データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第24代加藤高明内閣(大13.6.11〜大15.1.28)
[国会回次] (帝国)第51回(通常会)
[演説者] 幣原喜重郎外務大臣
[演説種別] 国務大臣の演説
[衆議院演説年月日] 1926/1/21
[貴族院演説年月日]
[全文]

諸君、先例に依りまして、帝國議會の前會期以後我國の直面せる諸般の外交問題に付きまして、政府の執りましたる政策の大要を説明申上げて、諸君の御諒解を得たいと考へます、支那に於きましては、近來内政上及外交上極めて重要なる時局の發展を見たのであります、一昨年の奉直戰爭の終局と共に支那の各地方に在つて兵力を擁する各黨派も久しき國内の戰亂に疲れたるが如く見えまして、政局は暫く小康を得ました、昨年二月開催せられたる時局善後會議も相當の成績を擧げて、無事に閉會を致しました、支那の對外關係に於て多年の懸案であつた金法問題も圓滿なる解決を告げ、華盛頓會議の結果たる所謂九國條約は、愈愈八月五日を以て調印國全部の批准寄託を了することゝなりました、庶政改善の事業も一時は將に緒に就かんとするの運に至つたのであります、斯の如く支那の平和的且つ秩序ある發達に對しましては、我我は滿腔の同情を以て之を見たのである、之が爲には我々は直接間接に友好援助を與へたことも尠くはありませぬ、圖らずも昨年四月の頃より支那の一派の分子には、上海青島等に於きまして、日本の紡績工場の職工に同盟罷業を煽動するものがありまして勞働條件改善の要求は忽ち一轉して、使用者並に警察官憲に對する暴行脅迫となり、五月の末最も不幸なる所謂上海事件の勃發と共に再轉致しまして、現行國際協定の打破を目的とする政治運動と相成りました、爾來其騒動は支那の各地に波及するに至りました、斯の如き騒動は最早單純なる勞働爭議とは認められませぬ、暴力を以て日本人並に外國人の生命財産の安全を脅威するものでありますから、政府は直にそれ/\必要なる我が居留民保護の手段を執ったのであります、支那の各地に亘つて我が居留民は多數なる割合には其被害の尠かつたことは洵に幸であります、又是等の保護手段に對し、我支那派遣艦隊の將卒が終始極めて有効且つ適切なる協力を與へましたことは、我々の深く滿足する所であります、暴動事件の善後處置に至りましては、問題の性質に依りまして、或は關係列國全體と協同し、或は我國單獨で支那の中央政府、又は地方官憲と交渉し、それ/\解決の途を講ずることになりまして、既に解決を終へたものもありまするが其細目は餘り煩雜に亘りますから、茲に省略致したいと考へます、更に一層重大なる問題は、昨年十月頃より支那に於て又又發生せる動亂であります、淅江の孫傳芳將軍が奉天軍に對し事を擧ぐるに至りました遠因、又は近因は、支那の國内事項でありますから、私は此際論評を避けたいと考へます、事實に於て十月の初、孫軍一度行動を開始するや、奉天軍は上海を去り、南京を棄てゝ終に山東省まで引揚ぐることゝなりました、{原文には、なし}斯の如く奉天軍が中央支那の方面に於きまして、頗る不利なる形勢に陥つたに拘らず、十一月中旬頃に在りましては、東三省内の情況は未だ著しく動揺の状もなく、又急に動亂の波及すべき模様も見えなかつたのでありますから、當時我が滿洲駐屯軍の兵員中、年限の滿ちたるものは常例に依りまして内地に送還せられまして、除隊歸休となつたのであります、{原文には、なし}然るに十一月二十四日に至り、當時●{さんずいに欒}洲方面に駐屯せる奉天軍司令官郭松齡將軍は、突如として張作霖將軍に反抗し、奉天に向つて進軍を開始することゝ相成りました、之に對し張將軍の側に於きましては直に退いて第一の防禦戰を連山方面に設けたやうでありましたが、十二月の初に至り、奉天軍は格別の激戰を交へずして、連山附近の陣地をも棄てゝ更に退いて遼河方面に最後の決戰を試みんとするの形勢が追々明となつて參りました、茲に於て我が關東軍司令官は十二月八日附の聲明を以て、其當然の職責の存する所を張郭兩將軍に警告し、以て兩軍の注意を促したのであります、前に述べましたる滿洲駐屯軍の兵員中、十