データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日本経済団体連合会夏季フォーラム2024 岸田内閣総理大臣講演

[場所] 
[年月日] 2024年7月19日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文] 

 御紹介いただきました岸田文雄でございます。今年も、経団連夏季フォーラム御招待いただきまして、誠にありがとうございます。

 グローバルな経営でこの日本経済を引っ張っていただいている皆様方に、こうしてお話しをさせていただき、そしてその後、ビールを片手に厳しくも優しい御指導を頂く機会を頂ける、こうした貴重な機会、フォーラムに今年も御招待いただきましたこと、心から厚く御礼を申し上げます。

 たしか昨年、このフォーラムにお邪魔させていただいたのは、サウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)あるいはカタール、こういった中東諸国、経済界の皆様方にも同行していただきまして、経済ミッションとして参加していただいて訪問させていただいた、その直後だったと思います。軽井沢の涼しさは格別だったなということを思い出しております。今年は、日本列島も猛烈な暑さに見舞われています。先日、ワシントンで行われましたNATO(北大西洋条約機構)サミット、3年連続出席してまいりましたが、ワシントンD.C.も40度を超える猛暑でありました。また先月には、中東やインドにおいては、50度を超える大変な猛暑で死者が続出している、こういった報道もありました。

 今、100年に一度と言われていた、100年に一度のはずであった異常気象、これが世界で頻繁しています。気候変動による危機、これは従来から言われ続けてきたわけでありますが、いよいよこの気候変動による深刻な事態を我々は体感する、実際に経験する、こういった時代に突入した、こんなことを感じています。

 今週は昨日まで、東京でPALM10(第10回太平洋・島サミット)すなわちクック諸島ですとか、ミクロネシアですとか、太平洋島嶼(とうしょ)国、19の国・地域の首脳が集まって3年に一度開催している、太平洋島嶼国サミット、こうしたサミットを開催いたしました。島嶼国と言いますと赤道付近の遠い島国というイメージかもしれませんが、こういった国々はですね、例えば第一次世界大戦後、日本の委任統治領ということになって、日本の南洋庁という役所が置かれた、こういった地域でありまして、今でも例えば、パラオという国においては全人口の2割の方々は日本人の血筋を引いているということだそうであります。「自由で開かれたインド太平洋」にとって欠かすことができない、戦略的にも大変重要な国々ですが、是非、経済界の皆様方にも、これまで以上に目を向けていただければとお願い申し上げる次第です。

 こういった国々、海面上昇の脅威にさらされている、こうした島嶼国の最大の関心事、これは言うまでもなく地球温暖化です。今回のPALM10においても「脱炭素」と併せて、気候変動への「適応」あるいは「緩和」について活発な議論が行われました。

 一方、日本国内でも、この異常気象の頻発に直面して、気候変動への「適応」あるいは「緩和」、こうした取組を本格的に検討していくことが求められています。

 そのために、防災や減災、国土強靭(じん)化、こういった議論も行われているわけですが、防災あるいは国土強靭化と言いますと、スーパー堤防を作るような大きな公共事業をイメージするわけですが、今や新たな動きが芽吹いています。デジタルあるいはイノベーション、さらには「新たな官民連携」、こういったことを組み合わせることによって、気候変動への「適応」を進めつつ、付加価値を創出する、こういった事例が随分多く見られてきました。

 例えば、線状降水帯による100年に一回と言われる猛烈な豪雨への対応。綿密なデータ解析ですとか、静止衛星情報、あるいはAI(人工知能)気象予測技術、こういったものに基づいて、官民が連携することによって、危険箇所を特定して重点的にその箇所において、河川の深掘りや堤防の嵩(かさ)上げをする。こういったことによって、近畿地方のある河川では、同じ雨量の集中豪雨があっても5年前に比べて浸水被害が6分の1になった、こういった成果も報じられています。

 さらにはAIやデジタル技術を活用した河川の一体管理という取組も進んでいます。治水と水力発電と環境保全、この3つを同時に達成するため、一本の川の上流から下流に至るまで関係する多くの行政機関、あるいは民間企業がデータ連携して、全体としての最適化を図る「流域総合水管理」という取組、こういったものも始まっています。

