データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ウォール・ストリート・ジャーナル主催CEOカウンシル ディナープログラム 安倍総理スピーチ

[場所] 
[年月日] 2017年5月16日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 皆さん、こんばんは。安倍晋三です。お招きいただき、ありがとうございます。米国やアジア諸国からも多くの皆様にお集まりいただいたことをうれしく思います。日本を是非楽しんでいただきたいと思います。

 私が政権を奪還してから4年余りがたちました。その前の日本は、当時の民主党政権下において、諦めの気持ち、悲観論で覆われていました。経済はデフレ。国際的な場でも日本はその存在感を示せないでいました。

 人口が減っていくのだから成長はできない。もう日本は黄昏を迎えている。私たちの前に、諦めの壁が大きく立ちふさがっていました。当時は株価も最近の半分を割る8000円台。私はこの壁に挑みました。

 日本を取り戻す。

 結果はどうであったか。この4年間、私たちの経済政策によって、名目GDPは9.5%の成長を遂げ47兆円も増え、過去最高の水準に達しました。前の政権時代に29万人も減った雇用は、この4年間に人口が減っているにもかかわらず、185万人増えました。しかも82%は女性です。失業率は2.8%と、ほとんど完全雇用の状況です。正規雇用も最近の2年間で79万人も増加しました。ちなみに私たちが政権をとる前は、正規雇用は55万人減っていたわけであります。

 訪日する外国人客も増えました。私の政権発足前には年間800万人でしたが、昨年には3倍の2400万人になりました。政権発足直後にビザ要件の免除や緩和、免税制度の改善も断行しました。日本国民のおもてなし運動も勢いを増しています。2020年のオリンピック・パラリンピック・イヤーには訪日客4000万人を目指します。

 税収も、国税は政権交代以降15兆円増えていますし、地方税収も47全ての都道府県で伸びています。

 全ての都道府県といえば、有効求人倍率も1.0を超える、つまり職の数が仕事を探す人の数より多い状況です。これは全ての県でこういう状況が生まれました。これは史上初めてのことであります。

 この状況が続けば賃金水準も上がっていき、デフレからの脱却も近づいてきます。

 国会の審議でも2017年度予算審議は日程どおりに進み、原案への修正もなく予算は成立しました。成立を受け4月から雇用保険料率が下がり、勤労者の可処分所得は増えますし、大学生や子供たちのチャンスを増やす新たな奨学金制度や待機児童解消プランなども動いています。

 既に国会には8本の農政改革法案が提出されています。全てが成立した暁には、かつてない規模で農政改革が実現します。働き方改革でも最終案がまとまり、これから法案を仕上げていきます。

 若い世代が仕事と育児を両立できるように、新年度予算の活用により、保育所の増加、保育士の待遇改善にも拍車がかかっていきます。御両親の介護のために意欲を持つ方が仕事を断念することがないように、介護施設の充実や介護士の確保にも取り組んでいます。

 企業に目を移しますと、私の政権発足後の4年間で収益の増加は22兆円に達しています。それが企業の中に滞留して成長を止めてはなりません。

 私は、賃金を増やして社員の購買力を強めること、大企業と中小企業の取引慣行の徹底した適正化を呼びかけ、成長の果実が全国に行き渡るよう全力を挙げていきます。

 税や社会保険料の支払い、各種の給付を通じた所得再配分後のベースでみるとジニ係数も下降気味です。

 また、収益が未来への投資に回る環境づくりも進めています。

 こうなれば消費の増加や生産性の向上につながります。

 今後も、経済第一、デフレから脱却する、そのために金融・財政・構造改革の三本の矢を射続ける、との私の方針に全く変化はありません。

 日本の経済成長と国民生活の安定は、世界経済との協力と連携なしに語ることができません。平和と安全の確保はそれらの基盤です。そのために日米同盟を強化し、アジア太平洋諸国との外交の幅を広げていることも私の一貫した政権運営の基本です。

 資源に乏しく、周囲を海洋に面している日本は、早くから海外での活動を積極化してきました。

 大企業、中小企業を問わず、アジア諸国では国づくりに協力し、欧米では現地の雇用づくりに貢献しながらビジネスを拡大してきました。2週間前にも、ADBの新基金への4000万ドルの拠出を表明しました。環境や交通インフラで高度技術の導入を進める取組です。質の高いインフラ整備を進めるために、既に発表している2000億ドルの資金供給も本年中に動き始めます。

 私は日本の首相。だからジャパン・ファーストです。ただし、私の言うジャパンとは、グローバルの繁栄と平和と共に歩むジャパンです。

 昨年以来、多くの国で総選挙や国民投票があり新しいリーダーが誕生しました。G7だけでも、英国、米国、イタリア、フランスで。そしてまた先週にはお隣りの韓国で。各国民の選択に世界の耳目が集まった一年でした。

