データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 東方経済フォーラム全体会合 安倍総理スピーチ

[場所] 
[年月日] 2018年9月12日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 ブリリョフさん、御紹介ありがとうございました。ウラジーミル・プーチン大統領、そして習近平国家主席、ハルトマー・バトトルガ大統領、李洛淵(イ・ナギョン)国務総理、お会いできて大変うれしく思います。私たちを当地に招待してくれたプーチン大統領に、まずは感謝を申し上げます。

 お三方の話は、時として気宇壮大、様々、想念を刺激するものでありました。感銘を受けると同時に、日本とはいかなる国か、アイデンティティについての思いにいざなわれました。私の念頭に浮かびますのは、ドット・コネクターという言葉です。接続のない地点、つながりのないヒト、モノ、資金。それら点と点を日本は結び、それによって付加価値をつくります。時として例えば、ヤマル半島とカムチャツカ。平面上の2地点かもしれません。またあるいは、三次元空間にある人工衛星とシベリアの誰かの家かもしれません。実現するのは、それぞれ、LNGの、あるいはインターネットの接続性です。ユーラシア大陸のランドスケープで、日本が位置するインド・太平洋のシースケープで、誰もが属するアウター・スペースやサイバー・スペースでも新たな接続がまた新たなコネクションを生むというコネクティビティの進化が起きています。つながることで付加価値が生まれる時代に私たちは生きている。私は日本の今後に偉大なるドット・コネクターとしての役割を望みます。公明正大なルールの下、交わらない点を交わらせ、つながらなかった知と知をつなぐ役割です。プーチン大統領、だからこそ日本とロシアは協働することで偉大な相乗効果を望めるのです。そのことを私はこのスピーチの後半で強調したいと思います。

 ここから私は、大体時間の前半を未来の話に当てようと考えています。未来の話だけに関心を絞ります。来年、皆様が日本に見るものは皇位の継承であります。プーチン大統領や習近平主席をお招きする大阪G20サミットの開催であります。夏が終わるとラグビー・ワールドカップが始まります。9月20日、東京スタジアムでの開幕第1試合でホスト国日本が戦う相手を御記憶ください。それはロシアです。互いの健闘を祈りましょう。その先2020年は、東京オリンピック・パラリンピックの年。世界中の若者が東京に集まり、スポーツと平和の祭典を繰り広げます。檀上の指導者の皆さん、会場の聴衆の皆さん、日本は今、歴史の大きな転換点に立っています。その歴史的転換点にあって、私は21世紀の東アジアにおける平和と繁栄の礎を築きたい。そう決意しています。

 まずは日中関係であります。私は第一次政権で総理に就任した直後に中国を訪問し、戦略的互恵関係の考え方を打ち出しました。中国の人民日報はこの訪問を氷を砕く旅と呼びました。しかし、再び総理となって第二次政権を始めた際、日中関係は戦後最悪とも言える困難な状況にありました。私は、何とか日中関係を改善したいと考え、努力してまいりました。なぜなら、日中両国はこの地域と世界の平和と繁栄に大きな責任を共有しているからであります。アジアの諸国も、日中両国が友好関係を安定的に発展させていくことを期待しています。その期待に応え、あらゆる分野で協力関係を発展させ、地域や世界の平和と繁栄に貢献していきたい。私の信念です。昨年11月、ダナンAPECでの習近平国家主席との会談は、日中関係の新たなスタートとなる良い機会となりました。本年5月、中国の国務院総理として8年ぶりに来日された李克強(り・こくきょう)首相は、日中関係は正常な軌道に戻ったと言われました。私も全く同感であります。先ほどは、習主席と日中関係や我々が共に直面する様々な課題について大変有意義な会談を行うことができました。中国のお招きを受け、日中平和友好条約締結40周年という記念すべき年である本年中に、中国を訪問したいと考えています。その後は、習主席を是非日本にお招きしたい。首脳同士の相互訪問を通じて、日中関係を新たな段階に引き上げていきたい。私の決意であります。

 21世紀におけるこの地域の平和と繁栄を確固たるものとするために、北朝鮮の問題を避けて通ることはできません。6月、シンガポールで歴史的な米朝首脳会談が行われました。私はこの会談を、拉致、核・ミサイルの問題解決に向けた前向きな一歩として支持します。トランプ大統領は、金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長との相互信頼を醸成しながら、非核化の先の明るい未来を共有し、相手の行動を促すという、誰も試みたことのない新しいアプローチを採りました。トランプ大統領の英断によって、北朝鮮と国際社会との関係が大きく動こうとしています。北朝鮮は、このチャンスを是非ともつかんでいただきたい。私は思うのですが、北朝鮮くらい未来を希望に変えるポテンシャルに恵まれた国はありません。銅や金、鉄鉱石や豊富なミネラル資源が北朝鮮にはあります。2,500万人の人口は、世界有数の勤勉な労働力となるに違いありません。今日ここに集まった我々は皆、北朝鮮が希望に満ちた未来を歩んでいけるよう、北朝鮮に対し一つの声で語り続けていくことを誓おうではありませんか。ぶれない態度で接していくことを確かめ合おうではありませんか。そのために成すべきこと。朝鮮半島の完全な非核化を何としても実現させなければなりません。この点について、私もプーチン大統領も習主席も完全に一致しています。近く平壌(ピョンヤン)で開催される南北首脳会談が朝鮮半島の非核化に向けた具体的な行動につながることを期待しています。日本と北朝鮮との間には、拉致問題が横たわっている。これも解決しなければならない。その中で、北朝鮮との不幸な過去を清算し、国交正常化に向けて歩みだす決意を私は持っています。私も、相互不信という殻を破り、一歩踏み出し、最後は、金正恩委員長と向き合わなければならない。現在、日朝首脳会談について決まっていることは何もありませんが、これを行う以上は拉致問題の解決に資する会談としなければならない。そう決意しています。北東アジア地域の永遠なる平和と繁栄に向けて大切なことは、ここにいる私たち5人を含め地域の指導者たちが同じ方向を向いて歩んでいくことです。私はそのための努力を惜しみません。ここにお約束申し上げます。

