データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第18代寺内正毅内閣(大5.10.9〜7.9.29)
[国会回次] (帝国)40回(通常会)
[演説者] 本野一郎外務大臣
[演説種別] 外交方針演説
[衆議院演説年月日] 1918/1/22
[貴族院演説年月日]
[全文]

諸君、第四十回帝國議會の開會に際し、帝國の外交に關し諸君の前に所見を開陳するを得るは、本大臣の最も光榮とするところであります、歐洲の戰局は御承知の如く、既に三年有半の歳月を經過致して、猶屍山血河の慘状を持續して、未だ終熄するの模様は見えませぬ、此間聯合與國の卓絶せる陸海軍が、至大の勇氣と確信とを以て、有ゆる困苦辛酸に堪へ、奮闘に從事しつゝある壮烈の軍事行動は、實に世界の賞賛と尊敬とに値するものと云はねばなりませぬ、帝國は聯合國の一員として、國際上の信義を重んじ、戰爭の目的を遂行するが爲に、最善の努力を盡し、出來得る限りに於て聯合與國を援助し、共同作戰に努めつゝあることは、與國政府及び國民の均しく認むる所であると云ふことを明言し得るは、本大臣の最も欣快とする所であります、帝國對外政策の基礎は今更申すまでもなく、日英同盟でありまして、帝國が今次の大戰に參加致しました所以も、一に此同盟の信義を尊重するに出でたのであります、爾來帝國政府は我盟邦たる英國に對して、出來得る限りの努力を以て恊同援助の實を擧げつゝあるのであります、{原文に、なし}從て兩國の關係は一層親密鞏固を加へましたことは最も明確なる事實であります、戰後に於ける世界の形勢は、今より是を豫言することは出來ませぬけれども、亞細亞に於ける日英兩國共通の利害關係は、永遠久しきに亘り渝るものでない以上は、永く現存の同盟を維持し且益々之を鞏固にするの必要なるは兩國政府及國民の愈々切實に感ずる所であることを疑ひませぬ、本大臣も亦之を以て帝國の方針とせねばならぬと確信致して居ります(「ひや\/」と呼ひ拍手する者あり)對支外交に付きましては、曩に本大臣は政府は支那内部の政爭に對しましては、不干渉の態度を持し、苟も現實に民國の政權を把握せる政府なる以上は、黨派の如何を問はす、常に接觸を保ち諸般の事件を處理し、其政府の行動が帝國の利益と牴觸せざる限り、之に必要なる援助を與へむとするものであると云ふことを聲明致して置きました、爾來政府は常に此方針を一貫して參りましたが其結果兩國の關係は著しく改善せられましたることは、最も喜ぶべきことであります(「のう\/」と呼ふ者あり)爰に特に一言致したき事は、昨年八月支那政府が獨逸に對し斷然宣戰するに至りましたる事で御座います、抑々極東の平和に對する至大なる危險は、此方面に於ける獨逸の勢力の増進であります、太平洋沿岸に利益關係を有する総ての國家は、皆之が爲に脅威を感ぜざるものはないのであります、{原文に、なし}帝國が獨逸に對して青島の撤退を要求しましたのも專ら此理由に依るのであります、支那が其利害の帝國と同一なることを感知して、遂に聯合與國側に立つて參戰を決行するに至りましたのは、本大臣の諸君と共に滿腔の祝意を表したいと思ふ所であります、{原文に、なし}第三十九回帝國議會に於きまして,既に陳述致して置きました通り、支那政府が獨逸と國交を斷絶しました際に、希望として申出ました關税の引上、義和團事件賠償金支拂延期、及同事件に關する條約中の或る條項の變更に關しては、帝國は列國と恊議中でありましたが、支那に對し同情の念を以て援助を為し、且つ公正なる待遇を與ふるは當然であると認めまして、政府は聯合與國と共に、此三點に關する支那の希望に應じ、之を承認することに決定致しました、而して關税の改正問題は、其實施上に於て細密なる攻究を要するものでありまするから、目下上海に於て、關係列國の委員會を開いて審議を重ねて居ります、政府は右會議の終了次第、其の結果を公表致す積りであります、日米兩國の關係及米國の參戰に付きましては、昨年本議場に於きまして述ぶる所がありましたが、帝國は米國の參戦に對し、友邦として又聯合國の一員として、誠實