[内閣名] 第6代第2次松方正義内閣(明治29.9.18〜明治31.1.12)
[国会回次] (帝国)第10回(通常会)
[演説者] 大隈重信外務大臣
[演説種別] 外交方針演説
[衆議院演説年月日] 1897/2/16
[貴族院演説年月日]
[全文]
諸君、今日私は此神聖なる衆議院に向つて口を開きますことは始てであります、諸君と此處に御會ひ申して私の説を述べることは、甚だ私は悦ぶ所でございます、先日豫算委員會に於て、色々此外務省の費用に就いて質問が起りまして、其時に外交の方針を聽きたいと云ふ質問が起りました、其時に此外交の方針は直接に豫算に關係しないのであります、併ながら自ら間接に豫算に關係も致しまするが、是はいづれ本曾に於て述べやうと思ひますから、委員會に於ては、其直接なる事柄のみに向つて答辯を致すと云ふことになつて居りました、それ故に今日は外交の方針に就いて、大體の御話を致さうと思ひます、是は諸君御承知の通に、第一議會以來度々國務大臣が議會に向つて述べられた、外交は開國の主義である、或は開國進取であると云ふことは、度々述べられた樣に存じます、勿論此外交の方針−−方針と云ふよりは、殆ど國是と云ふものは明治初年以來一定不動のもので、今日又將來に於ても、此開國の主義、若くは開國進取と云ふものの如きは變ずるものでないと信じて居ります、又更に是まで述べられた所のものに、多少附加へて私は述べることが必要と思ひます、畢竟此明治の國是として現るる所の外交には、どう云ふことが大切であるかと言へば、維新の大詔にもあるが如く萬國と對立と云ふことが、此萬國と對立−−併立すると云ふことが、總て此外交の方針よりして、有らゆる國家に變動を起して、總て萬國と對立せんとすれは、一國の制度文物教育、有らゆるものを變更しなければならぬと云ふことが起つて、廢藩置縣となり、廢制の改革と爲り、徴兵令等其他種々の法律の改正、新規な法律を拵へ、或は地方の議會、地方に自治を與へる等遂に憲法を制定さるるまでに至つたのであります、總て此の國是、所謂開國進取、言換れは即ち外國に向つて萬國と併立すると云ふ主義からして、日本が導かれて今日大に文明が進んで、世界に重んせられ、尊敬さるると云ふ國にまで進んだのは、皆其主義に從つたものであると存じます、是に於てま一層私は進で申したいと思ふのは、抑々此外交と云ふものは隨分困難なることである、決して此一國で以て左右することの出來ぬ、即ち外交−−此外交と云ふものは、餘程此以前と今日と次第々々に變化して來たのである、諸君、御承知の通に昔の外交と云ふものは、或る一國と一國と、若くは一國と數國、誠に區域の範圍が狹かつたのであります、然るに今日に至つては、運輸交通の便が非常に發達し、世界の利害の關係が餘程密着して來たのである、{原文に、なし}それ故に此外交の有様と云ふものは餘程變化して來た、御承知の通に昨年起つた所の英國とベネズエラ−−英國は世界無比の大國である、世界に殆ど一千万方英里以上の植民地を持つて居ると云ふ大國と、南亞米利加のベネズエラと云ふ小さな共和國、而して其境界が全く沼池である無人の地であると云ふが如きの少しの境界の地の爭が起つたのである、諸君御考へ下され、{原文に、なし}何でもない話、英國の力、英國の強を以て弱小のベネズエラに及ぶ何でもない話であるがなか/\さうは往かぬ、{原文に、なし}直ちに北米合衆國より是に向つて干渉が起つて來た、{原文に、なし}そこで英とベネズエラの問題にあらすして、南北亞米利加と英國の問題になつて來たのであります、それに干渉する言葉にどう云ふ言葉を用ひたかと云ふと、御承知の通に隨分古くから成立つて居る所のモンロー主義、南北亞米利加に歐羅巴の勢力を拒絶すると云ふ一つの主義を持込んだのである、是に於て南北亞米利加と英國の問題にあらずして、世界の問題になつたのである、如何となれば歐羅巴の勢力を入れぬと云ふ如きことであれば直ちに重大の問題に變じて、隨分歐羅巴は亞米利加に植民地を持つて居る、種々の關係が成つて、小さな一植民地の問題が世界的の性質を帶びて來ると云ふものである、ま一つは是も英國である、昨年英國とトランスバールの爭が起つた、是はなんでもない一つの旅行者、或は一つの會社に從事する人がトランスバールに於て革命を企てたのである、其問題は何でもない、一つの亞米利加の一小共和國、殆ど英國の一保護國の如き國に於て起つた事柄で、直ちに日耳曼との關係が起つた、既に日耳曼と英國と干戈を交へんと云ふまでに進んだ、日耳曼と英國の爭は英國と日耳曼の關係にあらずして、日耳曼の三國同盟其他に及ぶと云ふので、矢張世界的の問題になつて來た、段々此外交の範圍が廣くなつて、隨分小さな事も世界に關係すると云ふことである、既に明治二十七年から二十八年に渉る支那の戰は支那と日本の關係である、少も他に關係がないことである、併ながら是も遂に二十八年に至つて歐羅巴の最も勢力ある三國の干渉と云ふことが起つて來た、是も矢張世界の問題になつた、それ故に世界の問題として、隨分世界の有名なる歐羅巴の東方問題などに對して近來では東方問題が、近東問題或は絶東の問題抔と云ふものが、今方に端を日清戰爭から惹起すと云ふことである、なか/\此外交の範圍が廣くなつて來た、利害の關係が、直ちに極