データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第16代第1次山本權兵衛内閣(大2.2.20〜3.4.16)
[国会回次] (帝国)31回(通常会)
[演説者] 牧野伸顯外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1914/1/21
[貴族院演説年月日]
[全文]

茲に本院に於きまして、帝國の外交方針及其經過に就て大要を述べまする機會を得ましたのは、私に於て光榮とするところでございます、帝國と締盟各國との國際關係が益々親善の状態にありますることは、唯今總理大臣より述べられましたる通りであります、殊に支那に於て東亞の秩序を維持致しまするために、列國と協力することを得ましたのは、大局のために大に滿足するところでございます、支那の獨立及領土保全機會均等の主義を恪守することは、現内閣に於ても從來と變はることはないのであります、英國との同盟條約も、其目的は此根本義を確立するにあるのでありまして、近く支那の動亂が漸く鎭靜に至りましたことは、世界のために賀するところでありまするが、右に對しまして此同盟の存在が與つて力のあることを斷言して憚らぬところであります、又將來東亞の平和を維持するために、此同盟の力に俟つことが多いのであります、又日露恊約の關係上、支那に於きまして利害の近接致しまする地方の問題に就ては、同國と常に意見の交換を怠らぬのでありまして、從つて兩國の國交關係益々親密に趣きますことは大に喜ぶところであります。帝國は南滿洲及び東部内蒙古に於ては、條約其他の關係に於て特殊の地位を有して居るのであります、且該地方は我領域と接續しますために、他の地方とは其趣を異にして居るのであります、此特別なる地位を維持するために、常に特別なる注意を拂つて居るのであります、又必要に應じまして關係者に向つて其事情を言明することに努めて居るのであります、該地方其他支那全局に亘りましては、我經濟上の位置は近年大に鞏固になりました、貿易及海運の如きは長足の進歩を告げまして、且在留邦人の増加は著しいものでありまして著々其の地盤を固めつゝあるのであります、日支兩國の實業上の關係は益々緊密になりまして、此の傾向を助長援助すると云ふことは帝國の利益を増進することでありまして、此の事情は我對支政策を行ひます上に於いて、常に大に留意致して居るところであります、是れより支那及其の他の地方に於きまして、重要なる出來事に對しまして其の概要を御報告申上げます、支那に於いて共和政府が樹立せられまして一時行政費に窮乏を告げまして、時の國務総理唐紹儀より四國銀行團に六千磅の借款を申込んだのであります、四國銀行團は支那に最も利害の關係を有つて居りまする日露兩國の資本家が、共同して此の事業に當ることを誘引して來たのであります、當時支那の有樣は此借款の成立が其國運を制するが如き有樣でありまして、又此四國團關係者は既に支那に於て數億萬兩の債權を持つて居りました、從つて支那の財政上に就きましては痛切なる利害關係を有して居つたのであります、又四國政府は其債權を保全する上に於て、常に援助を惜まない事情でありましたこと、彼是の事情を考へまして帝國政府は我銀行團が此案内に應ずることを國家の利益に適ふものと考へまして、是に參加することを勸告したのであります{原文に、なし}此に於て我銀行團は一昨年の三月、此に參加することを決定致しましたのであります。其當時帝國政府は南滿洲及び東部内蒙古に對しまする特殊の地位に考へまして、我銀行團をして留保せしむるところがあつたのであります、我政府は我銀行團が、一度此借款團に加入致しました以上、其目的を達することに常に盡力致しましたため、此借款團は六七箇國の関係者より成つて居りまする頗る複雜なる事情を含んで居る團體でありましたが、幸にして其目的を達することを得たに就ては、我政府及銀行團の貢獻する所少なからさりし次第と考へて居ります、昨年三月國民黨首領宗教仁の遭難以來、袁世凱派及國民黨の間の確執が甚しくなりまして、何時國内の騒擾紊亂を見ることも測り難い有樣でありました、政府は此ときに於て事を未發に防ぎ、速に事局を收むることを得策なりと考へまして、我公使及當該領事に屡々訓令を興へまして、雙方の責任者に向ひまして、過激の手段に陥つて爲に新制度の基礎を危くし累を東亞の大局に及ほすが如きことは、甚だ面白くないことであるから、愼重の態度を保つやうにと云ふことを、誠意を披瀝して勸告を試みたのであります、兩責任者に於きましても、我意の在るところを諒しましたのであります、其後一時小康を得た姿でありましたが、支那國内の形勢は途に不幸にして七月上旬を以て衝突を見るの餘儀ない事情になつたのであります、此時に於きまして帝國政府は不偏不黨の方針を勵行する必要を認めまして、關係の向き/\に對しまして其趣意を訓令し、且殊に動亂地方管轄領事官に對しまして、苟も邦人の戰鬪に參加すること、又軍資金及武器を供給するが如きことのないやうに嚴重に取締るやうにと云ふことを訓令し、一般に其趣を公示せしめたやうな次第であります、而して南方の勢力は衰へまして、九月になつて遂に第二次の動亂は終局を見るに到つたのであります、袞州事件及漢口事件は、共に帝國の陸軍に對して重大なる侮辱を加へたものでありまして、殊に南京陥落の際、本邦人に對する虐殺掠奪事件は帝國の威嚴を損するものでありましたから、政府は其際に於きまして事件の性質を考へまして、且東亞の大局、日支兩國の特別なる關係等を慮りまして、適當と考へる要求條件を九月十日支那政府に提出したのであります、即ち帝國軍隊の威信面目を保持すること、帝國臣民の被りました損害を救濟すること、斯の如き事件の再び發生せぬやうに、當該責任者を十分に處分すること等を目的と致して、要求致したのであります、支那政府に於きましては我誠意のあるところを諒しまして、我要求に對して三日を經て大體に於て之を容れたのであります、其次第は昨年の十月十日及本年の一月六日に於きまして、既に公表致した通りであります、支那共和國の承認問題に付きましては、政府は支那國内の事情之を許す場合に達しましたならば、列國が同時に且同樣の形式に於て之を承認すること得策であると考へまして、明治四十五年の二月に於て英、米、獨、佛、露、墺、伊の七箇國に此議を提起致しましたところが、各列強政府は之に同意致したのであります、其後支那の國情は改善に向つて參りましたからして、政府は支那新政府に於て從來各國に負ふ所の條約上及慣行上の責務を遵守することが明瞭になつた場合には、同文公書を以て之を承認するが良からうと云ふことを、重ねて關係列國政府に申込んだのであります、續いて帝國政府は昨年六月更に列國政府に對し此事件を恊議するがために、在支那帝國公使より會議を催すことを請求したときは、各其在北京公使に此會議に參加するやうに訓令を發せられたきことを重ねて申込んだのであります、其後北京外交團は九月三十日及十月二日、此兩日に於て會議を開きますことに決定致しましたからして、山座公使は其席上に於きまして、支那政府が大総統就任宣言書中に、從來條約慣例に依つて負ふて居つたところの責務を確認すると云ふ聲明を加へ、且つ其の宣言書を大統領選擧の通知と同時に各公使館に發送した場合に、各公使は同時に且同文公書を以て新政府を承認するがしかるべきであると云ふことを發言したのであります。各出席公使悉く之を同意致しまして、其の支那側に對する交渉及び同文公書の起草方を、一に山座公使に委任したのであります、袁世凱は十月六日を以て大總統に選擧されまして、山座公使は即日支那政府に對して列強と共に承認の通告を規定通りに致しましたのであります、是に於きまして最初の目的−−共同行動の目的を達することが出來たのであります、加州問題に付て申上げます、過去十數年間加州議會に於きまして毎期必ず排日的議案が現はれたのであります、米國政府の熱心なる調停、及帝國臣民の適宜の處置と相俟つて、幸に事なきことを得たのであります、然るに昨年の議會に於きましては、日本人の不動産所有禁止を目的とする所謂「ウエツプ」案なるものが遂に大多數を以て通過致しました、五月十九日知事の署名を了しまして、八月十日より實施することゝなつたのであります、然るに該法は日本人に對しまして他の外國人に比して差別取扱をするのでありまして、固より之を黙視することが出來ぬので、爲に日米兩國政府の間に重大なる交渉事件を惹起したのであります、此交渉の至大となつたのも、即ち此差別取扱の點が其主なる點の一つであつたのであります、帝國政府は加州の形勢に顧みまして、本件に關しまして米國新政府の切實なる注意を喚起する必要を認めまして、大統領「ウイルソン」氏就職後第一の機會に於て、珍田大使に謁見を求めさせまして、兩國の親交に顧みて、懸案の土地法案に對しまして、適當の手段を執られるやうにと云ふことを切に述べたのであります、大統領は大使の言ふところを謝しまして、州の獨立の權内に干與することは出來ぬことであるけれども、併しながら力の及ぶ限りは、帝國政府の期待に副ふ積りである、斡旋することを辭せないと云ふ挨拶をしたのであります、續いて三月十三日、大使は更に國務長官「ブライアン」に面會しまして、同樣の言明を得たのであります、又加州方面に於きましては、我領事も最初より訓令に從ひまして、其力の及ぶ限り盡力を致したのであります、桑港博覽商業會議所、其他有力なる團體に於きましても、又新聞紙中にも此土地法案に反對を表したものが尠くなかつたのであります、其他、内外日本人及米國人にして、正義を尊び國交を重んずるものにして滿足なる解決を得たいと云ふ趣意を以ちましていろ/\に工夫を凝らした者もありましたのであります、一時大勢の歸著する所或は緩和する餘地もあつたやうに認めましたのでありますが、遂に大勢は排日案が益々勢力を得て參つたのであります、此場合に於きまして珍田大使は帝國政府の訓令に依りまして四月十二日國務長官と會見しまして、更に四月十五日大統領に謁見しまして、帝國政