データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 安倍総理と金融関係者との対話

[場所] 
[年月日] 2016年9月21日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

【安倍総理冒頭発言】

 安倍晋三です。マリオではありません。でも、マリオのように、闘い続けています。日本経済を加速させるために、闘っています。

 皆様、本日は、私から3点お伝えしたいと思います。1点目は「継続」。2点目が更なる「開放性」。そして3点目は「働き方改革」です。

 「継続」、「開放性」、「働き方改革」。これら3つから、私は何を伝えようとしているでしょうか。本年7月の選挙で、与党は、安定した政治基盤を国民の皆様からいただきました。国民の皆様の信任に応えることに、躊躇はありません。1にも、2にも、3にも、私にとって最大のチャレンジは、経済、経済、経済であります。それは、今後も変わることはありません。間違いありません。

 「継続」が、違いを生み出します。例えば、法人税実効税率は、私の政権下で、7%下がっています。コーポレートガバナンス・コード。2,000社を超える上場企業に適用され、8割の企業が複数の独立社外取締役を選任するようになっています。昨年は、まだ「実現しそうだった」段階のものが、1年後の現在は、既に現実のものとなっているのです。

 スチュワードシップ・コードも重要です。これは、コーポレートガバナンスと、一枚のコインの裏表の関係にあります。機関投資家は、責任をもって資金を管理、運用しなければなりません。

 それは何のためでしょう。それは、企業を成長させるためです。日本という国が成長し、より力強くなるためです。

 ここでお尋ねしますが、もし運用機関が大きな金融グループに属しており、そのグループが投資先と取引関係を持っていたとしたら、あなたは、自信をもって、自分のお金が健全に管理、運用されていると言えるでしょうか。利益相反があるかもしれないと疑うのではないでしょうか。あなたのお金が適切に運用されていると信じられるようにするため、来年、スチュワードシップ・コードに、新たな要素を盛り込みます。各機関投資家に第三者委員会などの仕組みを確立させ、受益者利益の最大化にかなう投資判断を確保させます。

 2点目は「開放性」です。申し上げます。日本は「開放性」を推進する立場です。貿易自由化を推進する立場です。そして投資の自由化を推進する立場です。例えば、一定の条件を満たせば、日本は世界最速級のスピードで永住権を獲得することができる国になります。現在、詳細の詰めを行っています。乞う御期待です。

 最も重要な課題は、もちろん、TPPです。皆様、私たちは、できるだけ早い国会承認を求めていきます。それは、TPPが、自由で、公正で、開かれた貿易に貢献するからです。TPPは意欲ある日本の農家にとっても良いものです。和牛などの日本の高付加価値産品が、海外の食料市場に参入しやすくなるからです。

 日本は自由貿易の推進役であり続けます。私たちは、日EU・EPAのできるだけ早い合意のために、一層の努力をします。

 ここで、私から皆様にお願いがあります。ぜひ、TPPを批准してください。アメリカがTPPの完全な一員になることで、アジア太平洋地域はもっと、もっと、もっと良くなります。アメリカがリーダーとしての役割を発揮することを期待しています。アメリカの皆さん、共に歩もうではありませんか。 これが私から皆様へのメッセージです。

 そして、3点目は「働き方改革」です。ポイントは、働く方に、より良い将来の展望を持っていただくことにあります。アベノミクスは未来の成長に向けたものです。将来世代に、そして、力強い将来の日本に向けたものです。我々は新しい法律を提案します。この法律は、同一労働同一賃金を実現するものです。

 在宅勤務を望む人もいるし、早く家に帰りたい人もいるでしょう。9時から5時まで働きたいという人もいるかもしれません。同じ企業で働いていて、同じ責任を有しているのであれば、得られるお金に違いがあっては絶対にいけません。現在、非正規雇用労働者は、同じ仕事をしても、少ない賃金しかもらえません。非正規雇用労働者の数も多くなっています。4割もの日本の労働者が非正規雇用労働者として働いており、彼らの賃金は低い傾向にあるのです。我々はこの現状を変えなければなりません。

 正規と非正規の労働者の格差を埋め、若者が将来に明るい希望が持てるようにしなければなりません。そうなれば、もう一度、中間層が厚みを増し、より多くの消費をするようになるでしょう。そうなれば、より多くの人が家族を持つようになるでしょう。そうなれば、日本の出生率は改善するのだと思います。

 言うまでもなく、長時間労働は害をもたらすものです。我々は、この点も改革するため、規制の枠組みを強化し、新たな法律を提案します。そのようになって初めて、女性は仕事を見つけやすくなるでしょう。高齢者は仕事を見つけやすくなるでしょう。

 この問題は、社会問題である前に、経済問題です。我々は労働参加率を上昇させなければなりません。賃金を上昇させなければなりません。そして、労働生産性を向上させなければなりません。「働き方改革」が、生産性を改善するための最良の手段だと信じています。

