データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第23回国際交流会議「アジアの未来」晩餐会 安倍内閣総理大臣スピーチ

[場所] 
[年月日] 2017年6月5日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 尊敬するアジア各国指導者の皆様、お目に掛かれて光栄に存じます。主催者の皆様には、御招待いただきましたこと御礼を申し上げたいと思います。

 G7タオルミーナ・サミットでは、貿易や気候変動をめぐる議論が注目を集めました。しかし、リーダーたちの共通の関心は、この先、どのような社会をつくっていくのかということでした。

 グローバリゼーションやイノベーションによって、格差が広がっていくのではないか。自分たちはついていけないのではないか、という人々にどう答えるのか。

 その不安にしっかりと向き合い対応し、国民全体が豊かになったと実感できるようにする。 

 そうして初めて、自由貿易に対する国民の支持を維持することできる。

 私からこの考え方をお話をし、G7として開かれた市場を維持し、保護主義と闘うことで一致することができました。

 日本はこの4年間、経済活力を取り戻すために、法人税の減税やコーポレートガバナンスの強化、岩盤のようだった規制の改革に取り組んできました。

 同時に、老いも、若きも、男性も、女性も、およそ誰でも機会をつかめるよう、失敗したとしても立ち直れるよう一億総活躍社会を目指してまいりました。日本流のインクルーシブな社会です。

 成長の果実が経済の裾野に広く及ぶように、大企業に対して、中小企業との取引を徹底して適正化するよう呼びかけてきました。企業が従業員の給料を上げるよう直接求めてもきました。