 今月私は、愛知県の矢作(やはぎ)川を視察いたしましたが、この矢作川は、日本の工業生産の1割が集中する流域の電力を賄っているわけでありますが、矢作川においてダムの新設なしに水力発電を官民連携で増強し、日本の工業生産の1割が集中する流域全体の電力を賄い、そして一方で治水においても、AIやデジタル技術を駆使して機動的に対応することによって、流域の安全を守り、あわせてカーボンニュートラルも実現する、この3つを実際に流域総合水管理という形で実現している、こういった事例も視察してきました。

 世界の水害の約5割はアジア太平洋地域で発生していると言われています。国際ビジネスから縁遠いように見える防災分野においても、時代の変化に対応して、デジタルや官民連携という切り口で取り組むことで、新たな付加価値、あるいは成長の機会を作っていく、こうした取組が進んでいるということにも、また目を向けていただければと思うところであります。

 そして私は、いろいろな場面で「変化を力にする日本」という言葉を繰り返し申し上げてきました。

 今、外交・安保、経済、エネルギー、技術革新、人口減少・少子化、さらには先ほどの防災。様々な分野で我が国は「時代の転換点」に直面して、数多くの「先送りできない課題」に向き合っています。それぞれの分野で「変化を力にする日本」のための仕掛けを構想し、決断し、そして実現していかなければなりません。

 総理大臣に就任して、2年10か月が経ちました。2022年2月のロシアによるウクライナ侵略を始め、世界が、そして日本が、「時代の転換点」に差し掛かっている、こうした衝撃を受け、実感する場面にいくつも向き合ってきました。

 「時代の転換点」の本質を考え抜いて、そして「大局感」を持って向かうべき方向を決断する。「大局感」と「決断」。それが、内閣総理大臣の最も大きな使命だと思って仕事をしてきました。

 そして同時に、政治に求められるのもの、「実行力」というものがあります。

 この「実行力」を発揮する際に、実務責任者に大きく任せる、こうした政治の度量というもの、もちろん大事なことでありますが、一方で、各分野で第一線で奮闘している皆さんのいきた現場感ですとか、それぞれの声、これも円滑に吸い上げ、軌道修正やプロセスの加速、これもタイムリーに行っていく、こうしたボトムアップとトップダウン、この調和を図った上でリーダシップを図っていく、こういったことの重要性も感じてきたところです。

 「岸田内閣は先送りできない課題に取り組む」と繰り返し申し上げてきました。

政権発足以来、これまで、何をしてきたか、そして、今後いかなる取組が必要なのか。本日は、特に外交・防衛と経済、この2点に絞ってお話をさせていただきたいと思っております。

 まず外交・防衛です。

冷戦期もポスト冷戦期も、世界は、一貫して、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」、これを基盤としてきました。その基盤を、ロシアという国連安保理の常任理事国が根底から崩してしまったというのが、2022年2月のウクライナ侵略だと思います。

 「これは欧州だけの紛争ではなく、国際秩序そのものを揺るがす暴挙だ」として、私は、安倍政権から続いていた対露政策を大きく転換させました。制裁に踏み切ることを決断しました。一方で、ウクライナに対しては、平和国家として可能な支援を最大限行ってきています。

 私は「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」このように繰り返し国際社会の中で訴えてきました。

私が発信したこのフレーズは、今日に至るまで、様々な形で外国の首脳が引用してくれています。ウクライナ侵略の本質を世界に訴えた、ウクライナ侵略は決して欧州一部の地域の問題ではなくして、国際社会全体の問題だということを訴えたという評価を受けたところです。先週、ワシントンD.C.で行われましたNATOサミットでも、「欧州大西洋とアジア太平洋の安全保障は不可分である」こうした共通認識で一致いたしました。

 国際秩序が根底から揺るがされている、分断や対立が深刻化している、この中で改めて私たちは分断や対立ではなくして、国際社会の協調に向けて努力をしなければいけないわけですが、その際に何をもって協調していくのか、物差しを何に置くのか、私は外交を進めるに当たって最も悩み考え抜いたのはこの点でありました。

