データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第20代高橋是清内閣(大10.11.13〜大11.3.28)
[国会回次] (帝国)第45回(通常会)
[演説者] 内田康哉外務大臣
[演説種別] 外交方針演説
[衆議院演説年月日] 1922/01/21
[貴族院演説年月日]
[全文]

諸君、茲に第四十五議會の開會に際し、帝國外交の經過を申述ぶるに先ちまして、我が歴史上未曾有の盛事たる、皇太子殿下の御外遊に付き一言致しますることは、私の最も光榮とする所でござります、殿下には昨年三月御見學の目的を以て外遊の途に上らせられ、先づ香港より「ジブラルタル」に至り、諸處の英國領地に立寄らせられたる後、五月九日始めて英國に御上陸あらせられ、其後歐洲諸國御巡遊の後、去る九月無事御歸朝あらせられたる次第でござります、其期間は必しも長からざりしに拘らず、殿下には御巡遊諸國の元首、政府及國民と交驩を重ねさせられ、到る處極めて良好なる印象を殘させられ、國交上我國の地位從來に比し一層重きを加ふるに至りましたことは、實に殿下御英明の賜にして、諸君と共に洵に感激に堪へざる所でござります、(拍手起る)是より過去一箇年に於ける帝國外交の經過に付き陳述致したいと思ひます、去る一箇年は帝國外交上極めて多事の年でありましたが、其中最も重要なる意義を有するものは、華盛頓會議の開催でござります、去る七月十一日米國政府より、軍備制限、及太平洋並極東諸問題協議の爲め、列國會議開催の件に關し、帝國政府の意嚮を問合せて參りました、越えて八月十三日に至り米國國務卿より、正式に同會議參加方招請して參りました、帝國政府は右會議招集の擧に全然賛同の意を表し、衷心其目的の逹成を希望し、多大の期待を以て之を應諾した次第でござります、又英吉利佛蘭西、伊太利諸國は勿論、白耳義和蘭、支那、萄萄牙の諸國も同様、此會議に參加を應諾致しました結果、同會議は客年十一月十二日華盛頓に於て開會せられ、爾來參加國何れも勗めて調和交讓の態度を以て、各種の重要問題の審議協定に從事して居る次第でござります、而して特に本會議劈頭の成果として最も注意を要しまする者は、過般公表致しましたる日英米佛四國條約でございます、此條約は去る十二月十三日、右四國全權に於て之に調印をしたるもので、本條約の審議に際して、自然日英同盟問題が議に上りました所、熟議の結果本條約の實施と共に右日英同盟協約は之を終了せしむることになつたのであります、同協約改訂問題に關しましては、一昨年七月日英兩國政府より國際聯盟に通告を發しました次第は、既に前期議會に於て説明したる通りであります、爾來日英兩國政府に於て種々折衝を重ねました結果、同協約は兩國政府に於て何等かの措置を執るに至るまで、其儘効力を存續せしむる事と致しました、其効力存續中同盟協約條項に規定せられた手續と、國際聯盟規約に規定せられたる手續の、互に相牴觸する事態が發しましたときには、聯盟規約所定と手續を採用することに、日英兩國間に合意成立致しました故に、其趣旨を以て昨年七月七日兩國政府より、國際聯盟に對して第二回の通告を發したのであります、斯くして日英同盟條約は客年七月十三日以後も其儘存續することとなりました次第でありますが、英國に於ては時勢の變轉に鑑み、日英同盟協約、並に其他極東方面に關する諸懸案を商議協定の爲に、太平洋會議開催を希望致しました、先づ此事に付て帝國政府に打合せる所がありました、逐に前申しました通り米國政府の提唱に依り、軍備制限に關聯して、太平洋及極東問題をも審議すべき會議の成立を見ることになりました所、同會議開催を機會と致しまして、日英米佛の四國間に偶々前述四國條約締結の議が起り、遂に其の調印を見ることとなりましたが、同協約に依り太平洋の平和を確保すると共に、日英同盟を終了せしむることになつたる次第でございます、日英同盟は過去二十箇年間、啻に日英兩國の親善關係を鞏固ならしめ、且之を増進したるのみならず、東亞全局の平和保持の爲め貢獻する所洵に少からざりし次第で、今日之を廢棄せんとするに方りては、其過去に於ける該同盟の功績を深く追懐せざるを得ない次第であります、併ながら飜つて考へまするに、四國條約の成立は正に時代の進運を語るものでありまして、併せて又國際友好親和の精神の更に擴大せられたるを示すものであります、同條約成立の結果として、太平洋の平和が四大國