データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 共同通信加盟社編集局長会議 安倍総理スピーチ

[場所] 
[年月日] 2018年10月12日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 今日はちょうど、沖縄県知事に新たに当選された玉城デニー知事が官邸に来られまして、お目にかかっておりましたので、割とお互いに虚心坦懐(きょしんたんかい)に話をさせていただき、時間が少しオーバーしましたので、その関係で少し遅れましたことをまず皆様に御承知おきいただきたいと思います。

 皆さんには、昨年末にお目にかかったばかりでありまして、あれから、まだ10か月しか経っておりませんが、2年連続でこの編集局長会議にやってまいりました。さらに、私が自由民主党の総裁選挙に3選された後、こうした形の講演を行うのは、今回がこの場が初めてでございます。私が、いかに地方紙を大切にしているかということが、この1点からも理解いただけるのではないかと、こう思うわけでありますが、日々の紙面を拝見する限り、この私の思いは、必ずしも皆さんには届いていないのかなというふうに感じるところでございます。

 私の地方重視の姿勢は、今回の内閣改造にも表れていると思います。12人が初入閣しましたが、そのうち7人が地方自治の経験者であります。まず、皆さん御存じのとおり、かつて和歌山県の海南市長を務めた石田さんに、総務大臣をお願いいたしました。農水大臣の吉川さんは北海道議、渡辺大臣と桜田大臣は千葉県議、山本順三・防災大臣は愛媛県議、岩屋さんは大分県議、そして宮腰大臣は富山県議を経験しています。私は、今回の内閣を全員野球内閣と命名しました。私が若い頃、広島カープが守備で、極端な王シフトを導入して、大きな話題になりましたが、今回の内閣は、正に地方シフトであります。地方が直面する課題、現場で何が起こっているかを、その身をもって体験してきた皆さんにお集まりいただいた、という意味では、現場シフトと呼ぶこともできると思います。現場の声をしっかりと受け止めて、行政にいかす。それぞれの分野で、地方目線、現場目線をどんどん取り入れていってほしいと考えています。でも、地方創生大臣の片山さつきさんは、官僚出身じゃないかと、批判精神旺盛な編集局長の皆さんであれば、既にお気づきかもしれませんが、しかしそこが、正に全員野球の妙味だと思います。長距離ヒッターばかり揃えた攻撃型のチームも悪くありませんが、バントのうまい選手もいれば、足の速い選手もいて、ムードメーカーとなる選手もいる。この夏、旋風を巻き起こした、秋田の金足農業のような、総合力で勝つチームも魅力的ではないかと思います。野球と同じように、政治もチームプレーであります。地方の現場に通じた、現場セブンとも呼ぶべき、7人の閣僚の固い基盤の上に、旧大蔵省出身で政策通、そして発信力も高い、片山さつきさんに司令塔となっていただき、地方創生の機運を一層盛り上げてもらいたいと考えています。この絶妙のコンビネーションで、5年目に入る地方創生の旗を、安倍内閣として更に高く掲げていきたいと思います。

 先月、6年ぶりに行われた総裁選でも、自民党の地方重視の姿勢が鮮明になったと思います。地方創生が大きな争点となりました。この世界は、地道な政策が多いので、政局のニュースに押し潰されてしまって、日頃はマスコミの皆さんにもほとんど取り上げてもらえないのですが、さすがに今回ばかりは、皆さんも骨太な政策論をたっぷりと紙面で展開することができたのではないかと思います。これまでの農政改革によって、生産農業所得はこの18年間で最も高い3.8兆円まで拡大しました。ビザの緩和など観光立国を推し進めた結果、日本を訪れる外国人観光客は、5年連続で過去最高を更新し、2,800万人を超えました。生産性の向上や下請け対策など、中小企業政策は安倍内閣が最も力を入れてきた分野です。中小・小規模事業者の倒産は、今、四半世紀で最も少なくなり、この春の賃上げ率は20年間で最高となりました。こうした中で、地方の法人関係税収は、ほとんどの都道府県でこの5年で4割から5割増加しました。今、地方税収は過去最高となっています。これは、地方にも、確実に、景気回復の温かい風が届き始めた証左だと思います。もちろんこれで十分だとは思ってません。もっとこの流れを加速していきたいと考えています。そして、地方から東京圏への人口流出の問題にもしっかりと取り組んでいきたいと考えています。かつては、景気が良くなるとどうしても東京中心に仕事が生まれますから、地方から東京への人口流出が拡大していました。この20年間で見ると、2007年の第一次安倍政権の時が最大で、年間15万人を超えていました。あの頃も、景気は良いと言われていましたが、その効果は残念ながら地方には及んではいなかった。そのことは率直に認めなければなりません。他方で、景気が悪くなると東京でも仕事がなくなります。ですからその結果、流出は減ります。菅政権の頃が最も少なく、年間6万人まで減少しました。しかし、景気が悪くなってしまっては、これは本末転倒です。景気が良くなっても東京に一極集中しない。この2つが両立するためには、地方における仕事づくりが極めて重要です。

