[内閣名] 第25代第1次若槻禮次郎内閣(大15.1.30〜昭2.4.20)
[国会回次] (帝国)第52回(通常回)
[演説者] 幣原喜重郎外務大臣
[演説種別] 国務大臣の演説
[衆議院演説年月日] 1927/1/18
[貴族院演説年月日]
[全文]
諸君、茲に先例に依りまして第五十一議會以後に於ける我が對外關係の發展に付きまして大體の意見を申上げ、諸君の御參考に供したいと考へます、目下國際關係の重要問題として一般の注意を集めつゝあるものは、申すまでもなく支那の時局であります、支那に於きましては過去十數年間殆ど内亂の絶間なく、戰爭の當事者と地域とは屡々變轉いたしましたけれども、國内秩序の回復は未だ其徴候を認められませぬ、更に昨年の夏頃より長江沿岸に進出せる南軍は、政治上及社會上の變革を目的とする一定の主義を高く其旗幟に掲げまして、是が爲に支那に於ける内亂の性質に一の變化を來すに至つたのであります、是に於きまして從來支那の中央及北方に兵力を擁したる諸黨派は安國軍なる名義の下に結束して南軍に反抗し、兵力に於ても、又政策に於ても南北對立の形勢と相成つたのであります、斯の如き新事態が列國の權利利益に如何なる影響を及ぼすか、又今後支那の政局が如何なる方向に推移するか、今日は未だ的確に之を斷言し得る時機ではありませぬ、此際我が國民としては斷片的又は一方面のみの報道に依つて動かさるゝことなく、特に愼重冷靜なる態度を執ることが何よりも肝要でおると考へます、唯々現下の事態に顧みまして二三點吾々の意見を申述べまして御考量を煩はしたいのであります、第一に吾々は隣邦人民に對する自然の同情より致しましても、又自國商工業上の利權を保全するの必要より致しましても、支那に於て一日も速に平和秩序の回復せられんことを切望するものでありますけれども、此希望の實現は固より支那國民自身の主働的努力に待つの外ありませぬ、{原文には、なし}外部よりの壓力を以て國内の平和を強制せんとするが如きことは有害無益であります(拍手)唯々吾々は平和を求むる支那國民の努力を支持し、之に十分の機會を與へることが友邦としての徳義上の義務であると信じます、是が爲に一切支那に於きまして内亂の目的に供せらるゝことあるべき兵器、又は借款の供給を禁止するの必要を認めまして大正八年以來吾々は政府の權能の及ぶ限り最も嚴重なる取締を行ひ來つた次第であります、此方針は今日に於て變更いたす考がありませぬ、若し外國が一方に於て支那の内政に干渉せざることを標傍しながら、他の一方に於て支那の一黨派の爲め其敵黨と戰ふの用に供せらるゝことあるべき兵器又は借款を供給するが如きことがありますれば、全然矛盾の態度と申さなければならぬのであります(拍手)第二に支那に於きまして何人が政權を掌握するか、又は如何なる國内政策が支那の爲に健全妥當なりやと云ふことは、當然同國民自身の決定すべき問題であります、其の政策が能く支那人の國民性に適し、國内の繁榮、國際間の信望を進むるに足るものならば、自然に勢力を得るに至るでありませう、若し又之れに反し斯の如き期待を裏切るものであるならば、自然に影を潜むるに至るでありませう、支那人の國家的生活は實に數千年の歴史を背景とし、自國特有の環境に刺戟せられて發達し來つたものでありますから、如何なる外國も自己本位に依りて案出したる政治又は社會組織の計畫を支那に強ゐんとするが如きは、永遠に成功すべきものではありませぬ、又支那國民としても到底永く他國の干渉を默認し、其の指圖に服從すべきやうなものとは考へませぬ、固より支那が如何なる制度を採用いたしましても、日本國民は亦我が獨特の歴史を有し、我が獨特の理想を有し、飽迄も自國の國體を維持擁護するに足るべき鞏固なる決心と十分なる能力とを有することの確信を有するものであります、第三に我が國民は如何なる場合に於いても當然支那に於いて生命財産を保護せらるべき權利があります又全世界の承認する國際法上の一切の保障を享有するものであります、假令支那國内に如何なる政治上又は社會上の變革がありと致しましても、我が國民の有する斯の如き基礎的の權利は、毫も制限又は變更を受くべきものではありませぬ、又現に支那政界の如何なる方面に於きましても、此の權利を否認するものがあることを聞きませぬ、唯々治安維持の責任を有する權力の中心點が安定せざる結果と致して、不良分子の跋扈に對する取締が極めて不十分なる地方のあることは明瞭なる事實でありますが、斯る事態