[文書名] アジア・太平洋水サミット首脳級会合 岸田総理スピーチ
アジア太平洋地域のリーダーが一堂に会する、この熊本でのサミットで、地球規模の持続可能な発展と強靱(きょうじん)な社会経済の形成に向けた私の決意を示す機会が得られたことを光栄に思っています。
水は、社会に恵みをもたらす資源である一方で、自然災害では人の命や豊かな生活を脅かす存在にもなります。水は、その姿を変えて、気候変動・自然災害・公衆衛生・貧困など、様々な社会課題と深く結びついています。
近年、世界各地で水害が多発しています。日本では、集中豪雨の発生件数が30年前の約1.4倍に増加しています。アジア太平洋地域でも、影響人口が大きい水害の数が30年前と比べて約3倍となっています。
また、新型コロナによるパンデミックは水による衛生環境の重要性を再認識させました。貧困の解決には、水による衛生環境の改善は極めて重要です。
私は、気候変動や貧困などの世界が直面する社会課題を、官民協働により、デジタルやイノベーションの力をいかして解決し、同時に、持続的な経済成長につなげる新しい資本主義の実現を目指しています。
水をめぐる社会課題に対しても、この例外ではありません。新しい資本主義に基づき、我が国の先進技術を活用した質の高いインフラ整備を通じて、アジア太平洋地域の社会課題の解決と持続的な経済成長への貢献を同時に達成していきます。
日本では、気候変動への対応に向けて、ダムなどのインフラを最大限活用するため、デジタル化や技術開発を進めています。
具体的には、国内1,500ダムの相互のデータ連携を強化し、治水効果を最大限に発揮させるため、AI(人工知能)によるダムへの流入量の予測や操作を最適化する技術開発を進めています。さらに、ダムだけではなく、下水道や農水用施設を含めてインフラを最適に運用するとともに、土地利用の工夫や、水田・ため池の持つ貯水機能を積極的に活用して、流域治水に取り組んでいます。
そのためには、雨量や洪水の予測精度の向上が不可欠です。最先端の観測センサーを搭載した気象衛星ひまわり、4期連続で、計算速度で世界一位を獲得しているスーパーコンピュータ富岳を駆使した研究開発を進めています。
このサミットの冒頭の挨拶で申し上げた2020年の熊本豪雨では、予測困難な線状降水帯により、大きな被害が発生しました。豪雨による被害を何としても防ぎたい。こうした思いで、産学官連携で研究開発を進め、富岳を活用した世界最高レベルの技術によって、線状降水帯の予測を可能としました。
また、気象や河川水位のビッグデータの民間への開放や、民間のデジタル技術の活用を進め、避難関連情報をスマホによってリアルタイムで伝達するなど、人的被害の最小化にも取り組んでいます。
あわせて、気象予測技術を活用した柔軟な水利用により、水力発電の活用を拡大し、カーボンニュートラルの実現にも貢献していきます。
このように、我が国の官民の最新技術を活用して、社会課題の解決を成長エンジンとすることにより、社会課題の解決と持続的な経済成長の実現の二兎(にと)を追う考えです。
私は、本日、「熊本水イニシアティブ」を宣言いたします。
我が国には、水分野において培ってきた豊富なノウハウや技術があります。これらの知見を、制度・人材・能力というガバナンス面、資金面、科学技術面からアジア太平洋地域に供与していきます。
この「熊本水イニシアティブ」は、大きく2つのアプローチにより、アジア太平洋地域の質の高い社会の実現に貢献していきます。
第1のアプローチは、気候変動適応策・緩和策両面での取組です。
アジア太平洋地域に3万基以上ある既存ダムは、我が国が有するハイブリッド技術を導入することで、治水・利水能力の向上といった気候変動適応策と、水力エネルギーの増強といった気候変動緩和策の両方を、環境負荷の増大を伴わず、早期に実現することができます。
さらに、アジアモンスーン地域での農業用の用排水施設の整備や、水田の雨水貯留機能の活用促進、小水力発電の推進、下水道整備による浸水被害軽減とバイオマスエネルギーの創出などを行うに当たっても、日本の最新技術を提供し、気候変動適応策と緩和策が両立する質の高いインフラ整備を推進していきます。
その際、アジア太平洋地域では、水管理の計画策定等に必要な観測データの蓄積・収集や将来の予測に関する能力が十分とは言えません。このため、我が国は、欧米諸国やオーストラリア及びインドと連携し、地上からの観測が十分でない地域における降雨予測等に活用できるよう、多数の衛星群の協調による地球観測ネットワークの強化に貢献いたします。
さらに、水害リスク評価や整備・運用効果の見える化を支援し、企業のESG投資や気候変動リスクの情報開示に向けた取組を促進いたします。また、二国間クレジット制度のパートナー国を拡大します。
その上で、科学技術の実装には、水管理の実務を担う人への投資が重要です。我が国が構築しているデータ統合・解析システムや、各国機関と連携した共同研究等による支援を行い、人材育成に貢献いたします。
気候変動は、日々気付かないままに進行し、大きな脅威となることから、対策は実際に災害が起こる前から行っておくことが大切です。災害が起きてからでは、経済的にも高くつきます。気候変動適応策も緩和策も、先延ばしすることで後悔しない、との考えの下、早急に、行動を起こしていきましょう。
第2のアプローチは、基礎的生活環境の改善等に向けた取組です。
我が国は、安全な水へのアクセスや衛生環境の維持に貢献するとともに、公共用水域の水環境改善を促進いたします。
我が国が有する技術と資金協力によって、水道施設拡大・更新等の施設整備を支援するとともに、民間企業の参入も促進し、IoT技術を活用した料金徴収のシステム化による料金収入基盤の拡大、漏水探知能力の向上、無収水削減による収支改善等を通じて、水道事業体の能力強化を推進いたします。
また、我が国が設立したアジア汚水管理パートナーシップを6か国から拡大し、東南アジア各国の知見や経験を共有することで、汚水管理を一層促進するとともに、我が国の下水道施設整備技術の活用による水環境の改善やバイオマス発電に貢献いたします。
水提供や衛生施設等が、質の高いインフラとして経済成長のエンジンとなるよう、ハードのみならず、インフラの運用操作へのデジタル化や最新技術の導入を支援いたします。
この「熊本水イニシアティブ」に基づき、今後5年間で約5,000億円の支援を実施いたします。
このイニシアティブは、本日取りまとめられる「熊本宣言」に盛り込み、日本は、この内容をコミットいたします。
アジア太平洋地域が、SDGsの目標を達成し、持続可能で、水に関するリスクに対して強靱で、人々が生活の質の高さを実感できる、質の高い社会を実現できるよう、我が国は、先頭を切って真摯に取り組みます。
御出席の皆様、アジア太平洋地域のリーダーが一堂に会するこの機会に、国際社会が一致協力して取り組むことが求められる、もう一つの大変重要な課題、ウクライナ情勢について一言申し上げます。
ロシアによる非道な侵略を終わらせ、平和秩序を守るため、国際社会は、今、正念場を迎えています。国際社会が一致して、声を上げ、力による現状変更の試みは許さないということを示そうではありませんか。
ここにお集まりのリーダーの皆様の御協力をお願いして、私のスピーチを終わらせていただきます。
御静聴、誠にありがとうございました。