[内閣名] 第24代加藤高明内閣(大13.6.11〜大15.1.28)
[国会回次] (帝国)第50回(通常会)
[演説者] 幣原喜重郎外務大臣
[演説種別] 国務大臣の演説
[衆議院演説年月日] 1925/1/22
[貴族院演説年月日]
[全文]
諸君、昨年七月本議場に於きまして、私は政府の執らんと欲する外交方針の根本義、並に其當時に於ける我が國際關係の大要に付きまして御説明申上げて置いたのであります、其後列國間の關係に於きまして、種々重要なる出來事の發生を見たのでありますが茲に是等の出來事を綜合して其大體を通觀致して見ますると、今や世界の人心は一般に偏狹且つ排他的なる利己政策を排斥し、兵力の濫用に反對し、侵略主義を否認し、萬般の國際問題は、關係列國の諒解と協力とを以て處理せんとするの機運に向つて進みつゝあるのを認め得らるゝのであります、例へば獨逸賠償問題に關する倫敦會議と云ひ、國際紛爭の平和的處理問題に關する國際聯盟の第五回總會と云ひ、何れも此機運の向ふ所を示すものであります、以上趨勢の自然の結果と致しまして、國際會議は近年著しく其數を増加するに至つたのであります、昨年中我國の參加せる各種の國際會議は總計約四十の多數に達しました會議の議題中には帝國自身に取つて、特に重要直接の利害を感じないものも無いではありませぬ併ながら我國は最早東洋の一隅に孤立し門戸を鎖して、自己單獨の生存のみに眼界を局限し得べきものではありませぬ、國際聯盟の主要なる一員として、世界の平和、人類の幸福に對し、重大なる責任を負擔して居る次第であります、隨て苟も此大目的に關係のある問題は、帝國自身に取つて利害が輕微であつても間接であつても、當然吾々は之が討議に代表せられなければならぬ立場に在るのであります、我國が斯の如き重大なる責任を負擔致しますることは今日にあつては最早其可否を論ずべき場合ではありませぬ、{原文には、なし}何れにしても避くべからざる時勢の要求であります、{原文には、なし}全世界を動かす所の大なる根本の力が然らしむるものであると信ずるのであります、固より目下の情況に於きましては、各國は未だ世界大戰の急激なる動搖より恢復するには至つて居りませぬ、内に在つては財政經濟の状態も未だ常軌に復して居りませぬ、外に在つては國際關係も未だ十分安定の域には達して居りませぬ、理想の實現尚ほ前途遼遠の感を免れませぬけれども、大體に於きまして世界人心の趨く傾向を觀察致して見ますれば、國際的爭闘の時代は漸く過ぎ、之に代るべきものは國際的協力の時代であると云ふことは疑を容れませぬ、世間には往々此新なる傾向を目しまして、或は國際主義などと稱へまして、之を以て國家主義と相容れず、自國の利益と相反するものと認めまして、之を攻撃する論者が無いではありませぬ、若し所謂國家主義なるものが一國の專横を意味し、他の列國皆擧つて此一國の便宜に迎合すべきことを意味するものであるならば、現今の大勢は斯の如き國家主義と相容れないと云ふことは明瞭であります、又所謂自國の利益なるものが、目前一時的の利益、又は國民の一小部分の利益を意味するものであるならば、現今の大勢は斯の如き自國の利益に對し不利なることも、爭ふべからざる事實であります、併ながら世界は一國を中心と致して回轉致して居るものではない、凡そ一國は其國力が如何に強大であつても、又財力が如何に豊富であつても、之を恃んで列國間に於て專横を極むるときは、終には無慘なる失敗に了るものである、是は歴史の證明する所である、國家の眞正且つ永遠なる利益は、列國相互の立場の間に於て、公平なる調和を得ることに依つて確保せらるゝものであります、吾々は此信念に基いて、總ての列國に對する外交關係を律せんことを期する次第であります、政府の對支政策に付きましては、私は既に前期の議會に於きまして其大綱を説明致しました、第一に吾々は支那の合理的立場を尊重すると共に、我が合理的立場は又飽までも之を擁護する覺悟であると云ふことを述べました、第二に支那の内政