経済統合、RCEPへの動きも進んでいます。これもまた、野心的で、ハイレベルな協定を目指すべきであります。質の高いものが、良いと、真っ当に評価される。自由で、フェアなマーケットを創ることが、アジアの、この成長の勢いを、持続的なものとするための、大きな鍵であると信じます。

 アジアの成長は、新たなステージへと移りつつあります。それは、持続的な成長を確かなものとするための、新しいチャレンジであります。2015年は、アジアの経済発展の歴史において、特記されるべき年となる。私は、そう確信しています。

 そして、その新たなステージにおける、最良のパートナーは、私たち日本であります。どうか、マレーシア風に工夫を重ねた、日本のラーメンを食べた時には、そのことを思い出してください。皆さん、是非、一緒にやりましょう。