データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「東京会議2022」に当たっての岸田内閣総理大臣ビデオメッセージ

[場所] 
[年月日] 2022年3月14日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文] 

 御出席の皆様、第1回会議以来度々出席させていただきました「東京会議」に、本日このような形で再び参加し、世界を代表するシンクタンクの皆様を前にお話する機会を頂きましたことに感謝します。

 世界は、今、歴史的分岐点に立っています。

 国際社会が、長きにわたる懸命な努力と多くの犠牲の上に築き上げてきた国際秩序の根幹が、ロシアのウクライナ侵略により、脅かされています。この力による一方的な現状変更の試みは、欧州のみならず、アジアを含む国際社会の秩序を根底から揺るがす暴挙です。

 国際社会が、結束し、毅然(きぜん)と行動することにより、この危機を乗り越え、国際秩序の根幹を守り抜くことができるのか。これが今問われています。

 本日のテーマである民主主義と多国間主義の命運も、我々が、ロシアによるウクライナ侵略にどう対応するか、これに懸かっていると言っても過言ではありません。

 自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値を共有する国々の集まりであるG7は、この危機に強く結束して毅然と対応しています。私も2月24日のG7首脳テレビ会議に出席し、G7外相会合もこの2週間で4回開催されました。G7は、緊密な連携の下で、国際社会を主導しています。

 国連総会では、ロシアのクリミア「併合」時をはるかに上回る141票の圧倒的多数によりロシア非難決議が採択されました。ロシアへの制裁も、ロシア中央銀行の資産凍結やSWIFT(国際銀行間通信協会)からのロシア銀行の排除など前例のない強いものとなっています。国際的な制裁への参加に慎重なスイスも、東南アジアからはシンガポールも制裁に参加しています。

 ロシアによるウクライナ侵略に対する強い危機感の下、各国のウクライナ支援も、これまでにほぼ類例を見ないほど強いものとなっています。

 EU(欧州連合)は、加盟国によるウクライナへの武器供与に対し、財政支援を行うという措置を採りました。EU域外国に対するこうした軍事支援は初めてのことです。ドイツも、ウクライナに地対空ミサイルや対戦車砲を供与することを決定しました。

 日本も、G7を始めとする国際社会と緊密に連携し、ロシアに対する厳しい制裁措置を採っています。プーチン大統領を含むロシアの政府指導者、財閥オリガルヒに対する資産凍結等、ロシア中央銀行の資産凍結やSWIFTによるロシア銀行排除への参加、半導体などの輸出管理といった措置を採り、欧米諸国と足並みをそろえました。

 さらに、ウクライナへの支援についても、ウクライナ国内及び周辺国において困難に直面するウクライナの人々に対する1億ドルの緊急人道支援に加え、各国による前例のない支援も踏まえ、日本として、防弾チョッキ、ヘルメットなどの自衛隊の装備品を提供することとし、自衛隊機によりポーランドに輸送しました。ウクライナから第三国に避難された方々の、日本への受入れも開始しました。

 ロシアによるウクライナ侵略は、このように既に国際社会の様相を大きく変貌させつつあります。ポスト冷戦期の次の時代が始まりつつあるのかもしれません。ロシアによるウクライナ侵略に国際社会が毅然と対応し、国際秩序の根幹を守り抜けるのかが、ポスト冷戦期の次の時代を占う試金石です。

 国際社会からの強い圧力、ウクライナへの各国の多大なる支援と連帯、そしてウクライナ側の勇敢で、懸命な防戦にも関わらず、ロシアは、ウクライナ各地でじわじわと勢力を拡大しています。ロシア軍は住宅、学校、病院などを攻撃し、多数の民間人が犠牲になっています。G7を始めとする国際社会は、この厳しい状況に結束して対応していかなければなりません。

 今回のような力による一方的な現状変更を、インド太平洋地域、とりわけ東アジアにおいても許してはなりません。この点は、今後の日本の外交・安全保障の観点からも極めて重要です。

 米中競争の最前線にある東アジアでは、中国による東シナ海・南シナ海における一方的な現状変更の試み、軍事バランスの差が拡大し続ける両岸関係、北朝鮮による度重なるミサイル発射など、安全保障環境は急速に厳しさを増しています。

 今回のような力による一方的な現状変更を東アジア地域で許さないためには、どうすればよいのか。我が国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増していること、そして、力を背景にこの地域の現状変更を企図する様々な動向を直視し、国民の生命と財産を守るためにはどうすればよいのか。

 ロシアによるウクライナ侵略も踏まえながら、あくまで現実的に検討した上で、国家安全保障戦略等を改定し、日本自身の防衛力を抜本的に強化しなければなりません。

 また、日本の外交・安全保障の基軸であり、インド太平洋地域の平和と繁栄の礎でもある日米同盟の抑止力・対処力を一層強化する必要があります。

 そして、こうした深刻な危機の最中にある今こそ、我々は、「民主主義」を始めとする普遍的価値、多国間主義という、先人たちが長年の努力によって培ってきた人類の叡智(えいち)を守り、強化していくべきです。本日は、時間の関係から詳しく申し上げませんが、私の進める「新しい資本主義」は、健全な民主主義の基盤となる中間層をどう守っていくかという問題に正面から向き合う取組であることは申し上げたいと思います。

 5年前、私が「東京会議」で講演させていただいた際にも、不透明な時代の中で、外交政策における羅針盤が必要であり、それは、自由、民主主義を始めとした基本的な価値観であると申し上げました。国際秩序が根幹から崩されるかもしれない、その瀬戸際にある今、私はその確信を更に強めています。

 日本は、自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値をより一層重視し、こうした普遍的価値を共有するパートナーとの結束を強めてまいります。

 普遍的価値に基づく多国間主義を重視し、力による一方的な現状変更の試みに対抗する国際社会の取組を主導してまいります。

 特に、インド太平洋地域においては、米国を始め、豪州、インド、ASEAN(東南アジア諸国連合)、欧州などの同盟国・同志国・パートナーと連携を深め、今後数ヶ月のうちに、私がここ東京で首脳会合を主催する日米豪印なども活用しながら、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて戦略的に取り組んでまいります。

 今の我々の選択と行動が、今後の国際秩序の趨勢(すうせい)を決定づけます。そうした大きな時代の転換点を迎える今、我々は一致して、力による一方的な現状変更に毅然と対抗しなければなりません。

 最後に、日本政府及び日本国民を代表し、国難に直面する中でも、主権と領土、そして祖国と家族を守ろうと、懸命に行動するウクライナの国民の方々への強い連帯を改めて表明し、私の御挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。