データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第19代原敬内閣(大7.9.29〜10.11.4)
[国会回次] (帝国)第42回(通常会)
[演説者] 内田康哉外務大臣
[演説種別] 外交方針演説
[衆議院演説年月日] 1920/1/22
[貴族院演説年月日]
[全文]

諸君、本日爰に過去一年間に於きまする帝國外交の經過に關しまして、其大要を説明致し、併せて政府の所見を開陳するの機會を得ましたることは、私の甚た欣幸とする所でございまする、既往五年に亘りました世界の大動亂も愈々終結致しましたが、此の終結を告ぐるために昨年一月以來佛國巴里に於いて聯合各國の平和會議を開きまして、平和條件を討議致しました所、漸く同年五月に至りまして、聯合側の恊議が決定致しましたので、之れに基いて平和條約案を作成致しまして、敵國たる獨逸の全權委員に交付致しました、同全權と數回往復折衝の後、六月二十八日に至りまして、聯合興國及獨逸は支那を除きました外、全部之れに調印を致しました、其の後獨逸が此の條約を批准致しましたのを初めと致しまして、伊太利、英吉利、佛蘭西の三國が相次いで批准を致しました、我が帝國に於きましては、昨年十一月七日御批准の運びと相成つたのであります、尋で本年本月十日巴里に於きまして、日本、英吉利、佛蘭西、伊太利等十三箇國、及獨逸の代表者間に批准書寄託の第一回調書を作成調印致しました、此寄託書の調印に依り、條約は之を批准致しましたる國の間に於いて、右調印の即日、即ち本月本日より愈々實施せらるゝことゝなりました次第でございます、其結果本月十日附の官報を以て、愈々條約全部公布に相成つた次第でございます、諸君も既に御承知の通り、此平和條約は同盟及聯合國と獨逸との平和條件を規定致しますると同時に、世界恒久平和の基礎を確立せんとするものでありまして、其規定の廣汎なると、其内容の複雜重要なるとの二つに於きましては、古來其の比を見ざる所であります {空白ママ}其中獨逸との講和條約は、戰爭に對しまする獨逸の責任を糺し、且つ將來に對する保障を定むるものでありまして、戰爭の始末を付け、其再發を防止する上に極めて重要なることは申すまでもない所でございます、之と同時に永久平和の基礎たる國際聯盟規約、及勞働規約の如きは、正に新世界の大憲章とも稱すべきものであります、即ち國際聯盟規約は、從來の國際關係に一歩を進めまして、國際恊調の主義に基き、世界の平和を完成し、國際恊力を促進せん事を目的とする、國際關係の新組織に關する規約であります、而して國際聯盟の執行機關たる理事會も、米國大統領の案内に依り既に本月十六日を以て巴里に於て、其第一回會議を開きたる次第でございます、又勞働規約は、社會正義を基礎としまする世界の平和を確立せんがため、勞働状態を改善せんことを目的とするものでありまして、過般華盛頓に於て其第一回勞働總會を開催しました、帝國初め四十箇國の代表者が之に會合致しまして、勞働條件を規律致しまする所の方法、並に其原則に關する種々の問題を決議致しました、尚又敵國の一たる墺地利に對しまする平和條約も、昨年九月十日を以て關係列國の間に調印が成りまして、既に墺地利及伊太利の二國は、其批准を了りました次第でございます、帝國に於きましても、唯今其批准の準備中でありまして、日ならず御批准を奏請し得ることになるであらうと思ひます、又他の列國も逐次批准を了することゝ思はれます、此墺地利の條約は、其内容は大體に於て、對獨平和條約と異なる所はございませぬ、更に又他の敵國たる勃爾牙利、洪牙利及土耳其に對する平和條約も、それ/\進行中でありまして、此中勃爾牙利に對しまする條約は既に其調印を了つて居ります、此の如く約五年に亘りましたる大戰爭も事實上に於きましては、茲に決定的に終結を告げたと申して差支なからうと思ひます、即ち世界の平和も確定に至つた次第であります、{原文に、なし}此未曾有の國際間の大典が、果して完全に履行せらるるや否や其成功と不成功とは、偏に運用の如何に存する次第であります、日本は過去に於きまして、國際條約の履行を怠るやうなことは、嘗て一回もございませぬ、今回の平和條約に付ても、最も忠實に之を履行する國家の一たるべきは勿論であります、私は我朝野一同 {空白ママ}詔勅に見えまする {空白ママ}聖旨を奉體致し萬國の公是に循ひ、世界の大經に仗り、一層の奮發努力を以て精神的物質的兩方面に亘り、國力の充實を圖り、世界の進運に貢獻する所ありますると同時に、世界に帝國が負ふ所の義務を完全に果たさんことを、希望致す次第でございます、目下の時局中重大なるものは、申すまでもなく隣邦支那に對しまする關係と、露西亞に對する關係でございます、此二者は實に世界の大問題でありますのみならず、殊に帝國に取りましては、最も深き利害關係を有して居る問題であります、先づ順序として第一に支那の關係に就て一言申述べたいと存じます、御承知の如く我帝國は大正三年八月日英同盟の誼に仗りまして、世界大戰爭に參加し、獨逸に對して宣戰致しましたる結果、獨逸の租借地でありまする膠州灣を攻略して、獨逸が極東に於ける根據地を覆した次第でございます、此膠州灣の處分に付きましては、帝國が最初より之を支那に還附するの決心を有して居りましたことは、大正四年の日支恊約、並に昨年巴里に於ける帝國全權の聲明、並に私が外務大臣として致しました累次の聲明に依つて明白なる次第でありますが此所謂山東問題なるものゝ主要構成部分は、申すまでもなく膠州灣租借地と山東鐵道とでありますが膠州湾は右の如く之を支那に還附し、又山東鐵道は一咋年の取極に依り、兩國の合辮とすることに決定して居るのであります、茲に此機會を利用致しまして、一言申述べたい事がございます、それは外國人士中には、此山東問題なる名稱に拘泥致しまして、山東省全部が、恰も問題の目的物となつて居るものゝ如き誤解を懷いて居る者があります、是は我國民としては、誠に意外に感ずることでありますけれども、實際斯の如き誤解を懷いて居る者が、歐米の識者中にもあるのは事實であります、之に對しましては相當の説明、又此誤解を解きまする手段は既に講じて居りますが、甚だ帝國政府の遺憾とする所でありますから、本日此機會に於きまして、此點を申述べたいと思ひました次第でございます、帝國政府に於きましては、膠州灣還附に關しまする決心は、終始渝らざるものであります、今や平和條約は既に實施期に入りましたる結果、膠州灣租借地及鐵道等は完全に帝國に譲渡せられたることゝなりました、故に帝國政府は右の決心を實行致しますために、目下必要なる手續を執りつゝある次第でございます、昨年巴里に於ける此山東問題の商議に關聯致しまして支那に於て排日運動が起り、今尚終熄に至りませぬことは、日支兩國の關係上誠に遣憾とする所であります、之に關しましては、我政府は屡次帝國公使及支那駐在の各領事を致しまして、中央政府又は關係地方官憲に對しまして、排日運動の取締を交渉せしめました、最近更に中央政府に對しましては、嚴重なる交渉を遂げつゝある次第であります、支那政府に於きましても、出來得る限り取締の方法を講ずるの旨を證言致しまして、大體に於て、取締實行の誠意を有するものと認められますから、目下實際に於きまする無取締の成績の如何を、注視致して居る次第でございます、此排日運動に對しまして、我朝野が大局を顧念して、冷靜に之を迎へ、陰忍自重致しまして、同國政府の維持を危くするが如きことは、隣邦として我國の座視する能はざる所であります、此故に政府は豫て聲明を致しました對支借款方針に從ひまして、南北の紛爭を助長するが如き疑ある對支借款は、今尚ほ之を取締りますると同時に、支那政府の維持に必要已むを得ざる財政援助に付きましては關係諸國と恊調を保ち、支那の急に應ずる事を辭せざるものでございます、將又支那南北に於ける紛爭問題に關しましては、前議會に於て諸君に御報告申上げ置きましたる通り、帝國は勿論、英佛米伊の列強も帝國と共同致しまして、一昨年十二月南北雙方に和平勸告を致しました、又昨年六月再度の勸告を致しましたが、未た其解決を見るに至りませぬことは、闘係