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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 平成27年度 防衛大学校卒業式 内閣総理大臣訓示

[場所] 
[年月日] 2016年3月21日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 本日、伝統ある防衛大学校の卒業式に当たり、今後、我が国の防衛の中枢を担うこととなる諸君に、心からのお祝いを申し上げます。

 卒業、おめでとう。

 諸君の規律正しく、誠に凛々しい姿に接し、自衛隊の最高指揮官として、心強く、大変頼もしく思います。

 本日は、諸君が、幹部自衛官として新しい一歩を踏み出す、良い機会ですので、一言申し上げたいと思います。

 北朝鮮が、核実験に続き、弾道ミサイルの発射を強行しました。挑発行為が繰り返されています。我が国の安全に対する直接的かつ重大な脅威であり、断じて容認できません。

 我が国の南西方面では、領空への接近や領海への侵入が繰り返されています。国籍不明機に対するスクランブルは、この10年間で7倍にも増加し、外国艦船の活動も拡大の一途にあります。

 テロの脅威は、世界中に広がり、深刻さを増しています。昨年は、日本人も、その犠牲となりました。

 諸君がこれから向き合うのは、まさに、こうした「現実」であります。

 私たちが、望むと望まざるとに関わらず、国際情勢は絶えず変化し、日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増している。この冷厳な「現実」から、私たちは目を背けることはできません。

 しかし、いかなる状況にあっても、国民の命と平和な暮らしは、断固として守り抜く。これは、私たち政府にとって最も重い責任であります。

 その責任を全うし、子や孫の世代に、平和な日本を引き渡すため、強固な基盤を築く。そのことを考え抜いた末の結論が、「平和安全法制」であります。

 「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託にこたえる」

 この宣誓の重さを、私は、最高指揮官として、常に、心に刻んでいます。

 自衛隊員に与えられる任務は、これまで同様、危険の伴うものです。しかし、全ては、国民のリスクを下げるため。その任務は、誠に崇高なものであります。そして諸君は、この困難な任務に就く道へと、自らの意思で、進んでくれました。

 諸君は、私の誇りであり、日本の誇りであります。

 昨年の関東・東北豪雨。すさまじい洪水被害の現場にも、自衛隊は真っ先に駆けつけ、多くの命を救いました。

 その後、自衛隊のヘリで救出された少年から、一通の手紙が届きました。あどけなさが残る、しかし心のこもった、その手紙には、こう綴られていました。

 「ぼくは、大きくなったら、人をたすけるじえいたいになりたいと思っています」と。

 わが身の危険も顧みず、黙々と任務を果たす諸君の姿は、多くの国民の目に、しっかりと焼き付いています。自衛隊に良い印象を持つ国民が、過去最大、92%を超えたことも、当然の帰結でありましょう。

 国民が、諸君を信頼し、大いに頼りにしている。そのことを胸に刻み、諸君には、強い使命感と責任感を持って、全力で、それぞれの任務に当たってもらいたいと思います。

 諸君を頼みにするのは、日本国民だけではありません。

 毎年2万隻の船舶が通過する、世界の大動脈・アデン湾では、世界の船舶が自衛隊を頼りにしています。この海域において、かつて年間200件以上発生していた、海賊による襲撃事案は、昨年、ゼロとなりました。世界に誇るべき大成果であります。

 そうした自衛隊に対する国際的な高い評価の上に、昨年、戦後初めて、自衛隊から多国籍部隊の司令官が誕生しました。

 その司令部には、タイ王国の海軍からも2名の幕僚が派遣されました。2人は共に、「日本の自衛隊から、多国籍部隊の司令官が来る」と聞き、司令部への勤務を、自ら、強く志願したそうであります。

 いずれも、防大を卒業した、諸君たちの先輩であります。防大43期・パニャシリ中佐は、任務終了後、こう語っています。

 「部隊の融和・団結を図ることができたのは、防衛大学校で学んだ『和の精神』を重視したからだ」と。

 ここ小原台での、厳しくも充実した学び、共に過ごした強い絆が、戦後初の任務を成功へと導く、大きな原動力となったことは間違いありません。

 本日、ここには、インドネシア、カンボジア、タイ、韓国、東ティモール、フィリピン、ベトナム、そしてモンゴルからの、留学生の皆さんもいます。是非、皆さんも、我が国と共に、世界の平和と安定のために大きな役割を果たしてほしい。大いに期待しています。

 幹部自衛官となる諸君もまた、国際的な視野を持ってほしい、と願います。

 自衛隊が活躍する分野は、グローバルに、飛躍的に拡大しています。私は、これまで63の国と地域を訪問し、400回を超える首脳会談を行ってきました。ほぼ必ず、防衛協力が、大きな話題となります。キャパシティ・ビルディングや、装備・技術協力など、自衛隊が有する高い能力による協力が求められています。

 もはやどの国も、一国だけで、自国の安全を守ることはできない。そうした時代にあって、戦略的な国際防衛協力は、日本の平和のみならず、アジア・太平洋地域、ひいては世界の平和と安定にとって、欠かすことのできないものであります。

