[内閣名] 第11代第1次桂太郎内閣(明治34.6.2〜明治39.1.7)
[国会回次] (帝国)第20回(臨時会)
[演説者] 小村壽太郎外務大臣
[演説種別] 日露交渉に関する演説
[衆議院演説年月日] 1904/3/23
[貴族院演説年月日]
[全文]
諸君茲に本院に向つて日露交渉の開始より斷絶に至るまでの經過を御報道致しますのは本大臣の光榮と致す所でござります(拍手起る)此交渉も半箇年餘に渉りまして頗る複雜を極めて居りますが其始末の極く概略を簡單に申上げまする積でござりますから暫く御清聽を煩したく存じます(拍手起る)御承知の如く明治三十三年の夏義和團事變なるもの圖らず北清に起り列國は其使臣及在留民を救護するの目的を以て兵を直隷に送り協同一致の行動を執りつゝあるに際し露國は大兵を滿洲に進め遂に其全部を占領致しました其當時露國は此占領を以て單に清國の叛徒を鎭壓するためにして決して征服の目的にあらず滿洲に於ける清國の主權及領土保全は飽まで其尊重する所にして從つて又滿洲の占領も全く一時已むを得ざるの措置たることを屡々宣言するに拘らず露國は清國政府に迫りて滿洲に於ける清國の主權を侵し並に列國條約上の權利と相容れざる性質の條約を締結せしめんと致しましたることは數回に及びました帝國政府は其都度屡々清國及露國政府に向つて警告を加へました次第でございましたが其極遂に明治三十五年の四月に至つて露國は滿洲還附の條約を締結致しました其後露國は滿洲還附の準備に著手致しまして其一部は既に實行致しましたが昨年四月に至りまして俄かに其態度を一變し啻に滿洲行政還附及撤兵を行ふことを中止したるのみならず清國に向つて新たに種々要求を提出致しましたる始末でございます斯の如く露國の政策に激變を來しましたのは豫てより露國當路者の間に議論が二派に岐れて居りましたが滿洲の永久占領を主張する一派の意見が其勝ちを制したる結果であらうと信じて居りまする滿洲に於ける事態の發展は帝國政府に於て深く注意を加へたところでございまして御承知の如く韓國の獨立及領土保全二事は帝國の康寧と安全の爲緊要缺くべからざる事でございまして實に我帝國傳來の國是でございます若し露國が滿洲を併呑致すと云ふ事になりますれば朝鮮存立は絶へず迫害を被る事となりまして又東洋の平和を確立する事も出來なくなります故に帝國政府は深く國家の前途を慮るに於て一日も速に露國と交渉を遂げ日友兩國の利益を接觸點たる滿韓兩地に於ける交互の利益を友誼的に調理し將來兩國間に衝突の起るべき原因を一掃するは東洋の平和を鞏固にし帝國の權利利益を確保する所以なるを思ひ之が爲露國と交渉を開くことに廟議一決致しました因て昨年七月二十八日在露公使に電訓致しまして露國政府に向つて我希望のある所を披瀝し其賛同を求めんとしたるに露國政府も欣然是に同意を表しまして且亦露國外務大臣は本件に付談判開始の勅裁を得たる旨を回答致しました因て八月十二日談判の基礎となるべき條件を露國政府へ提出致しました其條件の重なるものを擧げますれば第一清韓兩國の獨立及預{前1文字ママ}土保全を尊重することを相互に約すること第二清韓兩國に於ける各國の商業及工業のため機會均等の主義を保持することを相互に約すること第三露國は韓國に於ける日本の優越なる利益を承認し日本は滿洲に於ける鐵道經營に附露國の特殊なる利益を承認し併せて第一項第二項の主義に牴觸せざる限り各自の利益を保護するため必要の措置を執り得ることを相互に承認すること第四韓國に於ける改革及施政改善の爲助言及助力を與ふるは日本の專權に屬することを露國に於て承認すること第五今後韓國鐵道を滿洲南部に延長し東清鐵道及山海關營口間鐵道と聯結せしめんとすることあるも之を阻礙せざることを露國に於て約すること我提議の要點は唯今述べましたる五箇條でございまする露國外務大