データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第18代寺内正毅内閣(大5.10.9〜7.9.29)
[国会回次] (帝国)39回(特別会)
[演説者] 本野一郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1917/6/26
[貴族院演説年月日]
[全文]

諸君、帝國政府の外交方針は第三十八回帝國議會に於て、詳細に述べて置きましたが、其後其方針に何等變更の必要を見ざりしに依り、外交方針の説明は之を省きまして、前議會以後に生じましたる二三の重なる出來事に關し簡單に御報告致したいと思ひます、第一に茲に申上げねばなりませぬことは米獨開戰の件であります、獨逸が國際公法の原則を無視し、各國の商船に對し、無差別に且つ慘酷に潜水艇戰を續行したるが爲に、米獨兩國間に激烈なる爭議を重ねたることは、諸君も御承知の通りでありますが、兩國間の談判は遂に不調に終りまして、米國は本年の二月三日を以て獨逸に對し國交斷絶の通告を致しました、續いて四月六日に至つて米國大統領は議會の議決に基いて、獨逸と交戰状態にある旨を宣言致しました、{原文に、なし}米國政府は四月七日を以て米獨開戰の次第を帝國政府に通告致しましたが、米國が新たに我聯合國側に加はりましたることは、我聯合與國の大に欣幸とするところでありまして、畏くも {空白ママ}天皇陛下は米獨開戰の報を聞召され、直ちに四月八日を以て米國大統領に對し御親電を發せられ、米國大統領より極めて懇篤なる返電がありました、北米合衆國が其全力を盡し、獨逸帝國を屈服せしめんとするの大決心を以て戰爭に參加したることは、我聯合與國の目的を達する上に大に貢獻するところあるべきは、本大臣の信じて疑はざるところであります、前に述べましたる如く東鄰の大國が、振古未曾有の世界の大戰に臨み、我帝國と對敵行動を共にするに至りたるが爲に兩國間に有する友好的情誼は益々懇篤を加ふるの氣運を發生し、彼我互に誠悃を表現して刻下大に盡瘁することになりましたるのは、本大臣の日米兩國の爲め最も欣幸とする所であります、米國の對獨國交斷絶に次いて多數の中立國が獨逸との國交を斷絶しましたが、其中で支那と獨逸との國交斷絶は、帝國に取り密接の利害關係を有するものでありまするから、此問題に關し帝國政府の執りたる態度に付聊か説明を致したいと思ひます、米國政府が獨逸に對し其國交を斷絶するや、之を各國に通知すると同時に中立國に對し米國と其歩調を一にせんことを勸告致しましたが、支那政府は日支兩國間に存在する親密なる關係に鑑み、本問題に對する帝國政府の意見を求めて參りました、本件は素より大に考慮を要する問題てありますから、帝國政府に於ては十分に審議を盡したる末、支那は米國の勸誘に應じて獨逸との國交を斷絶する方得策なるべしと思考する旨を答へました、獨逸が傍若無人に中立國の權利を侵害したるが爲め、米國も之に堪へずして遂に其國交を斷絶するに至りたる次第でありますから、支那たるものは其國家としての權利を保持する點に於きましても獨逸より滿足なる保障を得られざる以上、斷然之と國交を斷つことは最も當然の措置と認めねばなりませぬ、又帝國政府の立場から之を考へますれば、從來獨逸が支那に於て、日本其他聯合諸國に對して、極めて危險なる政治上、其他の活動に從事し、且つ將來に向つても、ます/\其の活動の準備を整ふるに汲々たるは蔽ふべからざる事實でありますから、支那が獨逸に對し兎も角も其國交を斷絶することは我國に取りても至極望ましきことゝ存じます、是即ち本大臣が日支兩國の見地より觀案して腹藏なく帝國政府の意見を支那に向つて開陳したる所以であります、而して支那は三月十四日に至りまして、獨逸との國交斷絶の事を公然通告して參りましたが、支那政府は右の通告をなすに當り、支那が獨逸との國交斷絶するに至つた譯は、人道公法の爲であつて、決して利益交換などの意思あるにあらざることを明言しました、併ながら本件に關しては支那政府は希望として關税の引上、義和團事件賠償金支拂延期及同事件に關する條約中の或る條項の變更に關し帝國政府の考量を煩したいと申出てゝ參りました、帝國政府は支那政府の希望に對しては愼重