データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日中第三国市場協力フォーラム 安倍総理スピーチ

[場所] 
[年月日] 2018年10月26日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 尊敬する李克強(り・こくきょう)国務院総理、そして御列席の皆様、日中第三国市場協力フォーラムの開催に当たり御挨拶を申し上げます。

 日本と中国は、1,000年以上の長い間、お互いに影響を与え合ってきました。5世紀、日本に、初めての文字である漢字がもたらされました。6世紀に伝来した仏教は、日本人の考え方に大きな影響を与えています。そして8世紀に遣隋使(けんずいし)・遣唐使を通じて、中国の社会制度や、都市のつくり方を学びました。中国は、長きにわたり、日本のお手本でした。

 今も、日本の高校生は、日本の国語として、漢文、すなわち中国の古典を勉強しています。御来場の皆様にも、学生時代大変苦しい思いをした方がたくさんおられるのではないかと思います。でも、漢文の奥深さは日本語を豊かにしており、私自身、今でも漢文から学ぶことは多いと感じています。

 19世紀になると、日本人が西洋の技術を取り入れ、中国が作った漢字を使って、西洋の思想を翻訳しました。哲学、経済など、その時につくられた新しい単語は、中国に逆輸入され、今でも、中国語として使われています。

 1980年代、中国に、いち早く支援を始めたのが日本です。日本の政府と企業が投資を行い、中国の皆さんと共に近代化を進めてきました。現在の発展した中国を見ることができるのは、日本人としての誇りでもあります。

 そして今、発展した中国と日本が、ついに、共に世界に貢献する時代がやってきました。

 今日、その歴史の転換点となる現場に、李総理、そして皆様と共に参加できることを、大変うれしく感じています。

 日中協力の主役は企業です。本日、この人民大会堂には、日中の企業幹部など1,000人を超える皆様が集まっています。正に歴史に残る盛大な会と言えるでしょう。今回、ここにお集まりいただいた日中両国企業や関係機関の間で、50件を超える協力文書が締結されました。インフラや物流、さらにヘルスケア、金融など、新たな可能性が期待される分野ばかりであります。今日が、正に新しい日中関係の幕開けとなります。

 私たちがいるアジアは、世界の成長の中心です。アジアでは、2030年までに毎年1.7兆ドルのインフラ需要が生まれるとされています。これに対して、実際の投資は、9,000億ドルにすぎません。しかも、多種多様なアジアは、ビジネス環境も多種多様です。現地の慣行や国際的ルールを身に付け、現地の消費者が求める品質とコストに対応し、現地の働き手と共に無理なくプロジェクトを進める。企業は、どの場面でも、様々な課題に直面します。こうした膨大な需要に、そして多様な課題に、一国の企業だけで挑むことは、簡単なことではありません。

 ここにお集まりの企業の皆様は、それぞれ、優れた能力をお持ちです。両国の企業が競争するだけではなく、その力を組み合わせて協調することで、需要と課題の両方に応える可能性を高めていくことができます。例えば、電力インフラの分野です。多くの国が大規模な投資を必要としており、日中の企業が激しく競い合ってきました。しかし、最近は、両国企業が、技術力、価格競争力、ネットワークなど、それぞれの強みを持ち寄って、協力してプロジェクトを進める例も現れています。先ほどその成功例をパネルで企業の皆様から説明していただきました。今後、質の高い電力インフラの整備が進むことで、現地の発展に大きく貢献していくことでしょう。

 このような協力を進めるには、共通の考え方、すなわち土台が必要であることも忘れてはならないと思います。インフラ投資において、開放性、透明性、経済性、対象国の財政健全性といった国際スタンダードに沿ってプロジェクトをつくることが重要であります。

 例えば、タイはEEC(東部経済回廊)という地域開発プロジェクトを進めています。本日、日中とタイの企業が、EECにおけるスマートシティを開発するプロジェクトを始動しました。ここでは、誰もが使える共通インフラを構築し、国際企業に広く入居を呼びかける計画です。これは、開放性と透明性を確保しています。

 1999年、カザフスタンで、製油所近代化プロジェクトがスタートしました。当初は、日本の資金で日本企業が手掛けており、2006年の引渡しから現在まで、12年もの間、順調に稼動している質の高いインフラとなりました。2009年からの第2期は、中国政府がサポートし、リーマンショック後の苦しい時期にリスクマネーを供給し、カザフスタンを助けました。そして、2011年に始まった第3期では、日中両国が手を組み、最強のチームで挑みました。両国の政府系金融機関と民間金融機関もファイナンス面で支援をし、インフラの経済性と財政健全性を確保した成功例となりました。

 このカザフスタンの成功は、今後、世界に羽ばたきます。日本企業はこの体験を基に、世界の日中の企業が、この体験を基に、世界の持続的な発展に貢献していくことでしょう。

 このような国際スタンダードに沿ったプロジェクトは、費用対効果が高く、また、持続可能性も高い事業になります。このような良い評判が得られることで、その国で、あるいは別の国で、更なる協力や投資の機会が得られることになります。また、アジア開発銀行などの国際金融機関や、民間の投資家も、協力しやすくなります。これは、日本や中国の企業にとっても、また協力を受ける第三国にとっても、望ましいことであります。

 日中企業が、国際スタンダードにのっとり、ビジネスとして持続可能なプロジェクトを進め、各国のお手本となることは可能です。日本と中国で、その手助けをできればと考えています。中国政府も、質の高いインフラ、開放性や透明性といった国際スタンダードについて発言されていると聞いており、大変心強く思っています。

 最初に、中国発祥の漢字を使って、日本で発明された言葉が、その後、中国で使われている例をお話ししました。実はこうした言葉は、日本と中国だけで使われているわけではありません。例えばベトナムで、こういった単語が使われています。それはつまり、19世紀から日中第三国協力は行われていたということではないでしょうか。

 この動きは、政府が強制したものではなく、当時の国際スタンダードだった漢字と西洋文化が融合する形で、自然に起きたものです。

 本日のフォーラムは、出発点です。日中が協力して国際スタンダードに合致し、第三国の利益にもなるウィン・ウィン・ウィンのプロジェクトを形成していこうではありませんか。日本政府としても、中国政府と共に力強く後押ししていく所存です。

 本日お集まりの日中企業の皆様が、フォーラムでの議論を通じて、更なるビジネスの創出につなげていただくことを期待してやみません。そして世界の経済発展で、日中が共に大きな貢献をしていく。そうした成功例を次々とつくっていくことを期待いたしまして、私のスピーチとさせていただきたいと思います。ありがとうございました。