 来週、日本に帰った後、私は腕まくりをして、この課題に取り組み始めます。「働き方改革」をミッションとする、民間アドバイザーを入れた会議体を立ち上げます。改革に必要な法律が何かを整理し、それを提案します。今後数か月以内に取りまとめます。

 日本は加速しています。アベノミクスも加速しています。私は私の、ドリルの刃を研ぎ澄まします。日本経済の構造を変えるため、私のドリルの刃は、依然として高速回転中です。

 最後に、良いニュースをお伝えして、スピーチを締めくくりたいと思います。私は、日本の人口動態に全く懸念を持っていません。

 日本では、この3年で生産年齢人口が300万人減少しました。しかし、名目GDPは成長しました。今を嘆くより、未来を見つめましょう。日本は高齢化しているかもしれません。日本は人口が減少しているかもしれません。しかし、この現状が、我々に改革のインセンティブを与えます。我々は、生産性を高めようとし続けます。ロボットからワイヤレスセンサー、ビッグデータからAIまで、全てのデジタル技術、新しいものを活用しようと思い続けます。ですから日本の人口動態は、逆説的ですが、重荷ではなく、ボーナスなのです。

 これからの4年間で、東京は再び大きく変わります。オリンピック・パラリンピックを控え、東京は、寛容で、開かれた、多様性のある都市になります。

 そして、2030年代後半、それほど遠い未来の話ではありません。東京でリニア新幹線に乗ると、40分後には名古屋に立っていることでしょう。そして、それから僅か20分ちょっと、すなわち東京からたったの1時間で、大阪に降り立っているでしょう。東京・名古屋間の距離は、ニューヨーク・ワシントンD.C.間の距離とほとんど同じぐらいです。ここアメリカでも、同じリニアの技術を使っていただければと思います。

 約20年後、皆さんは、まっさらな日本を目にすることになるでしょう。東京から名古屋を経て大阪へ。史上最も大きく、豊かで、技術的に発達し、洗練され、かつ、落ち着きのある、7,000万人の巨大都市が見えることでしょう。

 ポケモンGOの世界と同じです。周りを見渡さなければ、見つけることはできません。その場所に行かなければ、捕まえることはできません。ですから、日本に来ていただいて、周りを見渡していただければと思います。経済成長の種は、発見され、花咲くときを待っています。私自身はポケモンGOはしません。経済成長を実現するのは公園を歩くのとは違う(つまり簡単ではない)のですが、しかし、私は日本中で、成長の種を見つけています。それを花咲かせる決意です。

 もし今日の私のお話が強気に聞こえたとすれば、それは、私が日本の将来について強気だからです。

 本日は、ありがとうございました。

【質疑応答】

(Steve Adlerロイター社長・編集長:モデレーター)

 最初に、本日は総理のお誕生日なのでおめでとうと言いたい。

 ワシントンD.C.から40分の距離に住むことをニューヨーカーが希望するかは分からないが、リニアモーターカーの話はすばらしいと思う。

 まずTPPについてお伺いしたい。総理はニューヨークでクリントン大統領候補に会われてTPP支持を訴えたと聞く。現在、米国だけではなく世界的に自由貿易やグローバル化に反対する、ポピュリスト的な意見が非常に強くなっているが、何が理由だと思われるか。そうした風潮は払拭できると考えるか。

(安倍総理)

 一つは、グローバル経済は全ての人に利益をもたらさないのではないか、という気持ちを多くの人たちが持っている。

 グローバル経済はトップの能力を持っている人たち、もしくは既に豊かな人たちにしか利益をもたらさないのではないか、との誤解がある。

 確かにそのような一面がないわけではないが、それは、それぞれの国の政策的調整によって十分に調整することが可能だと思う。

 日本においても、2012年に自分が政権を奪回した当時は、TPPはまだ自民党でも議論があり、自民党の主流な支持者である農業者の多くは反対であった。しかし、最終的には説得することができた。

 TPPによって、世界経済の4割を占める経済圏であるアジア太平洋地域において、しっかりとしたルールに基づいて、モノ、お金、人、機材が飛び交うことになる。そうすると、小さい企業もルールに守られながら外に出て行くことができる。

 今までは、「この国に出て行っても、自分の会社は小さいから問題が生じるのでは」との懸念があっただろうが、そういう心配がなくなるということを中小企業の方々に説明してきた。

 農業者の方々には、自分たちが手間暇掛けて付加価値を付ければ、しっかりと正当に評価されることを理解してもらった。私は、日本の農業者に、「もっと自信を持って」「あなたたちが作っているものも輸出が可能なんだ、世界から入ってくる農産物に対抗できる」という話をしている。

 それでもまだ世論のTPPへの支持は半々くらい。大切なことは、米国においても、政治家を始め、政策に関わっている人たちが、自分たちが不利になっているのではないか、という人達に対して説明をしていくことではないか。

(Steve Adlerロイター社長)

 本日の日銀の金融政策決定会合について、市場関係者、特に銀行は、「マイナス金利は維持しつつ、長期金利を0%に誘導する」という今回の決定を前向きに捉えているように思う。

