[文書名] 東方経済フォーラム全体会合 安倍総理スピーチ
ロニー・チャンさん、御紹介ありがとうございます。プーチン大統領、1年前のお約束どおり、この会場に私は戻ってまいりました。
3回目を迎え、フォーラムはますます充実しています。心からお慶(よろこ)び申し上げます。そして、文在寅大統領、ハルトマー・バトトルガ大統領、お目に掛かれて光栄であります。
会場の皆さん、御承知のとおり、プーチン大統領は柔道の黒帯でいらっしゃいます。実はバトトルガ大統領も柔道の黒帯なんです。そして、私の知る限り、この会場にももう1人柔道の黒帯がおられます。それは、オリンピック金メダリストの山下泰裕八段であります。いらっしゃいますでしょうか。山下八段に御提案せずにはいられません。山下さん、是非、全日本柔道連盟の招待で、お2人の黒帯の大統領を日本にお連れできないでしょうか。そして山下さんと3人で組み手を見せてくださる。どうでしょう。皆さんも御覧になりたいと思いませんか。私は黒帯ではありませんし、けがもしたくありませんので、私は静かに観戦させていただきたいと思います。
さて昨年12月、プーチン大統領は私の故郷(ふるさと)、長門市に来てくれました。日本海に面する小さな街です。冷たいみぞれの中、我が故郷の人々はプーチン大統領を歓迎しようと、沿道で出迎えてくれました。一夜が明け、私たち2人、目をやった庭園は、白一色でした。夜半、みぞれは雪に変わっていました。美しい。童話の世界だ。大統領から言葉が漏れました。一連のこれらの光景は、私たち2人にとって忘れ難い記憶となっています。
皆様、このときプーチン大統領と私は5時間掛けて話し合い、過去でなく未来にのみ瞳を凝らそうと覚悟を決めました。日露関係がその潜在力を解放した先に現れる、可能性の沃野(よくや)。そこを目掛けて、今何をすべきかを決めようと心に決めました。日露関係の歴史は、このとき新時代の幕を開けました。勢いは弾みをつけ、新たな発展を次々もたらしています。
その報告を今日皆様にしようと準備していたところ、うれしい出来事が起こりました。皆さんお慶びください。2018年FIFAワールドカップに、我がサムライブルーが参加できることになりました。日本から大勢の若者がロシアにやって来ます。スタジアムで日露の若者が応援し合いたたえ合う。その景色が目に浮かびます。
プーチン大統領、私たちの目的はいよいよ明確です。今を生きる若者のため、彼らの未来のためにこそ、私たちは今、真摯な努力を続けなければなりません。
昨年日本政府は、日本の民間主体が力を出せる分野を8つ選び、ロシア側との協力で、成果を生みたいと提案いたしました。互いの信頼を築くには、一緒に汗をかき、成功を分け合うのが一番です。双方にとって利益となる分野や案件を選びました。選んだのは、ロシアに生きる市民一人一人の生活に直結する分野です。一緒にやればいろいろできるという自信を国民レベルで育てたい。プーチン大統領と私は、そう願ったわけであります。
1番目に挙げたのが、医療の向上と健康寿命の増進です。このパネルを活用させていただきました。
日本の大分大学には、世界でいち早く胃がんの手術を内視鏡だけで成功させた医師がいます。その大分大学が中心になって、モスクワのピラゴフ国立医学研究大学との協力が実を結びました。
それから結核。ロシアでは年間1万5000人以上の人々が、悪性の結核で亡くなっているというではありませんか。ある日本企業の新薬は、既存の薬に耐性を持ってしまった結核菌に効き目があります。今年の6月、大塚製薬というその会社が、ロシアのアールファームと契約を結んだことをお知らせしましょう。日露が手を結ぶ、結核との闘いです。
産科専門のモスクワのクラコフ病院、連邦政府傘下のロシア高齢者科学クリニックセンター。それからモスクワのロガチョフ小児病院。ここは今年の4月、私の妻昭恵に見に行ってもらいました。乳幼児やお年を召した方の医療を担う拠点の病院で、私たちは知見を分け合います。幼い命を救い、健康寿命を延ばす日露の協力が前進します。
2番目に挙げたのは、住みよい都市づくりの協力です。
私は1年前、ここでプーチン大統領にリクエストをしました。観光の都、交通と商業の中心地として限りない発展の可能性に満ちた街、ウラジオストク。この美しくも懐かしい偉大な都市が持つ可能性を開花させる営みに、日本を是非加えてほしい。お願いをしたわけであります。
