データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] FMCTハイレベル記念行事 岸田総理スピーチ

[場所] 
[年月日] 2023年9月19日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文] 

 御来賓の皆様、御列席の皆様、本日はFMCT(核兵器用核分裂性物質生産禁止条約)ハイレベル記念行事にお越しいただき感謝を申し上げます。

 私は、唯一の戦争被爆国である日本の責任ある政治家として、また被爆地広島出身の総理大臣として、いかに道のりが遠く厳しいものであったとしても、「核兵器のない世界」に向けた現実的な歩みを、一歩ずつ着実に進めていきたい、そう心に誓っています。私は、核軍縮をライフワークとして、政治家人生を通じ一貫して取り組んできました。

 しかしながら現下の情勢に照らせば、乗り越えるべき壁は、一層厳しいものになりつつある、そうした危機感を強めています。ロシアによるウクライナ侵略と核による威嚇は、「核兵器のない世界」への道のりを一層遠ざけるものです。また、核軍縮をめぐる国際社会の分断はますます深まっています。

 今、世界は、冷戦の最盛期以来初めて、核兵器数の減少傾向が逆転しかねない、そういった瀬戸際に立っています。特定国による核戦力の急速な増強は、他の国をも巻き込む核軍拡競争に火をつける可能性もあります。そのような事態になれば、世界の各地で、平和を希求して、連綿と紡いできた我々の努力の灯火(ともしび)が揺らいでしまいます。

 そのようなことを防ぐためにも、今こそ、核分裂性物質の生産禁止により、核兵器の量的向上の制限をかけ、世界的な核兵器数の減少傾向を維持していく必要があるのではないでしょうか。

 それこそが、FMCTが達成したいことなのです。核兵器用核分裂性物質の生産を止めること。核兵器の数を根っこのところで抑えよう、という発想です。このFMCTのアイディア自体は、30年前提案されたものです。それ以来、軍縮の専門家たちは技術的な要素について議論を重ねてきました。残念ながら、まだFMCTは交渉開始すらできておりませんが、我々は今こそ、FMCTを必要としています。

 私が出席した昨年のNPT(核兵器不拡散条約)運用検討会議では、「ヒロシマ・アクション・プラン」を発表し、FMCTの交渉の早期開始を改めて呼び掛けました。また、本年5月のG7広島サミットで発出した「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」においては、FMCTへの政治的関心を再び集めることを全ての国に強く求めました。

 核軍縮・不拡散の礎石であるNPT体制への信頼をつなぎとめ、更なる分断をもたらさないためにも、我々政治リーダーが今、先頭に立つ必要があります。昨年の運用検討会議の結果など、NPTをめぐる現在の状況に、私は強い危機感を覚えています。核兵器国が率先してNPTにおける義務を果たし、全加盟国がそれに呼応してNPT体制の堅持と前進を図らねば、世界の分断を防ぐことは不可能です。

 グテーレス国連事務総長が提唱する「新・平和への課題」では、既存の軍縮機関の停滞が指摘され、その再活性化の必要性が掲げられています。私も、今のままの停滞がこれ以上続いては、核軍縮を巡って世界はますます分断の度を強めていくのではないかと強く危惧しています。NPT体制は、失うには大き過ぎる、人類の共通アセットです。

 皆で一緒に考え、知恵を出しましょう。私の「ヒロシマ・アクション・プラン」は、その土台を提供するものです。核兵器数を一層減少させる、透明性を更に向上させるなど、核兵器国ができることはまだまだあるのではないでしょうか。世界の声に応えるためには、具体的な一歩が必要です。また、非核兵器国も、既存の軍縮機関を再活性化するため、共に知恵を出し合い、協力していこうではありませんか。

 FMCT構想の発表から30年が経過した今、必要なのは、交渉開始のための強い政治的な関心です。私は、本日このイベントに、主要国から多くの政治リーダーが参加したことを心強く思います。このイベントが、FMCTの議論を再活性化し、早期の交渉開始に向けて取り組む契機となり、ひいてはそれがNPT体制の再生・強化につながると確信しています。

 対立から協調へ。今日この場で御列席の皆様から表明されたアイディアと情熱が、政治的関心を再び高め、FMCTの実現、そして、「核兵器のない世界」の実現に向けた核軍縮の主流化への一助となることを願っています。

 今日がFMCTの交渉入りに向けた新たな幕開けとなるよう、共に取り組んでいきましょう。

 御静聴ありがとうございました。