協同の力に依つて保障せらるる事となりたる一事は、帝國政府の最も滿足とする所であります、次に海軍軍備制限に關して申上ます、十一月十二日第一回總會議に於きまして、米國全權委員「ヒユーズ」氏は、關係列強の海軍現在勢力を基準と致しまして各國に於て現に實行中、又は計畫中の主力艦の建造を一切廢止致し、且つ老齡艦の一部をも廢棄する事として、協約成立後十年間は代艦の建造さへも許さざる、絶對的の海軍休息を爲さんとする案を發表した次第であります、殊に日英米三國に付ては、殘存主力艦の勢力比を三、五、五と爲し、十年後代艦建造の結果は日本には、三十萬噸、英米各々五十萬噸を許す事と致しまして、主力艦以外補助艦艇に付ても大體右比率に準ずべきものとして、詳細なる提案を爲したのであります、此提案は實に一大英斷とも稱すべきものでありまして、軍備制限の理想實現に對して米國政府が如何に熱心なるかを十分に説明し多大の感動を惹起したものでござります、而して十一月十五日の第二回總會議に於きましては各國全權何れも右米國の提案に對して賞讃的演説を爲し、帝國全權も亦世界平和確保に貢獻するの見地より致しまして、主義上右に賛同する旨を聲明した次第でござります、其後三國專門委員の會合、又は三國全權の會談に於て、各國共互に其立場に關し熱心なる意見の交換がありましたが、我が政府に於ては大局の利害と、國際協調の精神を重んじて、又太平洋諸島防備現状維持に關する、英米の意嚮をも確めましたる上に、國防上支障なしと認めて、主力艦に關する六割案に同意を表しました、主力艦問題に關する日英米三國假協定の成立を見るに至つた次第でござります、其後右假協定を基礎と致しまして、佛蘭西、伊太利兩國に對して、「ヒユーズ」氏より日英米の比率、即ち五、五、三、に對する、之に準じて佛伊に一、七五の比率に依る、海軍主力艦制限案を許すことを提示しました、此提案に對して佛伊に於ては遂に同意を表して、最早殆ど解決に達して居る次第でござります、而して潜水艦其他補助艦艇の制限、代艦補充方法、廢棄艦處分法、並軍艦噸數及武装の制限、又潜水艇の使用制限等の細目に付きましては目下折角協議中でありまして、是等の問題に對して既に意見の一致を見たるものもあります、併ながら大體に於て未だ茲に報告致す時機には達して居りませぬ、右の中潜水艇使用制限問題は、米國の提案に係るものでありまして、潜水艇の商船破壞を制限する爲め、明確なる國際法規を定めんとするものでありまして、帝國政府も主義として、之に賛成の意を表して居る次第であります、而して是等の諸件は何れ其中には相當決定を告げ、總ての事項を含む所の海軍制限條約なるものが、不日日、英、米、佛、伊此五大國間に調印せられるゝに至るであらうと思ふのであります、他方陸軍軍備制限の問題に關しましては、十一月二十一日の第三回總會議に於て初めて議題に上りました、英米、殊に伊太利側は、此陸軍問題に付きましても、一般的協定を審議するの必要あることを説き、又帝國全權は、日本は極東の情勢に應ずる純自衛的最小限度以上の陸軍軍備を保有するの意思無き旨を聲明致しました、即ち主義上、陸軍軍備制限に賛同の意を表したのでありますが、唯だ佛蘭西全權は陸軍軍備は移動集中の自由なる海軍力と同一に論ずる譯に至らない、各國皆其隣接諸國に對する特殊の地位と事情とを有するに依り、是等の地位事情に基いて、國防上必要なる軍力を別々に決定すべきものである、殊に世界戰爭の餘波未だ收らざる今日、本問題を議するに反對なる旨を力説した次第でござりますが、其の結果、會議は此陸軍制限問題を他日の問題と爲すことゝ致しまして、其後は陸軍問題に關して航空法規、毒瓦斯使用制限及戰時法規等に付夫々特別委員會を設けて唯今審議中であります、次に支那問題に移りまして申述べたいと存じます、我が隣邦支那に於きましては、不幸にして未だ和平統一を見ることが出來ざるのみならず、最近に於ては同國の實情、却て反對の方向に進展せんとするの嫌あることは、甚だ遺憾に堪へざる次第であります、尤も是は一時的現象に過ぎざることを希望致します、支那國民一般は、漸次覺醒の域に進みつゝあるものと信ぜざるを得ないのであります、申すまでもなく帝國政府は支那内部の政爭に對し、常に公明正大、不偏不黨の態度を持しまして、專ら同國政治組織の一日も速に完全なるものとならんことを祈つて居る次第である、同國の福祉の爲め、帝國の貢獻し得る限りは、他の關係諸國と共に、誠意努力し來