それから1年、早くも青写真ができました。水辺には商業とリゾートの集積ができ、憩いの空間が生まれます。歴史的街並みは、その美しさを一層磨き上げます。今見えているのは、両国の協力で郵便サービスを良くするプランです。指定の日にきちんとパッケージが届きます。するとこんな愛らしい少女が、誕生日にすばらしい笑顔を見せてくれるでしょう。ゴミの処理でも、極東の模範都市にする構想です。
場面は変わって、ヴォロネジ。言わずと知れた交通の要衝です。
私の内閣には、日露の協力を専門に進める大臣がいます。世耕弘成大臣であります。先日、彼はヴォロネジを見に行きました。日露協力のモデルになる街です。世耕大臣は言います。立派な教会が幾つもあって公園が点在する。いかにも美しい。でも100万の人口をもつヴォロネジの悩みは、車の渋滞です。ここに、上流下流の信号同士が交通量の情報をやり取りして、緑の点灯時間を変えるシステムを導入しましょう。一塊の車が無理なく通れるだけ緑が続くので、渋滞が減る。発進、停止で出る排ガスも減らせます。古くなった下水道。古都では工事が難しい。それなら、地面を掘らずに、下水管を新品に換える技術を使いましょう。景観は傷つきません。鉄道の整備と、駅周辺の開発を一体で進めるプランも打ち出しました。駅があって、街がある。新しい都市のデザインを試みます。そうです。日本の技術にロシアの知恵。両国政府が目指すのは、ロシアの市民一人一人が、世界に、そして未来に向かって胸を張れる街づくりです。
一方、エカテリンブルグにはこの7月、日本企業関係者が大勢訪れました。産業見本市イノプロムで、日本は初めてパートナー国になり、プーチン大統領も来てくださいました。日本からは、168もの企業・団体が出展し、うち108社は中堅・中小企業でした。裾野の広い関心が日本に沸き起こっています。日露の事業家たちが一緒に何かを始めたいなら、両国が共同してつくった基金、約10億ドルが役に立つに違いありません。
プーチン大統領も私も、経済のデジタル化を進めています。皆様、この程両国政府の間でデジタル経済協力に関する覚書が署名されたことを、御報告申し上げましょう。
8項目それぞれで膨大な数の動きが起きていて、例を挙げるときりがありません。たった1年でよくぞここまでと、私はプーチン大統領とともに、驚きを隠せずにいるのです。
こうして私たちが、ひたすら未来を見て繁栄の土台を築こうとしている折も折、北朝鮮が、これまでにない重大かつ差し迫った脅威として、国際社会に挑戦してきました。
8月29日、北朝鮮は中距離弾道ミサイルを発射し、日本の上空を飛び越えさせた。
9月3日、北朝鮮は、ここウラジオストクから僅か300kmの地点で6度目の核実験を強行し、爆発の規模は過去を顕著に上回るものだった。
北朝鮮は、地域の、いや世界全体の平和、繁栄、法と秩序に対する公然たる挑戦をエスカレートさせています。北朝鮮に全ての関連する国連安保理決議を即時かつ全面的に遵守させ、全ての核・弾道ミサイル計画を完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法で放棄させなければなりません。そのため、国際社会は一致して、最大限の圧力を彼らに加えなければならない。北東アジアの平和と繁栄が、彼らによって脅かされることなど、決してあってはなりません。
日本とロシアは、なお一層信頼を深め、経済と安全保障の両面で関係を強くして、北東アジアに強固な安定の要を築かなければなりません。海洋秩序に法の支配を育てる努力も、私は日露の協力によって進めたい。安全保障を巡る対話の中、たゆまず続けていきたいと思います。
日本とロシアの間で、過去70年できなかったことが、このたった1年で幾つも動き出しました。また1年、そのまた1年と歩みを続けていったなら、その先に見えてくるのは、日露関係が、その持てる潜在力を存分に開花させた輝かしい未来です。そのためにこそ、今に至るも平和条約がないという異常な事態に、私たちは終止符を打たなければなりません。ウラジーミル、私たち2人、その責務を果たしていこうではありませんか。あらゆる困難を乗り越えて、日本とロシア、2つの国がその可能性を大きく開花させる世界を、次の世代の若人たちに残していきましょう。会場にお集まりの全ての皆様にも訴えます。日露の新たな時代を、日本人とロシア人、手を携え合って切り拓いていこうではありませんか。
ありがとうございました。