なる敬意を表すると共に、今後に於ける共同目的の遂行に付き恊議を遂げる爲に、昨年七月特派大使を米國に派遣し、米國政府當局者と隔意なき恊議を遂げまして、日米軍事關係に付き滿足なる恊定を得た次第であります、又同時に支那問題に關し、彼我の間に談合の機會を得ましたので、我特派大使と米國當局者との間に互に胸襟を開いて意見の交換を行ひましたが、我國政府は支那の獨立維持領土保全に關する帝國政府の誠意を諒解し、茲に虚心坦懐、支那に對する日本の特殊の地位を認め、曩に公表せられたる公文の交換を見るに至つたことは、兩國親善の關係を一層緊密鞏固ならしめたものでありまして、洵に慶賀に堪へぬ次第であります(拍手する者あり)從來支那に對する日本の意嚮に付きましては、往々米國の一部に了解せられて居なかつたこともありましたのみならず日米兩國を離間するの目的を以ちまして、陰謀の行はれて居た事實もありました、我が特派大使が此の機會に於て、帝國政府及國民の意向を腹藏なく米國官民に對して開示し、此等の誤解を一掃して、兩國間友情の益々親密鞏固なるに至らしめましたのは本大臣の諸君と共に滿足に堪へざる所であります、而して我が特派大使一行が、米國政府及國民より●{執+れんが}誠なる歡迎を受けましたことに對し、帝國政府及國民の深厚なる感謝の意を表したいと思ひます、(拍手する者あり)露國近状に至りましては、急轉直下の勢を以て意外の激變を來しまして、現に露國の政権を掌握して居る事實上の政府は、既に敵國と休戰條約を締結し、又進んで單獨講和をも為さんとして居る模様でありますが、其講和談判の進行にに就きましては、情報が區々になつて居りまして、正確のことは今尚判然致しませぬ、今後事態は如何に發展するとも、吾人は最も愼重の態度を以て、之に對する措置を考慮しなければならぬと信じます、併し目下「ブレスト、リトウスク」に於て談判中の講和が果して成立すべきや否やは固より豫測する事は出來ませぬが、米國は日露從來の親善關係に鑑み、露國の誠實なる友邦として、此際に於きましては偏に露西亞國民の健全なる發達を祈り、露國が與國の利益を無視することなく、國家の威信と名譽とを完全に保持せんことを切望して已まざる次第であります、一般平和に關しましては、敵國が屡々間接の方法を以て平和談判の開始を試みましたことは事實でありますが、其敵國の意嚮なるものに對しては、極めて愼重なる警戒用意を以て觀察しなければならぬ、近時聯合國中講和の基礎とも云ふべき意見の發表せられたものがありますが、敵國側の期待とは著しく懸隔して居るやうに考へられます、今後雙方の意見が接近しない限りは、今日の趨勢にては急速に平和の成立すべき見込はないと覺悟せねばなりませぬ、併し講和に關する帝國政府の立場は、茲に之を明に致して置く必要があると信じます、御承知の通り日英兩國は同盟條約に依つて各々單獨に講和條約を締結せないことを約して居るのみならず、帝國は大正三年九月五日の倫敦宣言に加盟致して居りまするが、彼の宣言に調印して居る國家も、之に加盟した國家も皆共同講和の義務を有し、敵國に對して提出すべき講和條件に付ては、豫め恊議することゝなつて居ります、然るに帝國政府は今日に至るまで、聯合與國の何れからも、具體的講和條件に關する恊議を受けたことはありませぬのみならず、本大臣の見る所に依れば、未だ聯合與國間に於ては具體的に斯る恊議を行ふ時機に達して居ないと考へます、之を要するに帝國は既に共同作職の目的を遂行せしが爲に、最善の努力を爲しつゝあるのみならず、尚將來に於ても出來得る限り、與國に對し共同援助に盡すべきは勿論の事でありまして、是れ同盟國に對しても、聯合與國に對しても、信義を完うするの道であることを確信致します、若夫れ極東の平和維持の事に至りましては、洵に帝國の重大なる責務に屬するものでありますから、萬一にも極東の安寧が、再び危殆に瀕する如きことあらば、時の如何を問はず、帝國は進んで是が防護の人に當ることは當然の事でありまして、尚前途永遠の平和を確保する爲には、帝國は全力を傾倒するも、敢て之を辭せざるの覺悟が無ければならぬと確信致す次第であります。