つた次第であります、就ては、支那に於きましても、同國に對する列國の好意友情に鑑みまして鋭意各般の改善に努め、國民の福祉増進を圖ると共に、他方益々其門戸を開放し、關係列國との協調を愈々鞏固にし、人類共存共榮の實を擧ぐるに至らん事を深く希望する次第であります、今回の華盛頓會議に於きましても、帝國政府は唯今申述べましたる意嚮と希望を持して之に臨み、我が全權をして支那に對する帝國の公明なる態度を闡明し、我が誠意の在る所を披瀝するに努めしめたのであります、同會議に於きましては會議開催と共に極東委員會議設置せられまして、支那に關する重要問題は同委員會に於て審議協定せらるゝ事になつて居ります、會議の劈頭に於て、米國全權の提出に於る四原則の決議案は、同委員會及總會を通じて其後左の原則に準據して各種の問題を處理し、現に治外法權の徹廢、外國郵便局の廢止、外國駐屯軍の撤退、無線電信局の整理、租借地の回收、關税の引上等の諸間題に付きまして、或は既に議了し或は尚ほ審議繼續中のものもありまするが、要するに是等の問題は、何れも帝國の利害に緊切なる關係を有するものでありまするが故に、帝國政府は支那の正當なる要求及其希望に對しましては、常に同情を以て之を迎へ、其達成を助くるに努むると同時に、帝國重大の利益に、何等損害を加へしめざることに注意して居ります、各種關係の緩急輕重に應じまして、最も適當と認むべき處置を執りつゝある次第であります、又列國に於きましても、極東に於ける帝國の地位と利害に對して相當の注意を拂ひ、例へば條約に基く既成事實に向つて漫りに手を觸るゝが如きことを避くるに努むるの風あることは、私の茲に明言して憚らざる所でござります、尚ほ支那問題に關聯致しまして、山東問題に關して一言申上げる必要を感ずる次第であります、山東問題に付きましては、一昨年「ヴエルサイユ」條約の實施と共に、直接商議開始に關し、再三支那政府に提議する所ありましたなれど、支那側は之に應ぜず、荏苒時日や經過致しましたるが、其後支那に於ても本件交渉を開始せんとする意嚮を有するやに認め得ました事柄がありまするに依り、帝國政府に於ては熟議の結果、公正妥當なる條件を具へて、昨年九月七日支那政府に對して、直接商議開始方を申入れました、爾來同國政府と數回の往復を重ね、誠意本件の解決に努めましたなれど、支那側に於ては、帝國政府の條件に滿足を表しませず、隨て交渉更に停頓するの已むを得なきに至つた次第でござります、然るに偶々華盛頓會議に當りまして、米國全權「ヒユーズ」氏及英國全権權「パルフオア」氏等の幹旋に依て、本件に關し日支兩全權間に、直接商議を開くの機會を得ることになつたのであります、即ち客年十二月一日を初めとして、それ以來帝國全權と、支那全權と會談を重ねましたること前後二十數回、各種の點に付て意見が次第に接近を見たのであります、併ながら不幸にも山東鐵道の處分問題に關しまして、彼我の主張一致せず、已むを得す本鐵道問題に關する會議を中止せざるを得ざるに至つた次第である、山東問題の折衝に際しましては、政府前記對支一般の方針に鑑みまして、互讓妥協の精神を以て之に臨み、之が即決を圖らんが爲に、最大の努力を吝まざりし次第であります、なれども鐵道の處分問題に關して行惱を來し、未だ本問題の解決を見ざることは、返す返すも遺憾に存ずる所であります華盛頓會議に關聯する事項に付きましては本期議會開會中、更に説明すべき機會が多々あるべきを信じまするに依り、本日は以上陳述の程度に止めて、是より一二他の問題に言及致したいと思ひます、先づ第一に此委任統治の問題に付て申上げます、舊獨領南洋諸島の委任統治問題に關しましては、前期議會に於ても報告を致しました次第でありますが、其後昨年三月下旬に至り、一昨年十二月、聯盟理事會に於て確認成立致しましたる、委任統治條項の認證謄本が帝國政府に到達致しました、其次第は昨年四月二十九日に公表をした通りであります、斯くして南洋諸島に對する帝國の委任統治は、國際聯盟に關する限りに於いては、確定されたる次第となつたのであります、然るに米國は最高會議に於て「ヤツプ」島委任統治に關し留保を爲したることを理由とし、或は戰捷聯合國の一員としての權利を根據として、「ヤツプ」島に對する日本の統治を否認せんとすると共に、「ヤツプ」海底電線に關し、殊に一昨年華盛頓國際通信豫備會議に於ては日本が同海底線の所有を主張したるに對し、種々の要求を提出し、協議容易に