データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 平成29年度 防衛大学校卒業式 内閣総理大臣訓示

[場所] 
[年月日] 2018年3月18日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 本日、伝統ある防衛大学校の卒業式に当たり、これからの我が国の防衛の中枢を担う諸君に、心からのお祝いを申し上げます。卒業、おめでとう。諸君の誠に凛々(りり)しく、希望に満ちあふれた姿に接し、自衛隊の最高指揮官として、心強く、大変頼もしく思います。

 真に国民のための自衛隊たれ。

 自衛隊創設以来のこのすばらしい理念を胸に、先輩たちは今この瞬間も、荒波を恐れず、乱気流を乗り越え、泥にまみれながらも、極度の緊張感に耐え、強い誇りを持って、任務を立派に果たしています。

 平和は決して人から与えられるものではありません。我々の手で勝ち取るものであります。自らの手で自らを守る気概なき国を、誰も守ってくれるはずがない。安全保障政策の根幹となるのは、我が国自身の努力に他なりません。そして、我が国の平和の最終的な支えが、自衛隊です。平和を求める日本の揺るぎない意志と能力を明確に示すものであります。

 諸君は、本日をもって先輩たちの仲間入りをします。この困難な任務に就く道を自らの意志で進み、自衛官となる諸君は日本の誇りです。私は諸君の先頭に立って、諸君と共に、日本の平和を守り抜く決意であります。

 昨年、北朝鮮は2度にわたり、我が国上空を飛び越えるミサイル発射を強行しました。

 いかなる挑発にも屈することはない。この思いで、24時間、365日、警戒に当たる隊員諸君がいます。

 海の上ではイージス艦が、来る日も来る日も荒波に耐え、大時化(おおしけ)の海にもひるまず、最高度の態勢を維持しています。

 PAC-3の部隊は、弾道ミサイル防衛の最後の砦(とりで)。その重圧が、終わりの見えない緊張を極限にまで高めます。発射の事前察知は極めて難しく、一たび発射されれば、我が国まではわずか10分。初動に1秒の遅れも許されません。

 そうした中、隊員諸君は常に、ミサイル発射直後からその動きを完全に把握し、国民の安全確保のため万全の態勢を取ってくれました。我が国の危機管理には、一分の隙もないことを明確に示してくれたのです。

 北朝鮮は、国際社会の制裁をかいくぐって、洋上で船から船への積替えによる密輸も続けています。護衛艦やP-3C哨戒(しょうかい)機は、広大な周辺海域で闇夜に目を凝らし、疑わしい船舶の動向を追い続け、幾度となく違反行為を未然に防いでくれました。

 自衛隊の収集した情報は、国連や関係各国と共有され、国際的なネットワークにより、違反行為の抑止に大きく寄与しています。

 北朝鮮の政策を変えさせる。核・ミサイル開発を放棄させる。このために必要なことは、国際社会が一致団結して、北朝鮮が具体的行動を取るまで最大限の圧力をかけていくことです。この確固たる立場は決して揺らぐことはありません。

 厳しい現実を直視し、困難な状況の下で士気高く任務を果たす隊員諸君に、この機会に改めて、深甚なる敬意を表したいと思います。

 先ほど國分(こくぶん)学校長から御紹介があったように、本日はホーム・カミング・デーとして、昭和50年に防衛大学校を卒業したOBの皆さんもお集まりです。

 皆さんが任官された当時、自衛隊に対する視線はいまだ厳しいものがありました。当時の防衛白書にはこう書いています。依然として自衛隊に対する否定的態度も国民の一部に根強く存在している。皆さんも在職中、心ない批判にさらされたかもしれません。

 しかし、皆さんは、これに屈することなく立派に責務を果たし、平和な日本を私たちに引き継いでくれました。

 事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託に応える。この宣誓の言葉に違(たが)うことなく、常に国民のため、黙々と任務に精励してきた皆さんの姿は、多くの国民の目に焼き付いています。今日、実に9割の国民が自衛隊に良い印象を持っています。これは、皆さんの努力のたまものでありましょう。内閣総理大臣として、心から御礼申し上げます。

 卒業生諸君、そして御列席の皆様。大きな仕事を成し遂げ、本日、懐かしき第二の故郷(ふるさと)、ここ小原台に戻ってこられたOBの皆さんへ、心からの感謝と敬意を表し、改めて大きな拍手を送りたいと思います。

 6年前、私は再び総理大臣に就任し、安全保障政策の立て直しを誓いました。我が国として初めてとなる国家安全保障戦略の下、新たな防衛計画の大綱を策定し、10年間一貫して削減が続いていた防衛費を増加させていく方針を決定しました。

 しかし、日本を取り巻く安全保障環境は、当時我々が想定したよりも格段に速いスピードで厳しさを増しています。このため、我が国の防衛の指針である防衛計画の大綱について、再び見直すこととしました。

 見直しに当たっては、まず何よりも、現実から目をそらすことなく、真正面から向き合うことが不可欠です。

 今や、サイバー空間や宇宙空間など、新たな領域で優位性を持つことが、我が国の防衛に死活的に重要になっています。もはや、陸・海・空という、従来からの区分にとらわれた発想のままでは、あらゆる脅威からこの国を守り抜くことはできない。