細微の事も世界に及ぶと云ふが如き有樣である、是に於て私は一言述べたいのは、此外交と云ふものが第一規模が大きくなくてはならぬ、計畫の規模が廣大でなければならぬ、總ての外交計畫は直ちに全世界に及ぶ、規模廣大なりと云ふことを一言述べます、それから外交の方針否、國是と云ふものは、一定不動連續と云ふの必要を述べたのである、而して之を達するに、もう一つ申上げたい、最も善良なる外交は國際法の主義に密著すると云ふことである、で、國際法の主義に密著する外交は、即ち正理を土臺にすると云ふことである、此正義の力は強いものである、必ず世界公論の同情を得ると云ふ力がある、今日本は數年來の熱心と勉強とを以て、國の進運に乘じて、歐米の各國は餘程日本に友誼を表して、既に四十年來不都合なる條約の下に苦しめられた所のものが、國際法の主義に從つて、日本は眞正なる獨立國と見て、國際法の待隅{前1文字ママ}に依つて、同等なる待遇を受けると云ふまでに進んだのは、是れ畢竟日本の進歩の結果で、且つ英國は世界に先つて日本の條約改正を承諾し、續いて歐米の諸國は十分同情を表して、日本の條約改正を承諾した、今方に既に數十年來の大問題たる條約改正は、僅に澳太利匈牙利{3文字前の字は原文では最終画のタテ棒のない字}の一國を殘すと云ふが如き有樣になつて居るのであります、そこでもう是も早晩落著するに相違ない、其時に當つては、始て日本が世界に向つて同等の位地を保つのである、是まで諸君御承知の通に、治外法權と云ふものは耶蘇教國民の間にのみ行るゝものである、治外法權と云ふものは白哲人種の間にのみ行るるものであると云ふが如きことは隨分立派な國際法の學者達も述べたのでありますが、其妄想は次第々々に消滅して、耶蘇教國以外、白哲人種以外に、日本の進歩は所謂此正理の上から世界の正理の助を受けて、遂に同等の地位を保つと云ふことに至つたのであります、それで是より愈々此條約改正から起る所の日本の利益を收めんとすれば、一層力を盡して此國を進めなくてはならぬであります、又疑なく此國は進むに相違ないのである、此進む所のものは外交と相待つのである、それ故に其外交が遂に此正理の土臺に於て國際法と近寄ると云ふ、最も善良なる外交を執つて往かなくてはならぬ、是に於て決して是は本大臣、即ち此大隈と云ふ大臣の言葉ではないのである、即ち明治政府の方針を代表して言ふのである、此人に依つて變ゆると云ふ外交は甚だいかぬのである、さう云ふものは甚だ危い、一時どうも非常な才智、非常な外交を以て隨分一時を成効した例は澤山あるが、それは所謂沙上の樓閣直ぐ破れてしまふそれが私が初から外交は一定不拔連續と云ふのはそれであります、人が變つて外交が變ずる、それではいかぬ、是は私が明治初年以來の一定不動の方針である、其中に多少過ちがあるか知らぬ、併ながら私は誠意正心此進運に乘ずる、此國體に於て、今御話する主義を以て十分力を致し事に從ふ積である、それで其方針を以て進むに就いては、決して大なる過はないと信ずるのである、又幸ひ今日は日本の外交皆極く親密である、{原文に、なし}多少の問題があつても、是は直ちに結了することが出來ると信じますでござります、私が信ずる所を以て見れば、此外交は必ず日本に對し最も友誼を重んずることになる、或は多少是まで不快の感じを持って居る國も、轉じて十分なる友國となすことが出來ると信じて居るのでござります、大體の方針は、是は即ち明治政府の方針、是迄度々述べられたものを少しく附加へたに過ぎぬ譯であります、終に臨んで一言述べたいのは、今御話する通に日本は既に世界の外交場裡に現れたのであるから、是からして外交の總てと事柄と云ふものは、一層繁劇になるに相違ない、是に就いてはどうしても日本の利益、日本の商賣、其他有ゆるものを外に向つて張ると云ふに就いては、公使館、領事館、其他外交に於ける必要の經費は、是は避くべからざる事である、既に委員會に於ては多少の費目を削られたが、私も成らうことならば、委員曾の決議を重んじては、それに從ひたいと思ひましたが、今御話する通の譯で、次第に日本の地位は世界に高まり、又日本の外に向つて働くべき事柄は日々に殖えて來る、爲に又國民は日々に膨脹して外に向ひ、もう日本の國旗は歐米まで次第に翻へると云ふ如きに至つて、是まで退いて守つた暗の國と餘程有樣が違ひますから、漸次に此外交の費用と云ふものゝ増すと云ふ事は、實に必要と思ひます、實は財政決して今裕なりと云ふではないが、出來るだけの事は儉約をしますが、是は實に目下必要の費用と思ひますから、豫算委員會に於ては削除されましたが、此本曾に於てどうか復活せられんことを望みます、且つ終に臨んで今一言申して置きたいのは、鈴本充美君其他から日露協商の事に就いて質問が起つて居ります、是に御答をしやうと思ひますが、是に就いては日本一國の事でなくして、關係の國があります、其關係の國と今相談中で、是は不日に・・・大方決して之を公にする事に就いて、相手の國は異存はないことゝ信じて居ます、其返答次第で−−或は新聞抔で祕密會抔と云ふ話もありましたが、決して私は祕密會を望まぬであります(此時「大ひや」と呼ふ者あり)公にする積でありますから、{原文に、なし}其時に其事に就いては十分答辯をする積であります。{原文に。なし}