データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第19代原敬内閣(大7.9.29〜10.11.4)
[国会回次] (帝国)第41回(通常会)
[演説者] 内田康哉外務大臣
[演説種別] 外交方針演説
[衆議院演説年月日] 1919/1/21
[貴族院演説年月日]
[全文]

諸君、私は先般大命を拝しまして、外務の重任に當ることになりましたが、茲に諸君に向ひ、政府の外務方針に關しまして聊か所見を開陳するの機會を得るに至りましたことは、私の甚だ光榮とする所でこざいます、顧みますれば、昨年九月末勃爾牙利の單獨休戰に次ぎまして十月初め獨逸墺地利側より米國に對しまして聯合側と即時休戰を行ふこと、並に米國大統領の平和條件を基礎と致しまして、講和に著手せんことを提議致したのでこざいます、爾來約一箇月に渉りまして、米國と獨墺側との間に、數回の交渉を重ねましたる結果、米國政府は右交渉公文を聯合各國政府に移牒しまして、之に對する聯合各國政府の意見を求めました次第でございます、仍て聯合諦國は若干の留保を附しまして、獨逸と休戰及講和の商議を行ふの意嚮あることを回答するに決しました、米國政府より聯合各國が米國に對して回答致しました旨を、獨逸政府に對して通牒致しました、次で聯合國及米國代表者は、對獨休戰條件を議定致しまして、之を獨逸に通告致しました、獨逸は遂に其條件を受諾致しまして、十一月十一日愈々休戰規約に調印致しました次第でございます、尚ほ獨逸の同盟國でございます土耳古は,既に十月三十日に於て、又墺地利、洪牙利國は十一月四日を以て、何れも聯合側に對して、殆ど降伏に均しき休戰規約を締結致しました、斯の如く致しまして過去四年餘に亘りまして、世界を震撼致したる大戰爭も、聯合國の全捷に終りました、而して講和會議は、既に其事業に著手するに至りたる次第でございまする、此光榮ある結果は一に我恊同戰闘國に屬する各國民の勇氣、耐忍、組織力、及犠牲の精神に基くものでございます、畢竟正義の自覺が絶大なる威力を有することを證明した次第でありまして、是は洵に欣快に堪へざる所でございます、惟ふに今回の講和會議の目的は、單に聯合國と獨墺側の間に於ける平和を恢復するに止まりませず世界全體に亘りまして、鞏固なる平和の基礎を確立し、今日に於ける戰爭を終熄するのみならず、永遠に亘りて戰爭の發生を防止せんとするに在るものと信じます、政府は此の信念を以ちまして、講和會議に臨みまして、此目的に貢獻すべき各般の提案に對しましては,誠意聯合諸國と恊力致しまして、是が成立を圖らんことを期するものでこざいます、又帝國と聯合諸國との國交は、互に戰局の發展に利害休戚を共にしたる結果と致しまして、著しく親密を加へた次第でございます、私は此關係に於きまして、私は東伏見宮殿下の歐米御渡航に付、一言するの光榮を得たいと思ひます、殿下に於かせられましては英國皇帝陛下に我元帥徽章及元帥刀を贈進せらるゝ大命を奉ぜられまして戰時海上の危險正に酣なる秋に方り、奮つて英國御渡航の途に就かせられ極めて御滿足に此大命を果させられましたのみならず更に佛蘭西、白耳義、伊太利、亞米利加諸國をも御歴訪遊ばされまして各國皇帝及び佛國大統領、米國大統領との御會見、並に戰場に於ける將卒の御慰問等の爲め、數箇月の久しきに渉りまして、極めて繁忙なる御旅行を遂げさせられまして、到る處●{執+れんが}誠なる歡迎を享けさせられたのであります、私は殿下の各國御歴訪が、帝國と聯合諸國との親交を敦くする上に於て、如何に適切且つ偉大なる効果があつたかと云ふことを恐察致しまして、唯々感激に堪へない次第でございます、次に露國問題に關しまして、聊か説明を試みたいと思ひます、帝國は昨年八月米國政府の提案に應じまして、且つ英、佛、伊及び支那とも恊調を保ちまして、東部西伯利に出兵することになりましたが、其の當面の主要目的は、同地方に於きまして「チエツク、スロバツク」軍隊が、獨墺武装俘虜及び獨墺の勢力指揮に服しまする過激派軍隊の壓迫を受けまして、形勢危殆に陥りますのを救援せんとするに在つたのであります、爾來帝國軍及び列國派遣軍は、我國司令官の最高指揮の下に、沿海州及び黒龍江州方面に策動致しますると共に、帝國軍一部隊が後貝加爾地方に進出しまするや、一時西伯利内地に孤立無援の状態に在りました所の「チエツク」軍は、忽ち其同胞軍隊及び友軍との聯絡を恢復致しまして「チェツク」軍の存在を脅威したる危險を茲に排除せられまして、西伯利に於ける我軍事行動の主要目的は、達成せられたのでございます、唯だ此際に於きまして、直ちに全部撤兵を行ひます時に於ては、地方秩序の維持に及ぼすべき影響甚しくありまして、憂慮すべきものがあります、故に尚ほ當分若干の兵力を、東部西伯利各地に駐屯せしむる外ない次第でございます、其兵數は事態の發展に伴ひまして、絶對的に必要なる限度に止め、苟も此限度を超過するものと認めらるゝ兵員は、著々送還することに致しました次第でございます、政府は露國が戰爭の初に於きまして、聯合諸國と共同目的の爲めに勇戰奮闘致しまして、莫大なる犠牲を供し、獨