 そして、日露関係であります。日本にとって、21世紀におけるこの地域の平和と繁栄の礎を築くに当たり、日露関係は無限の可能性を秘めています。日露の間には、戦後70年以上の長きにわたり、平和条約が締結されていません。これは異常な状態であるとする思いにおいて私とプーチン大統領は一致しています。2016年12月、プーチン大統領を私の故郷(ふるさと)、長門(ながと)にお迎えし、2人で日露関係の将来についてじっくりと話し合い、北方四島において共同経済活動を行うための特別な制度に関する協議の開始、元島民の方々による自由な墓参の実現について約束しました。そして、長門の地で平和条約問題の解決に向けた真摯な決意を共有しました。聴衆の皆さん、この長門での約束は、着実に実施されつつあります。日露関係は今、かつてない加速度で前進し始めています。プーチン大統領と私が約束した両国協力のプランは、150以上に上ります。うち半数以上が、もう現実に動いているか、今正に動こうとしています。お見せするビデオが、そこを雄弁に教えてくれます。ではビデオを御覧いただきます。

 いかがでしょうか。一本貫く太い流れをお感じいただけたでしょうか。8項目の協力プランの実現を通じて、ロシア住民の生活の質の向上が、皆様にも実感できるようになるのではないでしょうか。ロシアと日本は、今、ロシアの人々に向かって、ひいては世界に対して、確かな証拠を示しつつあります。ロシアと日本が力を合わせる時、ロシアの人々は健康になるのだというエビデンスです。ロシアの都市は快適になります。ロシアの中小企業はぐっと効率を良くします。ロシアの地下資源は、日本との協力によってなお一層効率よく世界市場に届きます。ここウラジオストクを始め、極東各地は、日露の協力によって、ヒト、モノ、資金が集まるゲートウェーになります。デジタル・ロシアの夢は、なお一層、早く果実を結ぶという、そんな証拠の数々を、今正に、日本とロシアは生み出しつつあります。

 日本とロシアには、他の二国間に滅多にない可能性があるというのに、その十二分な開花を阻む障害が依然として残存しています。それこそは皆さん、繰り返します、両国がいまだに平和条約締結に至っていないという事実にほかなりません。今年の5月25日のことでした。場所はサンクトペテルブルクの国際経済フォーラムです。想像してみましょうと、私は聴衆を促しました。日本とロシアに永続的な安定が生まれたあかつき、一帯はどうなるのか、希望と共に想像してほしいと呼びかけました。そのあかつき、私たちは、北半球と東半球の一角に平和の柱を打ち立てている。それは頼もしくも地域と世界を支える太い柱となっているはずなのであります。北極海からベーリング海、北太平洋、日本海は、平和と繁栄の海の幹線道路になることだろう。対立の原因をなした島々は物流の拠点として明るい可能性を見いだし、日露協力の象徴へと転化するだろうし、日本海も恐らく物流のハイウェイとして一変しているだろう。そしてその先には、中国、韓国、モンゴル、そしてインド・太平洋の国へとつながる、大きくて自由で公正なルールに支配された、平和と繁栄、ダイナミズムに満ちた地域が登場するであろう。プーチン大統領、もう一度ここで、たくさんの聴衆を証人として、私たちの意思を確かめ合おうではありませんか。今やらないで、いつやるのか、我々がやらないで、他の誰がやるのか、と問いながら、歩んでいきましょう。容易でないことは互いに知り尽くしています。しかし我々には、未来の世代に対する責任がある。北東アジアから一切の戦後的光景を一掃し、未来を真に希望に満ちたものへと変えていく責任が私たちにはあります。会場の皆さん、我々の子どもたちを、我々の世代を悩ませたと同じ日露関係の膠着(こうちゃく)で、これ以上延々と悩ませてはなりません。今ビデオで御覧になったいくつもの達成は、両国がその気になれば成し遂げられる偉大な事業の、ほんの予告編のようなものであります。私たちが持つ可能性をもっと全面的に花開かせましょう。プーチン大統領と私は、今度で会うのが22回目となりました。これからも機会をとらえて、幾度となく会談を続けていきます。平和条約締結に向かう私たちの歩みをどうか御支援を皆さん、頂きたいと思います。力強い拍手を、聴衆の皆さんに求めたいと思います。ありがとうございました。

 2020年、東京はオリンピックとパラリンピックで姿を一新します。自動運転の車は地上を走るだけでなく、飛翔体に姿を変えて空飛ぶ車になっているかもしれません。新しい時代が、日本の新しい世代によって、世界中から訪れる人たちによって、今日本で幕を開けようとしています。ロシアの若者に私は声を大にして訴えます。日本に来て、暮らして、学んで働いて、新しい日本を、日本人と一緒にこしらえてください。未来とは希望である。そう心から確信できる若者を育てることこそは、国を率いる者全てにとって最も重い責務です。私は、日本に生まれようとしている若い世代が、ロシア、中国、韓国、モンゴルの若者たちと手を携え、アジアと世界に一層の平和と繁栄をもたらし、やがて真に希望に満ちた時代を生む原動力となってほしいと、そう期待しない日とて一日もありません。この先も一身をなげうって働く覚悟であります。

 またお会いしましょう。ありがとうございました。