データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第13代第2次桂太郎内閣(明41.7.14〜44.8.30)
[国会回次] (帝国)第25回(通常会)
[演説者] 小村壽太郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1909/2/2
[貴族院演説年月日]
[全文]

諸君、茲に本院に向つて外交の方針及現况に關し、大體の事を演説するの機曾を得ましたは、本大臣の最も光榮と致す所でございます、帝國外交の方針は内外の情勢に鑑み、平和の維持と國力の發展を目的となすことを要するは論を竢たない所でございます、帝國と列國との關係は目下最も滿足なる状態にあります、殊に英國との同盟は我外交の骨髄にして其東洋の平和に資すところ大なるは、諸君御承知の通りでございます、{原文に、なし}而して該同盟改訂以來、日英兩國と他國との間に幾多顯著なる新事實即ち帝國と露國との恊約、英露恊約、日米恊商の如き新事實が發生致しましたが、是の事實は何れも日米同盟の主要目的たる東洋の平和の維持を確實ならしむるものに屬して居りますから、日英同盟の基礎は之がため何等動搖を起すの虞なきのみならず、却て益々其鞏固を加ふることに至りました次第でございます、日英兩國は同盟の實効を確認致しまして、該同盟が目下最も健全なる状態にあることは本大臣の斷言するに躊躇致さぬところでございます、次に帝國と露國との交際は益々親密を加へまして、兩國は啻に一昨年締結されました恊約の明文及び精神を嚴守するに止まらず兩國政府の執れる平和的政策は相合して其効果を實際に現はし兩國間の交渉案件は常に和衷の精神を以て調理されつゝあります、今後兩國間關係の益々親密になるべきことは本大臣の信じて疑はぬところでございます、{原文に、なし}又帝國と佛國との關係に至りましても、極めて良好でございまして、兩國政府は互に相信頼して一昨年締結の恊約を確守して居ります、又兩國民間の關係も漸次益々密接なるの傾向を有して居りまするのは恂に慶賀に堪へぬ次第でございます、帝國と獨逸との關係に至りましても、是亦甚だ滿足なる有様でございます、獨逸國の帝國に對する態度が公正にして友好なること、並に其東洋に於ける政策が帝國の政策と全然相一致する事は昨年ビューロー公が獨逸帝國議曾に於て爲したる言明に依つても明瞭であります、而して日獨兩國民の關係の更に一層の親密を加へんことは本大臣の切に希望するところでございます、帝國と清國との關係は御承知の如く政治上並に經濟上極めて重大にして且緊切のことでございますから、兩國に於ては其交情を厚うすることの必要あることは勿論のことでございます、然るに日露戰役の後整理を要すべき事項は多く清國に關係致しましたるのみならず、兩國の地理上相接近して居りまするため自ら兩國間の交渉案件を多からしむる傾向あるは免れぬところでございます、從つて從來兩國政府間の懸案となつて居つたのも其數は少なくございませぬ、然るに是等懸案の幾部分は最近に至り既に解決を告げました、其他今尚殘留して居ります重要なる問題に付ましても、兩國政府に於て大局を顧念し和衷の精神を以て妥結に從ふに於ては是等問題の解決は決して不可能のことでないと云ふことを信じて居ります、而して清國の内政に至りましても兩國の關係頗る親密なるため清國國内のことに屬する事件と雖も動もすれば帝國に影響することは免れない次第で、從つて帝國に於ては常に清國内政の釐革に付ては最も深き注意を用ゆる必要がございます、殊に清國諸般の改革は清國自身は勿論、是と重要なる通商關係を有して居る列國に對しても其利益を與ふるものでございますから、帝國に於ては多大の同情を以て改革の進捗を注視しつゝある次第でございます、昨年末に於ける兩宮の崩ソ{いちた+且}は清國に取りまして重大なる事件でございましたが、同國の有司が時局の困難を察しまして、小故を捨てゝ恊力一致し、善後の處置に苦心し、無事に凶變に伴ふ難局を處理しましたのは、恂に喜ぶところでございます、今後清國當局者に於て大局の保全に重きを置き、互に相提携して國務に當るに於ては清國の秩序は十分に保持せられ、革新の事業は漸次其進捗を見ることゝ信じて居ります、清國の前途東洋の大局のため切に清國當局者の注意を望むところでございます、又帝國の清國に對します政策は御承知の如く門戸開放、機曾均等の主義即ち清國に於ける列國の商工業に關して