[文書名] 海上保安大学校卒業式 内閣総理大臣祝辞
本日、創立70年の伝統ある海上保安大学校の本科卒業式及び特修科修了式に当たり、内閣総理大臣として祝辞を述べる機会を得たことを、とても嬉(うれ)しく思います。
卒業生・修了生諸君、卒業、おめでとう。
今、正に、幹部海上保安官として旅立つ諸君に対し、激励の言葉を申し上げます。
我が国は、四方を海に囲まれ、海から恵みを受け、海と共に歩んできました。その一方で、海難事故などによって多くの人命も失われています。
終戦間もない時期、日本の海では、灯台は破壊され、大量の機雷が漂い、密航や密輸も横行していました。
そのような中で、海上の安全と治安の確保を任務とする海上保安庁が創設され、以来、今日まで、海上保安庁は、日本の海の安全を守り続けています。
20年前に発生した九州南西海域工作船事件は、多くの国民に衝撃を与えました。
工作船から銃撃を受け、巡視船は正当防衛射撃を行い、工作船は自爆して沈没しました。
法執行機関として、国内法と国際法に基づいて冷静に毅然(きぜん)と対処するという、海上保安官の行動原理は、現在も変わるものではありません。
尖閣(せんかく)諸島周辺海域では、ほぼ毎日、中国海警船が航行し、我が国領海への侵入も繰り返されています。日本海大和堆(やまとたい)周辺海域では、外国漁船による違法操業が後を絶ちません。
ここでも、多くの海上保安官が、日本の海、日本の船を守ってくれています。
主権を守り抜く。これを正に、現場最前線で取り組んでいるのが海上保安官です。
我が国を取り巻く安全保障環境は、一層厳しさを増しています。
自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値、さらには航行の自由といったルールを重視し、これを守り抜くために国際社会と連携していく。
我が国が提唱し推進する「自由で開かれたインド太平洋」は、今や多くの国々から支持を得ています。
練習船「こじま」は、昨年、遠洋航海の途中、ハワイ沖で米国沿岸警備隊と合同の捜索救助訓練を行う予定でした。
そこへ「助けを求めている人がいる。」との一報が入り、米国沿岸警備隊と合同で、実際の行方不明者捜索の任務に当たりました。実習生全員は、これに参加し、日米の協力関係も深めることになりました。
米国を始め、諸外国の海上保安機関との連携協力の強化は、今後も益々重要になってきます。
今、ロシアのウクライナ侵略によって、国際秩序、世界平和が脅かされる事態となっています。
今日の我が国の平和と繁栄が、数多くの人々の犠牲と苦労によって築かれていることを決して忘れてはいけません。平和を次の世代にしっかりとつないでいくことが、私達に課せられた責務です。
今、国際社会は、海を巡って様々な課題に直面しています。これらの課題は、力ではなく、法やルールによって解決されなければなりません。「法の支配する平和で安全な海」の実現が、地域の平和と繁栄に寄与する。このことを国際社会で共有していくことが重要です。
世界の歴史において、海上保安機関、コーストガードは、警察や海軍に比べると歴史は短く、多くの国で設立されて数十年の新しい組織です。
日本のコーストガード、海上保安庁は、軍事組織ではない純粋な法執行機関として、長年、アジア太平洋地域の海上保安機関との連携・協力において信頼を積み上げ、その発展に貢献してきました。
そして、4年前、日本のイニシアチブによって、世界で初めて各国の海上保安機関のトップが一堂に会する世界海上保安機関長官級会合を日本で開催しました。
昨年には、その枠組みの中で、世界中の海上保安機関の専門家がオンラインで集い、新型コロナの水際対応について話合いが行われました。
今後とも、地球規模の課題に対して、海上保安庁が世界の海上保安機関を主導し、人類に貢献していってほしいと思います。
卒業生・修了生の諸君、多くの人達が、幹部海上保安官たる諸君の活躍を期待しています。諸君がこれから航海する海は、決して穏やかではないかもしれません。時に、海は荒れ、大きな困難や試練に出会うこともあるでしょう。その時は、是非、この海上保安大学校で自身を鍛えた日々や、同じ志を持った仲間達がいることを思い出してください。そして、「正義仁愛」という海上保安庁創設以来の精神を忘れないでほしいと思います。
オンラインで御視聴されている御家族の皆様、この喜ばしき日を迎えられたことを心からお祝い申し上げます。皆様の大切な御家族が、海上保安官を志すことに御理解を示し、お支えいただいたことに対し、感謝を申し上げます。
最後となりましたが、学生の教育に尽力されてきた教職員の方々に敬意を表するとともに、日頃から海上保安大学校に御理解と御協力を頂いている御来賓の皆様に感謝を申し上げ、私の祝辞といたします。
令和4年3月26日
内閣総理大臣 岸田文雄