[内閣名] 第17代第2次大隈重信内閣(大正3.4.16〜5.10.9)
[国会回次] (帝国)36回(特別会)
[演説者] 加藤高明外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1915/5/22
[貴族院演説年月日]
[全文]
諸君、前議會以後に於ける外交の状況は過般來日支兩國の間に交渉進行中でありましたる案件の外に、特に茲にご報告致すほどの重要の事項はございませぬに付きまして、本大臣は茲に諸君に對して該案件、即ち日支交渉中なりし案件の性質、並に其經過の概略に關して開陳致したいと存じます、尤も此の案件は未だ大體の恊定を結了したに止まりまして、條約文及之に附屬するところの公文書の作成に付ては、現に兩國の委員間に恊議進行中でありまして、未だ之を公表するの時機に到つて居りませぬ、從つて今日は單に既に恊定を了したる大體の趣旨に付て報告するの外ないことを御諒察を願ひたい、曩に前の議會に於て當時の議員諸君に報告致しましたる通り、帝國の陸海軍は客年十一月七日極東に於ける獨逸の根據地たる膠州灣を占領致しまして、戦局は茲に一段落を告げましたるに依つて、帝國政府は日獨戰役の善後を圖ると同時に、此機會に於て日支兩國の關係を益々親善ならしめ、且極東に於ける帝國將來の地歩を鞏固となし以て東洋の平和を永遠に確保せむことを庶幾ひまして、支那政府に對して山東問題の處分に關する提案と共に、滿洲蒙古に於ける我國の地位の確認、並に其他の事項に關する問題の解決に關して、大要左に申述ぶるところの條件を提出して、其應諾を求めました
第一 山東省に關する件
一 獨逸が山東省に關し條約其他により支那より獲得したる權利利益讓與等の處分に付將來日獨兩國間に恊定すへき一切の事項を承認すること
二 山東省の不割讓を保證すること
三 芝罘又は龍口と膠濟鐵道とを聯絡すへき鐵道の敷設權を日本國に許興すること
四 山東省の主要都市を開放すること
第二 南滿洲及東部内蒙古に關する件
一 旅順大連租借期限並に南滿州及安奉兩鐵道に關する各期限を更に九十九箇年延長すること
二 日本人に對し各種商工業上の建物の建設又は耕作のため必要なる土地の賃借權又は所有權を許與すること
三 日本人か居住往來し各種商工業及其他の業務に從事するを許すこと
四 日本人に對し特に指定せる鑛山探掘權を許與すること
五 他國人に鐵道敷設權を與へ又は鐵道敷設のため他國人より資金の供給を仰くとき並に諸税を擔保として他國より借款を起すときは豫め帝國政府の同意を經るへきこと
六 政治財政軍事に關する顧問教官を要する場合には帝國政府に恊議すへきこと
七 吉長鐵道の管理經營を九十九箇年間日本國に委任すること
第三 漢冶萍公司に關する件
一 日本國資本家と同公司との密接なる關係に顧み公司を適當の機會に日支合辨と爲すこと並に支那政府は日本國の同意を經すして公司に屬する一切の權利財産を自ら處分し又は公司をして處分せしめさるへき旨を約すること
二 日本資本家側債權保護の必要上支那政府は本公司に屬する諸鑛山附近の鑛山に付き公司の承諾を經すして之か採掘を公司以外のものに許可せさるへき旨並に其他直接間接公司に影響を及ほす虞ある措置を執らんとする場合には先つ公司の同意を經へき旨を約すること
第四 支那沿岸の港灣及島嶼を他國に讓與又は貸與せさるへき旨を約すること
第五 懸案解決其他に關する件
一 中央政府に政治財政及軍事顧問として有力なる日本人を傭聘すること
二 支那内地に於ける日本の病院寺院及學校に對し土地所有權を認むること
三 必要の地方に於ける警察を日支合同とするか又は是等の地方に於ける警察官廳に日本人を傭聘すること
四 日本より一定數量の兵器の供給を仰くか又は支那に日支合辨の兵器所を設立し日本より技師及材料の供給を仰くこと
五 武昌と九江南昌線とを聯絡する鐵道及南昌杭州間南昌潮州間鐵道敷設權を帝國に許與すること