 皆さんも御存じのとおり、安倍内閣になって史上初めて47全ての都道府県で有効求人倍率が1倍を超えました。そしてこの状況が、既に2年以上続いています。全国各地でしっかり働く場所をつくることで、東京への人口流出は、この5年間、景気回復が続く中でも、2007年よりも低い水準に抑えることができています。しかし、東京一極集中を是正するには、まだまだ足りません。きめ細かな対策を講じることで、地方への人の流れを太くしていかなければなりません。そもそも、東京へ転入する人の9割以上が29歳以下の若者たちであります。ですから、ここにいるメンバーも東京に行くということは、余りないということだと思いますが。大学進学を機に東京へ引っ越し、そのまま就職する。進学と就職が転入のきっかけとなっています。この現状にしっかりと対処していく必要があります。まず進学については、昨年、この編集局長会議で、山形県鶴岡市の例を出して、きらりと光る地方大学づくりを進めていきたいと申し上げましたが、先の通常国会で法律を無事成立させることができました。間もなく、支援第一弾の大学を決定する予定であります。それぞれの地方の特性をいかせる分野で、世界トップレベルの研究を行う環境を整え、日本中、世界中から学生が集まるような地方大学づくりを応援する。地方において、東京に負けないどころか世界で勝てるような、魅力ある学びの場をつくり上げていきたいと考えています。そして次は就職の問題です。若者に魅力ある仕事をいかに地方につくっていくか。これまで、地方に働く場をつくると言えば、大企業を都会から誘致する。地場で、しっかりとした中堅・中小企業がいれば、そこを応援する。そういった話でありました。しかし今、本当に過疎で悩んでいる地域、人口が急激に減っている地域を想定すると、そうしたやり方にはどうしても限界があります。無いものは無いんです。でも、無いのであれば、つくればいい。鳥取県との県境に近い、岡山県西粟倉村(にしあわくらそん)は、ローカル・ベンチャーというアプローチでこの問題に挑みました。最初は、森林組合で働いていた若者が立ち上げた木材加工のベンチャー企業です。それまでは丸太で出荷していた杉や檜(ひのき)を、村の中で、子供用の家具や遊具など最終製品に仕上げ、付加価値を付けてから販売しよう。そんな思いの下に、森林組合の安定した職を捨てて、起業しました。最初は、本当に苦戦したそうであります。しかし、地域の人々の支えもあって、なんとか困難を乗り切り、今は、経営も軌道に乗っているそうであります。この若者のチャレンジによって、今度は、地域や村役場の意識が大きく変わりました。新しいチャレンジを生み出していくことが、地域の未来を切り開くことにつながる。こう考え、Uターン、Iターンで起業する人たちを、どんどん受け入れよう。ローカル・ベンチャーを支援する村に生まれ変わりました。キャッチフレーズが、なかなか大胆です。例えば、定住しなくていいんです、これが、最初のキャッチフレーズ。次の年は、ちゃんと稼ごう。村の側の目線ではなく、あくまでも、村にやってくる若者たちのやりたいことを重視する発想なんです。廃校となった小学校を若者たちのオフィスに改装するなど、村がかりで若者たちを呼び込みました。そうしたところ、たくさんの若者たちが、アイデアを持って集まってくるようになった。木材加工から出る木くずを燃料に、うなぎの養殖にチャレンジする。夏でも寒冷な土地柄を利用して、夏いちごを栽培する。西粟倉村では、これまでに30件のローカル・ベンチャーが誕生しています。中には、村の特色とは全く関係のないベンチャーも生まれました。この村には酒蔵がないんですが、日本酒好きの女性がこの村にやってきて、出張日本酒バーを立ち上げました。日本酒好きの人がいれば、日本どこでも、お酒とお燗(かん)マシーンを持って駆け付けるという、奇想天外なビジネスだそうであります。この村に行けばチャンスがあふれている。全ては、西粟倉村に満ちあふれる、チャレンジを受け入れる空気が、若者たちを惹(ひ)きつけているのだと思います。