 欧米流の民主主義といった価値観だけでは、国の体制、民主主義に対する考え方も世界中様々でありますので、どうもそれで一致するということには至らない。あるいは経済的な支援、すなわち損得で協調しようということであっても、なかなか国際社会は一致していかない。そういった中にあって物差しを考えた際に、やはり法の支配による国際秩序を考える、国連憲章を始めとする国際法に基づいて協調していく、こういった考え方が重要なのではないか。それぞれの国の主権や領土、これは侵害してはならない。力による一方的な現状変更、これを許してはならない。基本的なこうした国際法の考え方、これにおいては、各国とも一致することができるのではないか、こういったことを考え、首脳外交を進めてきたということでありました。

 まず、昨年3月には、私自身、戦地ウクライナを日本の総理大臣として戦争が行われている国を初めて訪問する形で訪問いたしました。それが、5月の広島G7サミットでのゼレンスキー大統領の訪日につながり、そしてG7サミット最終日においては、G7はもちろんでありますが、ゼレンスキー大統領、モディ・インド首相、ルーラ・ブラジル大統領、尹(ユン)韓国大統領などグローバルサウスの国々も加わって、全て同じテーブルを囲んで、これから協調していくためにはどういった思いを共有することが大事なのか、こういった議論を行いました。そしてその場で、やはり「法の支配」、根源的な原則を守って、永続的な平和を実現する、こういったことで意見の一致を見たところであります。

 グローバルサウスの中には、今、エネルギーや食糧の価格高騰、国際的な価格高騰の中で苦しんで、一部の権威主義的な国が、「欧米主導の現在の国際秩序は作り替えなければならない」、こういった誤ったナラティブを一生懸命広げようとしています。そうした考え方に魅力を感じるようなグローバルサウスもいるわけではありますが、しかしその中にあって、やはり国連憲章を始めとする国際法というものは、弱い立場の国、弱い立場の人々にこそあるものである、やはり国際法に基づいて人間の尊厳を守っていくというのは、弱い立場の国や人々のためにこそあるんだ、この点において我々は一致をして、主権やあるいは領土の侵害を許してはならない、力による一方的な現状変更は許してはならない、こういった議論を行い、働きかけを行うことで多くの国々の賛同を得てきた、これが日本外交がリードしてきた国際社会における議論の在り様でありました。

 今年は多くの主要国で、「選挙イヤー」と言われています。国際政治の枠組みが変わっていく可能性に直面している、このように言われています。

 この夏以降に、ウクライナや中東をめぐって緊迫した局面も予想される、こんなことも言われています。しかし、その中にあって、平和国家日本として国際社会から信頼が厚い、こうした日本の外交の財産、これを大切にしながら、今申し上げたような国際社会が寄って立つ物差し、基準、こういったものをしっかりと訴えながら、分断や対立ではなくして協調、再び協調に向けて国際社会が協力をしていく、こういった社会をつくっていこう、こういったものを訴えていく、日本の外交力が問われる時期がこれからも続くのではないか、このように感じています。

 そして、そうした外交力、首脳外交等を通じて、日本にとって好ましい国際環境を作っていく、そしてそれを国益につなげていく。こういった外交、もちろん大事でありますが、その外交力の裏付けとなる国民の命や暮らしを守る防衛力強化、自らの抑止力と対処力を強化していく、こういった取組も大事だということで、私の政権になって43兆円に及ぶ防衛力の強化を決定いたしました。

 また、日米同盟の現代化も必須であると思います。今年の4月、私は国賓級の訪米をさせていただきました。その際に、連邦議会において超党派の上下両院議員の皆さんの前で演説をさせていただいたわけでありますが、その際に、「戦後、米国が中心になって作り上げてきた国際秩序が今揺るがされている。そのときに、是非、米国には自信をもって引き続き国際秩序の形成に関わってもらいたい」こういったことを訴えました。

 しかし考えてみると、日本の総理大臣がアメリカの議会に行って演説し、アメリカの国会議員に対して「内向きになってはならない」と、「是非、自信を持って世界に向けて働きかけてもらいたい」と、「日本は共にある」と、「日本は支援する」という激励をする、それに対して、米国の議会の皆さんがスタンディングオベーションを十数回もやってですね、歓迎してもらう。戦後、来年で80年でありますが、日本の国際社会における立ち位置も随分変わったものだなと、国際社会も随分変わったものだなと、あの米国議会の議場で演説をしながら改めて感じたところであります。

