データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第29代犬養毅内閣(昭和6.12.13〜昭和7.5.16)
[国会回次] (帝国)第60回(通常会)
[演説者] 芳澤謙吉国務大臣
[演説種別] 国務大臣の演説
[衆議院演説年月日] 1932/01/21
[貴族院演説年月日]
[全文]

諸君、帝國目下ノ外交問題ノ内デ重要ナル案件ニ付キマシテ、茲に所見ヲ陳述致シマスルコトハ私ノ欣幸ト致ス所デアリマス

外交案件中我國ニ取リマシテ最モ重要ニシテ、同時ニ世界ノ耳目ヲ聳動致シマシタモノハ、申ス迄モナク滿洲事變デアルノデアリマス、元來支那ハ我ガ隣邦デアリマスル關係上、我國ニ取リマシテ政治上、經濟上竝ニ社會上、頗ル重要ナル關係ヲ有スル次第デアリマスルガ、殊ニ滿洲ニ付キマシテハ、過去ノ歴史及接壤關係等ヨリ致シマシテ、政治的考量ヲ要スルコトガ頗ル大ナルモノガアルノデアリマス(拍手)又滿洲ニ於ケル治安ノ消長ガ、我國ニ對シマシテ極メテ緊切ナル影響ヲ與フルコトハ、論ヲ俟タザル所デアリマス、之ニ加フルニ日本ハ滿洲及内蒙古ニ於キマシテ百萬以上ノ居留民ヲ有シ、又租借地、鐵道、炭坑等ニ關シマシマシテ{前4文字ママ}、條約上竝ニ契約上幾多ノ重要ナル權益ヲ有シテ居ルノデアリマス、然ルニ近年支那官憲ハ、滿洲ガ日本ノ努力ニ依リマシテ、今日アルヲ得タル歴史ヲ藐視シ、我方ノ寛大ナル態度ニ狃レマシテ、帝國臣民ヲ迫害シ、我ガ條約上乃至契約上ノ權利利益ヲ蹂躪致シマシタ實例ガ頻々トシテ起リマシテ、我國トシマシテハ之ニ對シテ屡々抗議ヲ提出シ、又警告ヲモ與ヘタノデアリマスルガ、殆ド何等ノ效果ナク、是ガ爲メ日本ノ同地方ニ對スル政治的關係ニ頗ル不安ヲ加ヘマシタノミナラズ、我ガ權利利益ヲ頗ル危殆ニ陥ラシメタルコトハ否ムコトガ出來ヌノデアリマス、其結果我ガ朝野ノ感情ガ次第ニ刺戟セラレマシタル際、偶々九月十八日ノ夜鐵道爆破事件ガ突發致シマシテ、日支兵ノ衝突ト相成リ、事態ガ發展致シマシテ、滿洲ニ於ケル政情モ亦一變スルニ至リマシタ顛末ハ既ニ御承知ノ通リデアリマス

抑々滿洲ハ極東治安ノ關鍵トモ稱シ得ルノデアリマシテ、日露戰爭以前ニ於キマシテモ既ニ左樣デアリマシタガ、今日ニ於キマシテハ其一層適切ナルコトヲ覺ユルノデアリマス、殊ニ我國ト致シマシテハ、絶大ナル權益ヲ有スル次第デアリマスカラ、從來支那本部ニ於キマスル内亂ノ、滿洲ニ波及セントシマシタ場合ニ、我國ハ極力之ガ防遏ニ努力致シタノデアリマス、是レ畢竟滿洲ニ於ケル治安ノ維持ト云フコトハ、我國ニ取リマシテ絶對ニ必要デアルガ爲ニ外ナラヌノデアリマス、幸ニ過去ニ於キマシテハ、我方ノ努力ニ依リ支那本部ニ於ケル内亂ニ拘ラズ、滿洲ノミハ殆ド別天地ノ如ク、其影響ヲ受ケナカッタ次第デアリマス、若モ近年ニ於ケルガ如ク、支那側ノ不法行爲ナク、我方ノ條約上乃至契約上ノ権利ニシテ尊重セラレテ居リマシタナラバ、縦令九月十八日ノ事件ガアリマシタニシマシテモ、今日程ノ紛糾ヲ見ルコトハナカッタモノト信ズルノデアリマス

