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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第26回国際交流会議「アジアの未来」菅総理スピーチ

[場所] 
[年月日] 2021年5月20日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文] 

 各国の首脳・閣僚の皆様、国内外の各界のリーダーの皆様、初めに、各国において、今回の新型コロナ感染症でお亡くなりになられた方々の御冥福を、心よりお祈り申し上げます。そして、保健、医療などの最前線で感染症との闘いに日々立ち向かわれている全ての方々に、深い敬意を表します。

 皆様と共に、この危機を乗り越え、希望ある未来を切り拓(ひら)いていきたい。そうした思いで本日は、我が国が目指すポストコロナ時代に向けたビジョンについて、お話ししたいと思います。

 新型コロナの世界的な感染拡大から1年以上が経過し、今や、世界で1億6,000万人、アジア太平洋地域でも3,000万人の感染が確認されています。各国とも総力を挙げて対策に取り組んでいますが、南西アジアでは、累積感染者数の約4割がここ1か月のうちに発生するなど、一進一退の状況が続いております。

 私は、この極めて重要な局面を乗り越えていくための決め手となるのは、ワクチンであると考えています。このため、我が国は、人間の安全保障の理念に立脚し、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの達成を念頭に、途上国を含め、世界全体における、安全で効果的なワクチンへの公平なアクセスの確保に、全力で取り組んでまいります。

 その取組の一環として、来月には、私自身、Gavi(Gaviワクチンアライアンス)のバローゾ理事会議長と共に、「COVAX(コバックス)・ワクチン・サミット」を主催し、各国の力強いコミットメントを呼び掛けたいと思います。我が国も共同提案国として立ち上げた国際的な枠組み、「ACT・アクセラレータ」を更に前進させるとともに、ワクチンを一人一人に届けるために不可欠なコールドチェーンの整備を支援しております。また、新型コロナの克服には、地域の保健・医療体制の強化などにスピード感を持って、取り組むことも不可欠です。先般、インドにおける感染急拡大を踏まえ、人工呼吸器と酸素濃縮器の供与を迅速に決定したのに加え、最大5,000万ドルの無償支援を決定したのも、その一環です。将来、地域の感染症対応の中核となる、ASEAN(東南アジア諸国連合)感染症対策センターについても、引き続き、全面的に支援してまいります。

 こうして、感染症との闘いに全力を尽くすと同時に、私は、アジアが世界の成長センターとして再び輝く希望にあふれる未来を、皆様と共に描きたいと考えています。ポストコロナ時代においても、アジアの潜在力は、紛れもなく不変です。感染症の影響で世界経済が一旦は停滞し、IMF(国際通貨基金)によれば、アジア地域の経済成長率は、昨年、マイナス1.5パーセントまで落ち込みましたが、今年はプラス7.6パーセントと予測されています。アジアが世界経済の活力を取り込み、地域、そして世界の経済をより良い回復に導いていくためには、新たな成長の原動力を生み出していく必要があります。

 我が国は、イノベーションや変革を通じ、新たな成長の原動力を率先してつくり上げ、アジアの成長を支え、皆様と共に世界の成長をけん引していく決意です。私は、その鍵となるのは、グリーンとデジタルであると考えています。

 集中豪雨、森林火災など、近年、アジア太平洋諸国を始め、世界各地で発生する異常気象は、気候変動が大きな原因と言われております。気候変動問題に取り組み、脱炭素化を進めることは、人類全体で解決を目指すべき、待ったなしの課題です。そして、この気候変動への対応は、経済の制約ではなく、むしろ経済を長きにわたり、力強く成長させる原動力にもなる。こうした思いで、私は、2050年カーボンニュートラルを宣言しました。そして、我が国は、この長期目標と整合的で野心的な目標として、2030年度において、温室効果ガスの2013年度から46パーセント削減を目指し、さらに、50パーセントの高みに向け、挑戦を続けていく決意です。こうした目標の達成のため、新たに創設した2兆円の基金や税制措置、規制改革、標準化、国際連携などあらゆる施策を総動員します。民間企業の大胆な投資とイノベーションを促し、産業構造の転換と力強い成長を生み出していきます。

 同時に、共同研究、国際標準づくり、インフラ協力などを通じ、世界の脱炭素化に貢献していきます。ASEANを始め、インド太平洋諸国との間では、多様で現実的な、脱炭素社会への移行を加速化させるための協力を、積極的に進めてまいります。例えば、優れた脱炭素技術や製品などの普及を通じ、温室効果ガスの排出削減や吸収に貢献する二国間クレジット制度を、東南アジア地域などの多くの国と実施しております。また、気候変動の影響が大きい太平洋地域においては、太平洋気候変動センターをサモアに設置し、日本人専門家による各国の人材育成を行っております。これらを通じ、我が国は、自らの主体的な取組と、各国との連携を積極的に進め、国際社会の持続可能な成長を主導してまいります。