 11月に向けて米国政治状況、予断は許しませんが、しかし状況を見ながら、今回超党派の米国の議員、そして米国の国民の皆さんに訴えたメッセージ、これを日本としても実行していく。こうしたことを基本としていかなければならないと思います。

 それ以外にも外交・安全保障で申し上げるならば日韓関係、これはこの2年半で劇的に変わったと思います。尹大統領との深い信頼の下、シャトル外交、これを行って、既に尹大統領との間においては、10回を超える首脳会談を行いました。この間のNATO首脳会合の際にも会談を行いました。10回は優に超える首脳会談を積み重ねてきました。

昨年、夏のキャンプデービッドでの日米韓首脳会談、これも時代を画する会談であったと振り返っています。

 正にリーダー同士の決断と信頼に基づいた日韓関係の改善があったからこそキャンプデービットが実現した、このように思いますし、来年の日韓60周年に向けて、このリーダー間の信頼を大切に育んで、日韓関係を更に揺るぎないものにしていく、これは日本外交の最優先事項の一つであると考えています。

 そして日中関係ですが、昨年の秋、その前もその前の年も秋でありましたが、習近平主席との間で日中首脳会談を重ねてきました。昨年の秋の会談においても、様々なレベルでの日中の協議を進めることで合意をしたところですが、引き続きあらゆるチャネルを使って、「戦略的互恵関係」を包括的に推進し、「建設的かつ安定的な関係」を構築していかなければならないと思っています。

 その中で、本年1月、経団連、日中経協、そして日商による合同訪中が4年ぶりに再始動いたしました。経済分野の協力、これは日中の国交正常化以前から一貫して両国の関係の安定発展を支える基礎でありました。政府間の実務協力と民間レベルの交流、これが両輪となって、日中両国関係の拡大・深化を後押ししてきたビジネス界における交流の活発化に向けた御尽力、これは改めて感謝申し上げたいと思います。引き続き、グローバル市場における日本企業の正当な経済活動が確保されるよう、政府を挙げて対応していきたいと思っています。

 そして、外交・安全保障に続いて経済政策について申し上げさせていただきます。

 就任以来、「新しい資本主義」を掲げて、成長と分配の好循環、賃金と物価の好循環、これを目指してきました。過去30年間日本を覆い続けた「低物価、低賃金、低成長」、「縮み志向」のデフレ型経済から抜け出し、成長型経済に移行していくこと。これを何としても実現しなければならない、こういった強い思いで取り組んできました。

 5パーセントを超える春闘の賃上げ、100兆円を超える攻めの設備投資、海外投資家が評価する企業ガバナンス改革、史上最高値水準の株価など、新たな経済ステージへの「移行」の「兆し」、これは明確に見えてきていると思っています。

 「このチャンスを逃さない、絶対に後戻りさせない」。こういった思いで、今年6月の政策取りまとめを行いました。政府与党の一致した決意であると思っています。

 その中で十倉会長を始め、経済界の皆様方には、この思いを共有していただき、経済再生に向けて力強く後押ししていただいております。特に、春闘の最終集計では、全体で5.1パーセントと極めて力強いものとなりました。また、経済運営についても新しい官民連携が進んでいます。皆さんの御協力に心から感謝申し上げるとともに、リーダシップに心から敬意を表し申し上げます。

 日本銀行とも、経済の大局観を共有しつつ、緊密に連携しております。金融政策の正常化が、経済ステージの移行を後押しし、経済ステージの移行が金融政策の更なる中立化を促す。こうした方向に沿って着実に経済運営の歩みを進めてまいります。

 デフレ型から成長型への「移行」には、経済全体に物価・賃金に関する社会通念や取引慣行の変更がしみわたっていくことが必要ですが、30年以上続いたマインドを転換するには、1,2年では足りず一定の期間が必要となります。政府としては、この期間をできる限り短くするべく、価格転嫁の徹底のための法制度や公的賃上げ、あらゆる政策を総動員してまいります。