六 臺灣との關係及福建不割讓約定の關係に顧み福建省に於ける鐵道鑛山港灣の設備に關し外資を要する場合には先つ日本國に恊議すへきこと
七 支那に於ける日本人の布教權を認むること
本提案は其目的前述の通りでありますが、各條項とも何れも帝國當然の要求に係り又は適當の希望でありまして、帝國政府が從來支那に關し、列國に對して隨時聲明したる領土保全機會均等門戸開放等の主義と牴觸する虞ありと認めらるる條項を有せざることは申すまでもなく、乃ち山東省に關しては、帝國政府は多大の犠牲を拂ひ獨逸の勢力を驅逐したりと雖も支那の現状を見れば支那は獨逸が其地を同復することを防止するの實力を持つて居らぬと云ふことは明かでありまするが故に、帝國自ら獨逸の有する権利の處分方法を講じて、極東の禍根たる其勢力の復活を豫防するの措置に出でましたのは、洵に已むを得ぬ次第であります、又南滿洲に關しては、帝國が從來同地方に對して、密接特殊なる關係を有し、優越なる地歩を占めて居りますることは、中外の齊しく認むるところでありまして、而して東部内蒙古も亦地理上經濟上密接不可分なる關係を有する南滿洲と略々其揆を一にして居る次第であります、然るに從來同地方に於ける帝國の地位は、未だ支那政府の確認する所となつて居らざりし點が多かつた爲めに、日支兩國間に時々種々の問題を惹起し、延て兩國の國民的感情にも好ましからざる影響を及ぼしたること一再にして止まらざりしことは、帝國政府の常に遣憾と致した所であります、隨つて此際支那政府をして、是等の地方に於て我帝國の當然有せざるべからざる地位を確認せしむることは、兩國の和親を圖るの上に於て、極めて必要の事でありまする、漢冶萍公司に關する件は、同公司と日本資本家との密接なる關係に顧みまして、公司將來の利益の爲め最善の方法を講ぜんとするものであります、又第四沿岸不割讓の件は、帝國政府が屡々内外に宣言したる支那領土保全の大則に、更に一歩を進めたるものに外なりませぬ、次に以上の各條項と其性質を異にするも、日支兩國和親の關係を益々増進するが爲めに、從來兩國間に蟠る所の各種の懸案其他の諸問題を、此際出來るなれば一併解決して、將來の紛爭を避くる爲めに取極めを爲し置くことは甚だ望ましいことは申すまでもない次第であります、仍て帝國政府は、是等の事項を前に述べましたる各條項と區別して、當方の希望として支那政府に提出を致して、同國政府に於て兩國親交の増進を圖り、兩國共通の利益を擁護せんが爲めに其實行に同意せんことを勸告することと致しました、此提案に付き交渉を開始するや、支那政府は先づ東部内蒙古に關する問題、及ひ第五の諸問題に付ては、絶對に交渉に應ずることを拒みました、其他の問題に付ても種々の理由の下に、容易に應諾の意を表しませぬでありました、而して一方に於ては交渉の漸次進むに従つて、提案各條項は濫りに誇大にせられて外聞に流布せられ、談判の内容も随時新聞に掲載せらるゝ等のことがありました爲めに、交渉の局面徒らに紛糾を來し、其結了を遲延ならしむるに至つたことは太だ遺憾とする所であります、帝國政府は支那側の斯る態度を示せるに拘らず、二十五回の會議を重ね三箇月の日子を費し、十分誠意を披瀝して提案の趣旨を反覆設明すると共に、支那政府の腹藏なき意見をも承り、飽までも互讓妥恊の精神を以て交渉の圓滿なる解決に力めましたる結果、支那政府に於ても省みる所ありしものゝ如く山東省に關しては、第三項に付き多少の修正を加へたのみで大體我方の提案を容れ、南滿洲に關しては第一項及び第四項乃至第六項に付き多少の訂正を加へて恊議纏まり、第七項の吉長鐵道の件に現存借款契約を我が方に最も有利ならしむるやう根本的改訂を爲すことゝなして恊議濟となり、右の如く或箇條に付ては交渉が纏りましたけれども主要問題たる居住及び土地に關する權利に付ては種々の制限を加へ、東部内蒙古に關する問題、及び第五列記の諸問題に付ては、