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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第53回自衛隊高級幹部会同 安倍内閣総理大臣訓示

[場所] 
[年月日] 2019年9月17日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 我が国防衛を担う幹部諸官一同と会するに当たり、自衛隊の最高指揮官たる内閣総理大臣として、一言申し上げたいと思います。

 自衛隊が創設され、今年で65年となります。これまで自衛隊は、様々な困難の中でも国民のための自衛隊たらんと歯を食いしばり、懸命な努力を地道に続けてきた。そして、陸で、海で、空で、平和な日本を守り抜いています。その活躍の舞台は世界に広がり、国民と国際社会の期待に応えて、40を超える国々で6万人の隊員たちが汗を流してきています。灼熱(しゃくねつ)のアデン湾では、4,000隻を超える船を海賊から護衛しています。相次ぐ大規模災害の現場にあっては、危険を顧みず、現場に真っ先に飛び込む。台風15号、九州地方の豪雨、豚コレラ、その現場にはいつも自衛隊の姿があります。

 65年の自衛隊の歩みを振り返るとき、社会から厳しい目を向けられたこともありました。しかし今や国民の9割から信頼を勝ち得ています。我が国において、信頼できる組織として真っ先に自衛隊の名が挙がるようになりました。国民から厚い信任と期待を寄せられる自衛隊を、私は本当に誇りに思います。

 新しい時代を迎えた今、自衛隊は創設以来の大きな変化に直面していると言っても過言ではありません。新たに登場した宇宙、サイバー、電磁波といった領域は、防衛力発揮に当たって、目や耳、全身をつなぐ神経回路とも言うべきものです。優位性を確保できるかどうかは、我が国の防衛力に直結します。現在のレーダーシステムでは追尾が困難と言われる、極超音速滑空兵器。人が介在しない無人兵器。これまでの安全保障の構図を一変させるかもしれない先端技術の開発に、各国がしのぎを削っています。こうした現実から目をそらすことなく、あらゆる事態に備え、国民の生命・財産を守り抜く。それが、諸官の使命であります。

 そのためには、変わらなければならない。今までの常識は通用しません。新たな防衛大綱は、こうした安全保障環境の変化の中にあって、従来の延長線上にない防衛力のあるべき姿を示したものです。できる限り早期に実行に移し、万全の体制を築いていく必要があります。

 来年、航空自衛隊に「宇宙作戦隊」を創設します。いわば、航空宇宙自衛隊への進化も、もはや夢物語ではありません。サイバー、電磁波、それぞれの分野においても、組織を抜本的に強化・拡充します。その要となるのは、人です。幹部諸官におかれては、あらゆる資源を投入して、新領域を担う人材の育成・確保に全力を挙げてください。これまでの縦割りの発想からも、完全に脱却しなければなりません。従来の領域である陸、海、空と、宇宙、サイバー、電磁波の双方を融合させ、領域横断的な自衛隊の運用を進めます。防衛省、自衛隊が狭い意味で防衛だけを見ていればよい時代は終わりました。平素において、一国の持つ技術力は、有事における対処力を根本から左右します。10年、20年先を見据えながら、我が国の安全を確保するため、いかなる技術や産業基盤を守り育てるのか。こうした視点が不可欠です。

 大綱に示した様々な改革を進めていくためにも、時代の変化を先取りする気概で、率先して人工知能、省力化、無人化技術を大いに取り入れ、効率化を図ってください。そうすることで、防衛のあるべき姿を実現する。大胆でイノベーティブな仕事に諸官の力を一層傾けてほしい。平時における隊員たちの超過勤務の上限規制についても、できるだけ速やかに導入しなければなりません。

 私はこの場で、男性中心の働き方文化を変える必要がある、働き方改革は、組織が変化に対応する試金石だ、このように述べてきました。昨年冬、ついに潜水艦への女性自衛官の配置制限が撤廃され、全ての職場で、女性が働けるようになりました。数多くの職域で、女性が活躍していることを歓迎したいと思います。

 新たな大綱は、策定しただけではただの紙に過ぎません。実行し、実現させてこそ意味がある。魂を入れるのは、正に諸官です。大綱に示された内容を、現場の隊員たちにまで浸透させていくことは、言うは易し、実行は容易なことではありません。しかし、足踏みをしている時間は1秒たりともありません。諸官の力強いリーダーシップの下、スピード感をもって人員、体制、装備、作戦、部隊運用、あらゆるものを聖域なく見直し、改革を進めてください。

 かつて、嘉納(かのう)治五郎は、こう語っていました。伝統とは、形を継承することではなく、「精神を継承することを言う」。自衛隊は、変革の時を迎えています。昨日までの平和は、明日の平和を保証するものではありません。いかなる事態にあっても、国民の命と平和な暮らしを守る。そのためには、現状に甘んじることなく、従来までのやり方に捕らわれず、大胆に変わっていかなければならない。どうか強い使命感と責任感の下に、持てる力を尽くし、令和の時代を切り拓(ひら)いてほしい。諸官に大いに期待しています。

 私と日本国民は、常に諸官を始め、全国25万人の自衛隊と共にあります。その自信と誇りを胸に、日本と世界の平和と安定のため、ますます精励されることを望み、私の訓示といたします。

令和元年9月17日

自衛隊最高指揮官

内閣総理大臣 安倍晋三