 他方、成長型経済への「移行」の途上では、物価高によって経済的に厳しく打撃を受ける方々がおられます。こうした方々への支援など「移行」が着実に進むように万全の下支えも用意しなければならないということで、「定額減税」、6月から実行しているところでありますが、さらに、厳しい夏と物価高に取り残される恐れがある方々へ、迅速できめ細かな支援、これを「二段構え」で行ってまいりたいと考えています。

 第一段として、即効性のあるガソリンや電気ガスなどエネルギー補助金、これは年内は、消費者物価を月0.5パーセントポイント以上押し下げるという規模で「今回限り」で実施したいと思っておりますし、第二段は、秋の経済対策での対応を目指すということで、年金世帯や低所得者、地方経済に絞って対策を検討していきたいと考えております。

 そして以上申し上げた「下支え」。これはもちろん重要なことですが、何と言っても「本丸」、これは、日本の成長力の向上です。

 日本が、「デフレ型経済」から長年にわたり抜け出せなかった最大の要因の一つ、これは社会全体に染みついた「マインドセット」でありました。労働力人口の減少の見通しを理由として、日本経済の先行きを悲観することが通説となり、コストカット偏重の企業行動が広がり、将来不安の高まりとともに消費も停滞し、旧来の雇用慣行が墨守され続けてきた。こうした状況が続きました。

 しかしながら、時代は今、急速に転換しつつあります。その大きな「変化」を見極め、タイムリーにこれに「適応」していけば力強い成長を実現できる、このように確信しています。「変化を力にする成長戦略」です。私が重視している大きな「変化」、これを三つ挙げさせていただきたいと思います。

 まず一つ目の大きな「変化」、これは、デジタルとAIによる生産性の向上です。

 本日のセッションにビデオ参加したDr.シュワブも、私は今月官邸でお会いしましたが、「この世界は、industry revolutionからintelligence revolutionの時代へと、人類史に残るようなメガチェンジに直面している」このように発言していました。正に本質を突いていると感じたところであります。

 「労働力人口が減少するから、日本経済の先行きは暗い」というこれまでの常識そのものが、intelligence revolutionの時代に、時代遅れになりつつあるのではないでしょうか。

 AIによる産業変革の時代には、日本にはむしろ大きな伸びしろが待っている。このように考えるべきだと思います。AIあるいはデジタル化によって多くの国々においては、その国の雇用を圧迫するのではないか、そうした懸念もあるわけでありますが、日本の労働力人口、これは減少するわけでありますが、そうした雇用への圧迫、これの心配も少ないというのが日本の現実だというふうに思いますし、日本には現状様々な「壁」があります。

 中堅企業・中小企業が直面している英語の「壁」ですとか、大企業に見られる専門家集団やケイレツの「壁」ですとか、労働市場の流動化の「壁」ですとか、同一労働同一賃金に横たわる男女・シニアジュニアの「壁」ですとか、政策の硬直化を招く官民間の人材の「壁」。デジタルやAIを活用してこれらの「壁」を超えて人材や資源を「再結合」していけば、大きな生産性の伸び、そして、力強い成長が実現する、このように確信しています。こうした伸びしろが日本にはあるということ、これを改めて強調しておきたいと思いますし、第二の大きな「変化」、これは強固な官民連携です。

 今日、世界では、経済においても、国家間の熾烈(しれつ)な競争が激化しています。エコノミックステートクラフト、すなわち国家資本主義を前面に掲げて、経済的威圧や国家による情報の独占、あるいは技術の窃取、これをいとわない国々もあります。

 こうした国々に私たちはどう対抗していくのか、そして国家間の熾烈な経済競争にどう打ち勝っていくのか、これを考えますときに、やはり有志国の緊密な連携の下で、我が国自身の技術水準を高め、バリューチェーン全体の中で部素材や生産設備での「不可欠性」を高めていく、こうした努力をしていく必要があると考えます。

 そのためには、官か民かの単純な二項対立ではなくして「官も民も」新たな官民連携が何よりも重要だと考えています。官が明確な方向性と複数年のコミットメントを示すことによって、予見性の高い形で民の活動に対して呼び水を提供する。

