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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 平成28年度 防衛大学校卒業式 内閣総理大臣訓示

[場所] 
[年月日] 2017年3月19日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 本日、伝統ある防衛大学校の卒業式に当たり、これからの我が国の防衛の中枢を担う諸君に心からのお祝いを申し上げます。

 卒業おめでとう。

 諸君の規律正しく希望に満ちあふれた姿に接し、自衛隊の最高指揮官として心強く大変頼もしく思います。

 諸君が、この防衛大学校の門をたたいたのは、私が、再び総理大臣に就任し、自衛隊の最高指揮官となった直後のことでした。

 我が国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中、責任を持って対応せよとの国民の声に背中を押され、政権交代が実現しました。

 そして4年前、正にこの場所に立って、諸君の先輩たちを前に、私が先頭に立って、国民の生命・財産、我が国の領土・領海・領空を守り抜く、その断固たる決意を表明したことを、昨日のことのように思い出します。

 その決意を実際の行動に移す。諸君たちが、ここ小原台で奮闘していた4年間、私も、安全保障政策の立て直しに全力を尽くしてきました。

 日本で初めての「国家安全保障戦略」の策定。

 NSC「国家安全保障会議」の設置。その事務局では、将官を筆頭に20名を超える自衛官が私を支えてくれています。

 新たな「防衛計画の大綱」では、10年間一貫して削減が続いていた防衛費を増加させていく方針を決定いたしました。

 さらには、「防衛装備移転三原則」。友好国の防衛能力の向上は、地域全体の平和と安全に大きく寄与するものであります。

 そして、平和安全法制の成立と施行。国際社会と手を携えて、戦争を抑止し、世界の平和と安全に貢献する。この法制は、世界から支持され高く評価されています。

 平和安全法制をめぐっては、国論を二分する大きな議論がありました。戦争法案といった、全く根拠のない、ただ不安だけをあおろうとするレッテル貼りが横行した。ここ小原台で学ぶ諸君の耳にも届いていたかもしれません。

 しかし、結果は、どうであったか。

 今月、北朝鮮が、またも安保理決議を踏みにじり、ミサイル発射を強行しました。国際社会への明確な挑戦であるだけでなく、3発のミサイルがEEZ内に着弾し、うち1発は能登半島からわずか200kmの場所に落下した。我が国の安全保障上、極めて深刻な事態であります。

 この、新たな段階に入った北朝鮮の脅威に対し、直ちに日米電話首脳会談を行いました。その際、トランプ大統領からは、米国は100%日本と共にあるとの明確な意思が表明された。そして、そのことを日本国民の皆さんにも伝えてほしい。米国を100%信頼してほしいとの力強い言葉がありました。

 助け合うことができる同盟は、その絆を強くすることができる。平和安全法制によって日米同盟の絆は、間違いなく、より強固なものとなった。今回の対応は、そのあかしであります。

 行動を起こせば批判が伴う。これは今も昔も変わりません。安保条約を改定した時も、PKO協力法を制定した時も、戦争に巻き込まれるといった無責任な批判がありました。

 しかし、果敢に行動してきた先人たちのお陰で、私たちは、戦後一貫して平和を享受することができた。そのことは、歴史が証明しています。

 先ほど國分学校長から御紹介があったように、本日はホーム・カミング・デーとして、昭和49年に防衛大学校を卒業したOBの皆さんもお集まりです。皆さんも在職中、心ない多くの批判にさらされてきたかもしれません。

 そうした批判にも歯を食いしばり、皆さんは、自衛隊の中枢にあって与えられた任務を立派に全うしてこられた。そして、米国や志を共にする民主主義諸国とともに、冷戦を勝利へと導きました。

 卒業生諸君、そして御列席の皆様。この大きな仕事を成し遂げ、本日、懐かしきこの学びやに戻ってこられたOBの皆さんへの心からの感謝と歓迎の気持ちと敬意を、私からも皆様と共に大きな拍手をもって贈りたいと思います。

 冷戦はもはや過去のものでありますが、世界は、今この時も私たちが望むと望まざるとに関わらず絶えず変化しています。

 北朝鮮による核・ミサイル開発は深刻さを増し、南西方面では、外国軍機による領空接近も増加している。テロの脅威は、世界に拡散し多様化しています。こうした現実から、私たちは、目を背けることはできません。

 そして、自らの手で自らを守る気概なき国を誰も守ってくれるはずがない。安全保障政策の根幹となるのは、我が国自らの努力であります。

 その最終的な力が、諸君たち自衛隊であります。我が国に直接脅威が及ぶことは許さない、万が一、脅威が及ぶ場合には、断固として、これを排除する。我が国の揺るぎない意思と能力を示すものであります。

 安全保障環境が厳しさを増す中で、我々は、我が国自身の防衛力を強化し、自らが果たしうる役割の拡大を図っていかなければなりません。

 いかなる事態にあっても、国民の命と平和な暮らしは守り抜く。そのために必要な制度をこの4年間で整えました。私たちの子や孫、その先の世代に、平和な日本を引き渡していくための法的な基盤をしっかりと築き上げることができた、と考えています。

 その新しい土台の上に諸君が、本日、自衛官としての新たな一歩を踏み出します。諸君は、新しい安全保障基盤を実行に移していく、いわば一期生であります。

 この場所から、新しい歴史をつくりあげるのは、正に諸君であります。諸君の活躍を大いに期待しています。

 PKO協力法が成立して25年。自衛隊の国際協力の歴史は、四半世紀に及びます。中でも、南スーダンPKOへの自衛隊派遣は、本年1月に5年を超え施設部隊としては過去最長となりました。

