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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第51回 国家公務員合同初任研修開講式 安倍内閣総理大臣訓示

[場所] 
[年月日] 2017年4月5日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 行政のトップとして、今、正に国家公務員の道を歩み出した皆さんを、まず冒頭、心より歓迎したいと思います。

 先週、新横綱・稀勢の里関の、あの劇的な逆転優勝に日本中が沸き立ちました。

 初日から好調でしたが、13日目に残念ながら負傷してしまった。それでも横綱は、けがの痛みに耐え、本割、そして決定戦と手に汗握る大一番を制し、見事に優勝しました。

 周囲には、けがの悪化、今後の土俵人生への影響を考え、横綱に休場することを勧める声もあったといいます。

 しかし、稀勢の里関は、自分のために苦労して入場券を買ってくれた人がいる。新横綱を楽しみに来てくれる方も多い、そう語って迷うことなく千秋楽まで土俵に立ち続けたそうであります。

 横綱の強い責任感、そして高いプロ意識に心から敬意を表したいと思います。

 皆さんも、今やプロの行政官であります。

 皆さんの一つ一つの仕事全てが、日々の国民の暮らしに直結している。国民に奉仕する皆さんには、いささかの甘えも許されません。

 学生気分は、もはや完全に捨て去ってもらわなければなりません。自ら選んでこの道を進んだ皆さんには、その強い責任感をもって、それぞれの仕事に取り組んでもらいたいと思います。

 本年は、日本国憲法の施行からちょうど70年の節目の年に当たります。

 70年前の日本は、戦争によって全てを失った。見渡す限りの焼け野原でありました。

 しかし、先人たちは決して諦めなかった。廃墟と窮乏の中から敢然と立ち上がり、世界第三位の経済大国、そして自由で民主的な日本を創り上げてくれました。

 その中心には皆さんたちの先輩たちがいた。未曽有の国家的な危機を前に、祖国の復興に身を尽くし、戦後を切り拓いたたくさんの公務員たちがいました。

 下村治もその一人でありました。

 終戦当時、弱冠35歳。若き行政官の前には、戦争によって産業をことごとく失い、急激なインフレに襲われた、日本経済がありました。

 その強い危機感が、彼を経済の現場へと駆り立てました。

 下村は、自らの発意で闇市の物価調査を開始しました。当時、新橋にあった闇市に、彼自身が足を運び、自ら様々な物の物価を調べていたと言います。満足な食事もとれない時代、体調は必ずしも万全ではありませんでしたが、それでも、新橋通いを続けたそうであります。

 その結果を基に、闇物価指数と名付けた独自の統計まで作成し、下村は、現場の実態を把握する努力を重ねました。

 彼の経済政策は、常にそうした現場感覚に裏打ちされていました。ですから、下村は一人の若い公務員でありながら、年上の高名な経済学者たちを相手にしても全く物おじすることはなかった。現場に根差した自らの主張を、常に、確信を持って貫いていたといいます。

 そして、そうした現場を大切にする姿勢が、日本を高度経済成長へと導く、あの所得倍増計画を生み出したのだと思います。

 皆さんも、どうか現場に足を運んでください。

 現場の実態に、その目を、その耳を、傾けてください。現場感覚の伴わない空理空論に、世の中を変える力など、あるはずはありません。

 70年前の大先輩たちが、戦後の日本を切り拓いたように、この節目の年に公務員となった皆さんには、戦後のその先の未来、次なる70年を見据えながら、大胆な改革にチャレンジしてほしい。我が国の輝ける未来を切り拓いていってほしいと期待しています。

 だからこそ、いかなる時も現場を大切にしてください。

 時代は今、大きな転換点に差し掛かっています。

 少子高齢化は深刻さを増しています。それを克服するため、若者もお年寄りも、女性も男性も、障害のある方も、難病に苦しむ人も、一度失敗を経験した人も、誰もが生きがいを持って活躍できる一億総活躍社会を創り上げていかなければなりません。