 もう一つの成長の原動力が、デジタルです。アジアが世界の成長をけん引する未来を描くためには、デジタル技術と空間の活用が不可欠です。我が国としては、改革を一気に加速し、最先端のデジタル国家を目指します。その司令塔となるデジタル庁の設置や税制支援を通じて、官民双方でのデジタル化を進めてまいります。あわせて、ポスト5G、6Gに向けた研究開発に取り組み、通信規格の国際ルールづくりも主導していく考えです。インド太平洋における自由で開かれたデジタル空間を更に発展させるべく、法制度やインフラの整備、人材育成などに取り組んでおります。その一例として、国際物流が増大するベトナムにおいて、通関業務の効率化のためのITシステム構築を、ハード、ソフト両面で支援しました。ネパールにおいては、我が国が得意とする防災分野で、洪水ハザードマップ作成に必要な高精度のデジタル画像を整備する支援を実施しております。

 同時に、デジタル空間の可能性を最大限活用する上で、サイバーセキュリティも極めて重要です。我が国は、日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センターをバンコクに設置し、ASEAN政府機関や重要インフラ事業者などに対する能力構築を行っております。アジア地域、そして世界中の誰もがデジタル化の恩恵を享受できる社会を目指し、各国と連携しながら、取り組んでまいります。

 希望のある未来に向け、各国がより良い回復を遂げるためには、成長の原動力に加え、自由で公正な経済秩序が不可欠です。

 世界で、新型コロナの感染拡大により、保護主義的な動きが見られる中にあっても、我が国は一貫して自由貿易の旗振り役を務めてまいりました。この方針は、いささかも揺らぎません。

 これまでに、インド太平洋諸国との間で構築してきた経済連携ネットワークを基盤とし、自由で公正な経済圏の拡大、ルールに基づく多角的自由貿易体制の更なる強化に、引き続きコミットしてまいります。本年のTPP(環太平洋パートナーシップ)委員会の議長国として、市場アクセス及びルールの面で高いレベルのTPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)の着実な実施と拡大に向け、議論を主導してまいります。

 RCEP(東アジア地域包括的経済連携)協定は、地域に、自由で公正なルールに基づく秩序を形成する大きな一歩です。協定の早期発効と発効後の着実な履行の確保に向けて、リーダーシップを発揮してまいります。

 さらに、WTO(世界貿易機関)改革にも引き続き、積極的に取り組んでいきます。デジタル時代における、信頼性のある自由なデータ流通を実現するためのルールづくりを、加速させてまいります。

 そして、こうした様々な取組を通じ、地域全体、ひいては世界全体の繁栄を確保していくためにも、法の支配に基づく自由で開かれた秩序を実現していくことが、何よりも重要です。

 この我が国の考え方は、米国、豪州、インド、ASEAN、欧州といった国々を始めとして、国際社会において幅広い支持を得るようになりました。本年3月に初めて開催された日米豪印の首脳会議や、先月のバイデン大統領との会談でも、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて結束を固め、戦略的に取り組んでいくことを確認しました。

 ASEANが策定したインド太平洋に関するアウトルックについても、法の支配、開放性、自由、透明性、包摂性を行動原理としており、「自由で開かれたインド太平洋」構想と多くの本質的な原則を共有しております。我が国はアウトルックを全面的に支持しており、今後も、その実現を強く後押ししてまいります。

 しかしながら、現実には、このアウトルックにも謳(うた)われている法の支配や開放性とは逆行する動きが見受けられます。海洋国家であり、インド太平洋国家である我が国は、一貫して、海における法の支配の貫徹を支持してきました。南シナ海などにおける一方的な現状変更の試みに、強く反対します。全ての当事者が、法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序の維持、強化に向け、努力すべきであることを、改めて強調いたします。

 我が国にとって、戦略的なパートナーであり、かけがえのない友人であるASEANとは、2年後の2023年に友好協力50周年を迎えます。共有する基本原則を背景に、これまで様々なレベル、分野で絆(きずな)を深めてきました。日本のASEANに対する直接投資残高は、この20年近くで7倍以上になり、進出日本企業の数は、この10年で倍増しました。連結性強化、人づくり、貿易投資のルールづくりなどを通じ、お互いの成長を支え合ってきたのが、日本とASEANです。50周年に際しては、ASEAN各国の首脳の皆様を日本にお迎えし、地域の未来を、共に描きたいと思います。

 本年、東日本大震災から10年を迎えました。この場をお借りして、インド太平洋諸国を始め、世界中の国・地域から頂いた多大なる御支援に、改めて感謝を申し上げます。

 世界の団結の象徴として、また、東日本大震災からの復興を世界に発信する復興オリンピック・パラリンピックとして、本年夏、安全・安心な東京大会の開催に向けて、万全な感染対策を講じ、準備を進めております。

 本日は、ポストコロナ時代に向けた、私のビジョンについてお話しさせていただきました。

 感染を収束させ、社会・経済を回復させるための道のりは、決して平坦ではありませんが、我が国は、立ちはだかる多くの困難を一つ一つ乗り越え、自らが、強い経済をつくり上げ、改革、イノベーション志向の国であり続けることで、世界の成長センターであるアジアの力強い回復をけん引していく決意です。そして、皆様と手を携え、希望に満ちた「アジアの未来」をつくり上げていきたいと思います。

 御清聴、ありがとうございました。