データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第18代寺内正毅内閣(大5.10.9〜7.9.29)
[国会回次] (帝国)40回(通常会)
[演説者] 本野一郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1918/3/26
[貴族院演説年月日]
[全文]

諸君、本議會開會の初に當りまして、帝國の外交方針に就き開陳致しましたる際、本大臣は露國の形勢に言及致して置きましたが、其後露國の事態は御承知の通り、日を逐ふて憂慮すべき有様となりました、國内四分五裂の趨勢は愈々甚しきを加へて、遂に「ウクライナ」及芬蘭の獨立地方と、中歐同盟側との間に講和は締結せられました、露國過激派政府も獨墺に屈從致しまして、單獨講和條約に調印するに至りました、{原文に、なし}而して此間波爾的沿岸諸州の大部分、及び之に鄰接する西北部地方も波蘭と共に獨逸の掌中に落ちました、南露西亞も亦獨逸勢力の下に歸せむとするの形勢となつたのであります、此事態に對しましては政府は諸君と共に深く考慮を拂はなければなりませぬ、曩に聲明致して置きましたる通り、露國民が如何なる政體を採用するかは、帝國政府の關知する所ではありませぬが、露國が次第に獨逸勢力内に包擁せられんとする危險に至りましては、到底帝國政府の等閑に付することの出來ぬ間題であります、今や獨逸の勢力は、著々歐露に扶植されまして、漸次西比利亞地方に浸潤し來るの傾向を示して參りました、{原文、なし}此事態は帝國は素より聯合與國の共に深く憂慮せねばならぬことでありまするから、終に世に西比利亞に對する帝國出兵の問題が喧傳せられまして、最近此問題は著しく内外の世論を喚起することになりました、中には甚しき訛傳もあるやうに見受けまするから、此機會に於きまして、本問題に關する帝國政府の立場を闡明致して置きたいと存じます(「謹聴」と呼ふ者あり)第一に此問題が恰も帝國政府の發案又は提議に基きたるが如き風説が、内外に傳はり居る様子でありまするが、是は全然誤報なる事を明かに致して置きたいと考へます、政府は何れの國に向ひましても、日本出兵問題を發案又は提議致したる事はありませぬ、固より西比利亞に於ける現下の事態に付ては、政府は深甚なる憂虞を抱き、殊に同地方に獨逸の勢力東漸の危險に付きましては、特に注意を拂つて居るのであります、而して本問題に付きましては、聯合與國より未だ恊同的提議を受けたことはありませぬ、若し將來聯合與國政府より斯の如き提議を受けたるときは、最も愼重に考慮を加へたる上、決定する考であります、政府は現に今日迄も聯合諸國共通目的の爲め、及ぶ限り誠意努力して居りますことは、内外の周く知る所でありまして、尚ほ將來と雖も、同様に努力する決心なることは、申す迄もありませぬ、西比利亞に於ける事態にして帝國の安固を脅かし、又は我が緊切なる利益を危殆ならしむる處ある場合に立至らば、帝國は其自衞上、敏速且つ機宜なる手段を採るの覺悟を持つて居ること、是亦申す迄もありませぬ(拍手起る)萬一帝國が西比利亞地方に於て、必要の行動を採るの已むを得ざる場合に至るときと雖も、素より露國を敵とするの意思は毫頭ありませぬのみならず、彼の獨逸が現に歐露方面に於て探れるが如き侵略的政策は、帝國政府の断じて採らざる所であります(拍手起る)又一般露國人民に對しては、帝國は飽までも深厚なる同情を寄せ、絶えず是と和衷輯睦の關繋を保持せんと欲する者でありまする事を、茲に誠實に表明するを憚りませぬ(拍手起る)尚ほ此點に付きましては、聯合與國に於ても、悉くは同一の意見を有して居ることゝ信じます、之を要するに帝國軍隊の出動なるものは、極めて重大事件でありまして、萬一之を決行することありとするも、其前には政府に於て、愼重の上にも愼重に考量を盡すことは、勿論の義でありまするから、此點は諸君に於て宜しく御諒察あらむことを希望致します(拍手起る)