は追て其の地方の政情が平定致すに從ひまして、漸次改善せらるべき見込がないではありませぬ、吾々は差當り各地方に於きまして、現に政權を行使するものと接觸し、及ぶ限り日本人の生命財産が適當なる保護を得られるやうに努力しつゝある次第でありまして、今日迄は大體其の目的を達し來つたのであります(拍手)次に支那關税特別會議に付きましては不幸にして其の進行中支那國内の動亂益々激甚を加へたる結果、支那の委員自ら會議に參加することを得ざる情况となりましたから、昨年七月三日列國委員は一の共同聲明書を發表致しまして追て支那の正當代表者が參加するに至る迄會議の進行を見合はすことゝ相成つたのであります、斯の如く會議は不幸にして中途にして停頓の姿に立至りましたけれども、十箇月に亘る列國委員の事業は決して無益でなかつたと考へます、列國が擧つて支那の立場に同情を表し、偏に列國と支那との間に公平なる解決を求めんとしたる誠意は、會議の全體を通じて明に表明せられたるのみならず議題となりたる各事項の調査審議は、將來に向つて最も適切貴重なる參考資料となるべきものであります、殊に日本の委員が自國歴史の經驗に顧みて隣邦人心の歸向を察し、一方に於きましては列國と密接なる關係を保つと共に、他の一方に於きましては列國と共に支那を援助し、世界の好意的諒解を以て支那の國民的希望を達することを得せしむるやうに、百方苦心努力致しました事實は、今や一般に認めらるゝに至りまして日支親善の増進に大なる刺戟を與へたることは疑を容れませぬ、此機會に於きまして本會議に對する吾々の行動を終始一貫する動機に付きまして、數言申述べたいと考へます、曩に華盛頓條約締結以來日本が絶えず支那關税會議の速開に力を盡し、又愈々其招集せらるゝに至って直に欣然之に賛同の意を表しましたのは畢竟日本の正當且つ重要なる經濟上の利益と調和し得る方法に於て、支那國民一般の爲め其幸福の増進に貢献したいと云ふ、全く眞面目なる目的に出でたものであります、吾々は支那が其當然なる國際間の地位並に信用を確保する上に於きまして及ぶ限り之を援助せんことを希望したのであります、吾々は固より華府條約の規定に依る關税増徴に對しましては、何等の異議がありませぬ、唯々其關税收入が或は直接間接に内亂の軍費に供せられ或は一黨一派の爲に私せらるゝと云ふが如き事がないやうに相當の保障を得なければなりませぬ又一般に華府條約の規定並に精神に合致するやうに適當なる方法を講じなければなりませぬ、斯の如き趣旨を徹底するに必要なる關税増徴の目的及條件を協定して置きますことは、即ち吾々として支那に忠實なる所以である、又實に其四億の人民に對する徳義上の責任であると考へます、此見地より致して吾々は支那の爲にも又列國の爲にも速に會議の議事を續行し得る日の來らんことを希望するものでありまして、若し此際支那の南北各方面の責任者をも支那側委員の中に加へ、共に膝を交へて腹藏なき意見の交換を行ふことを得ますれば、吾々の最も滿足する所であります、關税會議は果して何日の頃を以て再開せらるべきか未だ豫測し得られませぬけれども、以上述べました如き吾々の方針と希望とは、今日の事態に於て何等變更するの必要を認めませぬ、支那治外法權委員會は昨年一月十二日開會、九月十六日を以て任務の全部を結了致しました、其報告書は既に公表せられましたから詳細は之に依つて御了承を願ひます、委員會は固より條約を締結するの任務を有するものではなく、其報告書も亦何れの國をも拘束するものではありませぬけれども、列國委員が法曹界の一大權威たる支那の主席委員と協同して、八箇月以上に亘り熱心に調査研究を遂げたる結果でありますから極めて重要なる價値を有することは申すまでもありませぬ、報告書には一方に於て支那政府に對する若干の勸告を掲げ、其勸告事項が或る程度まで−−相當の程度まで實行せらるゝに至らば、列國としては治外法權を拠棄して然るべしとの意見を述べて、更に他の一方に於きましては治外法權撒廢前列國の現に施行する制度慣例の中にも改正を要する事項のあることを指摘してあります、又治外法權の撤廢は全國を通じて一齊に之を行ふの必要なく、或は地域的或は部分的、或は其他の方法にて漸進するの計畫に依るを妨げないと云ふ意見を掲げてあります、而して支那委員は本報告書に署名するに當り、其第一編第二編及第三編中の事實の記述に付ては、必ずしも一切之を確認するものではないと云ふ趣意を留保致して居りますけれども、第四編に掲ぐる所の