一月中旬に除隊歸休となりましたるものゝ補充は、例年の慣例に依りまして本年一月中に行はれる當初の豫定でありましたが、其以前には絶對に必要と認められる最後の瞬間に至るまで補充兵員の派遣を見合はす考であつたのでありましたが十二月十四日の夜より翌朝に亘つて一の新なる形勢が生じました、即ち其間に滿洲方面より到著せる電報に依れば、郭軍の一部隊は突然營口の對岸に現はれました事實が確まり、同方面に於きましても、張郭兩軍の衝突を生ずる危險を豫想せざるを得ざるに至つたのであります、之が爲に滿洲沿線に於きまして、我が駐屯軍の特に警戒を要する守備區域は、南は營口より北は鐵嶺に至り、當時駐屯軍の減少せる兵力を以ては、到底守備の任務を完うすることが出來ないことは明瞭となるに至つたのであります、固より曩に關東軍司令官の發しましたる聲明に對しましては、張郭兩將軍共に能く之を諒悉し、其軍事行動を執りますに當りましては、十分に日本の權利利益を尊重すべきことを期待されたのでありますが、若し數日に亘つて各方面に混戰の状態を呈するが如き場合に立至りますれば、雙方の軍隊共に無意識に鐵道附屬地内に侵入し、市街戰、追撃、追撃等を行ふの虞あるのみならず、敗竄兵が規律節制を失ひ、掠奪暴行を爲すと云ふ事は、從來度々例のあつた事であります、斯の如き危險なる形勢が十二月十五日に至つて愈々切迫せるものと認められましたが故に即日政府は意を決しまして、駐屯軍の兵數を十一月中旬までの情態に復せんが爲に、直に缺員補充を行ふことゝなつたのであります、其後遼河の決戦終了致し、東三省の事態が大體平静に歸し始むると共に曩に我が駐屯軍の缺員補充として臨時に滿洲に派遣致しましたる部隊は逐次に原駐地に送還せられ、一切の應急措置は今日に於きましては既に悉く解除せられたる次第であります、之を要しますのに、最近の支那の内亂に於きましても、一昨年の奉直戰爭の場合に於けると等しく、政府は帝國議會の前會期に於て説明致しました一定の方針を以て終始一貫致したのであります、其方針とは即ち第一に支那の内政に付ては絶對に之に干渉せざること、第二に我が權利及利益に付ては有ゆる正當手段に依つて之を擁護することを期するものであります、世間には滿洲方面に於ける日本の行動に對し、常に一種の邪推を以て觀察するものがないではありませぬ、我滿洲駐屯軍の缺員が補充せられますれば、直に之を以て奉天軍援助の目的に出でたるが如く誣ひ、又我軍司令官が張郭兩軍に對して、等しく其營口入市に異議を唱へますれば、直に之を以て郭軍の軍時行動を阻止するの内意を含むものなるが如く傳へまして、百方日本を中傷せんとするものがあるのは洵に遣憾の至りであります(拍手)我々は是等の風説の全然無根なることを斷言し、公平なる歴史は結局何よりも明白に我が眞意の存する所を證明すべきことを確信するのであります(拍手)尚ほ滿洲方面に於ける我文武官憲が、過般の重大なる時局に當つて同心協力、能く政府の方針を遂行し、又全く人道上の見地より、敗軍の將卒並に是と事を共にせる人々の生命を救助せんが爲に、百方力を盡しましたることは我々の衷心より悦ぶ所であります、斯の如く我々は徹底的に支那に於ける内政不干渉主義を勵行すると同時に、我が正當なる地位に開しましては、及ぶ限り擁護の手段を執つたのであります、日本が滿蒙地方に於きまして有形無形の最も重要なる權利利益を持つて居ることは周知の事實であります、其權利利益にして外形に現はれ、戰亂に依て破壞せらる、危險のあるものは、今日に於きましては主として滿鐵沿線に存在する實况でありますが、是が保護は過般我々の執つたる手段に依つて其目的を達せられたるものと認められます、無形の櫨利利益に至りましては、今回の戰亂に依つて影響を受くるべき虞なく、事實に於ても亦何等の影響の無かつたことは我々の確信する所であります(拍手)固より東三省地方全部が平静の状態を保ち、戰亂の慘禍を免かれますことは、支那住民の爲め、又我が居留民の爲に洵に望ましいことではありまするけれど、是は當然支那の責任である、我々が妄に自ら其責任を引受けんとするならば現在の國際開係の基礎的觀念、華盛頓條約の根本原則並に帝國政府の累次の聲明を悉く無視