 足下の経済指標は、改善しています。

 人口が減少する中でも、GDPは過去最高水準となりました。

 雇用は私の政権発足以来185万人伸び、うち8割以上が女性の就業です。

 失業率は2.8%。大学や高校を卒業する若者は、ほぼ全員就職できています。

 成長と分配の好循環を目指し、ここまで来ました。

 その中で、TPP交渉を妥結し国会承認を得ました。

 かつては世界中が日本にはできないだろうと思っていた高い水準の貿易自由化に、国民の支持を得ることができました。

 日本だけではありません。

 ベトナムも大きな決断をされました。

 ベトナム経済で国有企業は大きな役割を果たしてきた。

 その国有企業についてTPPでは、多国間の貿易協定で初めてとなる規律をルール化しました。

 まさかベトナムが、国有企業の規律など受け入れないだろう。そんな見方を覆し、むしろTPPを梃子(てこ)にして改革を進めていく、そういう道を選んだ。

 フック首相のリーダーシップに改めて敬意を表したいと思います。

 御承知のようにTPPは、残念ながら道半ばです。

 しかし、私は決して諦めません。

 日本は、自由貿易によって高度成長を遂げました。

 人々が国境を越えて自由に交易し往来すれば、多様な知見や経験が交わり新しい知恵が生まれる。このダイナミズムこそが、世界の平和と繁栄の礎となるはずです。

 そしてそれは、誰にでも開かれた、そして努力した人が報われる公正なものでなければなりません。

 アジア太平洋地域を発展させるために必要な、自由で公正なルールとは一体何か。

 大企業だけでなく、中小企業や農家が安心して海外展開できる、創意工夫が守られる、付加価値が正当に評価されるルールとはどのようなものか。

 正しくそれを参加国が長い時間を掛け真剣に話し合い、やっとまとめたのがTPPです。

 つい先日、TPP加盟国の閣僚たちがハノイに集まりました。

 議長国ベトナムの采配の下で、11か国、いわばオーシャンズ・イレブンは、TPPをなんとか生かそうとする点で合意をみました。

 日米間では経済対話を立ち上げました。日米でアジア太平洋のモデルとなるルール志向の枠組みをつくりたいと思います。

 私たちがその先に目指すRCEPも、TPPに結実したルールを基礎としてこそ質の高い協定にできる。ここがふんばりどころです。

 自由で開かれた公正な経済圏を広げていけるか。それとも一旦足踏みするか。その分水嶺に立っているのだと思います。

 前へ進むなら見えてくるのは、太平洋からインド洋を質の高いルールが覆う世界です。

 いや、その先がありました。

 なぜなら日本は、EUとも経済連携協定を交渉しているからです。早期の合意を実現したいと思います。

 自由で公正な貿易を進めるため、前進していきましょう。私は、志を同じくする皆様と一緒に大いに旗を振ってまいりたい。

 御賛同いただきたく思います。

 アジアは、文化も、民族も、宗教も多様です。ダイナミズムの源泉である多様性を尊重しながら、経済統合を進める。それがアジアの歴史的挑戦です。

 お互いを尊重するからこそ共通のルールを守る。自由で公正な経済圏をつくる。そして、アジアの活力によって太平洋とユーラシアをつなぐ。

 これがアジアの全ての国が共有する夢になると信じています。

 その夢をかなえるため、私たちは日本の支援を、質の高いインフラづくり、高度な人材の育成に集中させます。

 2000億ドルに及ぶ資金面での協力が、本年中に動き出します。

 今年はユーラシア大陸の地図に、画期的変化が起きました。

 本年初めて、中国の義烏(ぎう)と英仏海峡を越えて英国とが貨物列車でつながりました。

 一帯一路の構想は、洋の東西、そしてその間にある多様な地域を結びつけるポテンシャルをもった構想です。

 インフラについては、国際社会で広く共有されている考え方があります。

 まず、万人が利用できるよう開かれており、透明で公正な調達によって整備されることが重要です。

 さらに、プロジェクトに経済性があり、そして、借入れをして整備する国にとって債務が返済可能で、財政の健全性が損なわれないことが不可欠であると私は考えます。

 国際社会の共通の考え方を十分に取り入れることで、一帯一路の構想は、環太平洋の自由で公正な経済圏に良質な形で融合していく、そして、地域と世界の平和と繁栄に貢献していくことを期待しています。

 日本としては、こうした観点からの協力をしていきたいと考えます。

 日本は、質の高いインフラパートナーシップを進めています。

 日本には、こだわりがあります。

 インフラは、安全で環境に優しくなければならない。

 それは、日々、現場で問題が解決される中で守られています。

 そこには、勤勉で誠実な人々がいます。

 日本の新幹線を導入することは、高速鉄道にとどまらない。インドの鉄道全体の近代化の大きな触媒となる。モディ首相の言葉です。

 日本の協力は、メンテナンスも含め、技術が現地に根付くまでは終わらないことをよく御存じなのです。

 1963年、関西電力黒部川第四水力発電所、いわゆるクロヨンが完成しました。

 急しゅんな地形に挑み、延べ1000万人・日を投入、7年を費やした世紀の難工事でした。

 ラオスのナムニアップ一水力発電所は、第2のクロヨンと呼ばれています。

 2019年商業運転開始に向けて、元祖クロヨンを手掛けた関西電力が、ラオス、タイの仲間とともに取り組んでいます。

 現地には、1000人の雇用が生まれました。

 さらに、発電所の運営に向けて、長期的に運転技術の移転が行われようとしています。

 トンルン首相、完成を楽しみにしていただきたいと思います。

 ハノイの都市鉄道1号線、2号線。急速な都市化がもたらした、渋滞と大気汚染を緩和する。

 でも、それだけではありません。

 皆さんは、東京の地下鉄に乗ったことはありますか。電車は時間どおりやってくる。運行は電子制御。衝突事故は起きません。切符は要りません。カード一枚で、どこでも行けます。でも、お金はチャージしておかなければなりません。

 駅は、もはやただの駅ではなくなっています。買物も食事も、切符代わりのカード一枚で済みます。

 バスやタクシーへの乗換えも同じカードでOKです。

 駅は近隣のビルにもつながっています。雨にぬれずに行けます。

 移動の体験をいかに便利で快適にするか。日本人のこだわりと工夫が詰め込まれています。

 このこだわりと工夫をお伝えする。

 手始めに地下鉄の設計だけなく、周辺のバスの運行ルートや駅前のレイアウトをハノイの皆さんと一緒になってつくったそうです。

 ハノイの街がどんなふうに変わっていくか楽しみです。

 技術革新のスピードには、目を見張るものがあります。ものづくりの現場にも変化が及んでいます。

 タイの工場で稼働する工作機械。動作の状態を示す回転灯が、機械の上についている。機械が不調を来すと、回転して光ります。すると、その光に反応して信号が飛び、ネット経由で日本の本社に届く。本社は、これまでの経験の蓄積から、考えられる原因と対応策を割り出し、直ちに指示を出す。