に審議する所がありましたが、是等の問題は關係列國との協議を要するものありて、其協議の纏らない限りは、固より支那政府に回答することは出來ぬことでありますから、關係列國と屡々意見を交換したる末、三月三十一日に至り在北京各國代表者は會同商議することになりました、本問題は目下尚支那政府及び列強との間に於て懸案中でありますから、目下の所是れ以上御報告することの出來ぬ次第は諸君の御諒察を希ふの外はありませぬ、前に述べました通り、支那は獨逸との國交斷絶致しましたから、殘る所は一歩を進めて獨逸に對し宣戰すべきや否やの問題であります、宣戰すべきや否やは、勿論支那政府自身で之を決定しなければならぬ事でありますが、内政上の紛議の爲め今に至るまで之を決定せないのは甚だ遣憾の次第であります、極東に於ける禍亂の根源たる列國の勢力を根本的に破壊すると云ふことは、日支兩國に取りては勿論、我が聯合諸國に取り寔に重要なる意義を有するのでありますから、鄰邦の支那の責任ある政治家が、速に内部の秩序を恢復致しまして對獨戰爭に參加すると云ふことは、極めて機宜に適したる措置なるべしと信じます、支那政府にして一度戰爭參加を決行し人道擁護の爲に立つに至らば、正義の勝利を目的として、奮闘しつゝある我等聯合諸國の尊敬と同情とが、期せずして支那に集つまることは疑を容れざる次第であります、次に御報告の必要ありと、認めますることは、露國の政變であります、この政變は本年三月八日に突發し、急轉直さげの勢を以つて成し遂げられましたことは、諸君の御承知のとうりでありまして、露都に於ける革命運動は急速に其効を奏し、露國皇帝陛下は三月十五日位を皇弟「ミハイル、アレキサンドロウヰツチ」太公に譲られましたが、同太公は國民の普通選擧に依りて成立すべき憲法議曾に於て、露國の政體及新憲法が定めらるゝ迄は帝位に即かざるべき旨を宣言せられました、そこで露都に於ては一の假政府が組織せられまして、全露地方會聯合會長「ルヴォフ」公爵が總理大臣となりました、立憲民主黨首領「ミリユーコフ」氏は外務大臣となりましたが、在本邦露國大使は三月二十日を以て同月十七日附の露國外務大臣の電報に因て、露國政變の成行を正式に帝國政府に通告しました、露國外務大臣は舊政體の沒落及假政府組織の顛末を通告すると同時に、新政府は舊政府の締結したる國際約定を尊重し、露國の誓約を嚴守するは勿論、同盟國との友好關係を益々厚うするに努むることを保障し、聯合與國との盟約に忠實なる露國は、更に勇を皷して共同の敵に當るものなりと聲明されました、帝國政府は露國に於ける新事態を十分に考量したる後、速に假政府を承認することに決定致しまして、三月二十八日在露内田大使に必要の訓令を下しました、十年以來日露兩國間に存在して居りまする所の友好關係は、兩國が極東に於て共通の利害關係を有することに其基礎を置くのであります、而して露國の政體は如何に變りましても數次の日露協約の基礎を成して居る所の永久の利害關係は消滅するものではありませぬ、夫故に近年殊に戰爭開始以來大に親密を加へました所の兩國の友好關係が今後益々鞏固となることは帝國政府の固く信じて疑はざる所で、又切に希望する所であります、帝國と聯合與國との關係は爾來益々親密を加へつゝあることは、本大臣の最も欣幸とする所でありまして、前議會に於て述べました通り、帝國政府も亦聯合與國に對し、常に其方針を一貫し鞏固なる決心を以て出來得る限りの努力を致して居ります、對敵通商の取締、軍需品の供給、及財政上の援助は申す迄もなく、帝國は尚其海軍の一部を遠く地中海にまで派遣して歐洲の大戰に參加して居ります、本大臣は此機會に於て諸君と共に帝國の名譽の爲に、勇敢に活動して居りまする所の我が海軍に對し滿腔の讃辭を呈したいと思ひます(拍手起る)將に三年に垂んとする戰爭は何時終了するかは未だ見据も付きませぬが、戰爭終了と共に總ての因難が無くなると考へるのは非常な間違でありまして、本大臣は戰爭終了と共に更に幾多の困難が湧出すると覺悟するの必要ありと存じます、眞に其時こそ我が國民は世界の恒久的平和を確立する爲に、又帝國の權利と利益とを防護する爲に、最善の努力を爲さなければならぬと信じます、是れ本大臣が終に臨み切に諸君の御考慮を煩さんと欲する所であります。