データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第17代第2次大隈重信内閣(大3.4.16〜5.10.9)
[国会回次] (帝国)34回(臨時会)
[演説者] 加藤高明外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1914/9/5
[貴族院演説年月日]
[全文]

諸君、本大臣は茲に諸君に向つて、今回日獨兩國の間に於ける國交が斷絶して交戰状態に至りたる經過、並に此れに關聯して、日墺間兩國間の干係斷絶に至りたる經過の概要を御報道致します、諸君の夙に御承知の如く、今回の歐洲戰亂は其基を墺洪國、塞爾比の干係に發しまして、墺洪國は塞國に對し、去る七月二十八日宣戰の布告をなし、右の次第は同日を以て墺國政府より同國駐箚の我特命全權大使に口上書を以て通知されました、是より先き露國は墺洪國の塞爾比に對する行爲を控制するの目的を以ちまして、動員を爲し、墺洪國も之に應じて動員を行ひ、此の如くして強國間の形勢は甚だ危急を告ぐるに至りました、此に於て英國は英、佛、獨、伊四箇國の會議に依つて時局を平和に解決せんことの提議を爲しました、けれども此議は關係諸國の容るゝ所とならず、英國の盡力は遂に無効に歸した次第であります、而して墺洪國は遂に全軍の動員を行ひ、其報道の露國に達するや露國も亦軍事的措置を擴大するの必要に迫られた樣子であります、七月三十一日獨逸國政府は露國の政府に對して、翌八月一日正午までに軍事的措置を總て中止するにあらずんば、獨逸も總動員を行ふと云ふことの通知を爲した尋で八月一日、在露都獨逸大使は本國政府の名を以て、露國外務大臣に宣戰の旨を傳へました、露國も之に應じて翌二日を以て獨逸に對して宣戰を致しました、獨逸は又一方に於て、七月三十一日以來佛獨國境に於いて軍事的行為を爲し其在佛大使を召還致しましたるが故に、佛國も亦動員を爲すに至りまして、其在伯林の大使を召還して佛獨の兩國は終に交戰状態に入つた次第であります、{原文に、なし}獨逸は又蘆森堡の中立を侵しましたのみならず、更に白耳義に向つて最後通牒を發して獨逸の佛國に對する軍事行動を容易ならしむるが爲に、白耳義の中立を侵害するの已を得ざるに至りまして、其事を甘受せよと云ふことの申出を致しました、而して英國は白耳義の中立に關しては、從來重大なる利害干係を有つて居りまするが故に、此事を聞くや白耳義の中立に關して、佛獨兩國政府に照會をして其意嚮を尋ねたところが、佛國は英國の問合に對して、其他國にして白耳義の中立を侵さゞる以上は、佛國も亦之を尊重すると云ふ答を致した、之に反して獨逸は英國の要求するところの保障を與ふることを拒みました、斯る成行の下に英國は終に獨逸に對して露、佛、兩國の側に立つて歐洲戰爭に參加すると至りました次第であります、以上申述べた所は今回の戰亂が、始め墺塞の葛籐に基を發して、遂に獨墺對露佛英の三國間の對戰を見るに至りました徑路の大要であります、帝國政府に於ては最初墺塞間の關係が、延て露獨間の交渉となり、歐洲に於ける風雲の轉た急なるを見まして、前途の發展に對して憂慮措く能はざる次第でありましたが、先以て其際内外に對する帝國の態度を宣明するの必要を認めて、八月四日次の如き聲明を帝國外務省より公示するに至りました、公示をちよつと朗讀致します

帝國政府は歐洲政局の最近の形勢に對し政治上及經濟上憂慮の念を禁する能はす而して帝國政府の切に冀望する所は右紛爭か一日も早く解決を告け平和の克復を見るに在ること固より言を俟たすと雖も不幸現時の戰局か繼續する以上帝國政府は右戰局か可成紛爭の現に感染せる地方以外に波及せさらんことを冀望し且帝國政府は嚴正中立の態度を確守し得へきことを期待するものなり然りと雖も時局今後の轉變に就ては最も細心の注意を要するものあり萬一英國にして戰爭の渦中に投するに至り且日英恊約の目的或は危殆に瀕する等の場合に於ては日本は恊約上の義務として必要なる措置を執るに至ることあるへし此の如き時期の途に到著すへきや否やは今日固より豫言し得さる所なるのみならす帝國政府は斯る場合の發生せさることを切に冀ふものなりと雖も政府は諸般の情勢に對し現に愼重なる注意を加へつゝあり

