データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 国際情報通信技術見本市(CeBIT)ウェルカムナイト 安倍総理スピーチ

[場所] 
[年月日] 2017年3月19日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 昨年の5月のことであります。メーゼベルク城で、アンゲラ・メルケル首相にお会いしました。その時、首相から、今度のCeBITでは、日本がパートナー国になりませんか。そしてあなたも、是非おいでなさいと誘われました。

 アンゲラ、お誘いに感謝します。私も、こうして参りました。そして、パートナー国となった日本から企業が大挙、参加しました。その数、前年比10倍以上、実に118社であります。

 皆様、本日はこのすぐ後で画期的文書が世に出ます。署名するのは、ブリギッテ・ツィプリス経済エネルギー大臣。そして日本側は、会場におります世耕弘成経済産業大臣と、それからこの場におりませんが、高市早苗総務大臣であります。

 「ハノーバー宣言」と、私たちは名づけました。

 中身の詳細は、すぐ明らかになりますから、私はむしろ、宣言が立脚する土台について思うところをお話をさせていただきたいと思います。

 第一に、今やマシーンに対して新たな定義が必要となりました。

 AIを身にまとい、あるいはロボットとなるマシーンは、もはや狭い単一機能だけを満たすものではありません。

 人の一生につきまとう問題、例えば健康。地球規模で生じるチャレンジ、例えばエネルギーの供給。これからのマシーンは、それらの問題を解く使命を担います。

 製造業が変わります。問題を解くインダストリーになる。

 一個の機械でできず、一社の技術でもできません。一つの国だけで、できないことばかりであります。

 だとすると第二に、私たちはつながりを、殊の外、大切にしなくてはなりません。

 機械と機械、システムとシステムをまとめる、そのまたシステムとの連携。それらと人間の世代をまたがる関係。そしてもちろん、国や企業という人間の集団同士。

 そこにどんなつながりを作るのか。そのデザインにおいて、政府、ビジネス、学界が、知恵を絞り競い合っていく時代であります。

 協力と協働が、付加価値を作り成長を促す時代であります。

 そこで第三に、そして最後に強調したいのが、教育の大切さ、規格の重要性です。

 メルケル首相に訊(き)いてみましょう。幼いころ鉱石ラジオを作りませんでしたか。

 ドイツでメルケル首相が見たラジオの回路図は、日本で私が見たものと同じだったはずです。回路図とは偉大な共通語でした。

 複雑な問題をシステムとして考え解かなければならない時代、ものは皆、そして人は皆、つながる時代には、新しい記述法、モデルの書き方、共通の規格が必要になります。

 これを日本とドイツ、一緒に考えましょう。教育の方法を、共通の規格を、共に開発しましょう。

 それができるのは、誰よりも私たち、ドイツと日本だと思います。

 どうしてか。それは、ドイツ人も日本人もものを作ることに誇りを託し無上の喜びを感じる人間たちだからです。会場の皆様も強く御賛同いただけるのではないでしょうか。

 皆様、ドイツの、欧州の、そして日本の未来に大切なものは、たったの三つしかありません。

 第一、イノベーション。第二、イノベーション。そして第三が、イノベーションであります。

 思い出してください。ドイツと日本は、国土は狭い、天然資源は貧弱、それでもめざましい成長ができる、ということを証明した人類史上初の実例だったのではないでしょうか。

 不利な条件をむしろ逆手にとって私たちは成長しました。イノベーションがそれを可能にしたのであります。

 これから先の問題も、イノベーションが必ずや解決する。チャレンジが大きいなら、むしろそれだけイノベーションが花開く。私は、信じて疑いません。

 ですから日本は、AIを恐れません。機械が職を奪うのではないか。そんな不安は日本には無縁であります。

 人口が仮に減っても、イノベーションによって成長できるのだという第一号の証拠に、日本はなりたいものだと思っています。

 日本とドイツには共通の要素があります。

 イノベーションの担い手が、ドイツでも、日本でも、小さな会社にいるということであります。特筆すべきことだと思います。

 そこでメルケル首相と私は、会うたびに中堅・中小企業をお互い交流させようと話し合ってきました。

 2月には、ドイツから最先端の中小企業が日本にやってきました。「フランカ」というロボットは、優しい手つきで新しいフランカを、つまり自分の分身を、なんと自分で組み立てて見ている人を驚かせました。

 今回CeBITに来た宝石のような日本の中堅・中小企業も、同じように驚きの輪を広げてくれるに違いない。私は信じております。

 皆様、日本とドイツにはもう一つ共通性があります。貿易と投資の恩恵を受けてこそ、ここまで来たということであります。

 IoTとは、全てをつなぐものだといいます。それはつまり、ネットワークが秘めた自乗、自乗で拡大する、その爆発的な力を言っているわけです。

 国の経済も同じです。再び強調しますが、つながってこそ伸びていきます。

 自由な貿易と投資の恩恵をふんだんに受け伸びた日本は、ドイツとともに開かれた体制を守るチャンピオンでありたい。私はそう強く念じています。

 もちろんそこには、公正で民主主義の評価に耐えるルールが必要です。

 一部の人だけに富が集まる、あるいは無法者が得をする状態を作ってはなりません。

 だからこそ、自由と人権を尊び民主主義のルールを重んじる日本とドイツ、さらに、日本と欧州は、連携しないといけないと信じています。

 だからこそ、そこを高らかに示すため、日本とEUのEPAを早く結ばなければなりません。

 心からの私の訴えであります。

 私たちをここまでにしてくれた自由で開かれたルールに基づく体制を守り強くしていくため、メルケル首相とともに歩んでいこうではありませんか。

 人類の歴史に大きな節目が訪れました。

 森に出て狩りをした大昔。そこを人類史の第一章とすると、米や小麦で安定した熱量を手にしたのが第二章。産業化の波が来て近代という名の第三章が幕を開け、通信とコンピューターの融合が、また新たな扉を開いて、これが第四章。

 今私たちは、解決できなかった問題を解けるようになる第五章の開幕を目撃しています。もの皆つながり、全ての技術が融合する時代、ソサエティ5.0の開幕であります。ソサエティ5.0の物語をドイツと日本、一から一緒に書いていこうではありませんか。

 メルケル首相、オープンでルールを尊び、自由で公正な世界を保つのです。そして強靭にするのです。

 その上で若者たちにイノベーションの広野へと、思うさま駆けていってもらおうではありませんか。

 人類史の第五章は、きっと、光明降り注ぐ明るい世界になります。私たちの力を信じて、前に前に、もっと前に進んでいこうではありませんか。