 最大のチャレンジは働き方改革であります。残業時間の多さを自慢するような職場文化からは、決別しなければなりません。保育や介護など多様な事情を抱える人たちがその能力を発揮できるよう、長時間労働を是正し、同一労働同一賃金を実現する。従来型の労働制度を、安倍内閣は、今、根本から改めようとしています。

 経済、社会のあらゆる場面で、これまでのような、画一的、みんな横並びの風土を打ち破り、多様性こそが尊重される新しい時代を創り上げていく。歴史的な大転換が求められています。

 そして、全ての子供たちにチャンスのあふれる国創りを進めていく。子供たちの誰もが、意欲さえあれば、高校にも、専修学校にも、大学にも進学できるような日本に変えていかなければなりません。

 世界も変化の時を迎えています。

 アメリカではトランプ大統領が誕生しました。すばらしいビジネスマンではありますが、議員や知事などの公職の経験はありませんでした。それでも、1年以上にわたる厳しい選挙戦を勝ち抜き新しい大統領に選出された。

 これこそ正に民主主義のダイナミズムです。民主主義こそ、時代を動かす原動力だと、改めて実感します。ヨーロッパでも、フランスやドイツなど多くの国々で、選挙が行われる予定です。

 アジアに目を転じれば、北朝鮮の核・ミサイル開発は深刻です。今朝、北朝鮮がまたも弾道ミサイルを発射しました。安保理決議に対する明確な違反であり、断じて容認できません。

 先月発射されたミサイルは、能登半島からわずか200kmの場所に落下しました。外国軍機による領空接近と、これに対する自衛隊機のスクランブルも増加しており、我が国を取り巻く安全保障環境は一層厳しさを増しています。

 テロの脅威は世界に拡散し、日本人が被害に遭う事件も発生しています。

 こうした国内外の課題に、私たちは、自らの頭で考え、自らの手で、道を切り拓いていかなければなりません。

 私たちの未来は、人から与えられるものではない。私たち自身の手で切り拓いていくべきものであります。どうかその気概を持って、それぞれの持ち場においてリーダーシップを発揮してもらいたいと思います。

 昔、ある家に住んでいるネズミたちが一堂に会しました。

 その時、あるネズミがこう相談を持ちかけました。

 この家には猫という恐ろしい獣がいる。夕べも友達の大ネズミが食われてしまった。何か良い方法はないだろうか。

 なかなか議論はまとまりませんでした。

 しばらくたって一匹のネズミが、猫の首に大きな鈴をつけたらどうか、歩くたびに音が鳴るので、猫が来たのが分かって隠れることができるようになる、と言いました。

 すると、他のネズミは皆そろって、なるほどと感心し、そのアイデアに納得したそうであります。

 しかし、その後、どうやって実行するかという段になると、誰も自分が行こうとは言わない。結局、会議は全くの無駄になってしまったといいます。

 こういうお話であります。

 これから、皆さんにはそれぞれの行政課題と向き合い、先送りすることなく、しっかりと解決していく責任があります。

 美しい言葉をいくら重ねても、結果が出なければ意味はありません。立派に見える政策であっても、紙の報告書自体には何の価値もありません。

 自らの言動が猫の首に鈴をつけるがごとき、机上の空論になっていないか。皆さんには、これからの公務員人生の中で常に自問し続けてほしいと思います。

 そして、自分でつくった政策は、それが実現するまでやり抜く覚悟を持つ。最後のゴールまで走り切ることができる、行動する行政官となってほしいと思います。

 積極的に行動すれば、当然、失敗することもあるでしょう。

 しかし、皆が失敗を恐れて何もしない。チャレンジを避けるような国に未来などありません。いかなる困難な課題に直面しても、真っ向からチャレンジする精神をどうか持ち続けてほしいと思います。

 稀勢の里関は、優勝インタビューでこう語っていました。

 自分の力以上のことが最後は出たので、本当に諦めないで最後まで力を出して良かった。

 成功する最大の要諦とは何か。それは、最後の最後まで諦めないこと。成功を信じて、あたう限りの能力に見合う努力を積み重ねることであります。

 どうか皆さん、飽くなきチャレンジを続けてください。そして、我が国の輝ける未来を、一緒に切り拓いていきましょう。