 この間、自衛隊は、首都ジュバから各地へと通ずる幹線道路を整備してきました。総延長は200kmを超えています。

 南スーダンの平和を守る国連の施設を建て、ジュバの人たちがスポーツに親しむグラウンドを整備したのも自衛隊の諸君であります。さらに、自衛隊が造成した土地の上には、ジュバ大学が建設され、南スーダンの未来を担う若者たちが学んでいます。

 施設部隊の諸君は、この5年余りの間に過去最大規模の実績を残してくれました。

 延べ3854名。第一次隊から第十一次隊に至るまで、5年もの長きにわたり、隊員一人一人が、アフリカの灼熱の大地に流した汗は、必ずや、南スーダンの平和と発展の大きな礎となるはずです。

 見事にその任務を全うしてくれた隊員一人一人に、また、彼らを送り出してくださった御家族の皆様に、最高指揮官として、改めて、心より感謝の意を表したいと思います。

 5月末を目途にジュバでの施設整備については、一定の区切りをつけますが、南スーダンのキール大統領からは、自衛隊のこれまでの活動を高く評価し、感謝する、との言葉もありました。

 世界の平和のため黙々と任務を果たす自衛隊を、世界が称賛し感謝し頼りにしています。

 その誇りを胸に、今後とも、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と安定のために力を尽くしてもらいたいと思います。

 もはや一国のみでは自国の平和を守ることはできない時代です。だからこそ、どうか、いつも、世界に目を向けてほしい。内向きであってはなりません。

 国際社会の冷厳なる現実を直視する。そして、我が国の平和と安定のために、今、何をなすべきか。そのことを常に自らに問いかけながら研さんを積み重ねてもらいたいと思います。

 諸君は、本日、ここから巣立ち、近い将来、最前線の現場において責任ある立場に就きます。

 警戒監視や情報収集に当たる部隊は、私の目であり耳であります。日々の艦艇や航空機の配置や動き、さらには、いかなる訓練をいかなる場所で行うか。様々な部隊をいかに配置するか。それらの全てが、我が国の確固たる意思を周辺国を始め世界に示すものであり、抑止力として大きな要素となっています。

 つまり、最前線の現場にあって指揮をとる諸君と、最高指揮官である私との意思疎通の円滑さ、紐帯の強さが、我が国の安全に直結する。日本の国益につながっています。

 昨年の熊本地震。私は、発災直後から政府全体に、被災者の皆さんの不安な気持ちに寄り添い、できることは全てやる、そう指示してきました。この大方針の下、被災地のそれぞれの現場では、従来の発想にとらわれることなく、能動的に行動してくれた自衛官たちがいました。

 第8連隊の諸君は、困難な状況にある一人一人の被災者のニーズに、きめ細かく対応してくれました。お年寄りが、壊れた屋根にブルーシートをかけたいと言えば手伝い、崩れた農道を見つければ土のうを積んで農家が通れるようにしてあげたといいます。

 要請がないことは、やらない。かつては、それが自衛隊の行動原理だと考えられてきました。しかし、第13旅団の諸君は、発災直後、各自治体が住民の安否確認に困難を極める中、自らの発意で、一軒一軒、村内の住宅を回り状況確認を行いました。

 南阿蘇村の方から寄せられた手紙を紹介します。

 陸の孤島になった時、自衛隊の車の列が見え、ホッとしました。見捨てられていないんだと感じたからです。・・・本当に、本当に、ありがとうございました。

 こう綴(つづ)られていました。

 本当に頼もしい。国民の負託に全力で応え、国民から揺るぎない信頼を勝ち得た自衛隊を、私は、誇りに思います。

 その大きな自信を胸に、諸君も、これから、それぞれの現場において最善を尽くしてもらいたい。受け身ではなく、国民の負託に応えるため、能動的に考え行動できる自衛官となってくれることを切に希望します。

 常識を発達させよ。見聞を広くしなければならぬ。小さな考えでは世に立てん。

 これは、明治維新の立役者の一人である大村益次郎の言葉であります。

 大村は、常に西洋の暦や世界地図を肌身離さず携帯するなど、進取の気性に富んだ人物でありました。だからこそ、欧米列強の脅威が迫る中、極めて短期間で軍の近代化という大事業を成し遂げることができたのだと思います。

 最後に、もう一度、言います。

 この場所から新しい歴史をつくりあげるのは、正に諸君であります。

 その気概を持って、いかに厳しい現場にあっても、鍛錬を積み重ねてもらいたい。自衛隊の中枢を担うという強い使命感と責任感の下に、いかなる時も、成長への努力を惜しまないでほしいと思います。

 そして将来、諸君の中から最高指揮官たる内閣総理大臣の片腕となって、その重要な意思決定を支える人材が出てきてくれる日を楽しみにしています。

 御家族の皆様。皆様の大切なお子様を隊員として送り出していただいたことに、自衛隊の最高指揮官として、心から感謝申し上げます。

 これほど礼儀正しく頼もしく立派な若武者ぶりを、どうか御覧ください。これもひとえに、すばらしい御家族の背中を彼らがしっかりと見て育ってきた。その素地があったればこそだと考えております。本当にありがとうございます。

 大切な御家族をお預かりする以上、しっかりと任務を遂行できるよう、万全を期すことをお約束申し上げます。

 最後となりましたが、学生の教育に尽力されてこられた國分学校長を始め教職員の方々に敬意を表するとともに、平素から防衛大学校に御理解と御協力をいただいている、御来賓、御家族の皆様に心より感謝申し上げます。

 卒業生諸君の今後ますますの活躍、そして防衛大学校の一層の発展を祈念して、私の訓示といたします。

平成29年3月19日

自衛隊最高指揮官

内閣総理大臣 安倍晋三