[文書名] 第25回 国際交流会議「アジアの未来」晩さん会安倍総理スピーチ
マハティール首相、フン・セン首相、ハシナ首相、トンルン首相、皆々様始め、各国指導者の方々、また日本国内外、各界からおいでの皆様にこうしてお話できますことを、大変うれしく、また栄誉に存じます。
本年3月24日、大都市ジャカルタの地下鉄が開通しました。世界最大級の都市ジャカルタにとって、新しい交通網は長年の課題でしたが、遂にそれが開通に至りました。我が国も貢献できたことを、うれしく思います。
アジアと世界をつなぐ良質なインフラ。連結性の重要性は、ますます高まっています。アジアに巨大な経済圏をつくる取組を共に手を携えて、更に進めてまいりましょう。
さて、1か月後に、私はG20(金融世界経済に関する首脳会合)をホストいたします。当夜はまず、G20のアジェンダについて申し上げようと思います。来月、6月末の金曜日と土曜日に、大阪で開くG20サミットにおいて、私どもは、主として次の3点について深く議論をし、今後の進み方に新たな道筋を付けた上で、それに沿って行動を起こしたいと思っています。
いずれも、すぐ後に申しますように、私たちアジア人にとっては、ことのほか重要な論点ばかりであります。
その第1は、目下最も大切な課題といってよい、世界貿易の自由で公正な秩序を守り、いよいよ強くしていこうということです。とりわけ当夜の文脈に引き付けて申しますなら、私たち自身の責務として、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)を、力を合わせてつくりましょう。そのための話し合いなら、我々はもう随分と続けてきました。ここから一気呵成(いっきかせい)に、ゴールまで駆け抜けようではありませんか。もちろんつくるからには、新時代にふさわしい、野心的で、質の高いものに仕上げましょう。
続いて第2の点は、デジタル経済についてです。経済のデジタル化は、これまでにない創造的なビジネスモデルを可能としましたが、同時に、私たちは、多国籍企業による二重非課税など、新しい課題にも直面しています。こうした一つ一つの課題に、国際的な協調の下、しっかりと解決策を見いだしていくことが求められます。とりわけ、膨大なデータが、国境を越えて、瞬時に世界を駆け巡る時代がやってきました。思いますに、これからの経済・社会を前進させるためデータの果たす意義たるや、内燃機関の爆発的普及と共に始まった前世紀において石油が果たした役割に、まさるとも劣りません。データとは、本来物理的障害を易々と超えるもの、ネットワークに乗って、その効果と便益を、自乗、自乗で増やすものであります。逆に言えば、どこかに一つ、閉じた部屋みたいなものができてしまうと、それだけで、計り知れない損失が全員に及びます。
ここで私たちは、DFFT、すなわちData Free Flow with Trustの体制を築きたいと主張しています。信頼に足るルールの下で、データについては、自由な流通を許そうという考えです。アジアの国々の、全ての人々に、デジタル経済の恩恵が行き渡るように、もちろん、世界中どんな人も裨益(ひえき)するように、ルールをつくらなければなりません。
そのためのプロセスを、私どもは、大阪トラックと呼んだ上、G20サミットで始めたいと考えています。人類史を画す一大変化に、皆様と共に乗り出したいと思っています。それが、第2の点です。
第1と第2の点は、申すまでもなく、WTO(世界貿易機関)改革と表裏一体です。WTOが生まれて4半世紀となります。その間、今申し上げたデジタル化を始め、世界経済はとてつもないスピードで変化してきました。しかしWTOは、これに追いついていない。弊害は、日を追って明らかです。自由で公正な貿易体制の守り手として、WTOを今一度意義深いものとするため、我々は何をすればよいのでしょうか。
この際、大阪トラックによって、WTOに、新しい風を吹き入れようではありませんか。一石二鳥というべきこの提案に、皆様には、是非賛同を頂きたく思います。
世界経済を長らく先導してきた、地上で最も偉大なサプライチェーンは、他のどこでもない、ASEAN(東南アジア諸国連合)地域にあります。躍動感あるASEAN経済は、人やモノが自由に往来できる環境を先取りし、今日の繁栄をその手につかみました。自由こそASEANのダイナミズムそのものです。ASEANの中心性に力を借りながら、大阪トラックを進めていきたい。それは私の野心であります。この際、ASEAN各国指導者の皆様の野心ともしていただけますと、大変心強いことでありまして。どうか、皆様の御協力を頂きたい。皆様、いかがでしょうか。ここで拍手をしていただければ、大変うれしい次第であります。皆様の賛同を得られたというふうに、私は確信しておりますが。
第3が、地球環境問題に対処する際の、イノベーションの重要性です。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の1.5度報告が促す方向は、ただ規制のみによって実現すべきものでなく、また、到底できるものではありません。ネガティブな何かを、ポジティブなものへ反転させる非連続的なイノベーション。そこにこそ、実現の鍵があります。
例えば二酸化炭素であります。当然ながら、昨今はすっかり悪役扱いです。でも、二酸化炭素が、最も安価に、かつ最も豊富に利用できる資源となったら、どんなにすばらしいでしょうか。人工光合成のような革新的技術は、そんな夢を現実に変えてくれるに違いありません。
G20の場で、イノベーションの重要性を、今一度確かめようと考えています。そして10月には、世界中から、トップクラスの研究者、それに産業界、金融界を代表する方々が一堂に会する、グリーン・イノベーション・サミットを、我が国で開きます。世界の叡智(えいち)を結集して、夢の未来社会を一気にたぐり寄せたいと考えています。