問題に付きましては、一切之に干渉するの意思が無いことを明言致して置いたのであります、客年九月不幸にして江蘇、淅江兩省間に戰端を開始せられ、延て春直兩軍の激戰となり、一時支那の内部に容易ならざる動亂を來しましたが、我々は此時局に處するに當りましては、曩に聲明せる政策を以て終始一貫致したのであります、{原文には、なし}即ち第一に我々は絶えず我が合理的立場の擁護に深き注意を加へました、其の所謂合理的立場の一例は滿蒙地方に於ける我が權利利益に關するものであります、隨て是等の權利利益が山海關方面に於ける奉直戰爭の結果、萬一侵害せらるゝが如きことあつてはならぬと考へまして、十月十三日奉直兩軍に對し率直に我が立場を宣明致したのであります、其次第は當時既に新聞紙に公表致して置きましたから御了承を碍たことゝ存じます、申すまでもなく日本の懸念する所は、滿蒙地方の事態に限るものではありませぬ、支那全體に對して日本は國家的生存上極めて密接なる利害關係を持つて居りますることは、現實なる事實である、然るに我が國民的感覺が滿蒙地方に於て特に鋭敏であるのは、以上の利害關係に加ふるに、歴史上の理由があるに基くものであります、即ち日本は滿洲の野に於て自衛の爲に、東洋の平和の爲に、國運を賭して二大戰爭に從事致したのである、日本人が今日同地方に於きまして平和的事業に活動することを得まするのは、結局此大なる努力の結果であります、固より我々は同地方に於きましても、又支那の何れの地方に於きましても、領土的侵略的の意圖を有するものでないことは、政府が既に幾回となく聲明致し、私は今、又重ねて之を繰返す通りであります、第二に支那の内政不干渉主義に至りましては、政府は又徹底的に之れを實行致したのであります、吾々は支那の何れの一派に對しても、苟も戰爭を繼續する目的に供せらるゝの虞ある兵器彈藥借款等の供給は、絶對に之れを差止めました、吾々は支那國民が衷心より深く亂を厭うて居ることを知つて居りまするが、故に支那の何れの一派をも援助せざるは、即ち支那全國民を援助する所以であると信じたのであります(拍手)殊に我々の重要視せるは國際信義の點であります、日本政府は先年既に列國の支那に對する兵器供給禁止の決議を承認致しました、又屡々内政不干渉の方針を宣明致しました、而して我々は其の口にせるところを現實に行つたものであります、之れが結果は如何でありましたか、今や我が公正なる態度は、支那國民並に世界列國の一般に認識するところとなり、日支兩國の關係は爲めに著しく改善せられ、又列國とも相互の信頼を一層厚くするに至りましたことは、洵に御同慶に堪へざる次第であります(拍手)帝國政府は段祺瑞氏の臨時執政就任と共に、列國と協議の上、段氏の政府を支那に於ける事實上の政府として承認を與へました、吾々は何人が支那の政權を掌握するとも又支那が如何なる憲法制度を採用するとも、濫に之れに干與するの意思を持つて居りませぬ、支那國民は實に數千年の歴史を背景とし、且つ獨特の環境を持つて居るものでありますから其國家組織は支那國民其者の定むる所に委すの外ありませぬ、唯々我國として重きを措きまする所は、支那が外に對しては誠實に國際義務を履行し、内に在つては各地方の和平秩序を保つべき、鞏固なる政府の樹立を見るに至るの一事であります、我々は此目的の爲に、支那臨時政府が目下鋭意努力中なることを認めまして、深甚なる同情を以て其成功を祈り、列國と共に出來得る限りの好意的援助を與ふることを辭せざる決心であります、此同情と援助とは、單に支那に於ける特定の一人、又は特定の一派に對するものではない、終始支那全國民の利益を念頭に措くものであると云ふことは、茲に明に致して置きたいと思ふのであります、何れにするも支那國内の和平統一を確立するの事業は、決して容易な事ではありませぬ、今日まで其事業の成績が捗々しくないのを見まして、直に支那の國民性が自治の能力に堪へざるものゝ如く推斷するのは、誤りたる見解であります、殊に此推斷に基いて、支那に於