前述ノ如ク過去ニ於ケル滿洲ノ治安ハ主トシテ我國ニ依ッテ維持セラレタノデアリマスガ、將來ニ於キマシテハ此點ニ關スル我國ノ責任ト云フモノハ、加重スルトモ輕減スルコトハナイト考ヘルノデアリマス、日本ノ滿洲ニ對スル立場ハ右ノ如クデアリマスガ、茲ニ一言ヲ要スルコトハ、日本ハ滿洲ニ於キマシテ、領土的企圖ヲ有スルモノデハナイノデアリマス、又既存ノ諸條約ハ申スニ及バス、門戸開放、機會均等ノ主義ヲ尊重スルコトモ勿論デアリマス、日本ノ滿蒙ニ對シテ要望スル所ハ、同地方ノ治安ノ確保及經濟的開發ニ依リマシテ、内外人安住ノ地トナルコトニ存スル次第デアルノデアリマス

飜ッテ支那本部ノ状況ヲ見マスルノニ、排日運動ナルモノハ過去多年ニ亙リマシテ、殆ド繼續的ニ行ハレテ來タモノデアリマシテ、或ハ一時緩和致シタコトガアリマシテモ、忽チニシテ再ビ猛烈深刻ナル状態ヲ呈スル次第デアリマスガ、是ハ單ニ日貨排斥等、所謂經濟絶交運動デアルバカリデナク、諸學校ノ教科書ニ種々ノ排日教材ヲ採録致シマスル等、精神的半面ヲモ有スル次第デアリマス、而シテ此運動ガ支那官憲ノ直接、間接ノ指導奬勵ノ下ニ反日會等、私的團體ノ壓迫強制ニ依リマシテ、一般商民ノ自由意思ニ反シテ行ハレテ居ルモノデアルコトハ、確實ナル證跡ガアルノデアリマス、尚ホ其間排日ヲ以テ營利的職業ト爲ス者スラ尠クナイ實情デアルノデアリマス、然ルニ、昨秋滿洲事變ガ發生シテ以來、該運動ハ又復非常ニ險惡ナル情勢ヲ示シマシテ、幾多ノ暴虐ナル所爲ガ發生致シタコトハ、甚ダ遺憾ニ感ズル次第デアリマス、我ガ日本ハ其領土内ニ於キマシテ、支那人ニ對シテ完全ナル保護ヲ與ヘテ居ルノニ拘ラズ、支那ニ於ケル我ガ同胞ハ名状スべカラザル虐待ヲ受ケツヽアルコトハ、非常ニ懸隔セル對照ト申スコトガ出來ルト考フルノデアリマス(拍手)

由來支那ニ於キマシテハ、比年内亂、又ハ黨派間ノ爭鬪ガ絶ユルコトナク、是ガ爲メ内政上ノ事情ガ對外關係ニ影響ヲ及ボスコトガ頗ル大ナルモノガアルノデアリマス、排日運動モ亦内政關係ニ基クモノガアルト云フコトハ、申上グルマデモナイ所デアリマシテ、滿洲事變發生以前ニ於キマスル同地地方官憲ノ排日態度等モ、亦同樣ノ事情ニ依ルモノガアッタコトヽ信ズルノデアリマス、之ヲ要シマスルニ内亂若クハ黨派間ノ爭鬪ナルモノガ、支那ノ對外關係ニ多大ノ影響ヲ及ボシマシタコトハ、否認致シ難イ事實デアリマシテ、我ガ日本ハ支那ノ隣國デアリマスルガ爲メ、列國中最モ大ナル影響ヲ蒙リツヽアル次第デアリマス