するの外はありませぬ、我々が一たび之を無視するならば、帝國の名譽威信は茲に永遠に失はるゝことを覺悟せなければなりませぬ、我々は何としても斯の如き無謀なる行動を執ることは出來なかつたのであります、次に支那關税特別會議に關しまして、單簡に説明を申上げたいのであります、支那に於ける時局の進展を仔細に觀察する者は、近年支那の國民が政治的に覺醒せんとする所の徴候が追々現はれ來れることを認めざるを得ないと考へます、古い支那は漸く過去つて新しい支那が之に代らんとしつゝあるのであります、我々は偏に支那の健全なる發達を希ふと共に其前途ある青年の中には動もすれば無根の風説惡意の宣傳に迷はされまして危險且つ破壞的なる政治運動に熱中する者あるのを見まして、隣邦の將來の爲に深き憂慮を抱く次第ではありまするけれども大體に於きましては近年支那の情態が著しく變遷せる事實を無視するのは大なる誤であると考へます、軍事上の權力者は戰亂の運命に依つて興る者もありませう倒れる者もありませう併ながら國民的自覺は一度發生すれば決して消滅するのではありませぬ外部より壓迫を受くれば却て益々深刻を加ふるものであります、{原文には、なし}而して支那國民間に於ける斯の如き自覺の一端は近來關税自主權回復の要望となつて現はれて參つたのであります、我々は特に此形勢を察しまして關税會議に對する方針を決定致したのであります、會議が十月二十六日を以て開かるゝや否や、果然其劈頭に於て支那の全權は關税自主權問題を提起致しました、之に對しまして我が全權は、政府の既定方針に依り、絶えず支那の立場に同情的態度を採りまして、列國とも密接なる接觸を保ちつゝ幾多の難關を排しまして、十一月十九日の委員會に於て、支那の關税自主權承認に關する一の決議が成立致したのであります、是と同時に我々の目的とする所は、日支兩國の共存共榮であります、我々の求むる解決方法は、日支雙方に向つて公平ならんことを期するのであります、支那國民も亦專ら自己の立場のみを見て日本の商工業が如何に相成つても之を顧みないと云ふが如き、不合理なる要望を抱くものではないことを信ずるのであります、十二月の初頃より支那の國内の形勢が急を告ぐるに至つたと共に、自然關税會議の進行も捗々しからず、唯々時々主として非公式の會合を開くに止まつて居りまするけれども、我々は事情の許す限り、會議の繼續及促進を望んで居るのであります、又最近支那に於ける治外法權委員會も開會の運びと相成りました、固より完全なる法權を回復せんとする支那國民の正當なる希望は、我々の常に同情を表する所であります、今回の委員會は華盛頓會議の決議に依りまして、特定の事項に付き事實を決定し、意見を建議するの任務を持つて居るものでありますが、我々は多大の興味を以て其結果を見んとする次第であります、露國との關係に至つては、引續き順調なる發達を爲しつゝあるのは、洵に喜ぶべきことであります、北薩哈嗹に於ける石油石炭の利權に付きましても、十二月十四日を以てそれ/\我が當業者の代表と露國當局との間に契約の調印を終へました、是等の契約は昨年一月の北京條約に伴ふ當然の結果ではありまするけれども、若し露國政府にして衷心より日露の經濟的協力を圖るの意向がなかつたならば、今回の結果も恐らくは期し得られなかつたであらうと思ひます、從て今回本問題交渉の成立は兩國民間の友情を表彰するものとして、我々の觀迎する所であります、我々は今日何れの國とも排他的の親善關係を結ぶの意思を持つて居りませぬ、總ての列國に對し表裏なき友情を以て交はることが我國の進むべき最も賢明なる筋途であると信じます、之が爲には我々は的確なる證據もなく漠然たる想像を根據として他國の眞意を速斷すると云ふことは避けねばなりませぬ、多くの場合に於きまして重大なる國際間の紛糾と云ふものは邪推偏見に源を發して居るものであります、是等の點は日露の關係を考慮する上に於て、篤と念頭に置かなければならぬのであります、過般或は露國が北滿洲に於て何等かの侵略計畫を有して居ると云ふが如き風説が傳はつたやうでありまするが私は今日まで知り得たる限り之を信ずべき何等の根據を見出しませぬ、{原文には、なし}昨年日露國交回復以來