 でも、それって、安倍内閣の政策とは、関係ないんじゃないか。皆さんの顔を見ていると、そういう声が聞こえてきそうでありますが、しかし、この西粟倉村のチャレンジを後押ししてきたのは、実は、政府の地域おこし協力隊の仕組みです。外からやってくる若者たちの斬新な目線が、地方に新しい活力をもたらすに違いない。その思いの下に、安倍内閣は、この地域おこし協力隊を大幅に拡充してきました。現在は、政権交代前の10倍以上、5,000人の若者たちが協力隊になっています。西粟倉村にやってくる若者たちは、最初、この仕組みを活用します。そうすると、最初の3年間は、一定の収入が確保される。その間に、ビジネスを軌道に乗せていくという形です。3年しかありませんから、これだけで定住につながる保証はありません。しかし、地域おこし協力隊をきっかけとして、地域の支えの中でビジネスが形になれば、その後も住もうということになります。西粟倉村は、この15年間、人口が減り続け、2割も減少して、1,500人を切る事態になっていましたが、こうした中で、今年初めて、10人、人口が増えたんです。もっと興味深いのは、将来推計人口の変化です。2008年の推計では、2030年には村の人口が1,092人まで減少すると予想されていました。しかし、今年の推計では1,209人になっている。1割以上、上方修正することができました。正に、未来は、変えられるんです。若者たちの意識も、ここ数年、すごい勢いで変わっています。東京のふるさと回帰支援センターというNPO法人は、U・I・Jターンの支援を行っています。10年前は、年間2千件余りの相談数でしたが、今は、15倍以上、年間3万3千件もの相談が来るようになりました。それも、10年前は、4割以上が60代以上の人からの相談であった。定年後の人生を地方で過ごそう。年金生活は地方で過ごそう。そんな意識だったのかもしれません。しかし今は、30歳台以下が、半分以上を占める。これはもう、革命的な変化と言ってもいい大きな変化であります。機会があれば、地方への移住を考えている若者は増えていると思います。政府としても、この勢いに弾みをつけていきたい。来年度から、地方にU・I・Jターンして起業する。まさにローカル・ベンチャーに挑戦する若者たちには、最大で300万円の起業支援を行う考えであります。地域おこし協力隊も、引き続き、力強く進めていきます。地方にこそ、チャンスがある。若者たちにそう感じてもらうきっかけを政府として積極的につくり上げていくことで、地方における最大の課題である過疎化の問題に真正面から取り組んでいきたいと考えています。

 さて、新たに3年の任期を得た上では、内政においても、外交においても、しっかりとこの国の舵(かじ)取りを担っていきたい。これまでの6年間の政治基盤の上に、未来を見据えながら新しい国づくりを力強く進めていく。そう決意しております。世界の変化のスピードは、これまでになく加速しています。デジタル化のうねりは、とどまるところを知りません。IoTであらゆる物がインターネットとつながり、全ての情報がビッグデータで集約される。人工知能は今や人間の能力を凌駕(りょうが)しようとしています。若者たちは、インターネットを使って世界中から情報を集め、世界に向かって自ら情報を発信する時代となった。こうした変化には、様々な懸念の声もあります。産業革命の時に、機械の打ちこわし運動が起こったように、時代の流れに抵抗しようとする勢力もいるでしょう。しかし、産業革命の歴史が示しているように、時代の大きな変化を止めることはできない。何事も、ただ守るだけでは、守り抜くことはできないのです。地方で、世の中が変化すれば、新しいチャンスも生まれます。重要なことは、このチャンスをしっかりとつかんでいくことです。ピンチの前に立ち尽くすのではなく、時代の変化をチャンスに変える、柔軟な発想力と果断な行動力が、今、求められていると思います。最大の課題は、少子高齢化です。しかしこのピンチも、チャンスに変えられる。日本は、今、人生100年時代を迎えようとしています。身体能力は10年で10歳若返ったというデータもあります。元気なお年寄りが多く、60歳以上の方に調査すると、8割の人が70歳以降も働きたいと希望しています。この希望をしっかりと叶えていくことで、日本はまだまだ成長できる。意欲ある、元気な高齢者の皆さんが、幾つになっても、学び直し、働くことができる、生涯現役の社会をつくり上げていきたいと考えています。既に未来投資会議でそのための検討をスタートしました。1年かけて、生涯現役の雇用制度改革を進めていきます。少子化も、視点を変えれば、一人一人の子供たちにもっと投資できる。これをチャンスと捉えて、消費税の使い道を見直し、2兆円規模の予算を子供たちや子育て世代に振り向けてまいります。来年10月から幼児教育の無償化、再来年4月からは真に必要な子供たちへの高等教育の無償化を実現します。従来の制度を前提とした弥縫(びほう)策に終始するのではなく、子供たちから、現役世代、そしてお年寄りまで、全ての世代が安心できる社会保障制度へと、大きく、正に大改革を完遂していく。これが、次の3年間の最大のチャレンジであると考えています。