此公示に依つて明でありまする通りに、帝國政府は初めより歐洲戰亂の餘波が極東に波及することなきを切に冀望したのでありますが、前に申述べた如く英國が竟に此戰爭に參加するを餘儀なくせらるゝに至り、其結果として八月の初旬以來、英國政府は日英同盟恊約の規定に基き、相當の援助を與へられんことの申出を帝國政府に爲されたのであります、蓋し東亞の海面には獨逸の艦艇が頻に出没致して、英國の海上貿易は甚だ不安の状態に陥りました、本邦の海上商業も、亦障害を受くること決して尠なからぬ有樣でありました、且又獨逸の極東租借地たる膠州灣に於ては、日夜戰備を修むるに汲々として、同地を以て獨逸の東亞に於ける策戰の根據地と爲さんと致しました、是が爲め極東平和の維持は頗る困難と相成りました、日英同盟恊約は諸君の熟知せらるるが如く、東亞全局の平和を確保すること、支那の獨立と領士の保全、同國に於ける機會均等主義を確實にすること、及東亞に於ける日英兩締盟國の領土權を保持し、其特殊利益を防護するを以て目的と致して居りまするが故に、東亞方面に於て英國が帝國と均しく其特殊利益の一なりとして、最も重きを措くところの通商貿易が、敵國のために威嚇を受くるに方り、我政府に援助の申込があつた以上は、該同盟を以て外交の樞軸とするところの帝國に於ては、固より其要求に應じて相當の力を致さなければならぬ次第であります(拍手)且動もすれば日英同盟と利害の方嚮を異にする獨逸國が、●{前1文字カスレのため判読不可}勢力の根據を絶東の一角に持つて居りますることは、啻に東亞の平和を永遠に確保する上に於て、甚だしき障碍なるのみならず、又實に帝國の利害に背反するものと認めました(拍手)故に政府は英國の要求に應じ、獨逸國と開戰するの避くべからざるものあることを決心致しました(拍手)闕下に伏奏して御允裁を仰ぎましたる後に、英國に對して我政府の決意を告げ、其後兩國政府間に十分隔意なき恊商意見の交換を遂げました後、同盟恊約の豫期する全般の利益を防護するがために相當の措置を執るは極めて必要なりと云ふ議を決するに至りました(拍手起る)元來帝國は自ら進んて今回の戰亂の渦中に投ぜんとするの意思の無かつたことは申すまでもなく、唯東洋永遠の平和を確保し、同盟國特珠の利益を防護し、次て同盟の誼を重んじ、恊約の基礎を牢固ならしむると云ふことは、帝國の責務なりと信じたのであります(拍手)然れども帝國政府は此際に方つて尚平和の手段を以て、其目的を達し得べくんば此上結構なことは無いと云ふ考を以て、誠意を以て一應の勸告を獨逸政府に試むることに決しました、八月十五日を以て次の如き勸告を獨逸政府に致しました

帝國政府は現下の状勢に於て極東の平和を紊亂すへき源泉を除去し日英同盟恊約の豫期せる全般の利益を防護するの措置を講するは該恊約の目的とする東亞の平和を永遠に確保するか爲に極めて緊要の事たるを思ひ茲に誠意を以て獨逸帝國政府に勸告するに同政府に於て左記二項を實行せられむことを以てす

第一

日本及支那海洋方面より獨逸帝國艦艇の即時に退去すること退去すること能はさるものは直に其武装を解除すること

第二

獨逸帝國政府は膠州灣租借地全部を支那に還付するの目的を以て千九百十四年九月十五日を限り無償無條件にて日本帝國官憲に交付すること

日本帝國政府に於て敍上の勸告に對し千九百十四年八月二十三日正午迄に無條件に應諾の旨獨逸帝國政府よりの回答を受領せさるに於ては帝國政府は其必要と認むる行動を執るへきことを聲明す

此勸告を致しましたところが、所定の期日たる八月二十三日正午に至るも、獨逸政府より何等の回答に接しなかつたのであります、從て兩國は不幸にして其國交絶ち、交戰状態に入ることゝ相成りました、八月二十三日午後を以て獨逸に對する宣戰の大詔は煥發せられたることは、諸君の御承知の通りであります又墺洪國に對しては同國に於ては、東洋に於て有するところの利害關係が甚た尠なく今回の戰亂は其基を墺洪國對塞爾比事件に發生せるに拘らす、帝國の立場は右紛爭の次第には何等關係を有しませぬが故に、帝國は墺洪國に對しては成るべく平和關係を持續したいと云ふ希望を持つて居りましたし、同國に於ても亦努めて帝國との葛藤を避くるの意思を持つて居られたものゝ如くでありまする、現に日獨兩國間に交戰状態の成立たんとする秋に際して、墺洪國政府は帝國政府に對し、日墺兩國間に交戰を餘儀なくするに至るべき唯一の原因たる同國軍艦「カイゼリン、エリサベツト」が東洋に在ることに言及しました、其軍艦は中立港たる上海に廻航して、日獨兩國に交戰の繼續せらるゝ間、武装を解いて上海に繋留して置きたい就ては膠州灣より上海に至る航路の安全を帝國政府に於て保障されたいと云ふ申出がありました、帝國政府に於ては前申す如く墺洪國との間には何等戰を爲す原因を有せず、又必要をも感じませぬが故に、成るべくは其請に應じて「カイゼリン、エリサベツト」を上海に廻航せしめたいと云ふ希望を持ちましたけれども、當時我同盟國たる英國の軍艦は、既に我艦隊司令長官の指揮の下に在つて、他の方面の海洋に出動して居る次第でありますから、我帝國の軍艦は墺洪國の軍艦に手出しをしなくとも、英國軍艦にはあれに手出しをすることがあつては、帝國自身の希望を達しない次第でありますから、先以て英國政府に帝國政府の趣旨を以て相談致しました所英國に於ても帝國政府の申出に應じて、或條件の下に墺洪國政府の依頼に英國政府の應ずることに對して異議はないと云ふ返答がありました、右に依て將さに墺洪國大使に對し本大臣より其旨を通知せんとせる其刹那に於て、墺洪國大使は本國政府より訓令を受けた所が、自分は任地たる東京を去つて歸國せよと云ふ命令を受けました、就ては旅行券の交付を請求すると申すことでありました、是に依つて吾も甚だ遺憾なる感じを持ちましたけれども、既に其請求がある以上、固より拒むべきものでありませぬから、直に旅行券を交付すると同時に在墺帝國大使に對しても任國政府に對して同樣の請求を爲して歸國せよと云ふ命令を發した次第であります、以上申述べましたるところが、今回の日獨開戰並に日墺外交關係斷絶に至りましたる經過の大要でありまする、尚此機會に於て諸君に御報告申して置きたいのは、今回の事變に際し、米國政府の帝國政府に對して表明せられたる厚意であります、帝國政府は曩に日獨間の關係危殆に瀕するや、米國政府に向つて、若し日獨兩國間開戰の場合に於ては、獨逸に於ける帝國の公館並に其臣民の保護に任ぜられたいと云ふことを依頼致しましたるところが、米國政府は直に快く承諾せられ、其後日墺兩國間の國交斷絶するに及びまして、再び在墺帝國公館並に帝國臣民の保護を米國政府に依頼致しましたところが、是亦其快諾を得ました次第で、爾來米國政府に於ては、我が敵國に殘留しまするところの帝國臣民の保護に付て、非常に深く配慮せられて居る次第であります、帝國政府は此米國政府の好意に對し、深く感謝するものなることを爰に表明致しまするが、諸君に於ても定めて御同感と信ずる次第であります、本大臣は帝國が獨逸國に對し干戈を執るに至りたるは深く遺憾とするものでありまするが、叡聖文武なる {空白ママ}天皇陛下の陸海軍は、既往幾多の戰役に於て、其常に表彰したりし忠實勇武を、今回も亦遺憾なく發揮することを確信致しまして、速に平和の克復せられんことを諸君と共に祈るものであります。

〔拍手起る〕