 その中で、自由貿易への懐疑や社会の在り方などの問題が注目されました。

 英国やドイツでも総選挙が続きます。秋が進むと、中国では最高幹部人事、来春にはロシアで大統領選挙です。

 私は一貫して自由貿易を強調しています。人々の創意や工夫が存分に発揮され、その成果が国境を越えて広まることで、豊かな社会の発展が世界に広がることを期待できるからです。

 加えて、地球温暖化、迫りくる高齢化など、世界全体が様々な難題に直面している今こそ、国境を越えた人々の多様な知見や経験の交わりが解決の鍵となります。

 各国の政府がなすべきことは人々の活動の障壁を減らし、イノベーションの成果を正当に守る仕組みを強めることです。

 自由貿易を着実に進めるために、影響を受ける産業では適切な期間を置きながら改革を進めます。また、中小企業や日本の食の海外での活躍の場づくりにも努めています。多くの国がルールを共通にすれば、通関や移動のコストの低下も期待できます。

 ただ、一方が黒字を得れば一方はマイナスを受ける、といったゼロサム的な発想で考えるべきではありません。

 今世紀に入り、多くの新興国や途上国がWTOに入りました。しかし国によっては、国内への技術移転を強制する、国有企業を規律できない、ルールを決めても遵守しないなど、不十分な執行が続いています。

 知的財産権の保護ルールも、世界でイノベーションが必要とされている今こそ、更に強めなければなりません。

 TPPは、これらの懸念に応え得るものに仕上がっています。

 だから、TPPが世界の成長センターであるアジア太平洋地域で必要だ、という私の確信に変化はありません。今週末、署名した11か国の担当大臣会議が開かれます。

 議論の進展を期待しています。

 米国とは先月、ペンス副大統領と麻生副総理が日米経済対話の初会合を開催し、貿易及び投資のルールと課題に関する共通戦略を議論していくことで一致しました。

 日米間の貿易投資の流れを加速し増強していくのみならず、高いレベルの公正なルールを日米基軸でアジア太平洋地域に広げていきたいと考えます。

 最後に今後についてお話をいたします。少子高齢化で人口が減るこの国の成長は大丈夫か、と皆さん思われるかもしれません。

 これまで出生率向上の目標の設定はタブーでしたが、私の政権で、2020年代初頭までに希望出生率1.8を目指すこととし、現在、保育サービス拡充などを進めています。

 また私は、人材への投資を重視します。ロボットやAIの導入を促すことで、人間が生産力を装備してより多くの成果を上げられるようにしていきます。

 外国人労働者についても、専門技術を持つ方々を中心に受入れを進めており、昨年初めて100万人を超えました。

 私が目指すところは全ての国民が存分に力を発揮できる社会、一億総活躍社会の実現です。日本流のインクルーシブな社会です。そこでは一人一人が光を放つ。女性の活躍こそが日本経済上昇の鍵です。

 女性の持つ豊かな経験や高学歴はまだまだ眠っています。女性の雇用数だけでなく責任ある職場の指導者としての女性を増やしていきたい。今年はハーバード・ビジネススクールの協力を得て、幹部候補の女性が学ぶ事業も始めました。

 多様な価値観と一人一人が持つ経験が交じりあうことでイノベーションが進み、新しい価値を持つ製品、サービス、さらには社会のシステムが生まれると信じています。

 無論、気を抜くことは許されません。北朝鮮は、国際社会の強い警告にもかかわらず、一昨日、またもや弾道ミサイルの発射を強行しました。

 北朝鮮からの脅威は一段と高まっています。テロも世界中に広がり、ISILの暗躍も後を絶ちません。私たちがこれまでにない緊張感を維持し、国際連携を強めなければなりません。

 平和、安定なくして、成長、繁栄はありません。北朝鮮からの脅威だけでなく、東シナ海や南シナ海では力による一方的な現状変更の試みも止みません。

 法の支配が侵され、航行の自由も脅かされています。こうした中で日本は、米国とかつてなく同盟の絆を強め、首脳から防衛の現場に至るまで連携を密にしています。

 ASEAN諸国に対しては、海上警備面での能力構築支援を始めとする海洋安全保障協力を深めています。

 来週末には新たに、トランプ大統領、マクロン大統領、メイ首相を迎えて、ジェンティローニ首相を議長にG7サミットが開催されます。

 普遍的価値を共有する首脳たちが結束を強め、世界が進むべき道筋を明らかにする。

 一年前の伊勢志摩サミットの議長として、また、これまでのサミットでの経験を生かして貢献していく考えであります。

 御清聴、ありがとうございました。