不幸ニシテ日支間ノ關係ハ、目下ノ所前述ノ如ク、支那ノ對内對外關係等複雑ナル事情ノ影響ヲ受ケテ居ルノデアリマシテ、此兩國ノ關係ヲ改善シ、國交ヲ常軌ニ復歸セシメンガ爲ニハ、相當ノ時日ヲ要スルコトヽ考フルノデアリマス、滿洲事變ハ日本ノ正當防衞ニ基クモノデアリマシテ、又排日運動ハ支那側ノ謬見ニ基クモノデアルノデアリマス、要スルニ此兩者共支那側ニ於テ反省シテ、其態度ヲ徹底的ニ改ムルコトヲ必要ト致ス次第デアリマス(拍手)尤モ支那ノ一般人民及有識者ハ我ヲ敵視スルモノデハナイノミナラズ、其衷心ニ於テハ我ニ對シテ寧ロ友好的デアルト信ジテ居ルノデアリマス、隨テ兩國間ニ於ケル通常關係ノ恢復ト云フコトニ付キマシテハ、私ハ必ズシモ悲觀ヲ要シナイト考ヘテ居ルノデアリマス、日支兩國ハ相互ニ敬愛シ、不良ノ關係ハ之ヲ除外例ト致シ、原則トシテハ親善ナルベキデアリマシテ、此事ガ兩國ノ爲ニ利益デアルコトハ申スマデモナイノデアリマス

滿洲事變ハ當時「ゼネヴア」ニ開催中ノ國際聯盟總會及理事會ニ可ナリノ衝動ヲ與ヘタノデアリマスルガ、支那代表ハ九月二十一日聯盟規約第十一條ニ基キマシテ、本件ヲ理事會ノ問題トシテ審議ヲ要求シマシタノデ、茲ニ此問題ハ正式ニ聯盟理事會ノ審査ニ附セラルヽコトニナッタ次第デアリマス、爾來聯盟理事會ハ本件審議ノ爲メ、三囘ノ會議ヲ重ネ、前後ニ囘ノ決議ヲ採擇スルニ至リマシタ次第ハ、既ニ世間周知ノ事實デアリマス、又一方米國政府ハ國際聯盟ノ一員デハアリマセヌガ、大體ニ於キマシテ聯盟側ト歩調ヲ合セテ來タ次第デアリマシテ、是ハ不戰條約及九國條約ノ締約國ノ一トシテ極東ノ事態ニ付キマシテ多大ノ關心ヲ有シタルガ爲ト存ズルノデアリマス、帝國政府ハ聯盟ニ對シマシテモ、米國ニ對シマシテモ、常ニ滿洲事變ニ關スル我方ノ態度ヲ−−立場ヲ明ニ致シテ來タノデアリマシテ、今囘ノ事變中、對聯盟、竝ニ對米國ノ關係ニ於キマシテ、時ニ機微ニ亙ルガ如キ状況ノ發生ヲ見タコトガナイノデモアリマセヌガ、吾々ハ常ニ懇切丁寧ニ是ト折衝ヲ重ネマシテ、我ガ立場ヲ明ニシ、我ガ權益ニ關スル諒解ヲ明確ナラシムルコトニ努メマシタノデ、兩者共ニ漸次我方ノ態度ヲ了解シテ來タ次第デアリマス、將又滿洲事變ニ際シマシテ、「ソヴイエト」聯邦政府ガ中立不干渉ノ態度ヲ持シテ變ラナカッタコトハ、帝國政府ノ滿足ト致ス所デアリマス

次ニ來ル二月二日ヨリ開催セラルヽコトニナッテ居リマスル軍縮會議ニ關シマシテハ、帝國政府ハ既ニ其方針ヲ決定致シマシテ、我ガ全權委員ニ授ケタノデアリマス、此會議ハ陸・海・空三軍ニ亙リマスル最初ノ大會議デアリマスカラ、世界ノ之ニ對スル期待ハ尠クナイノデアリマス、帝國政府ト致シマシテハ、固ヨリ我方ノ主張ノ貫徹ヲ期シマスルト共ニ、此會議ガ公正且ツ合理的ノ結果ヲ齎シテ、以テ恆久的世界平和ノ確立ニ寄與スルニ至ランコトヲ切望致ス次第デアリマス(拍手)

惟フニ開國進取ハ維新以來渝ラザル日本國民ノ精神デアリマシテ、知識ヲ世界ニ求ムルコトハ明治大帝ノ御誓文ニ基イテ、日本國民ノ大方針ト致ス所デアリマス、隨テ飽マデ我ガ權益ヲ擁護致シマスト同時ニ、廣ク世界各國ト相協力致シマシテ、文明ノ惠澤ニ浴センコトハ、帝國外交ノ理想トスル所デアリマス(拍手)私ハ此理想ノ下ニ國利民福ノ増進ヲ計ランコトヲ期スルモノデアリマス(拍手)