データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 岸田総理によるサンフランシスコ・クロニクル紙への寄稿文

[場所] 
[年月日] 2023年11月14日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文] 

 岸田文雄総理大臣:なぜサンフランシスコでのAPECが日本にとって特別な重要性を持つのか

 APEC(アジア太平洋経済協力)2023がサンフランシスコで開催されると聞いて、大変嬉(うれ)しい気持ちになりました。また、この「港町(the City by the Bay)」(注:サンフランシスコ市の別称)は、日本にとって歴史的に重要な都市です。1860年の万延元年遣米使節と1871年の岩倉使節団の最初の訪問地として、日本の近代化の契機となった港町です。また、1869年には若松コロニー(Wakamatsu Tea and Silk Farm Colony)を作ったメンバーがサンフランシスコに移住し、北米で最初の日系農業移植地がゴールドヒルに設置されました。さらに、1951年に署名されたサンフランシスコ平和条約により、日本は独立を回復して国際社会に復帰しました。

 私は、小学生であった1960年代に、3年間ニューヨークに在住していましたが、当時マッシー村上というサンフランシスコ・ジャイアンツの選手が、シェイスタジアムでのメッツ戦で、日本人として初めてメジャーのマウンドに立ったことに、感動したことを覚えています。その活躍に触発された私は、日本に帰国後、高校の野球チームでプレーしました。

 サンフランシスコは、私の地元である広島県出身者を含め、米国本土への移住を目指した多くの日本人にとって玄関口としての機能を果たしてきました。日系移民とその子孫は、様々な困難を乗り越え、今日では日本の文化や伝統を継承しつつ、米国社会にあって名誉ある地位を獲得され、草の根レベルでの日米関係の発展にも多大な貢献を果たしてきました。

 今日、サンフランシスコ都市圏においては、約2万人の在留邦人が居住され、製造・ITを始めとする様々な日系企業が拠点を置いております。このような取り組みは日米両国にとって非常に有益なものです。日本企業による対米投資は、2019年から4年連続、累積直接投資額で第1位(約7,752億米ドル(2022年))であり、このような直接投資により、日本企業は米国において約96万3千人(2021年)もの雇用を創出しています。こうした活発な投資や雇用創出を通じた重層的な関係強化が、これまでになく良好な日米関係の盤石な基礎となっていることは言うまでもありません。

 本年のAPECにおいて、米国のバイデン大統領は、「全ての人々にとって強靱(きょうじん)で持続可能な未来を創造(Creating a Resilient and Sustainable Future for all)」をテーマとし、三つの優先課題「相互連結(interconnected)」、「革新的(innovative)」、「包摂的(inclusive)」を設定しましたが、これらは日本が米国と40年にわたって取り組んできた目標の延長線上にあるものです。私は大統領と連携し、これらの優先課題を前進させる所存です。

 「環太平洋構想」、私の政治的な先輩でもある大平正芳総理が1978年の就任後に打ち出したこの構想は太平洋諸国間の協力を提唱したものです。1980年代に太平洋圏貿易が大西洋圏貿易を上回り、現在、アジア太平洋地域は、世界人口の約4割、貿易量の約5割、GDP(国内総生産)の約6割を占める世界の成長センターに成長しました。

 1989年にAPECが発足して以降、日本は、アジア太平洋地域の持続可能な成長と繁栄に向けて、域内の貿易・投資の自由化や地域経済統合を促進してきました。そうした取組により、近年、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)及び地域的な包括的経済連携(RCEP)協定といった具体的な成果が生まれていることは、我々が誇るべき重要な足跡と言えます。

 それに加え、日本は、米国が主導する「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を、米国のインド太平洋地域への積極的なコミットメントを示すものとして認識しており、日本として米国のこうした姿勢を歓迎しています。高水準な貿易ルール、サプライチェーン強靱化、クリーンエネルギー移行に向けた連携強化や腐敗の防止及び税制の改善に向けた国際ルール形成に向けて、各国が実質的なメリットを享受できるよう、積極的に貢献していきます。

 日本と米国は、インド太平洋地域の国際秩序維持に引き続き責任を有しています。このため、日本は、同地域における自由で公正な経済秩序の促進に資する上で、米国のTPP(環太平洋パートナーシップ)復帰が望ましいと考えております。

 翻って今年は、日本にとってはG7議長年でもありました。G7広島サミットでは、国際社会が直面する諸課題について議論を行い、G7を超えた幅広いパートナーが協力してこれらの課題に取り組んでいくことを確認しました。また、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を標榜(ひょうぼう)する日本として、G7広島サミットではインド太平洋地域情勢を一つの優先事項として扱いました。同じくFOIPを掲げる米国が、APEC議長エコノミーとしてこの地域での経済協力を力強く推進していることは、大変有意義なことと考えます。

 このように、本年は日本と米国がそれぞれ重要な国際枠組の議長国として主導的な役割を果たす一年となりました。そして、いずれの枠組においても、緊密な日米の連携がその基礎となったことは言うまでもありません。

 日米両国は、世界中の経済活動の約3割(29.7兆ドル(2022年))を占めており、日米経済関係は、安全保障、人的交流と並んで日米同盟を支える三要素の一つとして、両国の経済は貿易と投資を通じて深く統合されています。

 外交・安全保障と経済を一体として議論する枠組みである日米経済政策協議委員会、いわゆる経済版「2+2」の第二回閣僚会合も今回サンフランシスコで実施します。インド太平洋地域の持続的・包括的な経済成長の実現を含め、経済分野での日米協力を拡大・深化させていきます。

 かつて日系移民の玄関口であったサンフランシスコは、APECを通じて日米交流の拠点の一つとしての役割を担い続けます。この特別な日本-サンフランシスコ関係をさらに強化、発展させ、揺るぎない日米関係を新たな高みに引き上げるため邁進(まいしん)して参ります。