纏らなかつた次第でありますが、其後太西洋に於ける舊獨線歸屬問題は英佛の讓歩に依り、既に關係國間の諒解殆ど成立するに至りました次第を以て、帝國政府に於きましても、大局の利害と國際協調の精神に依り何等か妥協を圖るの必要を認め、彼我の間に數次交渉を重ねたる結果、今回右海底電線に付き兩國間に一の諒解を遂げますると共に、「ヤツプ」島に於ける電線の陸揚げ、其運用の自由、之に關聯せる特權の許與、其他二三の條預に付て米國側の要求を容れますことに定め、又米國側に於ては「ヤツプ」島を含む赤道以北の舊獨領諸島に對して帝國の委任統治を承認することに決定致しました、既に大體の協定を了して、不日之に關する條約の成立を見る筈であります、最後に西伯利問題に付きまして一言申述べます、一昨年秋東部西伯利に於ける各地方政權妥協の結果成立致しましたる所謂極東共和國なるものは、客年二月憲法會議を開いて統一政府の形體を整へ、非共産的民主制度の採用を宣明致しまして、帝國政府に對し屡々親善通商關係の開始を希望して參りました、其後浦潮に地方的政變は起りましたなれど、政府は大局に顧みて「チタ」政府の希望に應じ、同政府との間に大連に於て會議を開くことに決心致しまして、昨年末より大連に於いて商議を開始することになつたのであります、此の大連會議の主たる目的は、右極東共和國と我國との間に一般通商問題の外に、我が居留民の生命財産の保護、並交通の危險、及帝國に對する脅威の除去、各種産業經營の自由等に關し、適當の保障を得んとするに外ならないのであります、其間何等領土的又は獨占的の利益を獲得せんと欲するものに非ざることは、申すまでもない事であります、右商議の遂行に付きましては、多少遺憾の點はありまするが、彼我の希望は漸次接近しつつあるのであります、隨て帝國政府は「チタ」政府が能く我眞意を諒解して前述の保障を與へ得る時機が近かるべきを期待するのであります、帝國が今尚ほ沿海州の一部に駐兵して居りますのは、前記の危險及脅威の存在するが爲めでありまして、是れ實に自衛上已むを得ざる事情に基くものであります、帝國政府は露國の内政には絶對に干渉せず、露國人間の政爭に對しては、嚴正中立の態度を維持しつつあるのは勿論、同地方の政情安定して、是等危險に對する保障確立するに於きましては、直に撤兵を實行するの決心なることは、從來屡々聲明したる通りでありまして、聊かも其態度を變へる譯でありませぬ、尚ほ薩哈嗹占領は、是は尼港所謂「ニコライウスク」虐殺事件に基因するものでありますから、他日十分に責任を負うて、其解決に當る所の露國政府が確立されて、相當同事件の滿足なる解決を見たる上は、無論我が駐兵を解除すべきことは勿論の次第であります、之を要しまするに政府は外政の處理に當り、常に世界の大局と帝國の平和的發達に顧念し、關係諸國と圓滿なる協調を保持し、以て國際間に於ける帝國の地位向上發達を圖ると同時に、各國共通の利益増進に貢獻するの希望を以て、終始行動し來れる次第であります、今回華盛頓會議に於きましても、專ら此精神を體し、各種案件の處理に當つて居るのであります、此公明正大なる我が態度は、關係諸國齊しく認識すると共に曾て歐米諸國に於て動もすれば帝國の眞意に關し、誤解或は疑念を懷き居りたるものありましたなれども最近に至りましては、是等の誤解懷疑は、暗雲一掃せられんとするの觀を呈することになりました、隨て、帝國と他列國との關係は一層敦厚を加へ來りたることは、頗る欣幸とする所であります、近時世界の大局は急轉して、曾ては一つの理想論とのみ看做され居りましたる國際聯盟が、既に成立を告げたるのみならず、時の經過と共に其精神は次第に徹底し其基礎益々鞏固を加へつつありまする外に、今回華盛頓會議の結果、軍備縮小の實を擧げることも亦遠きに非ざるやうに思はれます、又四國協約の締結と云ひ支那關係の原則の決定と云ひ、總て是等は世界恒久の平和の樹立に對する、一般人類の眞摯なる要求の發露に外ならざる次第でありまして、單に各政府の一時的の政略と認むべきものではありませぬ、實に現代世界の大勢は、各國共に排他的利己主義を去つて、正義と平和の爲に國際協調の達成を圖り、協心戮力以て人類の共存共榮の實を擧ぐるに、努めて居ることを示しつつあるのであります、斯の如きは帝國永遠の利益に合致するのみならず、帝國國運の隆昌を期するの途は、右の方針以外他に求むべからざるは、帝國政府の信じて疑はざる所であります

〔拍手〕