ける鐵道、其他の行政機關の國際的管理を行はんとするが如き計畫は、我々の到底容認し得ない所である(拍手)又列國政府に於ても、斯の如き計畫を有せざることを信じます、又此際世上には支那が共産主義の國家となるかも知れないとか、或は自國に不利なる−−不利と認むる國際約束を破毀するの計畫があるとか云ふやうな臆説もあるやうでありまするが、我々は之を信ずることが出來ませぬ、我々は常に希望と忍耐とを以て、支那國民の政治的革新の努力を注視しなけれげなりませぬ、要するに我々は支那に於ける我が正當なる權利利益は飽までも之を主張すると共に、支那特殊の國情に對しましては十分に同情ある考慮を加へまして、精神的に、文化的に、又經濟的に、兩國民の提携協力を圖らんとするのであります、次に露西亞問題に付きましては、前期議會に於ても申述べましたる通り吾々は結局兩國が多くの點に於て利害を共にする隣國として、互に親善友好の關係を保たなければならぬことを十分に認むるものであります、併ながら兩國の間には豫て解決を要する幾多の重要案件がありまして、其中には事態の容易ならざる紛議もあつたのであります、隨て國交恢復前に是等案件の解決を圖らざるときは、國交恢復後に於て直に不快なる論議を重ねなければならぬ場合に立至ることは必然であります、事此に至りましては、雙方の將來の爲め極めて不得策であると考へたのであります、我々は石油や石炭の利權を報酬として露國政府に承認を售らんとするが如き考は、絶對に持つて居りませぬ(拍手)唯、將來に亘る軋轢の原因を豫め一掃し、大體に温なる空氣の裡に於て、國交を恢復することが必要であると認めたのであります、是が日露交渉に長き時日を要した理由であります、幸に交渉は最近順調に運びまして、愈々一昨夜、即ち一月二十日を以て基本條約及附屬文書の調印を了することゝなりました(拍手)斯の如くにして多年の懸案も圓滿なる解決を告げたのであります、追て是等協定の批准交換の上は、日露兩國間に再び正式に國交の樹立を見るに至る順序でありまして、茲に之を報告することを得まするのは洵に滿足致す次第であります(拍手)其諸協定の内容は、近日必要なる手續を經まして發表致す筈であります、米國との關係に至つては我々は兩國が永遠に親交を維持し、太平洋方面の平和の爲、又延ては世界一般平和の爲、互に協調協力しなければならぬ重大なる使命を持つて居ることを信ずるものであります、又米國民の大多數は、此點に於て我々と所感を一にすることを認め得られるのであります、昨年五月制定せられたる米國移民法中日本人の入國に對する差別的規定のありますることは、如何にも遺感なる次第でありまして、同條項の挿入せられたる事情、並に之に對する政府の意見は前期議會に於て申述べた通りであります、本問題は未だ、解決に至りませぬ、併ながら法律を以てするに非ずんば改廢することが出來ませぬ、而して米國の法制に於きましては、立法部は行政部と全然獨立せるものである、隨て此際兩國政府の間に於て如何に論議を重ねましても、是のみにては本問題を解決することが出來ないのは明瞭であります、畢竟米國民一般の、我が國民並に我が主張に對する正常なる理解に俟つ外はないのであります、性急なる態度感情に囚はれたる言論は、決して國際的了解を進める所以ではありませぬ、米國民の血管の中には、正義を愛する建國當時の精神が尚ほ依然として、流れて居ることは疑を容れませぬ、私は其事實が實際に證明せられまする時機の來るべきことを期待する者であります、其他の諸國との關係に於きましては、極めて順調なる道筋を辿りまして、著々親善の度を加へつゝあることは誠に喜ばしき事と存じます、之を要するに我が外交方針の根抵を成すものは、帝國の正當なる權利利益を擁護増進すると共に、列國の正當なる權利利益は之を尊重し、國際的の闘爭を避けて、國際的協力を進めることであります(「ひやひや」)我ゝは此方針に向つて行動して行く上に於て國民の正當なる理解と支持とを享くべきことを確信する次第であります(拍手)