データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ニューヨーク証券取引所における岸田内閣総理大臣スピーチ

[場所] ニューヨーク証券取引所
[年月日] 2022年9月22日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文] 

 本日は、このような機会を与えていただいて感謝。

 また、私の友人であり、偉大な前任者でもある安倍元総理の事件に際し、ニューヨーク証券取引所の皆さんから示していただいた心のこもった弔意。我々日本人は、決して忘れない。ありがとう。

 私は、今から60年近く前、父の仕事の関係で、クイーンズに住んでいた。私の英語からニューヨーク・アクセントが感じられるのではないだろうか。

 1960年代の米国は私にとって、大らかで、多様性に満ち、活気にあふれた場所だった。子供ながらに、そうした米国の在り方、そして、米国の「自由」と「エネルギー」を貴ぶ姿勢に大きな影響を受けた。

 私の愛する野球というスポーツも、そんなニューヨークで出会ったものの一つだ。今でこそ、大谷翔平がアーロン・ジャッジとMVPをかけてデッドヒートを繰り広げ、全米が注目しているが、私が渡米した時には、日本人のメジャーリーガーは、1人もいなかった。

 その後、ちょうど私がいる間に、マーシー村上というサンフランシスコ・ジャイアンツの選手が、シェイスタジアムでのメッツ戦で、日本人として初めてメジャーのマウンドに立った。彼は、私のヒーローとなった。

 日本に戻った後、私は、高校の野球チームでプレーした。野球は、私が政治家として大切にしている「チームワーク」、「忍耐」、そして「勝負はゲームが終わるまで分からない」といった、価値を教えてくれたと思う。

 資本主義の牙城にいる今、もう一つ言っておきたいことがある。実は、私は、日本で戦後唯一の金融業界出身の総理大臣。銀行員として、外国為替や、企業再建の現場で働いた。だから、私の自由な経済活動に対する思いは、マーク・トウェインのおいしいウイスキーに対する思いと同じだ。「いくらあっても困らない」。

 今日は、世界経済のど真ん中であるウォールストリートに、「日本経済は、力強く成長を続ける。確信を持って日本に投資をして欲しい。」というメッセージを届けに来た。

 私は、「新しい資本主義」という経済政策を掲げている。これは、日本経済を再び成長させるための包括的なパッケージだ。

 私も大好きな、大谷翔平になぞらえて言えば、「新しい資本主義」の特徴は、two wayだということ。「バッター」と「ピッチャー」のtwo wayならぬ、「成長」と「持続可能性」のtwo wayだ。

 繁栄と強い経済には、民間部門のクリエイティブなエネルギーが肝心だと確信している。成長のためには、このエネルギーを引き出していかねばならない。

 同時に、世界規模のインフレ、不安定なエネルギー供給、気候変動問題、少子高齢化、急速に厳しさを増す安全保障環境といった、我々の経済の制約要因となる様々なリスクに対応し、持続可能性を確保しなくてはならない。

 日本は本当に大きな変化を成し遂げられるのか。私は、それができると申し上げるためにここに来た。我々の歴史がそれを示している。明治維新と戦後の経済的奇跡が、その能力の証拠である。

 そして、今、再び日本で変革が起き始めている。

 私は、我々が直面する様々な社会課題を成長のエンジンへと転換することを提案している。そして、成長の果実を分配し、更なる成長へとつなげていく。

 こうした挑戦に向け、予算、税制、規制改革といったあらゆる政策を総動員する。

 とても大切な政策の一つは、コーポレートガバナンス改革だ。

 日本がこの10年で行った様々な改革によって、日本企業の行動は大きく変わった。

 企業のROE(自己資本利益率)は顕著に上昇し、ほぼ全ての会社に独立社外取締役が入った。女性や、外国人のボードメンバーへの登用も増えていくだろう。

 ノンコア事業の切り出し、新分野へのピボットといった大胆な企業変革を行う企業も出てきている。

 近々、世界中の投資家から意見を聞く場を設けるなど、日本のコーポレートガバナンス改革を加速化し、更に強化する。

 本日、ニューヨーク証券取引所と東京証券取引所がMOU(覚書)を結ぶことにも触れたい。本年スタートした東証改革を進め、日本の国際金融市場としての復活につなげる。

 バブル崩壊から30年。我が国経済は過剰債務、過剰設備、過剰資本の解消などコストカットを図ることで、コストに敏感なスリムで引き締まった経済を実現してきた。しかし、明らかに更なる対応が必要である。

 これからの課題は、未来への投資を進め、次々と新たな価値が創造される経済を作り上げることだ。

 日本の五つの優先課題を紹介する。

 第1に、「人への投資」だ。

 デジタル化・グリーン化は経済を大きく変えた。これから、大きな付加価値を生み出す源泉となるのは、有形資産ではなく無形資産。中でも、人的資本だ。

 だから、人的資本を重視する社会を作り上げていく。

 まずは労働市場の改革。日本の経済界とも協力し、メンバーシップに基づく年功的な職能給の仕組みを、個々の企業の実情に応じて、ジョブ型の職務給中心の日本に合ったシステムに見直す。

 これにより労働移動を円滑化し、高い賃金を払えば、高いスキルの人材が集まり、その結果、労働生産性が上がり、更に高い賃金を払うことができるというサイクルを生み出していく。

 そのために、労働移動を促しながら、就業者のデジタル分野などでのリスキリング支援を大幅に強化する。

 日本の未来は、女性が経済にもたらす活力に懸かっている。「女性活躍」が重要だ。若い世代の意識は明らかに変わってきた。この10年で、35歳未満の女性正社員の割合は、10パーセント、60万人増えた。この世代の人口が120万人減少したにも関わらずだ。

