[文書名] ニューヨーク経済クラブ主催による岸田総理大臣講演
本日は、伝統ある「ニューヨーク経済クラブ」で、こうして多くの、米国を代表する財界人の皆さんにお話しする機会をいただき、感謝申し上げる。
資本主義の中心であるここニューヨークを訪れたことを嬉しく思う。ある漫画の中で、ニュースキャスターが「今日はニューヨーク証券取引所で取引がなかった。誰もが自分の所有物で満足していたからである。」と述べていた場面を思い出す。
しかし、皆さんも同意されるだろうが、資本主義の落ち着きのなさこそが、我々に成長と進歩をもたらすのである。この落ち着きのなさこそが、我々が未来を満たすのを助けてくれるのである。
近年、その未来が試されている。この一年、ロシアによるウクライナ侵略、世界的な物価高騰、サプライチェーンの混乱、偽情報の横行。まさに、「歴史の転換点」において、日本の総理大臣として、直面する課題に一つ一つ正面から取り組む決意を胸に、職務にあたってきた。今日は、この1年の日本の成果と今後の決意について、お話したい。
まず、外交について。私は、外交・安全保障面で幾度となく大きなチャレンジに直面してきた。ロシアによるウクライナ侵略は、ポスト冷戦期を終わらせる歴史的転換点であったことは間違いない。ウクライナ問題は欧州にとどまらず、世界全体の秩序に対する挑戦である。世界とアジア太平洋地域の平和と安定のために、何がベストの選択か。私は、総理大臣に就任して以来、考え抜いてきた。
私はまず、日本の防衛力の抜本的強化を打ち出した。その防衛力の裏付けの下で、同盟国・同志国との関係強化のため、あらゆる外交努力を払ってきた。真の友人である米国との同盟強化は言うまでもなく、韓国との関係も改善した。それが結実し、先月、キャンプデービッドで、バイデン大統領、ユン大統領と共に、日米韓パートナーシップの新時代を拓(ひら)くことを宣言することができた。さらに、この間、私はG7の議長国としても精力的に活動してきた。本年5月のG7広島サミットでは、グローバルサウスとの連携が一つの重要なテーマであった。インドやブラジル、インドネシア等のグローバルサウス、そしてウクライナの大統領も同じテーブルについて議論した結果、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を守り抜く」という、国際社会が拠(よ)って立つ根源的な考え方をしっかりと打ち出せたことは、大きな成果である。
外交面での私のライフワークの一つは、核軍縮・不拡散である。私は広島出身の日本国内閣総理大臣であり、この課題がいかに私にとって重要であるかは御理解いただけるだろうし、このテーマもG7サミットの重要課題であったことに驚きはないかと思う。各国首脳に被爆の実相に触れてもらい、「核兵器のない世界」に向けたコミットメントを皆で行う。この大きな目標を達成するとともに、無謀にも核の威嚇を行うロシアに向けても、緊迫感のある強いメッセージを発信することができたと確信している。
そして、今回のニューヨークでの国連総会。分断と対立の国際構図を塗り替えるべく、私は「人間の尊厳」の原点に立ち返り、体制や価値観を乗り越えて各国が協力すべきことを訴えた。
このような取組を通じ、日本は、強固な同盟関係を結んでいる米国とともに、引き続き、世界を主導する役割を果たしていく。
次に経済について。銀行員であった自分にとっては、「経済」が私の政権運営の基本の柱である。昨年9月、このニューヨークで、我々が直面する社会課題を官民協働により成長のエンジンへ転化していくという「新しい資本主義」による日本経済の再生を宣言した。これらの社会課題には、気候変動、エネルギー問題、日本の少子高齢化といった課題が含まれる。その後、この目標を達成するための72兆円規模の経済パッケージを策定し、結果を出してきた。
日本の、この1年の経済指標は、30年前以来のパフォーマンスを示している。名目GDP成長率は年率11.4パーセントで、主要先進国で最高の伸びとなった。国内投資も、今年、100兆円を超え、日本史上最高を更新する見通しだ。低迷してきた賃金は、物価高を上回る、3.5パーセント超の引上げで労使交渉が妥結し、最低賃金も来月より4.5パーセント引き上げる。こうした動きを受け、株価は、33年振りの水準まで上昇している。