列強と共に、帝國政府の甚だ遺憾とする所であります、申すまでなく、帝國は地理上、歴史上、將又政治上、經濟上、支那とは最も密接なる關係を有して居る次第でありまして、其内爭が多年に亘るが如きは、最も好まざる所でございます、是故に苟も南北の間に和平の成立を見るがためには、借款の取締、兵器輸出の禁止等、幾多の犠牲を拂ひ苦心を費したる次第でございます、隋つて今後に於きましても、適當の機會を得まするに於ては、列國とも恊議致しまして、速に南北和平に至るまで、相當盡力致したい考でございます、之を要しまするに帝國と致しましては、一日も速に支那統一の大業成就せんことを、切望して已まざる所でございます、第二の問題でございまする露國の件は、是亦等しく帝國に取りまして、甚だ重要なるものでございます、{原文に、なし}今や過激軍進出のため、更に事態に重大なる變化を來しました、一時「オムスク」に於ける「コルチヤツク」政府の下に、北露及南露に於ける兩政府及極東に於ける勢力を統轄致しまして、露國の復興を見るに至らんする{ママ}形勢が見えましたけれども、最近には歐露の反過激派も甚だ振ひませず、英佛諸國に於ても、今後露國の援助を打切らんとする方針に出ましたやうな有様でございますが、西伯利に於きましては、最近「コルチヤツク」軍の敗北に依りまして「コルチヤツク」政府は「オムスク」を撤退し、「イルクツク」に移駐するの已むなきに至りましたが、目下「イルクツク」に於きましても、亦頗る混亂致して居る模様でありまして、「コルチヤツク」政府は最早統治の力を失ふに至りました有様でございます、帝國政府は從來西伯利に於きましては、列國恊調の精神を重んじ、特に米國に對しましては、十分恊調に力め、最近鐵道守備の手薄なる處に、多少の増兵を行ふの必要を認めまして、此の問題に關しましても、米國政府の諒解を一度求めつゝありました次第でございます、本月八日に至りまして、在浦鹽の米國派遣軍司令官より我司令官に對しまして、米國陸軍中央當局の命令に依つて、米國の軍隊を西伯利より撤退すべき旨を通告致しました、尋て、其翌日即ち本月九日、鐵道特別委員會の、米國委員より、米國政府は、西伯利鐵道監督の會議に參加する事を止めて、委員を右委員會より脱退せしむる事に決定したる旨を聲明致しまして、尋て本月十二日、本件に對しまする我政府の交渉に對して、米國政府の回答に接しました、其説明に依りますれば、浦鹽に於きまする米國司令官の通告に先たつて、帝國政府に接到すべき米國政府の回答は、手違のために同一通告よりも遲れて我邦に到著したる次第であると云ふことが明かになりました、且つ此事に付きましては、米國當局者に於て、洵に眞摯なる態度を以て、遺憾の意を表し來つた次第でございます、本件に關しまする米國との交渉の始末は、大要右の通りでございますが、西伯利に於きまする我が鐵道守備の補充は、同地方に於ける情勢の切迫に依り、益々緊要を加へ來りましたが故に、帝國政府は、約半箇師團を増遣するの處置に出でた次第であります、露國が今日の如き艱難を惹起すに至りましたことは、友邦露國のためのみならず、世界平和のため、眞に憂慮に堪へない次第でございます、帝國は常に健全なる政府が一日も早く確立しまして、露國の復興を成就せんことを希望するものでございます、終りに臨みまして、速に隣邦露西亞及支那兩國の平定を見て、世界全般に渉つて、眞の平和を回復するの日の近からんことを祈つて居ります、帝國政府は常に世界平和の完成、國際恊力の進捗を念とするものであります、同時に正義公道を以て、國際交渉の指針と致す所存でございます、巴里講和會議に於きまする帝國の行動乃至對支對露の政策は十分に此方針で證明して居ることゝ思ひます、今や國際聯盟新たに成立致しまして、我帝國の國際上に於ける地位は一層重大なるを致し、又列國との關係は、更に一段の親密を加へて參りまして、世界全般の幸福に貢獻する機會も、益々多からんとすることになりました、斯る時期に於きまして、諸君の賛助に依り、克く帝國の使命を全うせんとする覺悟を有するものでございます(拍手起る)