 我々は、女性の活躍を阻む障害を一掃する決意だ。なぜなら、正に女性が日本経済の中核を担う必要があるからだ。

 女性がキャリアと家庭を両立できるようにしなければならない。両方追求できない理由はない。これは、出生率低下を食い止めるためにも効果がある。来年4月にこども家庭庁を立ち上げ、子ども子育て政策を抜本的に強化していく。これは、日本の人口減少の構造的課題の克服を目指した画期的な政策である。

 賃金システムの見直し、人への投資、女性活躍。これら人的資本に係る開示ルールも整備することで、投資家の皆さんにも見える形で取組を進め、また、国際ルールの形成を主導していく。

 第2は、イノベーションへの投資だ。

 AI(人工知能)、量子、バイオ、デジタル、脱炭素の分野の研究開発について、国家戦略づくりを進めている。

 私が特に重視するのがスタートアップだ。

 現状への多様な挑戦者が生まれ始めている。日本ならではのバイオモノづくりの技術を開発し、米国にも進出しているユニコーンを創業したのは、大学院の学生だった。コンサルティング分野で新たなネットワーキングサービスを立ち上げた女性CEOは、昨年米国企業を買収し、世界190か国でビジネスを展開している。女性と若者の活力は、日本経済繁栄の希望だ。

 第二、第三のトヨタやソニーは、彼らのような様々な挑戦者の気力と決意で生まれてくる。大切なのは、日本に、スタートアップを生み育てるエコシステムを日本に作り上げること。そのために、株の売却益を元手にスタートアップ投資を行う場合の税優遇措置や、ストックオプション税制の拡充が必要だ。また、スタートアップ教育に定評のある米国大学の日本への誘致などにも取り組んでいく。今、新興企業市場は厳しい状況にあるが、そんな時だからこそスタートアップ支援を一層強化していく。

 第3は、GX(グリーン・トランスフォーメーション)への投資だ。

 2050年のカーボンニュートラル実現に向け、日本は、経済・社会・産業の大変革に挑んでいる。この大変革は、日本経済復活の大きなチャンスとなり、ブースターとなる。年末までに、今後10年のロードマップを公表する。

 「成長志向型カーボンプライシング」と投資支援の組合せにより、まず国内において今後10年間150兆円超のGX投資を実現する。また、アジアのGX投資の発展に貢献していく。2050年までにゼロエミッション化を実現するために、アジアは約40兆ドルの資金需要があるとの試算もある。世界のトランジションファイナンスを呼び込んでいくために、アジアにおける発電、水素、グリッドなどの大規模プロジェクトや、域内共通標準づくりなどに取り組んでいく。

 ロシアの暴挙が引き起こしたエネルギー危機を踏まえ、原子力発電の問題に我々は正面から取り組む。十数基の原発の再稼働、新たな安全メカニズムを組み込んだ「次世代革新炉」の開発など集中的な専門的検討を指示した。専門家の意見も踏まえ、年末までに具体的な結論を出せるよう、検討を加速していく。

 第4に、資産所得倍増プランだ。

 日本には、2,000兆円の個人金融資産がある。現状、その1割しか株式投資に回っていない。資産所得を倍増し、老後のための長期的な資産形成を可能にするためには、個人向け少額投資非課税制度の恒久化が必須だ。

 第5に、世界と共に成長する国づくりだ。

 日本は、これからも世界に開かれた、貿易・投資立国であり続ける。

 日本は、世界と人・モノ・カネの自由な往来を通して繁栄してきた国だ。

 日本は、世界各国と重層的な貿易・投資関係を持ち、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)やIPEF(インド太平洋経済枠組み)を含む経済連携を積極的に推進している。これは今後も変わらない。

 新型コロナウイルス感染症はこの恩恵を一時的に遮ってしまった。しかし、10月11日から、日本は米国並みの水準までコロナ対策の水際対策を緩和し、ビザなし渡航、個人旅行を再開する。

 加えて、来年、日本はG7広島サミットを主催する。豊かな世界経済を守り抜くことは、G7の使命だ。議長として、その使命を真剣に果たしていきたい。

 最後に、日米協力について一言述べたい。同盟国である日米は、安全保障のみならず、経済分野においても良きパートナー。日本は、米国にとって、米国は日本にとって最大の投資国でもある。米国で二番目に多くの雇用を生み出している外国企業は、日本企業だ。日本企業の繁栄は、アメリカ経済の繁栄にも貢献している。

 我々は、この戦略的な関係を更に深化させていく。5月にバイデン大統領にお目にかかった際、我々の経済成長や経済安全保障の鍵を握る半導体分野での協力強化に一致。日米共同での半導体工場への投資や次世代半導体の研究開発などのプロジェクトが動き始めている。

 このような国際協調の下でのサプライサイドへの投資は、現下のインフレへの対応としても世界的に重要な取組。来年のG7でも重要な論点の一つとして議論されるだろう。

 皆様、この会の締めくくりとして、数点述べたい。まず、私は日本を私の子供時代に見たニューヨークのように、そしてこのニューヨーク証券取引所のように、豊かで活気のある国にしたいという強い意志を持っていることをお伝えしたい。

 野球で一番盛り上がるのは、逆転勝ちだ。私は今日ここに、日本の国民の協力を得て、日本経済を再生し、活性化すると伝えたい。

 ニューヨーク証券取引所のダイナミズムは活気に満ち、常に新鮮で、変化し続けており、インスピレーションを得る最高の場である。その市場エネルギーは、経済のみならず社会も作り変えてしまうほどだ。

 そんな資本主義の中心であるこのニューヨーク証券取引所で、私の資本主義のビジョンを皆さんにお伝えできることに感謝する。

 温かくお招きいただきありがとうございました。