 ただ、日銀の今回の政策が効果を発揮するまでには、時間がかかると思う。より長期で見た場合、2%のインフレ目標の達成を人々は信じ続けられるのか。仮にインフレ目標が実現できなければ、信頼回復には非常に時間がかかると思うが、どうお考えか。

(安倍総理)

 今朝、東京にいる日本銀行の黒田総裁から自分に電話があり、今回の政策決定会合について説明があった。黒田さんは優秀で私も信頼している。今日、私の誕生日にお祝いを言うのを忘れたようだが、基本的にはコミュニケーションは良くとれている。

 本日、日本銀行において総括的な検証を行った上で、金融緩和強化の枠組みとして、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入を発表した。この政策は、2%の物価安定目標をできるだけ早期に実現するためのものであり、政府としても歓迎したい。

 今後も、政府・日本銀行一体となって、緊密に連携しながら、金融政策、財政政策、構造改革というアベノミクスを加速させていきたい。

 まだデフレから脱却はしていないが、デフレからの脱却に向けて、しっかりと歩みを進めていくことができると思っている。

(Steve Adlerロイター社長)

 雇用改革について質問したい。総理のスピーチは大変興味深かったが、企業から日本の雇用の問題としてよく聞くのは、解雇が難しく柔軟性がないため、必要に応じて人材を確保できないということ。

 企業がより柔軟に解雇できるようにすべきとお考えか。

(安倍総理)

 私が推進している働き方改革は、働く人の立場に立った労働市場改革を行おうとするもの。

 目下の最優先課題は、先ほどスピーチでも申し上げたとおり、非正規労働者の給与を引き上げて格差を是正することであり、そのことによって彼らが将来に夢を持てるようになり、生産性も上がり、お金を使っていくようになるということ。また、残業を減らして、特に女性の労働参加を増やすこと。まずはこれらの議論を進めていきたい。

 金銭で自由に解雇できる仕組みを入れるつもりはないが、今までも、解雇においては労働者と企業との間で様々なトラブルが既に起こっている。しっかりとしたルールや目安のない中で様々な課題が起こっているため、解雇した後で最終的にどのように決着をつけるか、経営者にとっても労働者にとっても透明性のあるルールを作っていきたい。

(Steve Adlerロイター社長)

 今のお話は、雇用主が解雇について柔軟性を持てるということか、それとも解雇が容易になるという意味ではないのか。

(安倍総理)

 雇用者側も、労働者側もお互いに納得できる仕組みを作っていかなければならないと思っている。労働者にとっても、自分が勤める企業が競争力を持つようになるということは、自分の雇用の維持や賃金上昇につながる。そうしたことも勘案しながら、最終的に労働者と企業の経営者が納得できる最終的な形を盛り込みたいと思っている。

(Steve Adlerロイター社長)

 聴衆の方からの質問を紹介したい。日本は優れた技術の蓄積があり、技術変革が多く起こった。また、過去20年間、物価下落の影響を除けば耐久消費財の消費は比較的堅調であった。総理はスピーチでAI(人工知能)などのテクノロジーを活用するとおっしゃっており、これ自体はすばらしいが、イノベーションを起こしていくためのプランを何かお持ちか。

(安倍総理)

 先ほど、生産性を上げていくという話をした。今まさに、日本も世界も第4次産業革命に直面している。我々はここでしっかりと世界の先頭グループに立たなければ、相当期間、競争力を持つことができなくなる。AI、デジタル化を進めて行く、その際にビックデータを活用していく、そうした新たな面にしっかりと民間の投資がなされていく、そして政府はその環境をしっかりと整備していくことによって、我々はトップランナーになりうると思っている。

 日本企業は7,000億ドル(70.8兆円)という過去最高の収益を上げている。この収益が新たに生産性を上げ、最先端の分野において先頭ランナーに立つために活用されることが、まさに日本の競争力をつけていくことであり、新たなイノベーションにつながっていくものだ。

 イノベーションこそが成長の源。政府はイノベーションを起こすことはできないが、イノベーションを起こす潜在力が開花、開放される環境を提供することはできる。

(Steve Adlerロイター社長)

 最後に、日本ではなく米国のことで質問がある。大統領選挙についてどう見ておられるか。大統領選の結果が日本の政策にどう影響すると思うか。

(安倍総理)

 昨年、米国議会の上下両院合同会議において演説を行った。そこで、日米同盟は希望の同盟である、日本と米国の国民の平和と安全と繁栄を守っている、地域の平和と安定を守っているのみならず、世界の様々な課題に対し、共に手を携えて協力していく同盟になったということを申し上げた。

 その重要性は今も変わらないし、アジア太平洋地域は、安全保障上の厳しさが増しており、同盟の重要性は変わらない。

 新しい大統領と、そのことを確認しながら力を合わせていきたいと思う。日本でも今、固唾をのんで米国の大統領選を見守っている。