臣は此提案を受取りましてより數日を經て本件商議を東京に移さんことを突然發議致しました然るに帝國政府に於きましては本件商議を露京に於て直接に露國當局者と繼續することを事の進行上最も便益と考へましたのみならず丁度其當時露國は極東に於ける行政組織を變更致しまして新たに極東總督を置きましたに依り東京に此商議を移しますることは滿足なる妥協を得るに便ならしむる所以にあらずと考へましたから露國政府に向つて商議地移轉のことに關しまして再三反對を致しましたけれども露國外務大臣は皇帝の外遊等を理由と致しまして之を容れませぬ又我提議を以て大體上談判の基礎と致さんことに附きまして露國政府の同意を求めましたのに露國政府は我提案と露國より提出すべき對案とを併せて之を以て談判の基礎と致すことに同意を致しましたから帝國政府に於きましても此上談判の開始を遷延せしむるを不利益と認めまして遂に東京に談判を移すことに同意を致しました同時に露國の對案なるものを成るべく速に提出されんことを要望致しましたが漸く十月三日に至りまして露國は其對案を提出致しました露國の對案を見ますに露國は韓國の獨立及領土保全を尊重することを約することは異議はございませぬけれども其約諾を清國に及すことを拒み又清國に於ける各國の商業工業上のため機會均等の主義を認むることを肯ぜざるのみならず滿洲及其沿岸を以て全然日本の利益範圍外たることを日本に於て承認せんことを求めたる次第でございます又韓國のことに關しましては韓國に於ける我自由行動權に對し種々の制限を附し日本の利益保護上必要の場合に日本より出兵するの權あるを認めましたけれども出兵を致す場合には豫め露國に知照するを要し又韓國領土の一部たりとも軍略上の目的に使用する事を禁じ又北緯三十九度以北即ち朝鮮領土の三分の一以上に當りまする地域を以て中立地帶となさんことを提議致しました然るに滿洲に於ける清國の主權及領土保全の維持は韓國の在立を保持致しまするため絶對的に必要でございまするし又此事たる露國が自ら任意に且屡々宜言したる所の主義でもございまするし又露國をして條約上の權利を尊重することを約諾せしめ列國と共に商業上の利益を全うすることを必要と認めましたから是等の點に關しましては飽までも我主張を維持することに決しまして又其他韓國のことに關しましても一々必要の修正意見を確定致しまして例へば日本より韓國へ出兵する場合には何等の制限をせざること又若し中立地帶を設くることゝ致しますれば其中立帶は滿韓境界の兩側に跨りまして一定の距離を劃しまして南北各五十「キロメートル」に亘る地域を以て中立地帶となすことを提議することに極めました十月六日以來露國公使と數回會見を致しまして反覆辯論を重ねましたるが其結果或る一部に附きましては我修正を容れましたけれども根本の主義に付きましては到底意見の一致を見ることが出來なかつたのでございます故に政府に於きましては十月三十日に一の確定修正案を提出致しまして露國政府の再考を促した次第でございます其後在露公使をして再三再四露國の回答を促さしめましたけれども遷延又遷延を重ねまして漸く十二月十一日に回答に接しました其回答が即ち露國の第二回對案でございます帝國政府は此の如く露國の回答の遷延致しましたのを深く遺憾と致しましたるが其回答の内容を見るに及びまして尚一層失望を感しましたなぜと申しますると露國は其第二回の對案に於きましては滿洲に關する條項を全然削除し本協商を以て單に韓國のみに關する事とし而して又韓國に於て北緯三十九度以北に中立地帶を設くること又韓國の領土を軍略上の目的に使用せざることに付きましてはやはり原主張を其儘維持した譯でございます然るに本協商の目的は曩に述べましたる如く日露兩國利益の接觸點に於て相互の關係を明かに致しまして將來衝突の原因を一掃することを期しまする譯でございますから若し滿洲を協商の範圍外に置きましたる時には問題の一半は依然解決を見ずして其儘存續致しまして當初帝國政府が交渉を開きましたる趣旨に副はない次第でございます故に此の點に付きましては更に露國政府の再考を促し又韓國に關しましては朝鮮領土使用に關する制限を削除せんことを重ねて要求致しました又中立地帶に關しましては露國に於て此中立地帶を滿韓に跨らしむることに付きまして不同意である以上は韓國にも亦之を設けざることを至當と認めましたから中立地帶に關する條項は全部削除すことを提議致しました此提議に對しましては露國は一月六日に回答を與へました此回答の要旨を述べますれば韓國に關する露國の主張はやはり其儘維持致しまして而して韓國に關する露國の要求を我政府に於て承諾することを條件と致しまして滿洲に於ては日本又は其他の國が清國との現行條約の下に獲得しましたる權利及特權の享有を阻礙せざるべきことを承諾致さうと云ふ議を出しました而して滿洲に於ける領土保全に關しましては何等の規定も設けてないのでございます故に露國は滿洲に關する我要求の一部を容れた如くでございますけれども其實を申しますれば韓國のことに關しまして到底吾に於て同意の出來ない事柄を以て條件と致しまするし又縱令條約上の權利を尊重する事を約諾致しましても滿洲に於ける領土保全を維持しませぬ以上は此約諾を實際に於て何等の効力がないものでございますから帝國政府は是非とも露國をして滿洲に於ける−−清國−−の領土保全を尊重することを約諾せしめ又韓國の事に關しましては讓歩の餘地がございませぬから飽まで我主張を貫くことに決しまして一月十三日露國政府に向つて更に再考を求めましたる次第でございます其後在露國公使をして再三回答を促さしめたでございましたけれども露國は言を左右に託して啻に回答を與へざるのみならず一月三十一日に至りましても尚其回答を與ふべき期日すらも指定しなかつたと云ふ次第でございます帝國政府は只今述べましたる如く終始和協坦懷の精神を以て露國に接しまして露國の提議は帝國の緊切なる利益と抵觸せざる限り成るべく之を容れまして速に時局を解決せんことを期しましたけれども露國は常に謂はれなく回答を遷延し又到底妥協の望はございませぬ修正を提出して時局をして益々困難に陷らしめたるのみならず一方に於ては頻りに平和を唱導し和協の態度を裝ひつゝ他の一方に於ては陰に海陸の兵備を盛んにし其有力なる軍艦の如きは殆ど悉く東洋に派遣せられ又數萬の兵は滿洲地方及其附近に増遣せられ加ふるに兵器彈藥糧食石炭の買入輸送等實に夥しきことでございまして露國は誠意誠心和協の意なく武力を以て我國を屈從せしめんと期したることは爭ふべからざる事實となりまして殊に一月下旬に至りましては滿洲に於ける露國の軍事的活動は益々急調を呈し來りまして此上空しく時日を經過するに於ては我國は到底回復の出來ない位置に立到るは必然の勢となりました帝國政府は衷心平和を思ふに切實なるも事茲に至りましては最早一日も緩うすること能はさるが故に最も愼重にして且周密の考慮を加へまして終に露國との交渉を繼絶(拍手起る)自衛のため必要の措置を取ることに廟議一決致しまして即ち二月五日在露國公使に電訓を發しまして帝國政府は日露協商に關する交渉を斷絶し自から侵迫を被りたる位置を防衛し併せて帝國の既得權及正當利益を擁護するため最良と思惟する獨立の行動を取るべき事並に兩國の外交關係を斷絶し公使館を撤退すべきことを露國政府に通告すべき旨を訓令致しました(拍手起る)在露公使は其翌日二月六日露國政府に向つて此通告をなしたる次第でございます日露交渉の顛末は概略只今申上げました通でございまするが尚詳細の事は本日交渉に關しまする往復書類を本院に提出致して置きましたから此書類に就いて委曲御承知あらんことを希望致します。
〔拍手起る〕