勸告の分に付きましては、何等の留保を附して居りませぬ随て吾々は其勸告を以て支那及列國委員全部の一致せる結論と認めまして、治外法權問題の處理に當つては、當然之に重きを置く考であります、次に最近發生せる日支通商條約改訂問題は、亦吾々の愼重なる注意を惹きたる所でありまするが、之に關する北京外交部の提議並に日本政府の回答も既に公表せられましたから、茲に繰返して申上げませぬ、要するに北京外交部の提議は、法律論としては幾多論議の餘地があると考へますけれども、政府は大局の見地より此際斯の如き論議を避け、快く條約改訂の交渉に應することに決定致したのであります、吾々は本問題に關する我が法律上の立場は將來の爲め明白に之を保留すると共に、日支兩國の親交に顧みて、合理的なる支那國民の要望に對しては十分の同情と理解とを以て之を考量するの用意があるのであります、{原文には、なし}若し支那側に於きましても我の信ずるが如く、等しく穩健友好の精神を以て我を迎へまするならば、條約改訂の交渉は必ず順當に進行し得らるゝことを疑ひませぬ(拍手)日支兩國の關係に於ける諸問題の全體を通じて政府の方針を約言致しますれば、第一に支那の主權及領土保全を尊重し、其内爭に付ては絶對不干渉の主義を嚴守するものであります、第二には兩國聞に共存共榮の關係並に經濟上の提携を増進せんことを期する次第であります、第三に道理のある支那の國民的希望に對しては、同情と好意とを以て之を迎へ、其實現に向つて協力することを辭しませぬ、第四に支那の現状に際して及ぶ限り耐忍、寛大の態度を執ると共に、我が正當且つ重要なる權利利益は飽迄も合法的手段を盡して、是が擁護に努むる覺悟であります(拍手)以上は日本の既定方針でありまして、各般の具體的案件に對し常に我が行動を律し來つたものでありますが、尚ほ過去に於けるが如く、今後も亦此正道を履んで進む決心であります、日露間の關係は亦引續き滿足すべき状態に在りまして、茲に之を明言し得ることは寔に私の欣幸とする所であります、一昨年の北京條約附屬議定書に基きまして、我が當業者が北樺太に於て取得せる石油石炭の利權は、其後事業の經營に格別の故障もなく、至極順調に發展致して居ると云ふ報告に接して居ります、{原文には、なし}尚ほ目下漁業協約改訂の交渉進行中でありますが、之も追て成立の運に至る積りであります、{原文には、なし}北京條約が調印せられましてより既に二箇年を經過致しましたが、其間に於きまして兩國の關係は漸次鞏固を加へ、尚ほ益々其將來に望を囑するに足るものがあると考へます、世間に於ては往々滿洲に於て日露兩國の利益が必然衝突するものゝ如く臆測し、不穩なる豫想を試むるものが無いではありませぬ、其衝突の虞ありと稱せらるゝ兩國の利益とは、如何なるものを指すのでありませうか、政治上の利益であるか、經済上の利益であるか、吾々は固より滿洲に於きましても其他の地方に於けると同様、何等の侵略政策を執る者ではありませぬ、唯々同地方に於て、能く治安秩序が維持せられ、我が居留民が安んじて平和的事業に從事し得らるゝことを望むに止まるものであります、露國も亦此の根本方針に付ては吾々と何等異なることなく、軍事上、政治上、其他如何なる意味に於きましても、侵略的の計畫を持つて居ないと信じます、果して然らば兩國の政治的利益が衝突すると云ふのは何を謂ふものであるか、甚だ理由の無いものであると考へます(拍手)經濟上の問題に至りましては、滿洲に於て日露兩國民共に各々重大なる利害關係を持つて居ると云ふことは事實であります、併ながら經濟上の活動は原則として門戸開放機會均等の主義に依りまして調整せらるべきものでありまして、又斯の如き平和的事業が日露兩國間に何等重大なる紛糾を釀すの危險ありとは想像し得られませぬ、近來兩國關係の前途に付きまして、往々不當の悲觀説を唱ふる者があります、故に此機會に於て吾々の所信を附加へて申述べた次第であります、歐羅巴の時局は、最近獨逸の國際聯盟加入と「ロカルノ」條約の實施とに依りまして著しく安定を加へたることゝ認められます、顧れば八年前古今未曾有の大戰爭に従事せる雙方の敵國が、今や互に舊態を忘れ、手を携へて世界の平和に協力するに至りましたことは、國際聯盟の發達の爲め、又人類全體の進歩の爲に寔に意味の深き出來事と謂はねばなりませぬ、吾々は滿腔の希望を以て獨逸の國際聯盟加入を歡迎する者であります、國際聯盟の招集せる軍備縮少準備委員會は、昨年五月開會せられましたが、