 工場で対処し、ラインが止まっている時間がぐっと短くなる。

 こういったことが、もう当たり前になっています。

 IoTでつながったセンサーで集められたデータが大量に蓄積され、ビッグデータとなり、人工知能が解析し新たな知恵が生まれる。この先には無限に広がる世界が現れます。

 例えば、難病の解明。患者さんたちを長期に見守り、データが蓄積されることで、発症の原因や重症化の仕組みが見えてくる。その先に治療の糸口がみつかることが期待されます。

 例えば、自動走行。道路、歩行者、障害物などの状況を検知し、自動的に危険を回避することができるようになります。日本のような高齢化社会では、年を取って運転がおぼつかなくなった後でも、気軽に外出できる手段として大いに期待されています。

 例えば、農業。熟練農家の経験と勘をデータ化し、生育状況や気象などのデータと組み合わせれば、経験の浅い農家でも、おいしく安全な農作物を収穫できるようになるでしょう。

 しかし、データから導き出される栽培法は、完全でないかもしれない。未知の状況に遭遇したとき、経験豊富な人間の知恵が人工知能を上回ることでしょう。しかし、その知恵がまたデータとなり、人工知能が更に賢くなる。

 いわば、知能と技能のアウフヘーベンです。

 私たちが足を踏み入れようとしている新しい社会をSociety5.0と呼んでいます。

 4度目の産業革命がもたらす5つ目の社会。Society5.0です。

 その本質は、一人一人のニーズに合わせた最適な解決策が、すばやく導き出されるようになることです。

 これまで解決できなかった課題が解決できるようになる。

 日本は、AIやビッグデータを活用して、少子高齢化を乗り越えて活力を高めていきたいと考えています。

 私はAIの普及は人々の仕事を奪うのではなく、人々がより創造性に富む仕事に転換する機会と捉えています。

 人口が減ってもイノベーションによって成長できるのだという第一号の証拠になることを、日本は目指しています。そのために、人々が生涯を通じて新しいことを学び、成長する分野で新たな職を得られるような人材育成の仕組みを整えていきます。

 日本に行ってみたい、自分もSociety5.0をつくりたい。

 そう思う若者たち、プロフェッショナルたちに世界からどしどし来てもらえるよう、今年の4月、新しい仕組みをつくり出しました。

 一定のポイントを上回る人なら、日本でたった1年働けば、即座にグリーンカードを申請できます。スピードにして世界最高水準です。

 ビザの申請もお待たせしません。原則10業務日以内で結果をお知らせします。

 世界中の元気な若者の、その活力をもっと借りたい。少しでも日本に興味をもってくれる若い人に、日本語の学習から、日本と関係する仕事まで道を開いてお連れします。

 アジアの各地で3か所くらい拠点を選び、日本語の先生を育てる場所を設けます。

 日本語を学ぶアジアの高校生たちに、10か月、日本で暮らせる機会を提供します。規模は今後5年で1000人。 日本の在外公館やジェトロの事務所には、日本で就職したい人が気軽に問合せのできる窓口を置きますから、是非御活用していただきたいと思います。

 クンプアン・ソマワンさん、おいででしたら、お立ちいただきたいと思います。

 我が国最大級の公的研究機関・産総研で、彼女はミニマル・ファブの開発をしています。直径1センチ少々という、とても小さなウエハーに半導体をつくる、文字どおりミニマルなファブ。設備投資を1000分の1にできる画期的な技術です。

 この開発に不可欠だったのが、クンプアン・ソマワンさんでした。

 彼女のような方に暮らしやすく働きがいがあって、優しい日本にしていきたい。じかにお目にかかると、ますますその思いを強くします。

 あらゆる人が存分に力を発揮できる一億総活躍社会、誰にでも開かれた、そして努力した人が報われる自由で公正な経済圏、現場の人々に支えられている質の高いインフラ、一人一人のニーズに合わせた最適な解決策を導き出すSociety5.0。私が取り組んでいる様々な政策について、お話してまいりました。

 それぞれ分野は異なりますが、共通していることがあります。

 一人一人を大切にする。

 これが全ての根底にあります。

 アジアの人々一人一人の才能が解き放たれ、存分に発揮されれば、どれほど大きな力になることでしょう。

 太平洋とユーラシアをつなぐ。

 さあ、皆さん、共にアジアの夢をかなえていこうではありませんか。

 御清聴、どうもありがとうございました。