 係る観点から、半導体や脱炭素を始め戦略的な国内投資、これまでの政策手法に捕らわれない新たな発想を大胆に取り入れて推進してきたところでありますが、今後もバイオですとか、宇宙ですとか、量子といった分野においても、こうした取組を一層強化していきたいと考えております。

 こうした官民連携の下での戦略的な国内投資、これは「成長と分配の好循環」を本格的に回していくためのブースターとして機能していくと考えています。

 そして最後に3点目の「変化」として、「GX(グリーン・トランスフォーメーション) ×(かける) DX ×(かける) アジア」という公式をお示ししたいと思います。

 アジア、取り分けASEAN(東南アジア諸国連合)は、これからも世界の成長の中心地であると思います。そして、今、そのアジア経済は、GXとDXで更なる変貌を遂げようとしています。

 アジアには、米国プラットフォーマーや中国の巨大IT(情報技術)企業の大規模投資が相次いでいます。日本企業はやや出遅れ気味という指摘もあります。

 しかし日本の強み、これはこれまで長年の間培ってきた「信頼」だと思います。Co-creation、要は共に創造するという日本の基本姿勢について、具体的な姿を示していくことが必要と考えています。

 巨大企業による成果の独占あるいは情報の吸い上げではなくして、アジア各国ではAIエコシステム全体の付加価値を社会全体に行きわたらせる。そのために日本は努力、協力をしていかなければならないのではないかと思います。こうしたことを可能とする「官民連携プラットフォーム」の提案、あるいは、人材育成や政策協調とセットにしたGX・DX投資への支援。我が国の強みをいかして、我が国企業のアジア展開を後押しし、そしてアジアの成長力を取り入れていく。この「変化を力にする成長戦略」これが大きな政策の柱になると考えています。

 その具体例がアジアゼロエミッション共同体(AZEC)の取組だと思います。経済界の皆様方にも大きな協力を頂いております。昨年12月、東京に東南アジアの首脳一同に会していただきまして、初めてのAZEC、アジアゼロエミッション共同体の首脳会談を開催し、「アジアで共に協力していく」こうした思いを共有させていただきました。アジアのエネルギー移行には、莫大な資金が必要とされます。それを日本の金融あるいは技術力で支援していく。そのことによって、アジアの成長を日本も取り入れて日本も共に成長していく。こうした発想の下にアジアゼロエミッション共同体構想、しっかり経済界の皆様にも御協力を頂き進めていきたいと思っております。

 そして、こうした「変化を力にする成長戦略」とともに、「資産運用立国」の取組も日本経済の再生のための主軸であると思っています。

 2,000兆円を超える個人金融資産を、企業の成長へとつなぎ、企業価値の向上がしっかりと家計に還元されていく、こうした循環をつくっていく。新NISA(少額投資非課税制度)に加えて、iDeCo(個人型確定拠出年金)についても年末までに大胆な改革を実施してまいりたいと考えております。

 これ以外にも、戦略投資支援ですとか、GXとDXの統合的推進ですとか、人への投資ですとか、スタートアップ10倍増への具体策ですとか、成長型経済における社会保障の在り方ですとか、政策を進めるに当たって、経済を進めるに当たって様々な論点がありますが、今日は時間の制約がありますので、またの機会に譲らせていただきたいと思います。

 今日申し上げたように、外交・安全保障、そして経済政策、しっかりと進めていかなければならないと考えております。今日もマスコミの皆さん方もこの会場におられるようでありますが、最近マスコミ、記者の皆さんから聞かれるのは、今年の秋の政治日程ばかりであります。しかしながら、やはり総理大臣として大事なのは、日本の平和、繁栄、未来のための政策であると信じております。

 先送りできない課題に一つ一つ結果を出すことに専念する。今はそれ以外のことは考えていない。このように申し上げておりますが、ひたすら政策実行に注力する。これが私の責任であると思っております。是非、経済界の皆様方にも引き続き貴重な御指導御協力を頂ければと思います。というところで話を終わらせていただきまして、この後の懇親会楽しみにさせていただきたいと思います。

 御清聴、誠にありがとうございました。