未だ其事業を完成するに至りませぬ、又同委員會の準備しつゝある軍備縮少會議其ものゝ開會期日も、未だ確定致して居りませぬ、今日迄の經過を以て本問題の前途を豫斷することは早計であると考へますが、何れに致しましても軍備縮少を目的とする努力は、吾々の衷心より歡迎し、賛同する所でありまして、此目的の爲に、公平且つ實際的なる計畫の協定せられんことを切望する次第であります、帝國と歐羅巴諸國との關係に於きましては、前議會以來、新なる通商條約の効力を生じ、又は交渉進行中のものがある、其以外には特に注意すべき事件はありませぬ、大體に於きまして何れの國との國交も未だ今日程圓滿であつたことはないと信じます、日英兩國間には、曩に同盟條約の消滅せるに拘らず、其親厚なる情誼に於ては何等渝りなく、佛蘭西、伊太利も吾々の益々深く信頼する誠實なる友邦であります、又日獨間に於きましても、大戰爭當時の惡感情は既に全く拭ひ去られまして、今や一片の雲翳をも存せざるに至りたるのみならず、今日は戰爭以前よりも遥に親交を加ふるに至りたることは疑を容れませぬ、吾々は歐洲諸國との斯の如き良好なる關係を永遠に維持増進することに、絶えず深甚なる注意を加へんとするものであります、次に日米の關係を見まするに、千九百二十四年の米國移民法中、日本人に對する差別待遇の問題は、遺憾ながら未だ解決に至りませぬ、之に關して吾々の執るべき態度に至つては、私が當議場に於て幾回となく意見を申述べた通りでありまして、今日何等之を變更し、又は補足するの必要を認めませぬ、尤も本問題に付きましても、又兩國の共に利害を感ずる其他の事項に付きましても、追々米國に於て日本に對する正しき同情的理解の著しく進歩して參つたと同時に、嘗て一部の米國人中我國の平和政策を疑ふが如き荒唐無稽の臆説を傳へたる者も、今や其自國に於ける進歩せる公論の爲に、一般の非難を受くるに至りましたことは、洵に悦ばしい明瞭なる事實であります、之と同時に吾々も本問題を正確に判斷せんが爲には、米國特殊の制度國情に對して、十分の理解を持つことが肝腎であると考へます、{原文では、なし}凡そ相互の諒解は萬般の國際問題を解決するに必要なる第一歩であります、私は日米兩國が共に太平洋方面に於ける平和の擁護者として重大なる責任を有することを自覺して、永遠に和衷協力して此責任を完うすることを確信する者であります、尚ほ貿易振興の問題に付きましては簡單に言及致したいと考へます、我國の経濟界大戰後の反動、並に大正十二年の大震火災等に依りまして深甚なる打撃を受け、年々莫大なる輸入超過を見るに至つたのであります、幸に一昨年以來貿易の逆潮は幾分か緩和の傾向を示して居りまするけれども、未だ妄りに樂觀を許しませぬ、此秋に當り我國は何れの國の利益をも不當に侵害せざる限り、極力我が對外貿易の進展を圖ることが何よりも急務であると考へます、吾々の目漂とする所は領土に非ずして市場であります、吾々の對外關係に於て求むる所は同盟に非ずして、經濟上に於ける利害共通の連鎖であります、此見地に基きまして、第一着に從來比較的に閑却されてあつた南洋方面の貿易振興問題を審議せんが爲に、昨年九月之に關係ある各省在外公館並に公私の諸團體及當業者の共に代表せられたる會議を催したのであります、同會議は内地及在外の各官廰間並に是等の官廰と民間の諸方面との間に於ける意思の疏通に尠からず便益ありたるのみならず、又政府の爲め諸般の貴重なる參考資料を與へましたることは、深く滿足する所であります、固より貿易の健全なる發達は、主として當業者自身の發動に俟たねばなりませぬけれども、政府は其當然の任務と致して對外通商を保護し、之に便宜を供せんが爲に及ぶ限り努力する覺悟であります、終りに我が外交の全般に亘る根本主義としては、豫て本議場に於て屡々申述べましたる通り、總ての列國に對し裏表なき友情を以て交はることが、我國の執るべき最も賢明なる筋途でありまして(拍手)一切の國際問題も詮ずる所は徳義の問題に歸するものであります、殊に去る十二月二十八日下し賜へる勅語の中に「汎ク一視同仁ノ化ヲ宣へ永ク四海同胞ノ誼ヲ敦クセム」と云ふ御言葉のあるのを拜しましては、益々吾々の信念を深くする所以でありまして、有ゆる外交政策の終局の目的は、此御言葉の中に盡きて居ると考へます、{原文には、なし}就きましては及ばずながら謹んで聖旨を奉體し、諸君の御協力に依りまして、勅語の示し給へる大目的に向つて進まんことを期する次第であります。