府の國家の面目上,本件を極めて重大視すると云ふことを反覆述べさせたのであります、從つて本案に對して今一層の盡力を要望した次第であります、大統領及國務長官は孰れも深く我意の在る所を諒しまして、土地所有權の許否が州の權能に属すると云ふことと、中央政府と及加州常局者と、其政派を異にすると云ふことが相俟つて此問題の當面の解決に畢竟困難を感ずるところである、併ながら本件に付ては全力を注いで盡したい決心であるから、其趣は能く帝國政府に取次ぐやうにと云ふことを大統領及「ブライアン」共に申したのであります、四月十八日に至りまして大統領は國務長官に命じまして知事に電報を發しまして、友邦との親交に鑑みて、法案を變更して、土地所有權の標準が歸化權に依らぬやうに改めたが宜からうと云ふことを勸告致しましたのであります、其後同月の二十二日及五月一日、此兩度大統領より直接に電報を發しまして、又五月十一日に大統領は更に國務長官に命じまして、電報を知事に發せしめたのであります、孰れも法案の緩和若くは防止の意味を以て此電報を發したのであります、又珍田大使も爾來屡々國務長官と會見致しまして、此法案は條約の主義上精神上に戻るものであると云ふことを繰返しまして、我主張の貫徹に努めましたのであります、此日本人に區別待遇を與ふるが如き立法を見ないやうに、更に言葉を極めまして要求致した次第であります、大統領は是に於て遂に國務大臣を加州に特派致しまして−−致しますことに決しまして、同長官は二十八日加州の首府に到著致しましたのであります、到著次第兩院の恊議會に臨みまして、中央政府の希望を述べまして、又いろ/\調停的の發言を致しましたのであります、然るに知事及其一派は州の不干渉説を唱へまして、遂に此法案を通過確定することに至りましたのであります、土地法が加州兩院を通過致しまするや否や、帝國政府は五月十日を以ちまして、珍田大使をして第一回の抗議書を國務長官に手交致させましたのであります、國務長官は我抗議に接しまして、五月十一日大統領の命を以ちまして加州知事に電報を發しまして、日本政府より抗議のあつた次第を告げまして、又大統領は外交的の折衝に依り、外國人土地問題を處理する爲に進んで斡旋することを厭はないと云ふことを通じましたのであります、而して知事の反省を求めまして、法律案の通過しないことを希望致したのであります{原文に、なし}右に對しまして知事は本案制定の必要と條約違反にならぬ−−ならない旨を返電しまして十九日に至りまして、遂に之に署名するに至つたのであります、此報に接しまして國務長官は直に我抗議書に對する回答書を珍田大使に手渡致しました次第であります其回答書の要領は該法は−−該法に付きましては、米國政府は全力を注いで善後策を講じたのであるけれども、大勢遂に通過した次第である、それに對しては遺憾の意を表する、又轉じまして此法律案は決して他の意味があるのではない經濟の必要から出たものであると云ふ意味を述べまして尚其他我抗議書にある二三の點に對しましてそれ/\辯明を加へたのであります、此米國政府の回答書は無論帝國政府の滿足するところでございませぬからして、六月四日珍田大使をして右に對し辮駁書を第二回の抗議書として國務長官に提出致させましたのであります、其要領は更に條約違反の點を指摘細論致しまして、米國政府の再考を求めたのであります、七月十日になりまして國務長官は帝國政府の第二回の抗議書に對しまして、其掲げてある諸點に對しまして精細に論辯を加へまして、又其他本件の救濟費として二三の事項を加へて寄越したのであります。又帝國政府は此第二回の回答書に對しまして、更に第三回の抗議書を草しまして、八月二十六日、珍田大使をして更に國務長官に提出致させましたのであります、此第三回の我抗議書に對しましては、米國政府より未だ回答に接せぬのであります、加州土地法に對する帝國政府の抗議書及之に對する米國政府の辯明は、唯今概略を述べます通りでありますが、それを發表することの出來ぬのは誠に不幸であります、要するに帝國政府は米國政府の辯明は到底滿足すること能はぬものでありますから、結局政府は本件の解決法としては、別に方法を講じなければならぬ必要を認めて居る次第であります、今日の場合此以上此席に於て申すことの出來ぬのは、甚だ遺憾に存ずる次第であります、昨年の二月墨西哥に於きまして内亂が起りまして「フユルタ」將軍が假大統領となりましたが、其の以後國内鎭靜に赴かず十月の交「トレオン」地方の陥落と共に事情は一層急迫して參つたのであります、墨西哥には日本人凡そ三千人も居るのでありますから、此以上事情の急迫する場合を慮りまして、昨年十一月萬一の變に應ずるが爲め在墨西哥同胞の保護として帝國軍艦出雲を派遣することに致したのであります、出雲艦は現に墨西哥地方の太平洋沿岸に到著致しまして、我帝國公使と恊力致しまして帝國臣民の保護に從事致して居るのであります、願くば墨西哥の國内速に平定致しまして、内外外人の安堵を得ますことを偏に希望して居る次第であります。〔拍手起る〕