逸の各方面に對する軍事的活動を牽制致しましたる、赫々たる功績は忘るゝものではございませぬ、不幸に致しまして大戰猶央ばなる時に際しまして、突然露國内部に勃發致しましたる爭亂は、遂に同國をして、對獨戰爭より脱退するの止むなきに至らしめましたことでございますけれども、露國國民の地位は寔に同情に堪へざるものがあります、政府は、露國に於て統一且つ秩序ある政府を樹立せんとする、各方面に於ける愛國者の努力が其功を奏しまして、露國が再び大國の一として、世界の進歩、文明に貢獻するに至らんことを切望するのでございまして、是が爲には應分の助力を提供することを辭せない覺悟でごさいます、固より政府は露國の内政に何等干渉する意思は毛頭有しませぬ、况や露國の國難に乘して領土侵略、又は利益壟斷を圖るが如き政策は、政府の斷じて執らざる所でございます、次に私は支那問題に關して茲に一言致したいと思ひます、政府は支那に於きまして、所謂南北兩派乖離の状態久しきに亘りまして、爲めに同國の康寧を害し、列國の利益を損傷すること鮮からざることを憂ひまして、英、{原文に、なし}佛、米、伊、諸國政府の賛同を得まして、昨年十二月二日を以て、南北雙方に對し、友交的勸告を致しました、其顛末は當時政府より公表致しました通りでございます、尚ほ以上の如き内訌の現状に鑑み、對支借款は、動々もすれば内外の誤解を起こし、延ては支那統一の促進を阻害するやうなこと無いとも計られませぬ、結局日支兩國政府の爲め不利を生するの虞がございますから、政府は支那圏内の政局に紛糾を加ふるような惧ある借款、其の他財政上の援助を差控ゆることに決定致しました、尤も支那於ける我國民の財政經濟上の企畫にして、隣接友交國間の特殊關係に基きまして、當然にして正當なる成果たるものは、政府に於て之を阻止するの措置を執るべきものでありませぬ、其後支那南北雙方共に干戈を●{おさ:口の下に耳+戈}め、速に和平會議を開催するの議、漸く熟するに至りましたのは、洵に祝すべき傾向でござります、政府は支那各方面の政治家が、區々たる感情の見地を捨てまして、法律論の末節に拘泥するやうなことなく、一に四億の民衆全體の幸福を念と致しまして、世界大勢の赴く所を察し、之に順應せんが爲め、速に國内の統一和平を確立し、以て友邦の期待に背かざらんことを、切望せさるを得ないのでございます、我が對支方針に關しましては、往々にして生する無稽の風説あるに顧みまして、特に茲に明白に致したい事がございます、即ち帝國は隣邦支那に對しましても、毫も領土的野心を有せざるは勿論有形無形ともに、支那の正當なる國利民福の發達を阻害するが如き、何等の行動に出でんとするものではこざいませぬ、{原文に、なし}帝國は從來屡々聲明致しました如く支那の獨立及領土保全を絶對に尊重致しまして、商工業上の機會均等、門戸開放主義を恪守すると共に日支兩國の永遠にして、且つ眞實なる諒解親善を齎すべき、公正共益の方針を基幹と致しまして、鄰邦に對する我友誼を盡し、支那が光輝ある發達を遂げ國民全般の幸福を増進することに、力を致さんことを期して居る次第でこざいます、隨て又歐洲講和會議に際しましても、帝國は公正友好の精神を以つて支那關係問題を措置したいと云ふことは、最も深く顧念して居る所でございまして、彼の膠州灣租借地の如きも、帝國政府に於て、追て獨逸國より其自由處分權を獲得するに至りましたならば、大正四年五月二十五日、山東省に關する日支條約關係交換公文の條項を遵行致しまして、該租借地を支那國に還付することは勿論の次第でございます、將又政府は其經濟的生存上、直接間接支那の豊富なる資源に俟たねばならぬものが多々ありまして、此點に付きましては、支那朝野が我邦との鄰接友好の關係を尊重致しまして、特別懇切なる援助を吝まないことは私の確信する所でございます、是と同時に支那一般の康寧福祉の爲め、必要な財政經濟上の援助は勿論、其他事件の大小性質の如何を問ひませず、苟も支那全般の利福に貢獻し得べき、支那國民の正當なる希望は、帝國に於て率先是が達成に助力するに躊躇致しませぬ、終りに國際政局の大勢に關する私の所感を一言致しまして、諸君の御考慮を求めたいと思ふのでございます、今や獨墺勢力の潰滅と共に、世界は一大革新の道程を進みつゝありまして、此運動の根柢たる理想が、所謂正義に基く恒久の平和を確立せんとするに在ることは、敢て多言を要しないことゝ考へますが、是は實に帝國傳來の國是に合致するものでございまして、元來帝國は正義と平和の公道に依りまして、國家の自由なる生存發達を遂げ、世界の門戸が帝國の適法且つ正當なる活動に向つて、開放せられんことを求むるの外、何等他意あるものではございませぬ、公平に帝國の歴史を觀察するものは、必ず前述の根本主義が、終始帝國外交の方針を支配致して居りますことを、認識するに躊躇しないものであらうと信じます、國家の運命は永遠のものでございまして、侵略主義又は權謀述數的政策は、結局國家百年の長計に大害を貽すに止りまして、國家の威信を永遠に發揚する所以のものではございませぬ、此故に政府は此確信を以て、公平なる對外政策を遂行せんとするものでこざいます。