 世界の平和は、諸君の双肩にかかっている。その気概を持って、諸君には、世界を視野に入れて、日々、研鑽を積み重ねてほしいと思います。

 「日本の自衛隊に、とても感謝している。」

 「日本を大切にしなさい。」

 幼い頃から、おじいさんに、そう教えられてきた一人の少年は、その後、軍に入隊し、ここ小原台への留学を熱望しました。そして今、諸君たちの後輩となっています。

 カンボジアからの留学生・ピセットさんのおじいさんは、自衛隊が初めて参加したカンボジアPKOの際、現地の警察官として、諸君の先輩たちと一緒に仕事をしていました。

 自衛隊の丁寧で緻密な仕事ぶり、学校や農村の子どもたちに優しかった自衛隊員の思い出などを語りながら、おじいさんは、いつも決まって、こう言っていたそうであります。

 「現在のカンボジアがあるのは、日本のおかげだ」と。

 あれから24年。モザンビーク、ゴラン高原、東ティモール、更にはイラク、ネパール、ハイチ。今この瞬間も、南スーダンで、現地の人々の自立のため、世界の平和のために、ひたすら汗を流し続ける自衛隊員の姿を、世界が称賛し、感謝し、そして頼りにしています。

 その自衛隊が、積極的平和主義の旗の下、これまで以上に国際平和に力を尽くす。平和安全法制は、世界から支持され、高く評価されています。先の大戦で戦場となったフィリピンを始め東南アジアの国々、かつて戦火を交えたアメリカや欧州の国々からも強い支持を得ています。

 その誇りを胸に、自信を持って、新しい任務に取り組んでほしいと思います。

 本日ここから、諸君は、それぞれの「現場」へと踏み出します。

 私は、「現場」の情報を、何よりも重視しています。自衛隊の運用状況などについて、統合幕僚長を始め安全保障スタッフから、毎週、報告を受けています。そして、多くの課題について、「現場」の情報に基づいて、議論し、判断を下しています。

 自衛隊が、いつ、どこで、どのような行動を行うか。諸君が担うこととなる「現場」の一つ一つの活動が、我が国の国益に直結している。そのことを肝に銘じ、これからの任務に当たってほしいと思います。

 安全保障政策の司令塔である国家安全保障会議を始め、私の下には、将官を筆頭に、1佐や2佐を中心とした20名を超える自衛官が勤務してくれています。高度な知識と深い経験を活かしながら、他の省庁の出身者と一体となって勤務し、私を支えてくれています。

 防衛大学校は、戦前の陸軍と海軍の縦割りを克服することを目指し、陸・海・空の幹部候補を一元的に教育し、十分な成果を挙げてきました。しかし、陸・海・空が一体となるだけでは、もはや不十分であります。自衛隊、更には防衛省の枠を超えて、政府一体で、総合的な安全保障政策を進めていかなければなりません。

 諸君にも、そういう広い視野を持って、任務に当たってもらいたい。そして、将来、諸君の中から、最高指揮官たる内閣総理大臣の片腕となって、その重要な意思決定を支える人材が出てきてくれることを、切に願います。

 「現場」での経験を積み重ね、諸君が大きく成長してくれることを、心より待ち望んでいます。

 100年以上前の、日本海海戦における、歴史的な大勝利。その「現場」に、観戦武官として立ち会った、アルゼンチン海軍のマヌエル・ドメック・ガルシア大佐は、報告書の中で、日本が勝利した要因について、こう分析しています。

 「日本海海戦の勝利は、ただ勝利を得ようとする願望や熱情のみで得たものではない。あらゆる警戒措置を怠らず、ごく細部に至るまで研究した結果、手中にしたものである。」

 そして、このようにも、述べています。

 「日露戦争の結果は、完璧な研究と用意・準備を行った事に帰結する」と。

 いかなる任務も、必要十分なる訓練と、万全の備えなくして、成功を収めることはできません。もとより、精神論だけで達成できるほど、「現場」での任務は、生易しいものではありません。

 今月施行される平和安全法制に基づく、新しい任務においても、「現場」の隊員たちが、安全を確保しながら適切に実施できるよう、あらゆる場面を想定して、周到に準備しなければなりません。

 幹部自衛官としての道を歩み出す諸君には、それぞれの「現場」において、隙のない備えに万全を期し、任務を全うしてほしいと思います。

 「百錬成鋼(ひゃくれん・せいこう)」という言葉があります。

 鉄を百回鍛えることで、強い鋼(はがね)となるように、鍛錬に、鍛錬を重ねなることによって、人は成長する。いかなる困難にも打ち克つことができる人材となる、という言葉であります。

 卒業生諸君。どうか、諸君には、日本国民を守る「百錬の鉄」となってもらいたい。その心構えを持って、いかなる厳しい訓練や任務にも耐え、努力を積み重ねてほしい、と思います。

 そして、御家族の皆様。大切な御家族を、隊員として送り出して頂いたことに、自衛隊の最高指揮官として、感謝に堪えません。お預かりする以上、しっかりと任務を遂行できるよう、万全を期すことをお約束いたします。

 最後となりましたが、学生の教育に尽力してこられた、國分学校長を始め、教職員の方々に敬意を表するとともに、平素から、防衛大学校に御理解と御協力を頂いている、御来賓、御家族の皆様に、心より感謝申し上げます。

 卒業生諸君の今後の益々の活躍、そして防衛大学校の一層の発展を祈念して、私の訓示といたします。

平成28年3月21日

自衛隊最高指揮官

内閣総理大臣 安倍晋三