 国際社会もダイナミックに変化を遂げています。6年前に、トランプ大統領の登場を、誰が予測したでしょうか。初の米朝首脳会談が行われることを、誰が予想したでしょうか。この、セオリーなき時代において、外交に求められることは、ぶれることのない確かな信念と、地球儀を俯瞰(ふかん)する大きな視座、そして、世界の変化や動きをチャンスに変える柔軟性であります。北朝鮮の拉致、核、ミサイルの問題を解決し、不幸な過去を清算して、国交正常化を目指す。この不動の方針の下、私も、トランプ大統領と同様、相互不信の殻を打ち破り、金正恩(キム・ジョンウン)委員長と直接向かい合っていく。そして、拉致問題の早期解決を成し遂げる。そう決意しております。今月、中国を公式訪問します。日中両国は、この地域の平和と繁栄に大きな責任を共有しています。首脳間の往来を積み重ねながら、あらゆる分野で両国民の交流を拡大することで、日中関係を新たな段階へと押し上げていきたいと考えています。そして、ロシアとの領土問題を解決し、70年来の懸案である平和条約を締結する。この問題をめぐっては、長年にわたって先人たちが様々なやりとりをしてきました。そうした歴史的な経緯の上に、しっかりと次の時代の日露関係を築き上げていく。来月以降のプーチン大統領との首脳会談は、大変重要になっていくと考えています。今こそ、戦後日本外交の総決算を行う。しっかりと未来を見据えながら、アジア・太平洋からインド洋へと至るこの広大な地域に、平和と繁栄の礎を築き上げていくための、次の3年間、正に総仕上げとも呼ぶべき積極的な外交を展開していきたいと考えています。

 繰り返しますが、未来は変えることができるんです。そう信じて、行動を起こすことができるかどうか。全ては、私たちの意志にかかっています。自民党が立党以来、憲法改正を目指してきたゆえんも、ここにあるのだと思います。未来は、誰かから与えられるものではない。自分たちの力で切り開いていくものです。その国民的な機運を、憲法改正論議を通じて、高めていきたいと考えています。先ほどの西粟倉村もそうではないでしょうか。平成の大合併の時、当時の村長は、合併しない道を決断した。そこから村独自のやり方で、自らの手で、自らの未来を切り開こうとしました。思い切って、若い人たちの力に賭ける。村外のよそ者も受け入れ、新しい視点を持ち込んでもらう。それまでの常識にとらわれることなく、新しい行動を次々と起こしていった。そのことによって、人口減少の流れを食い止め、増加させるという大きな成果につながったのだと思います。

 新聞離れなんていう話が、最近、言われています。様々な調査でも、若者が新聞を読まなくなった。そういう傾向が見られます。しかし私は、こうした未来も、変えることができると、そう信じています。西粟倉村ではありませんが、思い切って、若い人たちに委ねてみてはどうでしょうか。今日も、後ろで、若い総理番の皆さんがたくさんメモをとっていますが、若いうちは雑巾がけみたいな発想は捨てて、若い人たちの目線で新しいスタイルの新聞をつくってもらう。なかなか雰囲気は賛同しているという雰囲気ではありませんが。従来型の議論にとらわれることなく、マスコミ業界ではなく、外の世界のよそ者の視点をどんどん取り込むことも一案であります。皆さんの地方紙は、それぞれの地域において、ずば抜けてナンバーワンの情報媒体です。そのポテンシャルは極めて高い。どうか、未来を変えていただきたい。そして、それぞれの地方において、未来を切り開く核になっていただきたい。皆様のますますの御活躍を期待しております。

 本日は、御清聴ありがとうございました。