日本経済の構造課題に対しても対処している。昨年来、エネルギー政策の大きな転換を決断し、実行のために必要な法案を成立させた。さらに、日本の最大課題である人口減少、少子化問題への取組を抜本強化するため、これまでとは次元の異なる、包括的な「こども子育て政策」を取りまとめた。これにより、子ども1人当たり子育て支援の規模をOECD(経済協力開発機構)トップの水準まで引き上げる。
この秋、「構造的な賃上げ」と「持続可能性強化のための官民投資」の2点に重点化した経済対策にコミットしたい。
まず、これまで十分に進んでこなかった労働市場改革を着実に前に進めることに、高い優先度を置く。リ・スキリング、日本型の職務給の導入、成長分野への円滑な労働移動。この3つを三位一体の改革として進めていく。同時に、女性や外国人材が活躍できる環境を作っていく。
投資に関しては、環境分野で10年間に150兆円の官民投資を行うこととし、関連法案を成立させた。環境以外にも、AI(人工知能)、半導体、バイオ、フュージョンエネルギーなど、先端分野の官民投資を加速するため、予算・税制・規制のあらゆる面で世界に伍して競争できる、「投資支援パッケージ」を作り、実行していく。特にAIについては、日本はG7広島サミットにおいて立ち上げた「広島AIプロセス」をリードしている。私自身、OPEN AIのアルトマン氏と1対1で生成AIの未来について議論し、この夏休みに大学に講義を受けに行き、生成AIモデルを自ら作成した、G7の中で唯一の首脳であると自負している。
あわせて、日本の取組が遅れていると指摘されてきた構造改革も断行していく。NISA(少額投資非課税制度)の抜本拡充・恒久化に続き、今後、増加する投資ファンドを運用することになる、資産運用業とアセットオーナーシップの改革を行っていく。
日本における資産運用セクターが運用する資金は800兆円で、足元3年間で、1.5倍に急増している。このパフォーマンスの向上を狙い、運用の高度化を進め、新規参入を促進する。まず、日本独自のビジネス慣行や参入障壁を是正し、新規参入者への支援プログラムを整備する。あわせて、バックオフィス業務のアウトソーシングを可能とする規制緩和を実施する。
また、海外からの参入を促進するため、資産運用特区を創設し、英語のみで行政対応が完結するよう規制改革し、ビジネス環境や生活環境の整備を重点的に進める。世界の投資家のニーズに沿った改革を進めるため、皆さんも参加いただいて、日米を基軸に、資産運用フォーラムを立ち上げたい。
同時に、コーポレートガバナンス改革の実効性を高める。PBR(株価純資産倍率)等を意識した経営と計画の策定・開示・実行を促進する体制を構築する。
2000兆円を超える個人金融資産を活用した日本の資産運用ビジネスの発展は、法の支配や市場経済といった普遍的価値を共有する日米間において、投資の流れとウインウインの関係を強固にし、世界経済に大いに貢献するもの。既に述べた構想を政策パッケージとして具体化し、世界の投資家に賛同いただくため、この秋に、世界の投資家を日本に招聘する「ジャパン・ウィークス」を展開する。皆さんにも、是非、参加いただきたい。
先日お会いした世界的に影響力のある投資家から「30年間毎年日本経済に注目してきたが、今が最もポジティブだ。」と言われた。我が国で我々が行っていることを評価していただき、我が国経済の底力と将来の計画をよく見ていただき、日本に投資いただくことを強く求めたい。
私は今日、歴史の転換点について話した。この転換点は、未来の歴史家が振り返り、解釈するだけのものではない。今まさに起こっていると感じられるものなのだ。ロシアの侵略に直面したウクライナの人々の苦しみと勇気を見れば、何か重要なことが変化しているのを感じることができる。世界中の火災や洪水を見れば、気候変動を感じることができる。このたった1年でのAIの進歩を見れば、技術基盤が整ってきていることを感じることができる。
その結末は誰にもわからない。ただわかっていることは、日本と米国はこれらの課題に共に立ち向かうための価値観を共有しているということ。そして、米国ほど、日本が今後共に歩みたい相手はいないということである。
それが本日皆さんにお伝えしたかったことである。お招きいただき、また、親切におもてなしいただき、感謝する。