列國均等の位置を保つと云ふ主義を嚴守するに在ることは御承知の通りでございます、帝國は既往に於ける將來に於ても亦其主義を保持して渝らざる決心でございます、然るに從來或は本件に關する帝國の誠意を疑ひ、我に對して兎角の批評を加ふる者もありましたが、帝國の決心と帝國が其誠意を以て之を實行せる事實は漸次列國人民の認むるところとなりまして、我に對する誤解も日を逐うて氷解するに至りました次第でございます、又日米の親交は御承知の如く歴史的性質を有して居るのみならず、其根柢の確固なることは先般米國艦隊の來航に對する我國民歡迎の誠意と、米國國民の我に對する友交の精神とに依りても明瞭なる次第でございます、永遠に此親交を維持するは日米兩國のために缺くべからざるところのみならず、兩國間通商の發達は此親善の關係をして益々鞏固ならしむるの必要がございます、而して東洋及太平洋に於ける日米兩國の政策は、從來互に相一致して何等扞格する所なきに拘はらず、世間或は兩國の交情に對して疑を挾み、其永遠の親交に障害を與ふるの虞がございましたから、兩國政府は其政策を中外に宣示して一切の誤解の原因を除去する事を得策と認めまして、先般兩國政府間に外交文書の交換を見るに至りました次第でございます、其内容に至りては既に御承知の事でございますから別に説明を要しないと信じます、斯の如く日米兩國政府は其共同の政策を發表致しましたのは啻に日米間永久の親交に資するところ多きのみならず、東洋平和の維持の爲に貢獻する事甚だ大なるべきは疑ふべからざる所と考へて居ります、又近頃米國加州立法府の問題となつて居ります諸議案の如きに至りましては、事同國の一部分に於ける事項に屬して居りまして同國多数人士の賛同する所ではございませぬから、帝國政府は米國中央政府の誠意と同國國民の明識とに信頼致し、何等重大なる國際問題を惹起するに至る事なかるべきを期待して居ります帝國と最も密接なる關係を有して居りまする諸國との交際の有様は唯今申上げる通りでございます、其他の友邦との關係に至りましても是又親密を加へつゝありまするから、平和維持の基礎−−平和維持の基礎は既に確立したることゝ考へて居ります、平和維持の基礎にして既に確立致したる上は帝國は此時機に於て國力發展のため、最も必要なる對外商工業の發達進歩を圖ると云ふことは勿論のことでございます、而して對外事業の細目に至りては今茲に絮説を要することもございませぬが、移民問題と條約改正の二件に付きましては聊か茲に説明を爲して置く必要があらうと考へます、移民問題を攻究するに當りまして第一に注意を要することが一つございます、{原文に、なし}即ち日露戰役の結果、帝國の地位一變し、其經營を行ふべき地域の擴大を見るに至りましたるを以て、我民族が濫りに遠隔の外國領地に散布することを避け、成るべく之を此の方面に集中し、其結合一致の力に依り經營を行ふことを必要とするに至りましたることでございます、次に注意を要しまするのは我對外事業中最も重きを置かなければならぬものは對外商工業でございます、故に對外商工業の發達を沮害すべき事項は努めて之を避くる必要がございます、政府は是等の諸點を考慮致しまして加奈陀及合衆國への移民に關しましては既定の方針を蹈襲致しまして誠實に渡航の制限を實行しつゝあります、而して其他の方面に於ける移民に關しましては其成績は未だ判明するに至りませぬから、目下尚攻究中に屬して居ります、次に條約改正のことに關しまして一言述べて置きます、現行條約は御承知の如く其實施の日より十一箇年を經過すれば締約國の何れにでも一箇年の豫告を以て之を廢棄し得ることになつて居りますから、政府は明年列國に對して條約廢棄の通告を爲す筈でございます、而して明後年に至つて愈々現行條約廢止となりましたる上は、税權は全く我に歸し維新以來の宏謨たる國權の回復は茲に初めて其全きを告ぐる次第でございます、而して斯の如く現行條約廢止と決しましたる上は、帝國は全然列國と對等の位置に立ちまして、適當の時期に於て國別に新條約締結の談判を開始致しまして、專ら利益交換の趣意に基きまして交渉致しまして對手國との通商關係等を斟酌致しまして、適當の條約を締結し、以て彼我通商の健全なる發達を遂げんことを期して居ります、{原文に、なし}其細目に至りましては目下條約改正準備委員をして各問題を調査せしめつゝあります、外交の方針並に状况は唯今申述べました通でございますから、宜しく御了承あらんことを希望致して置きます。〔拍手起る〕