 これまで進めてきた南西地域の防衛体制の強化や、弾道ミサイル防衛の強化にとどまらず、サイバー・宇宙といった新たな領域分野について、本格的に取り組んでいく必要があると考えています。

 専守防衛は当然の前提としながら、従来の延長線上ではなく、国民を守るために真に必要な防衛力のあるべき姿を見定めてまいります。

 年々大規模化する自然災害の現場にも、必ず諸君の先輩たちの姿があります。

 昨年7月の九州北部豪雨では、道路が寸断され、河川が決壊する中、ヘリコプターによる空からの救助が、500名余りの命を救いました。

 断続的な豪雨が続く深夜、山奥の民家から救助のSOSが出されました。夜は視界不良の上、木や電柱に接触すれば墜落の危険もある。そうした中で隊員諸君は、ヘリの翼と木々の距離をわずか2メートルに保ちながらホバリング降下を続け、住民を救い出しました。

 裏山では土砂崩れが続き、いつ家がのみ込まれてもおかしくない状況だった。救助のヘリの中で、住民の一人は涙を流しながらこう言ったそうであります。

 来てくれると信じてました。

 全ては国民のため。任務を全力で全うし、黙々と汗を流す自衛隊員の姿は、日本国民の誇りであります。

 諸君には、常に国民のそばにあって、安心と勇気を与える存在になってもらいたいと思います。

 日本から遥(はる)か12,000キロのかなた、海上交通の要衝、アフリカ・ソマリア沖・アデン湾。近年、民間船舶が襲撃され、乗っ取られる事案が発生しています。

 ある船長からの手紙を紹介したいと思います。イラン・イラク戦争や湾岸戦争の時代、日本船舶には自衛隊の護衛がなく、船長は、当時、乗組員として航行したときの状況をこう語っています。

 他の日本船が被害を受けたとのニュースを聞き、とても心細く、恐ろしく、無線機を握る私の手は震えていました。

 あれから30年。船長となって臨んだ航海では、不審ボートの接近を受け、船内には緊張が走りました。しかし、今回は自衛隊がいる。護衛艦おおなみのエスコートに、不審船は追尾を諦めました。自国による護衛ほど、心強く、頼りになるものはありません。船長は、このように続けています。

 私たちの命が守られていることを実感しました。

 おおなみによる護衛の後、別れ際には、乗組員が目を潤ませながら、タオルやヘルメットを大きく振っていたそうであります。世界平和と国際貢献に活躍する自衛隊の姿を、このように称(たた)え、手紙は締めくくられていました。

 日本の誇りです。

 今この瞬間も、ソマリア沖・アデン湾で、ジブチで、そして南スーダンで、過酷な環境をものともせず、我が国の顔として、立派に任務を遂行する自衛隊の諸君がいます。

 諸君には、かけがえのない平和の守り神として、精強なる自衛隊を作りあげてほしいと願います。

 本日、ここには、カンボジア、インドネシア、ラオス、モンゴル、ミャンマー、フィリピン、タイ、東ティモール、ベトナムからの留学生の皆さんもいます。ラオスからは、初めて卒業生を送り出すことになります。

 留学生の諸君。語学の壁もあったでしょう。様々な困難を乗り越え立派に卒業した諸君は母国の誇りであり、我が国の誇りであります。ここ防衛大学校で学んだことは、その全てを、母国のために使ってほしい。皆さんの帰りを待つ国民のために、いかしてもらいたい。全ては国民のため。この理念は共通です。

 皆さんは、日本のかけがえのない友人であります。皆さんの国に戻っても、仲間と互いに切磋琢磨(せっさたくま)し、励ましあった日々を心に刻み、両国の絆を紡ぐ中心的な役割を果たしていってもらうことを願っています。

 本年は、明治維新から150年の節目に当たります。先人たちは世界に目を向け、日本の良さと伝統を失うことなく、優れた知識、技術、制度を吸収しながら、近代国家への変革へと歩み出しました。

 諸君は、将来、我が国の防衛を中枢で支える立場に就きます。世界を曇りのない眼で見据え、新たな技術への関心を旺盛にし、既存の思考の枠組みを超えようとする柔軟な発想で、今後降りかかる課題に取り組んでいってもらいたい。

 礎ここに築かん、新たなる日の本のため。

 我が国の未来は、不断の努力によってつくられるものであります。日本の平和と繁栄は、ひとえに、諸君一人一人の双肩にかかっている。

 御家族の皆様。大切なお子様を隊員として送り出していただいたことに、自衛隊の最高指揮官として、心から感謝申し上げます。彼らの凛々しくも頼もしい姿をどうか御覧ください。これもひとえに、すばらしい御家族の背中をしっかりと見て育ってきた。その素地があったればこそ、今の彼らがあります。本当にありがとうございます。大切な御家族をお預かりする以上、しっかりと任務を遂行できるよう、万全を期すことをお約束いたします。

 最後となりましたが、学生の教育に尽力されてこられた、國分学校長を始め、教職員の方々に敬意を表するとともに、平素から、防衛大学校に御理解と御協力を頂いている、御来賓、御家族の皆様に、心より感謝申し上げます。

 卒業生諸君の今後、ますますの活躍、そして防衛大学校の一層の発展を祈念して、私の訓示といたします。

平成30年3月18日

自衛隊最高指揮官

内閣総理大臣 安倍晋三