去る3月6日、私は、G20各国科学アカデミーがつくるサイエンス20の皆様から、提言を受け取りました。海洋生態系への脅威を減らし、海洋環境を守るため、6項目からなる提言は、おしまいの2項を使ってこう訴えています。
すなわち、世界中の科学者がアクセスできるデータのストレージと、マネジメントのシステムをつくること。そして、海洋で何が起きているか理解を深めるため、広範な国際協力の下、調査・研究活動を進め、得られる情報を共有することが重要だというのです。
まさしくこのためにも、DFFTの仕組みをつくりあげ、データを世界中の科学者にとって公共財にしなければなりません。九州大学の磯辺篤彦(いそべ あつひこ)教授は、海洋におけるマイクロプラスチック浮遊量が先行きどうなるか、世界で初めて予測した方です。私ども日本政府は、学者たちのこうした献身的努力を支え、その知見を広める上で、必要な助力を惜しみません。
新しい課題に対応するため基盤となる、世界的な拠点が必要です。本年、日本は、ERIA(東アジア・ASEAN経済研究センター)に、海洋プラスチックごみナレッジセンターを創設します。ASEANの皆さんと共に、私たちの共有財産である美しい海を守っていく。そう決意しています。
インド太平洋の拡大アジアに生きる私たちは皆、海という大自然に育まれ、自由で開かれた、法の支配の幸ふ(さきわう)海洋秩序を当然の前提としながら、今日の繁栄を手にしました。海洋に花開いた自由な貿易体制から、最大限の便益を享受してきました。だからこそ、海の生態系を守り、環境を保全する努力において、インド太平洋の私たちは今、手を取り合いましょう。私たちを今日まで育てた海の秩序を、自由で、開かれた、法の支配が貫くその秩序を、共に守り、自由貿易を擁護して、どこまでも強くしてまいりましょう。
A Happy New Era。そう言って、お互いにお祝いをする。去る5月1日が明けると、そんな光景が日本中に現れました。まるでお正月、元旦のような情景が、あちこちで見られました。たくさんの人に、もちろん私の元にも、海外の友人からメッセージが届きました。202年ぶりとなった、上皇陛下の御退位と、今上陛下の御即位を慶賀し、新しい世が到来したことを一緒に祝ってくださるものばかりであります。それは私どもを、穏やかな、そして充実感のみなぎる、幸福感に包んでくれたのであります。
海外の方には、思いもしなかったことを言ってくれた人もあります。令和の令は、響きがいいですね、と言うのです。a ray of hopeとか、a ray of sunshineとか、差し込む一条の光線、というあのrayと、発音が同じじゃないか、と、そういう指摘がありました。なるほどそうだったか、と、私は気付かされ、それならなお良かったと思いました。昨今とみに明るさを増した日本人の心のありようを、指摘してくれたかに感じたからです。
福島第一原発の地元、福島県大熊町に行った日のことを思い出します。先月4月10日、それまで大熊町全域で続いていた住民に対する避難指示が、一部ですが解除となり、その4日後の4月14日、新設となった町役場が開庁式を開きました。私は式典に参加し、そこで一人の若い女性に出会いました。佐藤亜紀さん。事故から3年ほど経ち被災地の様子を伝える報道が減る中、自分の目で確かめ、できることがあるならやりたいと、東京からやってきた方です。ほどなく地元の男性と結婚し、御自身、大熊町の町民になりました。見てください、私の背中、と、佐藤さんは私を促しました。彼女が身に付けていたのは、真っ赤なジャンパー。その背中に目をやると、そこには白抜きの、墨痕鮮やかな平仮名でこう書かれていました。振り向く暇があったら、前に進め。もう一度言います。振り向く暇があったら、前に進め。皆様、そんな言葉を掛け合っては、この間の日本を数多く襲った災害に被災を受けた人々は、今も前進を続けています。
前途に、光を見て歩む。面を上げて、希望の日の光が差す方へと駆けていく。思えばそれが戦後日本の、高度経済成長を支えた人々のway of lifeでした。1960年代初頭の日本を御覧になったマハティール首相には、よく記憶に残っておられるのではないかと思います。1980年代ともなると、それはASEAN地域へと広がり、今では拡大アジアの、つまりはインド太平洋一円の、way of lifeになっています。
御参集の皆様、日本ではもうじき、9月になるとラグビーのワールドカップです。1年先には、オリンピック、パラリンピック。そして6年経つと、EXPO2025大阪・関西です。未来に明るい節目、節目が、あたかもray of hopeのように存在し、それが日本のカレンダーに特筆大書され、刻まれています。
時代が令和へと変わった今、日本人は、なかんずく日本の若者たちは、未来に光を見て、再び面を上げ、歩みを始めました。日本自身の、そして拡大アジアの、明るいway of lifeをその手につかみながら。このことを私は、ささやかな誇りをもって皆様に申し上げます。敬愛する、アジア各国指導者の皆様にも、どうか御祝福を頂きたい。自分が自分であることに伸びやかな自信をもつ日本は、アジアの未来をつくる一員たるにふさわしい日本であると、私は、信じて疑いません。
先ほど、岡田社長から先般のトランプ大統領の訪日について、何か裏話があれば、というお話がございましたが、このマスコミの皆さん、こんなにおられる中では申し上げるわけにはいきませんが、後で皆様に少しずつお話をさせていただきたいと思います。
今、私たちの新しい時代を迎えた私たちのアジアへの思いを、その一端を紹介させていただきました。これからも皆様と共に前に前に向かって歩みを進めていきたいと思います。御清聴、ありがとうございました。