或は主權と相容れず、又は他國の條約と牴觸すると云ふ理由の下に、依然恊議に應ずることを避けましたに付て、帝國公使に於ては其然らざる所以に付て、百方説示するところありましたけれども、當方の懷抱したる和衷恊同の誠意は、充分に支那當局の酬ゆるところとならざりし感ありし實況でありました、然れども帝國政府は交渉の圓滿なる解決を爲すことは東洋の平和維持の爲めに極めて緊要なることを思ひ、去る四月二十六日を以て、更に支那側の主張を參酌して、若干の讓歩を爲せる修正案を提出することゝ相成りました、此修正案は従來の會議に於ける支那側の意見をも參酌したるものにして、即ち前述第二南滿洲及東部内蒙古に關する件より、東部内蒙古に關する問題を分離せしめ、第二項土地の賃借權、又は所有權を賃借又は購買となすか、或は永租若くは暫租と改めるか、又は永き期限、且つ無條件更新の意義にて祖借と爲すかは、支那側の撰擇に委することなし、(「謙遜々」と呼ふ者あり)第二項、第三項に關する制限としては、旅券を地方官に提出して登録を受け、且つ日本領事に於て同意したる警察法令及課税に服することゝし、民刑訴訟は被告主義に依ること開放地の場合と同様となし、唯兩國官吏互に臨席傍聽するを得ることゝ致しました、而して土地に關する日支人間の民事訴訟のみは支那の法律慣習に依り、彼我の官吏共同して審判を爲すことゝ致しました、東部蒙古に付ては(イ)日支合辨の農業及び附隨工業の經營(ロ)鐵道借款租税擔保借款に對する優先權(ハ)開放地の増設の三項に止め、漢冶萍公司の件は屡次の會見に於いて支那側の言明する所の事項、即ち他日日支合辨の議が整ふた場合に於ては、支那政府は之を承認すると云うこと、又支那政府は公司を沒收せさること、及ひ日本資本家の同意なくして國有となし、又は外資を入れしむることなき旨を約束することゝなし、沿岸不割讓の件は支那側の希望を容れ支那政府自ら進んで宣言をなすの形式に改め、其他第五列記の諸件に關しては、會議中に支那側代表者の言明したる如く(一)顧問の件は必要の場合に日本人を傭聘することゝし、(二)學校病院用地の件は租借又は購買を支那政府に於て允許することゝし(三)兵器の件は他日陸軍武官を日本に派遣して兵器購入、又は日支合辨、兵器廠設立の事を恊議することに改め、又我方に於ても支那側の主張を斟酌し、(四)布教權の件は他日の商議に讓ることゝ致し、從つて寺院用地の件を撤回し(五)南支鐵道の件は他國に於て故障なき場合に日本に許與するか、又は別に日本と關係國との直接恊議纏るまで本件鐵遭敷設權を他國に許與せざるべき事とし、以上五項の趣旨を記録に載することを求め(六)警察合同の件は前陳第二南滿洲に關する件第六項顧間傭聘の項の中に警察の一項を追加することゝして之を撤回し(七)福建省に關する件は同省沿岸に他國が造船所軍用貯炭所海軍根據地、其他軍事上の施設を爲すを許さざること、及び支那自らが外國の資本に依つて同様の施設を爲さざることを、公文交換の形式にて約束せしむることゝ致したのであります、此修正案の提出と同時に帝國政府は支那政府に對し、同政府にして我が修正案全部を應諾するに於ては戦後講和會議の結果、膠州灣が帝國の自由處分に委せらるゝ場合には、同地を商港として開放し、日本專管居留地も設置し、且つ列國に於て希望するに於ては、共同居留地をも設置する事、獨逸施設物の處分其他の條件手續に關しては、日支兩國間に恊定を遂ぐべきこと等の條件の下に之を支那に還附すべきことを聲明致しました(「同胞の血を水の泡とせり」と呼ふ者あり)膠州灣は獨逸が多額の資財と多大の勞力とを投じて經營したる同國に取りて、軍事上、通商上、極めて重大なる極東唯一の根據地であります、支那か獨力を以て此地を回復するが如きは、到底望む能はざる所であります、而して帝國が武力を以て此地を占領したる上は、之を如何に處分すべきやは主として帝國の意志に屬しまして、支那に還附すべき義務なきこと勿論なるに拘はらず、帝國に於て進んで還附を豫約せんとしたる所以は、實に帝國が支那領土保全の主義を重んずると同時に日支國交の親善と、極東全局の和平とに眷々たるに外ならぬ次第であります、{原文に、なし}然るに支那政府に於ては我方の交讓妥恊の誠意を諒とせず、五月一日、更に對案を提出して、之を以て其最終の決定案なりと聲明致しました(「斯の如き侮を招くものは誰ぞ」と呼ふ者あり)右對案は、南滿洲に關しては日本人に永租權を興ふることを拒み、且つ無條件にて支那の警察法規に服從し土地に關する訴訟は日支兩國人間のものは素より、日本人相互間と雖も總て支那官吏の審判に歸すべし等の條件を要求し、且つ東部内蒙古に付ては、其範圍を限局し我要求の眼目たる農業及び附隨工業の經營を拒み、同時に膠州灣租借地の無條件還附、日獨講和會議に於ける支那政府参加の承認を求めたるのみならず、山東省に於て用兵の結果生じたる避くべからざる損害の賠償を求め、並に同戰役に於ける日本軍の軍事的施設の即時撤廢、守備兵の至急撤退を要求し更に第五列記の諸件中、福建省に關する件を除きまして其他の提案即ち會議中支那側委員の言明したる處を記録に止めて置かうと云ふ事に過ぎざる我提案をも拒絶して(「何の面目がある」と呼ふ者あり)加之右對案には一旦撤回したる條項を復活せしめ、又は已に恊定濟みの事項を取消す等、自國委員の責任ある陳述を否定したる廉尠なからず、殊に膠州灣無條件還附の要求若くは山東省に於ける用兵の結果生じたる避くべからざる損害の賠償請求、若くは日獨講和會議に支那政府の参加せんとする申出の如きは、帝國に於て到底容認する能はざるものであると云ふことは申すまでもないことである、而も支那の政府は右要求を含める對案を以て、其最終の決定案なりと明言致しました、從て我に於て是等不當の要求を容認せざる以上は、他の諸項に關して如何なる商定があらうとも、如何なる恊議が整ふとも圓滿の解決を見る理由なく、結局支那政府の對案は其全體に於て全く空漠無意義と申して宜い性質のものでありました、帝國政府は支那政府の斯の如き態度に鑑み、此上交渉を繼續するの餘地は殆ど是なきを認めましたけれども、極東和平の維持に顧み、努めて時局の紛糾を避けんことを冀ひ、愼重審議の結果、更に我修正案に付き、第一乃至第四の各項は該修正を其儘採用せしむることゝし、第五の各項中支那政府の承諾したる福建省に關する件を除き、其他は改めて他日の恊議に讓ることゝなすことに決定し五月六日を以て在支帝國公使に訓令して、右の趣を支那政府に申入れしむると同時に支那政府に於て更に愼重なる考量を加へ、我修正案に對し五月九日午後六時迄に承諾の意を表すべき旨、並に同時刻迄に滿足なる回答を得ざるに於ては帝國政府は止むを得ず其必要と認むる措置に出づべき旨を通告致しました、此に至て支那政府は初めて克く帝國政府が極東の和平に春々たる情意を酌み、大局を顧念して五月九日陸外交總長を帝國公使の下に遣はし我提案全部を直ちに應諾する旨の公文を交付し、此に本交渉も圓滿解決告ぐるに至つたのであります(拍手起る)此交渉の結果を具體的のものたらしむべき條約及び交換公文の恊議作製方に關しては、在北京帝國公使に於て已に帝國政府の訓令に基き、支那政府當局と交渉を開始して居りますから、近日の中に兩國全權の調印を見、{原文に、なし}次で御批准を仰ぐに至ると信じます、關係公文書等は其時に於て諸君の御覽に入れる積りであります、此等條約等にしてそれ/\成立を見るに至らば、從來久しく日支兩國關に蟠り、兩國國交の親善を妨ぐるの虞ありたる問題の重要なるものは、茲に解決せられて(拍手起る「のぅ/\」と呼ふ者あり)兩國和親の闘係益々敦く(「のぅ/\」と呼ふ者あり)
○議長(島田三郎君)靜肅に。
○外務大臣(男欝加藤高明君)極東不和の基礎更に固きを加ふるの結果あるべきは、帝國政府の信じて疑はざる處てあります(拍手起る「のぅ/\」と呼ふ者あり)