我々は兩國關係の諸問題に付ては露國政府との間に常に密接なる接觸を保ちまして髄時腹藏なき報道及意見の交換を行ひ來つたのであります、我々は此方法に依りまして兩國間の不必要なる誤解を除き、以て其國交の維持増進を期して居る次第でありまして、今後も亦同一の目的の爲に及ぶ限り努力する覺悟であります、歐羅巴諸國との關係は目下極めて順當なる状態に在りまして、其の前途に暗影を投ずるが如き何等の紛爭問題なきのみならず、何れの國とも益々國交増進の形勢を認め得らるゝのであります、{原文には、なし}過般調印せられたる「ロカルノ」條約は性質上純然たる歐羅巴問題に關するものでありまするから、日本は調印國ではありませぬけれども、是等の條約は歐羅巴の政治上並に經濟上に於ける時局の安定を促したものでありまして、之が爲に國際聯盟の前途に愈々光明を與へ、延いては世界一般の平和と進歩とに貢獻することは疑を容れないのであります、又目下英國に御滞在あらせらる、秩父宮殿下が總ての方面より誠心を籠めての觀待を受けさせられつゝあるのを伺ひましては我々は寔に感激に堪へざると共に兩國間の友情は極めて鞏固なる根柢を有することを感じまして、深く滿足する次第であります(拍手)我國は土耳其とは昨年初めて大使を交換することゝ相成りました、我々は近東方面に於ける錯雜せる歐羅巴問題に付きましては、飽迄不偏不黨の第三者たらんことを欲するものでありますが、是と同時に明治二十四年の軍艦「ヱルトグルール」事件以來我が國民と土耳其國民との間に存する好感情は益々之を増進し、又同國方面に於て我が商工業發展の新天地を開拓せんことを期待するものであります、飜て日米關係を見まするに、一昨年の米國移民法中所謂日本人排斥條項に付きましては、政府の意見は私が一昨年並に昨年共に當議場に於て申述べた通りでありまして、其意見は茲に何等變更し又は敷衍するの必要がありませぬ、又今日本問題を徒に反覆論議致しますることは何等有益なる結果を來すものとも思はれませぬ、唯々我々は國際禮讓並に正義の観念と一致せざるものと認めらるゝ所謂日本人排斥條項に對しまして、洵に遣憾に感ずることは今尚渝らないことを明にするに止めたいと考へます、併ながら大勢を通觀致しまするのに、米國に於て日本に對する諒解が近年著しく進んで參つたことは、何人も米國の事情に通ずる者の快く認むる所でありませう、嘗て日本人攻撃の急先鋒であつた人々の中で、今は穩健なる意見を公言して居る人は少くありませぬ、嘗て日本に關して何等の興味を有せず又は先天的に一種の偏見を抱いて居つた人々の中で今は熱心に公平に我國の眞相を研究せんとする者も尠くありませぬ、凡そ正しき諒解は眞實なる友情の基であります、今日日本に對する態度に付きまして米國に於て見受けらる、大體の傾向は、兩國關係の前途に深く望を囑せしむるに足るものと考へます、我國は又墨西哥並に南米諸國とは全く親善なる關係を保つて居ります、我々は固より是等の諸國との關係に於きまして、何等政治上の意味を含むが如き計畫を持つて居りませぬ、併しながら同方面に於きましては我が國民の經濟的發展の爲に十分の餘地があることを認めまして、及ぶ限り其の正當なる活動を奨勵する方針であります、終りに移民問題に付きまして一言を附加へたいと考へるのであります、我々は何れの國へも其の觀迎せざる移民を送らんとするが如き意思は持つて居りませぬ、唯未だ開拓せられざる地方に資本又は勞力を供給し、單に移住者又は其の本國の爲のみならず、彼等が新に墳墓の地として定住する國の爲め、何れも等しく其の繁榮幸福を増進することが我々の一貫せる希望でありまして之れが爲め政府は十分力を盡す覺悟であります、以上の説明に依りまして對外關係に對する政府の意見を大體御諒察あらんことを希望致します、此政策を決定し施行する上に於きまして、我々は國家の一時的利害に依つて輕々しく動かされないことに深く注意を加へたのであります、國家は永遠の生命を有するものでありまするが故に、外交の目標とする所は國家永遠の名譽、威信、利益でなければなりませぬ、私は此信念に基きまして幸に諸君の御賛助に依りまして、私の重大なる責務を盡さんことを期して居る次第であります(拍手)