[文書名] 第50回自衛隊高級幹部会同 安倍内閣総理大臣訓示
この1年で、我が国を取り巻く安全保障環境は、目まぐるしく変化しました。その「現実」を、我々は、しっかりと直視し、万全の対応をとらなければなりません。
自衛隊の最高指揮官たる内閣総理大臣として、幹部諸君に訓示を述べるにあたり、本年は、まず、その点を強調したいと思います。
北朝鮮が、わずか9か月の間に、二度にわたって核実験を強行しました。断じて容認できません。国際社会の非難の声を無視し、弾道ミサイル発射も繰り返しています。先月、今月と、たて続けに、我が国のEEZにミサイルが撃ち込まれました。前例のない事態であります。
さらには、軍艦による領海侵入、相次ぐ国籍不明機による領空接近。これが「現実」であります。
極めて厳しい状況に、我が国は直面している。その「強い危機感」を、私は、諸君と共有しています。
同時に、私たちは、「固い決意」も共有しています。我が国の領土、領海、領空は、守り抜く。国民の命と平和な暮らしは、断固として、守り抜いていく決意であります。
この、政府にとって最も重い責任を全うするため、自衛隊員の諸君は、今この瞬間も、荒波を恐れず、乱気流を乗り越え、泥にまみれながら、極度の緊張感に耐え、黙々と任務を果たしてくれています。
全国各地において、自衛隊と在日米軍の円滑な任務遂行を支え、そして地元負担の軽減のため、縁の下で汗をかいている諸君の献身も、忘れてはなりません。
厳しい環境の下で任務を全うする自衛隊員の諸君は、私の誇りとするところであります。
日本を取り戻す。
4年前、こう訴えて、政権を奪還しました。「現実」を直視した、安全保障政策の立て直しが必要である。その強い信念が、政権交代への大きな原動力となりました。一次政権の時、防衛庁から省への移行を実現したのも、同じ信念に基づくものであります。
我が国初となる国家安全保障戦略を策定しました。国家安全保障会議は、その戦略を、一糸乱れず実行に移していく。そのための司令塔です。
こうした体制の下に、防衛装備移転三原則の策定を始め安全保障政策の改革は、確実に前進しています。限定的な集団的自衛権の行使容認を含む平和安全法制が成立し、これと軌を一にして、新たな日米ガイドラインも策定しました。
昨年は、さらに、統合幕僚監部に部隊運用に関する業務を一元化し、名実ともに、統合運用体制が整いました。
仕組みは出来ました。制度は整った。後は、これらを、血の通ったものとする。必要なことは、新しい防衛省・自衛隊による「実行」です。国民の命と平和な暮らしを守り抜く。「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と安定、繁栄に、これまで以上に貢献していく。今こそ、「実行の時」であります。
この困難の伴う仕事を担うのが、これからの防衛省・自衛隊です。日本国民だけでなく、国際社会も大きな期待を寄せています。幹部諸君には、その責任の重さを噛みしめながら、先頭に立って、頑張ってもらいたいと思います。
相次ぐテロ、地域紛争。国際情勢は、一層複雑化し、日々、新たな事態が進展しています。
しかし、「国民を守る」という崇高な責務を担う我々には、「想定外」は許されません。これまで起きたことのない事態への備えこそ、重要です。対応が十分でなければ、取り返しがつかないかもしれない。あるいは、再び繰り返されるかもしれません。
あらゆる事態に備える。時代の変化に目を凝らし、受け身ではなく、能動的に行動することが求められています。
言うは易く行うは難い、この万全の備えを全うするため、今こそ、諸君が長年培ってきた知識や経験、練磨し、研ぎ澄まされた能力、そのすべてを傾けてもらいたいと思います。
現場における部隊運用の在り方、運用構想、運用を支える様々な制度。あらゆるレベルで、これまで行ってきたことが、これからの時代にも妥当性があるのかどうか、合理的であるのかどうか、聖域なく点検を進めていかなければなりません。
将来に向けた防衛力の整備も極めて重要です。純国産の先進技術実証機、X-2の初飛行は、技術優位の確保に対する我が国の強い意思を全世界に示しました。有限の資源の中で、優先順位をつけながら、いかなる分野に重点投資をしていくのか。現在の中期防衛力整備計画の先を見据えて、検討を加速してほしいと思います。
諸改革を進めるにあたり、政治の判断が必要となる事項についても、臆することなく、積極的にオプションを提示してもらいたい。私は、私と諸君との紐帯の強さこそが、我が国の安全に直結すると信じています。
かつて、自衛隊は存在することに意義がある、と言われた時代がありました。しかし、今や、諸君の日々の活動の一つひとつが、日本の国益につながっています。
警戒監視や情報収集にあたる部隊は、私の、目であり耳であります。
日々の、艦艇や航空機の配置や動き、さらには、いかなる訓練をいかなる場所で行うか。様々な部隊をいかに配置するか。それらすべてが、我が国の確固たる意思を、周辺国をはじめ世界に示し、抑止力としての大きな要素となっています。
そうした時代にあって、すべては国民を守るため、私は、自衛隊と政治とのシームレスな関係を構築していきたい。それが、時代の要請であると考えます。
諸君には、そのことを肝に銘じ、最高指揮官たる内閣総理大臣と、防衛省・自衛隊が、一体となって事に当たることができるよう、常に、心を砕いてほしいと思います。
「適者生存」という言葉があります。
生存競争において、勝ち残ることができるのは、最も力がある者ではありません。その環境に最も適応した者。すなわち、環境の変化に柔軟かつ迅速に対応できた者であります。
急速に少子高齢化が進む中で、また、多様な視点が求められる時代にあって、防衛の現場においても、女性の力が、絶対的に必要であります。
女性自衛官の採用を開始して以来、自衛隊における女性活躍の歴史は六十年を超えています。幹部候補生の採用を開始して半世紀。全ての職域が女性に開放されてからでも、既に20年以上の時を重ねています。
しかし、女性自衛官はまだまだ足りない。その比率は、イギリスやドイツ、フランスの半分程度、米国、豪州、カナダと比べれば、三分の一程度にとどまっています。欧米諸国に出来て、日本に出来ないはずがありません。
稲田大臣の下、今が、改革の時です。最大の壁は、根強く残る、男性中心の働き方文化です。これを根底から変えていく必要がある。これは、我々、男性の問題です。
長年定着した組織文化を変えることは容易ではありませんが、女性活躍は、自衛隊が新たな時代に適応できるかどうか、その「試金石」であります。ここにいる男性の幹部諸君一人ひとりが、それぞれの現場で、自らの問題として積極的に取り組んでもらいたいと思います。
本日、この場に女性の将官の姿はありませんが、高級幹部の登場も、もはや時間の問題でありましょう。楽しみに待ちたいと思います。
我が国は、戦後、七十年以上にわたって、平和を守り続けてきました。その中で、自衛隊の存在が大きな役割を果たしたことは、言うまでもありません。
しかし、昨日までの平和は、明日からの平和を保証するものではありません。
「変化こそ、唯一の永遠である」
岡倉天心の言葉です。世の中は、私たちが望むと望まざるとにかかわらず、絶えず「変化」を続けています。ですから、どうか、昨日までの「常識」を、常に、疑ってください。そして、時代に応じて「変化」することを恐れないでください。
平和国家としての歩みを、これからも、堅持していく。そのためにこそ、「常識」の「殻」を打ち破り、改革へのチャレンジを続けてもらいたい。幹部諸君には、大いに期待しています。
私と日本国民は、常に、諸君をはじめ全国二十五万人の自衛隊と共にあります。その自信と誇りを胸に、日本と世界の平和と安定のため、益々精励されることを切に望み、私の訓示といたします。
平成28年9月12日
内閣総理大臣 安倍晋三